とりあえず、夏

浅羽ふゆ

文字の大きさ
上 下
12 / 35

12

しおりを挟む
 目覚ましは鳴っていない。

 代わりに朝からうるさいミンミンゼミの泣き声に無理矢理起こされた。時計を見る。まだ約束の十一時まで二時間あった。
 家に居ても暑くて死んでしまいそうだ。俺は少し海で時間を潰してから待ち合わせ場所の横山商店に行くことにした。
 自転車を止めて、防波堤に座り潮風に吹かれながら自販機で買ったラムネを飲む。
 夏の風物詩の合わせ技はなんとも言えず、俺は夏を感じていた。
「椎名!」
 突然、後ろからかけられた声にびっくりして振り向くと、山根も自転車にまたがってラムネを飲んでいた。
「お前も暑さに負けたか!」
「当たり」
 ぼーっとしすぎて全く気づかなかった。俺は防波堤から下りて自転車に跨がる。
「んじゃ予定より早いけど、行きますか!」
 山根は俺の答えなんか聞く前に自転車を走らせた。
「おう!」
 俺は飲み干したラムネをごみ箱に投げ入れて、思いっきりペダルを漕いだ。
 山の方は本当に何もなくて、めったに行くことはない。通り抜ける田園地帯は民家も多くなくて、より一層田舎感が増す。海では広がる空が近く感じるが、こっちで広がる空は逆に空の高さを感じさせた。それがすごく新鮮だった。こうやって当たり前の事を再確認出来る瞬間が俺は好きだった。
 人がいないのをいいことに、二人で田んぼ道を「ワーーッ!」と大声を出して走りながら眺める山の緑と空の青と雲の白の見事なコントラストは「夏」そのもの。当たり前だけど、ここにも夏はあるのだ。
 俺と山根はこれから起こりうる様々な期待に自然と笑みがこぼれてしまって、しまいには大声で笑ってしまった。
 端から見たらさぞかし奇妙な光景だっただろう。が、人もいないので良しとした。
 俺の記憶は曖昧ながらも大事な所はしっかり覚えていて、進めば進む程、記憶が甦り、秘密の場所には難なく辿り着けた。
「うおー! スゲーッ!」
 山根は想像以上に素晴らしいロケーションに感動したらしく、今までにないくらいはしゃいでいる。
 一度来た事がある俺も一緒になってはしゃいだ。まるで山のなかにポッカリと穴が開いたように空が見えて、太陽が顔を出している。幼い頃の思い出以上の景色だった。
 川へ近づいてみる。人が来ない場所のせいか、魚も沢山泳いでいて今にも釣れそうだ。
「椎名! 最高すぎでしょここ! あー早くみんなで来たいなぁ!」
 山根の言葉に相槌をうちながら、俺は石に座りズボンの裾を上げて、川に足を突っ込んだ。
 ヒンヤリと気持ちが良い。目を瞑って四人で来る日を想像してみる。
 心臓が脈打つ。ワクワクが止まらない。楽しいシーンしか浮かばない。
 間違いない。これは素晴らしい日になる。
「なーに浸ってんだよ!」
 確信したのも束の間、山根が途中で買った二つラムネを差し出してきた。せっかくだから川で冷やして飲む事にして、ラムネと足を川に浸けたまま下らない話を延々続けた。
 時間はあっという間に過ぎて、帰る頃に飲んだラムネはしっかりと冷えていた。

 微炭酸が乾いた喉を潤す。夏はまだまだ俺達を楽しませてくれそうだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

朝起きたらイケメンだったはずの俺がブサイクになっていた

綾瀬川
青春
俺は西園寺隼人。15歳で明日から高校生になる予定だ。 俺は、イケメンでお金持ち、男女問わず友達もたくさん、高校生で美人な彼女までいた。 いたというのが過去形なのは、今日起きたら貧乏な家でブサイクになっていたからだ。 ーーなんだ。この体……!? だらしなく腹が出ていて汚いトランクス履いている。 パジャマは身につけていないのか!? 昨晩シルクのパジャマを身に纏って寝たはずなのに……。 しかも全身毛むくじゃらである。 これは俺なのか? どうか悪い夢であってくれ。 枕元のスマホを手に取り、 インカメで自分の顔を確認してみる。 それが、新しい俺との出会いの始まりだった。 「……は?」 スマホを見ると、超絶不細工な男がこちらを見ている。 これは俺なのか?夢なのか? 漫画でお馴染みの自分の頬を思い切りつねってみる。 「痛っっっ!!!」 痛みはばっちり感じた。 どうやらいまのところ夢ではなさそうだ。 そうして、俺は重い体をフラフラさせながら、一歩を踏み出して行った。

【ショートショート】ほのぼの・ほっこり系

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半〜5分ほど、黙読だと1分〜3分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

沢田くんはおしゃべり

ゆづ
青春
第13回ドリーム大賞奨励賞受賞✨ありがとうございました!! 【あらすじ】 空気を読む力が高まりすぎて、他人の心の声が聞こえるようになってしまった普通の女の子、佐藤景子。 友達から地味だのモブだの心の中で言いたい放題言われているのに言い返せない悔しさの日々の中、景子の唯一の癒しは隣の席の男子、沢田空の心の声だった。 【佐藤さん、マジ天使】(心の声) 無口でほとんどしゃべらない沢田くんの心の声が、まさかの愛と笑いを巻き起こす! めちゃコミ女性向け漫画原作賞の優秀作品にノミネートされました✨ エブリスタでコメディートレンドランキング年間1位(ただし完結作品に限るッ!) エブリスタ→https://estar.jp/novels/25774848

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

処理中です...