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高校入学から三週間ほどじゃ、まだ何となくみんなぎこちなくて同じ中学だった人同士で固まってしまうのは当たり前だった。
しかし、山根は違った。
入学式当日から男女お構いなしに絡みに行ったおかげで、既に誰とでも喋れるし喋りかけられる地位を築いていた。持ち前の何か憎めないキャラというのはこういった状況では最強だ。
もとより昔から山根と知り合いだった俺は変わらず山根とよく喋った。
そんな中、みんなのわだかまりをとこうと言わんばかりのイベントの発表があった。
近くのキャンプ場でバーベキュー。イベント的には何とも言えないレベル。まだ手探りな人間関係の俺達にとっては良いのかも知れないが。
しかし、別に楽しみじゃねーしとでも言いたげな顔をしながら実はちょっとワクワクしている男子や楽しそうに話している女子を差し置いて、山根がニヤッと笑ったのを俺は見逃さなかった。
「なぁ、あと一人なんだけど斉藤君にしね?」
四十人のクラスで、五人ずつのグループを作れ。と言われた俺達はまず同じ中学出身の四人で集まった。
山根の提案にみんなは口々に「おう。全然いいよ」と答えたものの、内心は何故斉藤君? と思っていたに違いない。もちろん俺も思った。
まだ入学して三週間なのに同じ中学出身がいなくて、既に若干空気と化している斉藤君に手を差し伸べるほど山根は性格良くないはずだ
何かカラクリがある! みんなは各々考えた。
その矢先に山根が斉藤君を連れてくる。
「斉藤君オーケー頂きやしたー!」
山根に肩を組まれている斉藤君の顔は何だかギラついている。
一体何があった?
恥ずかしそうにしながらもギラついている斉藤君に、それをニヤニヤしながら「まぁまぁ」と肩を叩いて時折耳打ちする山根。頷く斉藤君の表情は輝きすぎていた。
しかし、その真相は謎に包まれたまま。この後、俺達はこの二人に巻き込まれて大目玉を食らい、尚且つ斉藤君はクラスで有名になることも知らずにバーベキュー当日を迎える事になる。
他のグループはバーベキューまでに何を作るかなどの相談を放課後やら休み時間やらにしっかりとしているのに、俺達のグループは何故か一回もやらなかった。
と言うのも、俺や他の奴らが「今日みんなで相談しない?」と持ちかけても、毎回山根が「そんなのいらないよ。安心しろって!」の一点張り。だから相談をする事もなく当日を迎えた俺達は当然何も持ってきてなかった。
器具は現地で貸し出しなので必要ないが、周りのグループがそれぞれ買い出ししてきた材料が俺達にはない。もちろん山根も手ぶらで来ている。
「俺達もしかして何も作らないのか?」
先生が点呼をとっている間に小声で山根に耳打ちする。
「バーベキューにきて何も作らないなんてしょうもないな! 考えもしなかったわ!」
俺の不安なんか気にもせず、山根は笑って俺の肩を叩いた。
点呼が終わって先生が呟く。
「うちのクラスの休みは斉藤だけか」
ビックリした。確かに斉藤君がいない。今まで気づかなかったのが不思議だが、確かに彼はいなかった。
そんな俺をあざ笑うかのように山根が先生に「斉藤君、なんか遅れて来るそうで直接現地に行くそうです!」と伝える。
先生は「そういうのは直接学校に言って欲しいもんだな」と頭をかきながら、わかったと頷いた。
バスに乗って目的地に着く。
もちろん俺達には食材がないので、仕方ないから機材だけでも準備してみるかと動き出すと山根が遠くを指差して叫んだ。
「来た来たー!」
俺達の視線がその方角に向けられる。遠くの方から一台のワゴンがこちらに向かっていた。
当然、みんなの視線を集めながらワゴンは目の前に止まる。
助手席から下りて来たのは斉藤君。
「おまたせ!」
爽やかな笑顔で俺達に挨拶を済ますと、運転していた斉藤君の父であろう人と共に荷物を降ろし始めた。
なんだ斉藤君が全部買い出したのか。と安心して、手伝おうとワゴン車の後ろに回る。
俺は目を疑った。
「なにこれ?」
思わず出た言葉に斉藤君は笑う。
「あぁこれ? うちの店のだよ。うちレストランやってるからさ」
斉藤君は人が変わったように得意気に話してくれた。どうやら今日作る料理と器材は全てレストランから持ってきたらしい。
「そ、そうなんだ……」
とりあえず相づちをうって、テキパキとセッティングする斉藤君とその父らしき人を眺めていた。
「さぁ! 調理にとりかかるよ! みんな待っててね!」
セッティングも数分で終わり、足早にワゴンが去った後、斉藤君は腕まくりをして俺達に笑顔を振りまく。
山根は「待ってました!」と言って手を叩いている。俺達も一応拍手をした。
その後の斉藤君は包丁を持つと人が変わるんじゃないかと思うくらい饒舌に喋りながら調理していた。
隠し味がどうとか。アルデンテがどうとか。
しかし、俺達にはそんなことより周りのグループの視線が痛すぎて気が気じゃなかった。何より、現地で与えられた器材は全く使用してないどころか、カセットコンロを使用している時点で最早バーベキューではない。
ご丁寧に調理台や大きめのテーブルに椅子まで用意しており、俺達の占領地は半端じゃなく広く、ここだけバーベキュー場ではなく、まるで庭園のようだった。
急に現れた貴族達……そりゃみんな見てくるわ。
しかし斉藤君にとってはその注目が嬉しいようで、聞いてもないのに大きな声で説明をしている。
「ハイ! ここで神戸牛入りまーす!」
料理番組さながらの実況。神戸牛なんて使うのか……
こうして、山根の狙いがわかった頃には俺達はみんなの注目の的になっていた。
「はい! お待たせー!」
斉藤君がペペロンチーノを持ってくる頃には注目どころか、既に人だかりが出来ていて何とも言えない恥ずかしさに山根以外は完全に縮こまっていた。
「さぁさぁ! 冷めないうちに食べちゃってよ! ハヤシライスはもうすぐ出来るから!」
斉藤君はもう既にキャラが変わっていて無駄にパフォーマンスじみた調理をしていた。
山根は気にせず美味い美味いと言いながら食べている。俺達も仕方なく気にせず食べることにした。
「う、美味い!」
食べた瞬間にみんなが口を揃える。
俺達が食べたペペロンチーノは屋外で食べる醍醐味をまるで無視したクオリティーで、ロケーションなんてまるで味わえない味は何とも違和感だったが、物凄く美味かった。
「めちゃくちゃ美味いぞー! 斉藤君!」
山根はフォークを振って叫んだ。
「まぁペペロンチーノ作らせたら大体そのレストランの実力わかっちゃうからね。こうゆうシンプルなパスタはモロに実力出るから。」
斉藤君は笑って別に聞いてもいない事を言っているが、山根は既に聞いておらず、ひたすらペペロンチーノを貪っていた。
「はい! お待たせ!」
ペペロンチーノをみんなが食べ終えた頃にハヤシライスが運ばれた。何と言うタイミング。
斉藤君は、今回のハヤシライスは自信作だね! とかなんとか言っていたけど、みんなはいつの間にかどんどん集まってきている人達に気が逸れている。
斉藤君はそんな俺達に気付いたのか、まかせて! と呟いてウィンクした。
「やっちゃったなぁー! ハヤシライス作り過ぎちゃってすごい余っちゃったよー!」
斉藤君は人だかりに向かって体を仰け反らし頭を抱えてオーバーリアクションをしだした。
「誰か食べたい人いるかい!?」
斉藤君は大声で問う。それを合図にみんなは一斉に手を挙げて斉藤君の元に集まってきた。
やはり山根は斉藤君をそそのかしたんだと確信する。
俺はハヤシライスを美味い美味い言いながら食べてる山根に答え合わせをする。
「斉藤君にヒーローにならない? とか言ったんだろ?」
「まぁそんなところ。だってどうせだったら美味いもん食いたいじゃん。斉藤君もムッツリそうだったしこれを機に人気者になるっしょ?」
山根はハハッと笑いながら、人だかりにハヤシライスを配りまくってる斉藤君を指差した。
まぁ利害一致とはちょっと違う気がしたが納得しておいた。それよりどうやって斉藤君がレストランの息子だと知ったのだろう。山根の情報ネットワークは謎が多い。
「おい! マジかよ!」
俺達がハヤシライスを食べ終えて一息ついた頃に怒鳴り声が響いた。
俺達が声の方に視線を移すと、そこには目を疑いたくなるような光景が広がっていた。
斉藤君のハヤシライスは予想以上の人気でとうとう品切れを起こしてしまったらしく、ずっと並んでいたのに食べられなかった人達がそれに怒りだし、今にも暴動を起こしかねない雰囲気になっていた。
「なぁ、あれヤバくない?」
俺は山根の肩を揺する。
山根は流石にマズいと思ったのかそちらを見ようともしない。
「気付かないフリ。気付かないフリ」
山根は俺の頭を下に向けた。
「ちょっとみんな! カモーン!」
少し離れた所から斉藤君の声が聞こえたが、俺達は全員聞こえてないフリを続ける。
並んでいた人達による怒声の量がどんどん増え続ける中、斉藤君は尚も俺達を呼び続ける。
「おーい! ヘールプ! みんなー! ちょっとー!」
確実に声は聞こえているが俺達は全員下を向き続けた。
しかし状況は悪くなる一方で、怒声はどんどんエスカレートして色んな罵声が入り乱れている。
きっと関係ない周りの人達はみんなこっちを見ているだろうな。と思った矢先に、ガシャーン! と何かが倒れる音と同時に斉藤君の悲鳴が響き渡った。
「うわー! ちょっと! ちょっと! ゴメン! みんなゴメンって! ちょっ! 山根くーん! 山根くーん!」
俺達は下を向きながら山根を見る。
「……何で名指しなんだよ……」
舌打ちをしながら山根はマズいなーと言った表情をしていた。
しかしこれで覚悟を決めたようで、ヨシっ! と両手で顔を叩いてみんなに、行くぞ! と目配せした。みんなも腹をくくって、おう! と頷いて顔を上げた。
現場は予想通り調理台が倒れていて、ものすごい人だかりになっている。
しかし斉藤君の姿が見えない。
俺たちは小走りで人だかりの方へ走り、中をかき分ける。
「ゲッ!」
斉藤君は人だかりに円上に囲まれながら土下座をしていた。
その何とも言えない光景に山根は思わず声が出てしまうが、気を取り直して笑顔を作る。
「まぁまぁ! 斉藤君も謝ってるし勘弁してあげてさ! ね!」
人だかりに向かって明るく言ってみるが、民衆は引かない。
「みんなの分もちゃんとあるからとかそいつ笑いながら言ってたぞ!」
「女の子には量が多かった!」
みんなの口から不平不満が止まる事は無く、事態は収拾がつかなくなっていた。
そんな事態を鎮圧したのは数学教師の岡本だった。
「おい! さっきから見てたらなんだこれは! お前ら何やってんだ!」
さっきから見ていたなら何故もっと早く止めなかったのか。いや、さっきから見ていたならどんな事態か分かるだろう。とみんな思ったが山根はその状況を上手く使った。
「マズいマズい! あいつに目を付けられたら面倒くさいぞ!」
みんなに、散れ! 散れ! と促す。俺達も同じ様にみんなを促す。
チャンスを逃さず最大限活用したおかげで、なんとか人だかりもバラけて、現場には俺たちの班と岡本だけになった。
ここでようやく斉藤君が土下座から解放されて顔を上げるが、もう号泣していてヒドい顔をしていた。
岡本はその顔に一瞬怯んだが、説教は止むことなく、結局俺達は反省文を次の日に提出する事になった。
しかし、この事件がキッカケで斉藤君はいじられキャラに転向して、確固たる自分の地位を築くことになる。
しかし、山根は違った。
入学式当日から男女お構いなしに絡みに行ったおかげで、既に誰とでも喋れるし喋りかけられる地位を築いていた。持ち前の何か憎めないキャラというのはこういった状況では最強だ。
もとより昔から山根と知り合いだった俺は変わらず山根とよく喋った。
そんな中、みんなのわだかまりをとこうと言わんばかりのイベントの発表があった。
近くのキャンプ場でバーベキュー。イベント的には何とも言えないレベル。まだ手探りな人間関係の俺達にとっては良いのかも知れないが。
しかし、別に楽しみじゃねーしとでも言いたげな顔をしながら実はちょっとワクワクしている男子や楽しそうに話している女子を差し置いて、山根がニヤッと笑ったのを俺は見逃さなかった。
「なぁ、あと一人なんだけど斉藤君にしね?」
四十人のクラスで、五人ずつのグループを作れ。と言われた俺達はまず同じ中学出身の四人で集まった。
山根の提案にみんなは口々に「おう。全然いいよ」と答えたものの、内心は何故斉藤君? と思っていたに違いない。もちろん俺も思った。
まだ入学して三週間なのに同じ中学出身がいなくて、既に若干空気と化している斉藤君に手を差し伸べるほど山根は性格良くないはずだ
何かカラクリがある! みんなは各々考えた。
その矢先に山根が斉藤君を連れてくる。
「斉藤君オーケー頂きやしたー!」
山根に肩を組まれている斉藤君の顔は何だかギラついている。
一体何があった?
恥ずかしそうにしながらもギラついている斉藤君に、それをニヤニヤしながら「まぁまぁ」と肩を叩いて時折耳打ちする山根。頷く斉藤君の表情は輝きすぎていた。
しかし、その真相は謎に包まれたまま。この後、俺達はこの二人に巻き込まれて大目玉を食らい、尚且つ斉藤君はクラスで有名になることも知らずにバーベキュー当日を迎える事になる。
他のグループはバーベキューまでに何を作るかなどの相談を放課後やら休み時間やらにしっかりとしているのに、俺達のグループは何故か一回もやらなかった。
と言うのも、俺や他の奴らが「今日みんなで相談しない?」と持ちかけても、毎回山根が「そんなのいらないよ。安心しろって!」の一点張り。だから相談をする事もなく当日を迎えた俺達は当然何も持ってきてなかった。
器具は現地で貸し出しなので必要ないが、周りのグループがそれぞれ買い出ししてきた材料が俺達にはない。もちろん山根も手ぶらで来ている。
「俺達もしかして何も作らないのか?」
先生が点呼をとっている間に小声で山根に耳打ちする。
「バーベキューにきて何も作らないなんてしょうもないな! 考えもしなかったわ!」
俺の不安なんか気にもせず、山根は笑って俺の肩を叩いた。
点呼が終わって先生が呟く。
「うちのクラスの休みは斉藤だけか」
ビックリした。確かに斉藤君がいない。今まで気づかなかったのが不思議だが、確かに彼はいなかった。
そんな俺をあざ笑うかのように山根が先生に「斉藤君、なんか遅れて来るそうで直接現地に行くそうです!」と伝える。
先生は「そういうのは直接学校に言って欲しいもんだな」と頭をかきながら、わかったと頷いた。
バスに乗って目的地に着く。
もちろん俺達には食材がないので、仕方ないから機材だけでも準備してみるかと動き出すと山根が遠くを指差して叫んだ。
「来た来たー!」
俺達の視線がその方角に向けられる。遠くの方から一台のワゴンがこちらに向かっていた。
当然、みんなの視線を集めながらワゴンは目の前に止まる。
助手席から下りて来たのは斉藤君。
「おまたせ!」
爽やかな笑顔で俺達に挨拶を済ますと、運転していた斉藤君の父であろう人と共に荷物を降ろし始めた。
なんだ斉藤君が全部買い出したのか。と安心して、手伝おうとワゴン車の後ろに回る。
俺は目を疑った。
「なにこれ?」
思わず出た言葉に斉藤君は笑う。
「あぁこれ? うちの店のだよ。うちレストランやってるからさ」
斉藤君は人が変わったように得意気に話してくれた。どうやら今日作る料理と器材は全てレストランから持ってきたらしい。
「そ、そうなんだ……」
とりあえず相づちをうって、テキパキとセッティングする斉藤君とその父らしき人を眺めていた。
「さぁ! 調理にとりかかるよ! みんな待っててね!」
セッティングも数分で終わり、足早にワゴンが去った後、斉藤君は腕まくりをして俺達に笑顔を振りまく。
山根は「待ってました!」と言って手を叩いている。俺達も一応拍手をした。
その後の斉藤君は包丁を持つと人が変わるんじゃないかと思うくらい饒舌に喋りながら調理していた。
隠し味がどうとか。アルデンテがどうとか。
しかし、俺達にはそんなことより周りのグループの視線が痛すぎて気が気じゃなかった。何より、現地で与えられた器材は全く使用してないどころか、カセットコンロを使用している時点で最早バーベキューではない。
ご丁寧に調理台や大きめのテーブルに椅子まで用意しており、俺達の占領地は半端じゃなく広く、ここだけバーベキュー場ではなく、まるで庭園のようだった。
急に現れた貴族達……そりゃみんな見てくるわ。
しかし斉藤君にとってはその注目が嬉しいようで、聞いてもないのに大きな声で説明をしている。
「ハイ! ここで神戸牛入りまーす!」
料理番組さながらの実況。神戸牛なんて使うのか……
こうして、山根の狙いがわかった頃には俺達はみんなの注目の的になっていた。
「はい! お待たせー!」
斉藤君がペペロンチーノを持ってくる頃には注目どころか、既に人だかりが出来ていて何とも言えない恥ずかしさに山根以外は完全に縮こまっていた。
「さぁさぁ! 冷めないうちに食べちゃってよ! ハヤシライスはもうすぐ出来るから!」
斉藤君はもう既にキャラが変わっていて無駄にパフォーマンスじみた調理をしていた。
山根は気にせず美味い美味いと言いながら食べている。俺達も仕方なく気にせず食べることにした。
「う、美味い!」
食べた瞬間にみんなが口を揃える。
俺達が食べたペペロンチーノは屋外で食べる醍醐味をまるで無視したクオリティーで、ロケーションなんてまるで味わえない味は何とも違和感だったが、物凄く美味かった。
「めちゃくちゃ美味いぞー! 斉藤君!」
山根はフォークを振って叫んだ。
「まぁペペロンチーノ作らせたら大体そのレストランの実力わかっちゃうからね。こうゆうシンプルなパスタはモロに実力出るから。」
斉藤君は笑って別に聞いてもいない事を言っているが、山根は既に聞いておらず、ひたすらペペロンチーノを貪っていた。
「はい! お待たせ!」
ペペロンチーノをみんなが食べ終えた頃にハヤシライスが運ばれた。何と言うタイミング。
斉藤君は、今回のハヤシライスは自信作だね! とかなんとか言っていたけど、みんなはいつの間にかどんどん集まってきている人達に気が逸れている。
斉藤君はそんな俺達に気付いたのか、まかせて! と呟いてウィンクした。
「やっちゃったなぁー! ハヤシライス作り過ぎちゃってすごい余っちゃったよー!」
斉藤君は人だかりに向かって体を仰け反らし頭を抱えてオーバーリアクションをしだした。
「誰か食べたい人いるかい!?」
斉藤君は大声で問う。それを合図にみんなは一斉に手を挙げて斉藤君の元に集まってきた。
やはり山根は斉藤君をそそのかしたんだと確信する。
俺はハヤシライスを美味い美味い言いながら食べてる山根に答え合わせをする。
「斉藤君にヒーローにならない? とか言ったんだろ?」
「まぁそんなところ。だってどうせだったら美味いもん食いたいじゃん。斉藤君もムッツリそうだったしこれを機に人気者になるっしょ?」
山根はハハッと笑いながら、人だかりにハヤシライスを配りまくってる斉藤君を指差した。
まぁ利害一致とはちょっと違う気がしたが納得しておいた。それよりどうやって斉藤君がレストランの息子だと知ったのだろう。山根の情報ネットワークは謎が多い。
「おい! マジかよ!」
俺達がハヤシライスを食べ終えて一息ついた頃に怒鳴り声が響いた。
俺達が声の方に視線を移すと、そこには目を疑いたくなるような光景が広がっていた。
斉藤君のハヤシライスは予想以上の人気でとうとう品切れを起こしてしまったらしく、ずっと並んでいたのに食べられなかった人達がそれに怒りだし、今にも暴動を起こしかねない雰囲気になっていた。
「なぁ、あれヤバくない?」
俺は山根の肩を揺する。
山根は流石にマズいと思ったのかそちらを見ようともしない。
「気付かないフリ。気付かないフリ」
山根は俺の頭を下に向けた。
「ちょっとみんな! カモーン!」
少し離れた所から斉藤君の声が聞こえたが、俺達は全員聞こえてないフリを続ける。
並んでいた人達による怒声の量がどんどん増え続ける中、斉藤君は尚も俺達を呼び続ける。
「おーい! ヘールプ! みんなー! ちょっとー!」
確実に声は聞こえているが俺達は全員下を向き続けた。
しかし状況は悪くなる一方で、怒声はどんどんエスカレートして色んな罵声が入り乱れている。
きっと関係ない周りの人達はみんなこっちを見ているだろうな。と思った矢先に、ガシャーン! と何かが倒れる音と同時に斉藤君の悲鳴が響き渡った。
「うわー! ちょっと! ちょっと! ゴメン! みんなゴメンって! ちょっ! 山根くーん! 山根くーん!」
俺達は下を向きながら山根を見る。
「……何で名指しなんだよ……」
舌打ちをしながら山根はマズいなーと言った表情をしていた。
しかしこれで覚悟を決めたようで、ヨシっ! と両手で顔を叩いてみんなに、行くぞ! と目配せした。みんなも腹をくくって、おう! と頷いて顔を上げた。
現場は予想通り調理台が倒れていて、ものすごい人だかりになっている。
しかし斉藤君の姿が見えない。
俺たちは小走りで人だかりの方へ走り、中をかき分ける。
「ゲッ!」
斉藤君は人だかりに円上に囲まれながら土下座をしていた。
その何とも言えない光景に山根は思わず声が出てしまうが、気を取り直して笑顔を作る。
「まぁまぁ! 斉藤君も謝ってるし勘弁してあげてさ! ね!」
人だかりに向かって明るく言ってみるが、民衆は引かない。
「みんなの分もちゃんとあるからとかそいつ笑いながら言ってたぞ!」
「女の子には量が多かった!」
みんなの口から不平不満が止まる事は無く、事態は収拾がつかなくなっていた。
そんな事態を鎮圧したのは数学教師の岡本だった。
「おい! さっきから見てたらなんだこれは! お前ら何やってんだ!」
さっきから見ていたなら何故もっと早く止めなかったのか。いや、さっきから見ていたならどんな事態か分かるだろう。とみんな思ったが山根はその状況を上手く使った。
「マズいマズい! あいつに目を付けられたら面倒くさいぞ!」
みんなに、散れ! 散れ! と促す。俺達も同じ様にみんなを促す。
チャンスを逃さず最大限活用したおかげで、なんとか人だかりもバラけて、現場には俺たちの班と岡本だけになった。
ここでようやく斉藤君が土下座から解放されて顔を上げるが、もう号泣していてヒドい顔をしていた。
岡本はその顔に一瞬怯んだが、説教は止むことなく、結局俺達は反省文を次の日に提出する事になった。
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