守り風のルル

アリア

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守り風のルル

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 ここは、風が生まれる谷。
 風の谷の長が杖を掲げると、つむじ風が起こり、風の子供たちが生まれる。

 ルルは、最近生まれた小さな小さな風の子。

 風の子供たちは、この谷で大人――地上に吹く――風になるための修行をする。
 草木を揺らしたり、波紋をつくったり、竜巻を起こしたり、地上に吹くあらゆる風になれるように。

 「ルルも飛ばしてみなよ」
 草かげに、ひっそりと咲くタンポポ。
 その綿毛を運ぶために皆がタンポポを輪にして集まる。
「うんと遠くに運んであげようよ!」
 友だちのカナナが、「お先に~」と勢い飛び出し、綿毛を吹いた。
 ふわりふわりと綿毛は、カナナの風に乗って飛んでいく。
 次々に、風が起こり、綿毛が、どんどんなくなっていくのを、ルルは泣きそうになりながら見送る。
 ルルは、他の子より小さいから、タンポポの綿毛を飛ばすのも、すぐにできなくて、時間が掛かるのだ。
「今日は、やめておくね」
 そう言って声をかけて笑うのが精いっぱいで、ルルは皆の姿が見えなくなってから、さっと岩場に隠れてため息を吐いた。

 谷に、二度目の春が来た。
 一緒に生まれた友だちは、とっくに旅立ち、後から生まれた風たちも次々と旅立っていく。
「いってらっしゃい~」
 ルルの声に、
「ルル、またね~」
「楽しかったね~」
「ルルも素敵な風になってね~」
 口々にさよならを言って、一斉に旅立つ風の大人たち。
 谷にゴウッと風が鳴る。
 それは、お別れのときの風。
 あっという間に、いなくなる風たちにルルは、無性に寂しくなる。
「……よい旅を」
 隣で見送る長は、谷が静かになると呟いた。
「いつになったら旅立てますか?」
「時が来たらいずれ」
 にっこりと長は笑う。
「長は寂しくないんですか?」
 どんなに仲良くなっても必ずいなくなってしまう。
 今回は特に、たくさん笑いあったキキが旅立ち、本当に辛かった。
 一緒に行けたら、きっと楽しかったのに。
 さっきまで一緒にいたことを思い出し、気持ちが沈んでしまう。
 何度見送っても、慣れない寂しさに思わず尋ねた。
 長は、数え切れないくらい見送り続けているのだ。
「また逢えますからね。風の大人たちは、役目を終えたら風の赤子になり、谷に戻ってきます。名前も、形も新しくなりますが、それでもまた逢えるので」
 長の空を見る澄んだ瞳をした横顔が眩しい。
「じゃあ、次からは笑って見送ります」

 そして、ついにルルの旅立ちの日が来た。
 谷を流れる水が凍るほどの、冷たい冬の朝。
 ルルは、周りを見回したが、そこにいるのはルルだけだ。
 自分の役目は、皆と一緒に風を起こす、大風や波風ではないらしい。
「毎日よく頑張りましたね」
 長は、優しくルルを撫でた。
 ルルは小さいながら、大きな木の葉がしなるほどの風を起こせるようになったのだ。
 ――どんな風になれるんだろう。
 ルルは、ワクワクしながら言葉を待った。
「ルルのお役目は一時の風です」
「え」
 ルルは、一言呟いて、それからユラユラと周りを漂った。
 そんなのヒドイ。
 一時の風は、たった一瞬だけ吹く風で、あっという間に消えてしまう。
 大人になるのを諦め消えてしまった風の子たちもいる中で、自分は旅立つ日を夢見て毎日頑張ってきたというのに。
 見送り続けた皆のことを思い出しても、嬉しさより悔しさが勝つ。
 どうして、と叫びそうだった。
「とても素敵なお役目と思いますよ。どの役目も大切なものですけれど」
 波を作ってみたかった。
 花を揺らしたかった。
 雲を動かしたかった。
 思い描いていた、どれでもない風になる。
 たまらなく切ない。
「あなたの吹く予定の場所まで行ってみましょうか?」
 そう言うと、ショックで震えるルルを抱え長は谷の上に舞い上がった。

 山を抜け、海を抜け、ルルたちが辿り着いたのは、ビルが立ち並ぶ街だった。
「落ち着きましたか?」
 ルルは頷く。
 時間は掛かったけれど、大人の風になれたこと。
 海も花も雲も目にできたことが、ルルの気持ちを少しずつ穏やかなものに変えていく。
「谷とは全く違うでしょう」
 ルルは、街路樹から下の様子を見る。
 何もかもが自動的に動く世界のようで、未知の世界だった。
 (出番なんてあるのかな?)
 目の前の工事中のビルだって、工具も鉄鋼も屋上にある機械がさっさとあげてしまうのに。
「決めるのは、ルルです」
 長は、柔らかく笑う。
 しばらくルルは、辺りの様子を見守ることにした。

 工事中のビルのそばの歩道を、家族連れや、サラリーマンが行き交う。
「わぁぁああ!」
 屋上で大声が響きわたった。
 何事かと見上げる人々。
 結わえてあったワイヤーが解け、拍子に鉄棒が地面に物凄い速さで落ちていく。
 その下にはランドセルを背負った女の子。
 驚きのあまり、足がすくんでいるのか動かない。
 (危ない!)
 ルルは、考えるより先に飛び出していた。
 バアァーン!
 と突風が巻き起こり、鉄棒はバラバラと地面に音を立てて散らばる。
「!」
 ルルは、女の子と目があった気がした。
 鉄棒が落ちた場所を見ても、怪我をした人はいないようだった。
 不思議な出来事に、間があって拍手が沸き起こる。
「大丈夫?」
 びっくりし過ぎたのか、しゃがみこむ女の子に駆け寄るサラリーマン。
「うん! 風が助けてくれたもん!」
 女の子は笑顔で元気よく応える。
 その笑顔に、心に残っていた悔しさや切なさもどこかに行ってしまった。
 良かった……。
 ルルは、ホッと息を吐く。
 それと同時に自分の体が景色に透けていくのを感じた。
「ルル、谷で待っていますよ」
 長の優しい声にルルは目を閉じた。
 ――次も誰かを守れる風になれたらいいな。
 そう思いながら。
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