上 下
68 / 89

68

しおりを挟む
「ここらで、いいか」



 森の中心部。鬱蒼と生い茂る木々が俺たちを外界から包み隠してくれている。

 しかし、念には念を入れたい。



「シルフィス。暗幕かけてくれるか?」



「お安い御用だよ」



 シルフィスが手を振り上げると、頭上に薄靄が現れ、やがてドーム状に俺たちを囲った。



「これでOK。侵入者が来たらすぐにわかる」



「お見事。んじゃ、まぁ始めるか」



 俺がナレッジを取り出すと、シルフィスは興味深げに見つめてきた。まぁ、こいつからしたら今から俺が見せるもの以上に気になるものかもしれないが、まぁきっとこれを見たらビックリするさ。



「ちょっと待っててくれ。精神統一が必要なんだ」



 目をつむり、俺は自身の心の闇を探る。

 誰しもが持っているこの深淵を俺は膨らませる作業に没頭した。

 そして、ゆっくりと目を開けると俺はシルフィスに向かって手のひらを向ける。



「まぁこんなことしなくたって相手を思い浮かべるだけでどこでも出来るんだけどな。覚悟しとけよ。なんの能力も持たない人間がこれを放てたんだからな」



 死ね。と心の中で強く思い、手を握る。



「!? これは!?」



 すると、シルフィスの右手の指先が黒く腐り果てていった。



 そのどす黒い腐食はしかし、アカーシャのものよりだいぶ小規模で、また進行も遅々として進まなかった。



「訂正。俺じゃこの程度が限界だ。悪意が足りねぇ。アカーシャの悪意はもっとすごかった。つまり術者が悪もんなら悪もんであるほど、術の威力は高まる」



 そう。俺がシルフィスに放ったのはアナリティクスで解析した例の呪術だった。



「なるほど……指先だけでこの痛みか……これは、正に呪いだねぇ」



 流石は宮廷魔導士団団長の男。そんじょそこらの痛みじゃ取り乱さないか。

 まぁ、こんだけ待ってみても全然進行しないし、もういいだろ。



「じゃあ解呪するぞ。これにも精神統一が必要だからちょっと待っててくれ……」



 またもや俺は自分の心の悪意を探す。

 解呪には一度、使ってしまった闇では足りず、さらにその倍の悪意が必要なので俺はそれをかき集め膨らませるのに随分と時間がかかってしまった。



 その間、およそ2時間!!



 なんと、まぁずいぶんと心根の優しい俺なんでしょう!

 全然悪意がないじゃない! 俺! 正義の味方はやっぱりちがうねぇ!



 などと、言ってくれる人もおらず俺は集めた悪意が消えぬうちにさっさと解呪をほどこした。



「……すまん。ずいぶんと手間取っちまった」



 俺がフーッと一息つくと、シルフィスは元通りになった手を眺めながらグーパーした。



「元通りに戻るんだねぇ」



「あぁ。しかし、失った命までは戻らねぇ」



「まぁ、そうだろうねぇ」



 それで? とシルフィスは俺に向く。



「本題はここからなんだろう?」



 ご名答。流石は団長さん。

 

 そう。俺が伝えたかったのは呪術のヤバさだけじゃない。

 ここからさらに俺は事の経緯を説明していった。



 黒幕はハッキリしていないが、アカーシャに接触を図ったのはザイバラの者。

 つまり敵国になりえる存在からの使者だ。

 なぜ、アカーシャなんかにこんな知恵を与えたのか。

 奴の記憶では都合のいいことを言っていたが、おそらく虚偽にちがいない。

 故に今、考えられるのはザイバラからこの国の貴族たち、または国民全員に呪術が広がる可能性がある事。

 そして、それらに対抗できる術を持つ者は、どこかにいる祈祷師か俺以外にいない事。

 つまり宮廷魔導士団でも対処できない事だ。



「……これの意味する事がわかるか?」





 俺の問いにシルフィスが「ふむ」と頷いた。



「この国が潰される可能性がすぐそこまで来ている、かな」



 その答えに「そういうこと」と俺は腕を組む。



「なので、俺はお前だけに対処法を伝授しようと思う。いいか、今から伝える魔法はかなり危険な代物だ。だから、絶対に誰にも伝えるな。そして、ここぞって時に使え。正直、お前にだって教えたくねーんだが、誰にも教えないわけにもいかねーしな」



 はぁ、とため息をつく。

 ほんと。マジでもったいねーよ。でもなー、これであの国が終わるなんてのも嫌だしなぁ。

 ギルドや他の冒険者連中も荒くれだが、良い奴らばっかだし。

 あんだけ生活しちゃ情も移っちまうよ。ったく。



「おぉ。それは光栄だねぇ。僕は君のお眼鏡にかなったのかい?」



「まぁ、そーいうこった。宮廷魔導士団のトップであるお前なら真っ先に情報が来るはずだからな。呪術には対処スピードが物を言う。もし、アカーシャ以上の悪人が呪術に手を出した時はきっとあの村以上の死者が出るだろうから」



「ふむ。なんだか、君を宮廷魔導士団にスカウトしたくなってきたよ」



「はっ! まっぴらごめんだね!」



 俺は「べ」と舌を出す。そんでナレッジのページをめくった。



 さて、今から伝授してやろうと思った矢先にシルフィスから待ったが入る。



「僕だけじゃなく、せめてルカやアローナ、クロウにも伝えてはダメかい?」



 まぁ、そう考えるのは妥当だろうな。



 しかし、俺は首をふった。



「ダメだ。信用してないわけじゃねーが、まだ気がかりがある」



 そう。アカーシャの記憶が消されていた部分。あれが、ずっと気がかりだ。

 そして、腐っても貴族。しかも敵対しかけている国の貴族に謁見する事が果たして可能なのだろうか?

 憶測にすぎないが、やはり懸念はある。慎重にいきたい。

 もし、これでシルフィスが裏切者だったらそれこそ壊滅的だが、それならそれでいい。



 これは、予防線でもあり、また罠でもあるんだからな。



 もしこれで魔法が出まわったら犯人はシルフィスしかいない。

 単純なマーキングだが、効果はわかりやすいからな。



「んじゃ、始めるぞ」



 俺はシルフィスの胸に手を当てる。





 なんだか、これだけ見てると愛し合ってるみたいだが、目をそらしていよう。





 こうして、俺はシルフィスに呪術に対抗する魔法を伝えていった。



 アカーシャにこの魔法を使ったのは全部こうする為だったのだよ!





 と、心の中で叫びながら。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

鬼神転生記~勇者として異世界転移したのに、呆気なく死にました。~

月見酒
ファンタジー
高校に入ってから距離を置いていた幼馴染4人と3年ぶりに下校することになった主人公、朝霧和也たち5人は、突然異世界へと転移してしまった。 目が覚め、目の前に立つ王女が泣きながら頼み込んできた。 「どうか、この世界を救ってください、勇者様!」 突然のことに混乱するなか、正義感の強い和也の幼馴染4人は勇者として魔王を倒すことに。 和也も言い返せないまま、勇者として頑張ることに。 訓練でゴブリン討伐していた勇者たちだったがアクシデントが起き幼馴染をかばった和也は命を落としてしまう。 「俺の人生も……これで終わり……か。せめて……エルフとダークエルフに会ってみたかったな……」 だが気がつけば、和也は転生していた。元いた世界で大人気だったゲームのアバターの姿で!? ================================================ 一巻発売中です。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

処理中です...