異世界探求者の色探し

西木 草成

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第1章 赤の色

第38話 無常の色

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 ギルド防衛を繰り返して数回だろうか、だんだんと剣を握る手が痛くなって身体強化術の反動からか全身が筋肉痛でこわばってきた頃だ。

「本当に遅いですね。王都騎士団」

「・・・いやな予感がします」

 敵を倒している時の頼り甲斐のある顔とは打って変わり、戦闘を繰り返しているうちに彼女もまた不安感に襲われ始めているのだろう。

 敵を斬り、体についた血を拭い、また敵を斬り、血を拭う。こんなにも命を刈り取る経験はなかった。何度も吐き気に襲われながらも足と剣を止めたら自分が殺される。そんな極限の状態で自分の身を置くのはだんだんと人ではなくなっているような気さえしたのだ。

「魔物の数もだいぶ減ってきていますので、王都騎士団に来てもらわなくとも大丈夫であるとは思うのですが・・・それ以上に」

「えぇ、ガルシアさんですよね」

 向こうの平原で戦闘を行っていたはずのガルシア。突如途絶えた戦闘の音と街に溢れてきた魔物は何かがあったことを意味する。

「早く終わらせたいところですが・・・」

 ギルド前でリーフェが再びナイフを握りしめる。リーフェの方へと見ると、とうとう魔物にここの場所がばれたらしい。

「ショウさん、命に代えてでもここを防衛します」

「はい、もう飯を作れないのはごめんですからね」

 血振り、剣についた血を落として青眼の構えをする。見たところ敵の数は10はいる。ギルドを潰すには十分すぎる。

 リーフェが駆け出すのと同時に俺も後へと続く。リーフェが喉を掻き切り、俺が脳天に斬撃を食らわす。リーフェが腹にナイフを突き立て俺が首を飛ばす。

 そこにもはや感情はなかった。

「フゥ・・・疲れている場合ではありませんね」

「ハァ・・・ですね」

 自分の汗をぬぐいながら、苦笑いをする彼女は重い荷物を運んで『疲れましたね』と同僚に声をかける先輩にも似た姿なのだが。

 やっていることは違うのだが。

 辺りの火の手はすでに沈黙しつつあるようだ。これでガルシアが戻ってきてくれれば完璧なのだが。

「・・・っ。リーフェさん・・・あれ」

「!?」

 ギルドの目の前には大きな道がある。設置された松明はすでに倒されたりなどをしてその意味を為してはいないのだが、道の奥の方からポツポツと、明かりが灯り近づいてくるのが見える。

「ガルシア・・・さん?」

「です・・・かね?」

 遠くにいるのでよくわからない、だがとてもつもないプレッシャーとでもいうのだろうか、そんななんとも言えない重さのものが近づいてくるのがわかる。

 あれは本当にガルシアさん・・・もとい人間なのだろうか。

「・・・ショウさんっ! 構えてっ!」

「っ!」

 違う人間ではない、リーフェさんの言葉で正気に戻った。そうだ、ガルシアはどうせ『お~い、終わったからさっさと飯にしようぜ』とか言って帰ってくるはずだ、こんな殺意の塊みたいな状態でくるはずがあるわけない。

「・・・周り・・・」

「え・・・?」

 リーフェがそう呟いたように聞こえ、辺りを見渡すと他にも細い路地、その他の通り道に魔物の集団が集まって今にも襲ってきそうな雰囲気である。

 数十分後

 話は第34話の冒頭へと戻るのである。

「ショウさんっ! 背中合わせですっ!」

「はいっ!」

 俺はすぐさまリーフェさんの背後に立ち、目の前の敵に向き直る。

 あたりには所々炎が上がっており、木々の焼ける匂いや魔物の焼ける匂いが鼻腔を突き刺す。夜だというのに不気味に照らされたおびただしい数の魔物の顔がゆらゆらと浮かび上がっており頬から冷や汗が落ちるのを感じた。俺は改めてパレットソードを構え直し敵の迎撃に備える。

「ハァ・・・ハァ・・・ショウさん。大丈夫ですか?」

「ハァ・・・なんとか」

 敵の一つ一つの戦力は大きくない、しかし問題は量だ。斬っても斬ってもキリがない。こんな状態でいればここ、最終防衛ラインを突破されるのも時間の問題だ。

「ショウさんっ! 先輩っ!」

「メルトさんっ! 危ないからギルドの中へっ!」

 メルトさんは無言で頷きギルドの中へと戻る。そう、最終防衛ラインはギルド本部。ここには怪我をした冒険者及び戦闘に必要な備品が大量に保管されている。ここを突破されてしまったら元も子もない。

「いいですか?」

「えぇ・・・いつでも・・・っ」

 パレットソードの握る力を強くする。背中からリーフェさんのぬくもりを感じながら果たしてどいつから突っ込んでくるのかと考えている。

「ショウさん。背中合わせというのはお互いの背中を守り、お互いの背中を頼らなくてはいけません。この意味はわかりますね?」

「えぇ、わかってます」

 俺は一人で戦うのではない。

「なら大丈夫でしょう」

 そう言って、リーフェは腰に巻いてあった二本のククリナイフを両手に構え、臨戦体制となる。

「行きますよっ!」

「はいっ!」

 標的5

 俺は背後にいるリーフェをかばいながら剣を振るう。絶対に後ろにいる人間は守る。

 まず標的その1はバカみたいに正面から突っ込んできたので、左手で振り下ろそうとする腕を止め、右手に持った剣でその顎を破壊する。

 もはや、俺の斬っているのはゴブリンなのかオークなのかもわからない。向かってくる奴は全員敵だ。

 標的その2とその3は俺がその1を絞めている間を縫ってリーフェを背後から斬りつけようする。

 させるか。

 俺は右足を地面に滑らせるようにして、その2とその3の足をかけて転ばせる。そして転んだところをその2はそのまま脳天を剣で貫いて、その3は左足で頭を押さえつける。

 気配

 その4がその隙をと、背後から俺の背中を斬りつけようとする。

 それを振り向きざまに横一閃、上半身と下半身がバラバラに飛んだところを見て俺はその3の頭を勢いで切りつけ絶命させる。

 だが予想外。

 その5の存在をすっかり忘れていた。

 その5の正体に気づく数コンマ、相手がオークだと思い、そのでっかい図体に対してどう反応をしようかと考えていた時。

 振り下ろされそうになっていたオークの持つ巨大な斧の動きが止まる。理由は単純だ。

 オークの額に突き刺さっていたのは紛れもない、リーフェのククリナイフだ。

 ありがたい。

 俺は、その3の頭を踏み台にしオークの顔へしがみついて左手でリーフェのククリナイフを引き抜くと、離れ際に右手のパレットソードでオークの首を跳ね飛ばす。

 俺はリーフェにナイフを返すべく、オークの脳にナイフを突き立ている彼女に向かってナイフを投げつける。

 理由は簡単だ。

 完全に無防備になっていた彼女の背後からゴブリンが迫っていたからだ。

 投げナイフなんて知識はないが、刺さろうが刺さらまいが身体強化術で繰り出されたナイフを頭に食らってタダで済むわけがないだろう。

 そして互いが互いを守りながら戦闘を行い、ギルド前が真っ赤に染まったところで。

 そいつは現れたのである。

「魔物が左からっ・・・あれ?」

「なんで・・・逃げて」

 リーフェが俺に指示を出そうとしたところで、周りに群がっていたはずの魔物がモーセの十戒のごとく消え去っていったのである。

「何が・・・っ!」

 リーフェはある一点を見つめている。俺はその背後で何かが近づいてきているのを感じる。それはもう人間や魔物というレベルの問題ではない。

 初めて出会ったそいつはまるで、悪魔や死神といったこの世に存在してはいけない。そんなものの類だと思った。

「1つ、2つ、3つ・・・結構な人数がいるな。特にそこのエルフ。なかなかに美味そうだ」

「・・・月並みではございますが、私を食べてもおいしくはないと思いますよ」

 そのあとにショウさんの作った料理の方が絶対に美味しいですと言ってくれたのは正直に言ってどうでもいい問題だ。

 俺は指先ひとつ動かすことのできない、濃密な殺意の中、反論も許されず呼吸をするだけで精一杯だった。

「いやいや、素材の味はしっかり堪能したいのでね」

「・・・あなたは、何者ですか? 魔物群れがあなたの登場で引くだなんて、ただものであるはずがありません」

 背中あわせになっているため、リーフェの呼吸が速くなってゆくのを感じる。俺もリーフェの方を向きたい気持ちで山々だが体が言うことを聞かないのだ。

『今振り向いたら、殺される』

 と。

「何者か・・・か。この魔物を率いている張本人であり、元はこいつら獣共と同族だったものだ。なんの運命のいたずらかはわからないがこうやって知恵と言葉を得てしまったために空腹を満たすための美食を追い求める毎日を送るただの生き物だ」

「そうですか・・・でしたらここにいる魔物たちを率いてこの地区から出て行ってください。ここにはあなたの追い求める美食なんかはありません」

 リーフェの背中がこわばる、完全に臨戦態勢になったようだ。俺もよく話の見えない会話に緊張が解け始め、ジリジリと後ろ向き始めている。

「そんなことはない、あそこの平原にいた冒険者はそれほどうまくはなかったが
、そこのエルフはとても肉が柔らかそうで旨そうだ」

「平原にいた冒険者?」

 平原にいた冒険者?

「ほら、この冒険者はなかなかにも美味だったぞ」

 地面に何かの肉片と金属がぶつかる音。

 それと同時だった。

 背中に感じていた温もりが消えたのは。
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