あの夏の歌を、もう一度

浅羽ふゆ

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 ――――大事件。

 ――――緊急事態。

 こんな風に言えばテレビで流れている清純派女優の熱愛報道より、僕にとってとんでもない事が起きたって伝わるかな。まぁ伝わった所で何がどう変わるって訳じゃないんだけど。
 事の発端は夕ご飯を食べている時の父さんの一言だった。

「蛍(けい)。申し訳ないんだが……来月、引っ越す事になった」

 唐揚げを持ち上げたばかりの僕の箸が止まった。
 開いたまま塞がらない口で正面の父さんに顔を起こすと、父さんは僕に目を合わせる事無く黙々と食事を続けていた。
 大人の事情。
 すまない。
 お前にも迷惑かける。
 すまない。
 父さんは合間に「すまない」を何度も挟みながら、僕らの置かれた状況について説明した。
 要は転勤が決まって、何とか村に引っ越さなきゃならないって事らしい。
 頭の中は真っ白だったけど、えらく回りくどく言う父さんの言葉を要約するとこんな感じ。
 まぁ中学二年生の息子を一人残して単身赴任なんて無理な話ってわかっているし、大体バツが悪そうに一回も僕と目を合わせる事無く話す父さんに、駄々なんてこねられる筈が無い。
 これでも割と孝行息子でやってきているんだから。
 だから口には出さずに心の中で問いかける。

 ――――父さん。それ、サセンってやつ?




 ◇◆◇◆◇◆◇◆




 それから僕の周りは少しずつ変わっていった。
 家の物はどんどん片付けられていくし、自分の部屋も段ボールが日に日に増えていく。
 荷造りをする度に溜め息をついているのは内緒の話だ。
 あの時は素直に納得したフリをしたけど、正直、全然納得いってない。
 何だよ『村』って。それって田舎って事でしょ? ダサ過ぎ。僕、虫大嫌いなのに。
 父さんもダサ過ぎ。サセンって何だよ。そんなにダメダメだったの? 家ではそんな風に見えなかったのに。ガッカリだよ全く。
 なんて心の中で文句を言ってもどうにもならないから本当にイヤになる。
 大体、都会暮らしが染み付いちゃっている僕が田舎でホントにやっていけるのかな。
 正直、不安でいっぱいだよ。
 でも、それを口に出すと父さんもウザイいくらいに気にするから、これらの愚痴は親友のユーヘイにしかこぼせない。
 ユーヘイは僕が転校すると浜野先生が朝のHRで告げたその日から、僕との帰り道をわざと遠回りする様になった。
 思い出話で笑い合ったり懐かしんだり、いつも通りの話でもいつも以上に笑って、別れ道で振る手はいつも以上に寂しかった。
 こういう状況になってみると何気ない時間が何よりも大切だったんだって思えて来る。
 まるで合唱曲の歌詞みたいでちょっと恥ずかしいけど、本気で思ってる。
 それと、実際に体験して分かった事がある。
 大人の引っ越しと子供の引っ越しは重大さが違う。
 転勤と転校って字にしたら似ているけど全然違う。絶対に違う。
 だって担任の浜野先生が朝のHRで僕の転校を告げた時から、クラス中が僕中心で動いているんだもの。やれお別れ会の準備とか、体育でも僕のリクエストでキックベースをやったりとか、遊びに誘われるのも毎日だしみんな何かと別れを惜しんで僕を放っとかない。
 でも、父さんは至っていつも通りだ。
 何かやったりするのと聞いてみたら送別会ってのがあるだけだってさ。
 後はヒキツギ? とにかく仕事が大変みたい。
 だから会社ってきっと学校とは全然違うものなんだろう。だって仕事だし。大人だしね。だからいちいちお別れに特別な感じも必要ないんだ。きっと。
 でも、子供は違う。
 突然告げられた友達への別れにみんなが協力して毎日を思い出に変えようとする。他にやる事がないって言ったらそれまでだけど、みんな僕を最優先事項にして毎日を過ごすんだ。
 そういや、これがキッカケで女子と男子がいつもより仲良くなった気がする。放課後に男女が一緒に遊ぶなんて今までほとんど無かったのに、今ではそんなに珍しくない。
 全くズルいなぁ。これじゃ余計に転校なんてしたくなくなるじゃないか。きっと僕が転校した後も縮んだ距離は変わらないんだろうな。
 距離が離れるのは僕だけ……やっぱり転勤無くなりましたってならないかな。ならないよな。

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