きみにふれたい

広茂実理

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はばたきの3月

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「卒業式って、こんな感じなんだー」
 体育館の壁をすり抜けて、中を覗く。校歌を斉唱したり、一人ずつ名前を呼ばれて卒業証書を受け取ったり。そんな様子をしばらく見てから、またいつもの桜の木へと戻った。
「来てくれたんだね」
 そこには、彼がいた。
「約束だから」
「……ごめんね、休みなのに」
「良いよ。さくらさんに会いたかったから」
「ありがとう」
 それからは、二人で黙ってしまった。聞いていいものかあぐねたし、彼もどこかまだ迷っているようだった。
 体育館からは、流行っているらしい卒業ソングが聞こえてきていた。
「さくらさん……」
 静かな声が、柔らかく響く。私は、俯けていた顔を上げた。
「はい」
「俺はやっぱり、まだまだずっとこのまま、変わらず過ごしていたいと思う」
「うん」
「せめてあと二年はって、思う」
「うん」
「それに、俺が先生になって帰ってくるのを待っていてほしいとも思う」
「うん」
「教師になった姿を見てほしいと、思う」
「うん」
「でもさ、さくらさんの描いた未来を見てみたいとも、思うんだ」
「うん……」
「俺が奪ってしまった貴方の命だから、さくらさんが望むならって、思うんだ……」
「うん……」
「すごくすごく迷った。会えなくなるなんて、そんなのはやっぱり嫌だよ」
「う、ん……」
「ねえ、やっぱり二年後じゃダメなの?」
 縋る声に、揺らぎそうになる。
 しかし、私はふるふると首を振った。
「……少しでも早く、望みを叶えたいから」
「そっか……………………わかった」
 彼は涙をいっぱいに溜めて、精一杯の笑顔で。
「俺たちの一番の願いが、叶うなら――」
 まっすぐに私を見て、震える声で言った。
「俺は、貴方の夢を、俺たちの夢を、一緒に叶えたい」
「うん、うん……」
「さくらさん……」
「レオくん……」
 私は。
 私たちは。
 貴方に。

 君に、触れたい――

 だから、奇跡を信じよう。
「さくらさん、十年間、ずっと、ずっと見守っていてくれて、本当に、ありがとう」
 ついに流れてしまった涙を拭いもせずに、彼は言葉を繋ぐ。
「さくらさんからこの話を聞いて、本当に悩んだ。もう会えないかもしれないって思ったら、辛くて悲しくて、想像もしたくなかった。だけどさくらさんが、ずっとずっと先の未来を考えてくれたから。俺たちの願いを叶えるために、考えてくれたから……だから、今度は俺が待っているから。必ずまた会えるって、信じてるから」
「うん。今度は、私がレオくんを見つけるからね。もしも、レオくんのことを忘れてしまっていたとしても、必ず、必ず会いに行くから」
 涙声など構うこともせずに、私たちは約束をする。

「生きて、必ず会おう」

「好きだよ。さくらさんが、好き。愛しい。愛してる」
「私も好きだよ。レオくんだけをずっと想ってる。たくさんの想い出をありがとう。貴方を、愛しています」
 私たちの最後のキスは、涙の味がした。
「さよならは、なしね」
「うん」
「じゃあ、またね、レオ……」
 何でもない日常の別れのように、私は手を振って、背を向けた。
「っ、さくら――くっ、……さくらーっ――!」
 黒崎礼央の叫び声が、晴れ渡る青空へ響き渡る。
 私はこの日、この世を卒業した。

 生まれ変わりなんて、本当に可能なのかわからないけれど。また出会えるのかなんて、わからないけれど。
 それでも、信じたかった。
 信じてみたいと思った。
 彼とならできると思った。

 最初から望めなかったはずの私たちのラブストーリーは、ハッピーエンドを信じて、エンディングを未来へと持ち越した。
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