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「まぁ、座れよ」



 クレイがさっきまで座っていた席へと促すと、ユナは恐縮しながらも腰を下ろした。

 あ、やっぱり近くにくると良い匂いするな。



「あああ、あの……ななな、なんで、わわ、私のを……?」



 ユナは相変わらずのあたふたっぷりで聞いてくる。まぁ、確かに他の奴らが作ったもんと比べるとコイツが特に料理が得意って訳でもないのは分かるが、別に苦手って感じでもないだろう。

 現にこうして俺はユナの作った料理を選んだわけだし。



「んー、まぁ味もそうなんだけどさ。なにより、その、なんつーの?」



 あれ? なんか普通に感想を伝えようとしてるだけなのに何か恥ずかしい!

 え? なにこれ? 俺、なんかドキドキしてない?



 ――――――――あれ? なんか、ユナって改めてみると……なんか可愛い!!



「そそそ、その。なんだ? えーっと。まぁ、俺が一番また食いたいと思ったのがこれだったっつーか? 率直になんか食べてて幸せな気持ちになったっつーか? えええ、えーっと」



 明らかに動揺している俺。完璧にユナっている。

 しかし、そんな俺の動揺もどこ吹く風。ユナは顔を真っ赤にして両頬を押さえていた。



「ええええーっと、ですね……その……ううう、嬉しい、です……です」



 うるんだ瞳を上目遣いで向けてくるユナは、その、マジで女の子だった。

 いつものサイコパスっぷりも無く、ネガティブモードも薄れている。

 そうだよ。俺が求めていたユナは、こういうユナだ。



「ユナ……」



 俺はユナの腕をつかんでこちらに引き寄せる。



「わわわ……」



 目を見ひらきながらも俺に逆らう事も無く、ユナはその体を俺に預けた。



 ぎゅーっと抱きしめる。



 よくやった。よく頑張った。よく更生した。



 そうだ。それでいーんだよ。そういう普通のお前が見たかったんだ。

 これからはもう返り血浴びながら薄ら笑いを浮かべることなく、衝動を抑えきれなくなり、つい事故に見せかけて仲間を攻撃しようとしたりすることなく、撲殺を愛すことなく過ごしてほしい。



「ユナ……ユナ」



 もう俺は父親の気分で彼女を抱きしめた。

 やわらかく、吸い付くようなハリのある白い肌。

 華奢で、しかし筋肉質でもない。女性らしいモチモチの感触。

 サラサラの髪を撫でつけつつ、胸元の弾力が俺の体に広がる。中に水でも入ってるんじゃないかと疑ってしまう柔らかさだ。



 抱きしめたら折れてしまいそうな腰。一体、こいつのどこにあのスピードとパワーを生み出す力が秘められているんだ?



 いや、そんな事どーでもいい。



 今はこの子を抱きしめていよう。ぎゅーっと。離さずに。そして、このまま一夜を共にし、そして……。



 ん? なんか抱きしめてる趣旨変わってねーか俺? ま、いっか。とにかく今はこの可愛い女の子をどうやって抱いてやろうかしか考えられない。





「いや、あんた。今は禁忌の書の事を考えなさいよ」





「!!!???」



 声に体が反応して咄嗟に俺は体を引きはがす。



「えええ、エミル! いつの間に!」



「さっきからずーっといたからね! ばーか!」



「私もいたから。見てたわよ」



 アリアスまで……っつーか、



「クレイ! お前いったい何が目的で!」



 相変わらず満面の笑顔でこちらを伺っているクレイに俺は怒号を放つ。

 しかし、彼女はそんなもの意に介さずパチパチと拍手を送ってきた。



「すごく良い光景でーッス! やっぱり料理は愛でス! ユナちゃんの愛が勝利を勝ち取ったんでス!」



「あああ、愛だなんて……そそそ、そんな」



 滅相もございません。といった具合に顔をブルンブルンとふるユナ。いや、ちょっともねーのかよ愛。



「ねー? 私たちいつまで、そのイチャイチャ見てたらいーわけー? っていうかユナー、そんなんが好みだったんだー?」



「ちちち、ちがいます! そそそ、……それは、ありません!」



 ねーのかよ。ちょっとはあれよ愛。



「別にいいのだけれどね。でもパーティー内恋愛も不和を呼ぶケースが結構多いから気を付けてよね」



「だだだ、だから、ちちち違うんですよ! あああ、アリアスさん……!」



 からかわれ、またあわてふためくユナを見て、ようやくエミルとアリアスは笑った。



「うっそーん! じょーだんだよ! ユナ! そんな事わかってるから安心してよね!」



「ごめんなさい。私もついエミルにのっかってしまったわ。悪い冗談だったわね」



「ももも、もー! ですよー……」



 プンスカと怒るユナだったが、その顔には笑みがこぼれていた。





 ……え? 今の下りで俺だけ傷ついてね?



「ではではー! 今回はみなさんの勝利というわけでーッス! なので、下に降りる権利がありまス!」



 どうぞ! とクレイが手を向けると、食材棚が沈んで代わりに下へ降りる階段が現れた。



「もうちょっと皆さんと遊んでいたかったんでスけど、残念でス!」



 クレイはそう言うが、俺たちは遊んでいたわけでもなくただ料理勝負をしていただけだ。

 まさか、あの勝負もコイツにとってはただの遊びだったとか?

 なら、もしかして……。



「お前、ただ自分の趣味に俺たちを付き合わせただけだったのか……?」



 俺の問いにクレイは「そうでーッス!」とジャンプした。



「ウチは料理が大好きでーッス! 何より自分の料理を食べた人の笑顔が大好きなんでス! だからそれをみなさんに知ってほしくてこの料理勝負をしたんでス!」



「なんだそりゃ」



 意味が分からない。多分、意味はないんだろう。

 要はコイツの暇つぶしって訳だ。



「まー、たまには自分で作るのもいいかもーって思ったけどねー。クレイの料理も美味しかったし」



「え? エミルもクレイの料理食ったのか?」



 俺が顔を向けると「当然でしょ」と言葉が返ってくる。



「あんたが食ってるあいだ、わたしたちも別の部屋で全く同じもん食べてたわよ」

「えぇ。まぁ良い団らんの時間だったわね。たまには家でも女子だけの食事会したいわね」



「それあるー! やろー! ねーユナ!」



「ははは、はい! ぜひぜひ……おおお、お願いします!」



 は? なんだそれ? なぜそういう話になる。



「でもユナはもうちょっと料理練習した方が良いわね。今度一緒に作りましょうか」



「ぜぜぜ、ぜひ!」



「じゃー、私は試食係でー!」



「エミルは別に料理美味いんだから作ればいいのに。ほんと、めんどくさがりやなのよね」



「いーもーん! めんどくさがりやだもーん!」



 エミルの返しに女子3人が笑う。いやいや、だから何それ?



 しかし、そのまま俺を放っておいて3人とも階段を下りて行ってしまった。

 どうやら、俺がクレイと二人きりで審査をしている間、彼女らは談笑しながら食事を楽しんだらしい。



 女子会か!!



「へへへーん! でもでもでスよー?」



「あん?」



 含み笑いをもらしつつ、クレイが俺の肩に手をかける。

 そして、耳元でささやいた。



「自分の料理を食べてる間はみんなソワソワしてましたし、美味しいって言ってもらった時は嬉し恥ずかしそうに微笑んでましたでス!」



 素直じゃないでーッス! とクレイは体を離して走って行ってしまう。



「おい! ちょっと待て!」



 かけた声に立ち止まり、クレイは振り返った。



「お前、俺が審査してる間、ずっと隣にいたじゃんか。なんでその時の異空間の様子を知ってるんだよ」



 今の俺は妄想にふけっている訳でもないので、するどいぞ? そういうの聞き逃さないからな!



「うーん! それは、でスねー! こういうことでーッス!」



 言うや否や、クレイは分身した。



「「これがその答えでーッス!」」



 重なる声に俺は笑みを浮かべる。



「そういうことか」



「「ふふーん! さすがお察しが早いでーッス!」」



「まぁな。伊達に司書やってねーから」



「「シショ?」」



「いや、なんでもねーよ」



 またな! と二人に増えたクレイに手をふり、俺は階段を下りていく。





 クレイも笑って手をふり返しきた。どーやら、俺たちは気に入られたようだ。



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