ツギハギドール

広茂実理

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黒髪ドール

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「芹沢煌は、遺体損壊の罪に問われている。殺人罪じゃない」
 その後の捜索と事情聴取の結果わかったことを、近藤敢はそばで漂っている斉藤初に話して聞かせていた。その話によると、煌の目的は完璧なドールを作り上げることにあったそうだ。
 ネット上で、カスタマイズした自慢のドールたちの写真を掲載し、自身の求める完璧な美を追求していた少女。常々、人気で綺麗な沖田奏のことをと思っていたそうだ。
「もう少し肌が白かったら……もう少し脚の形が綺麗だったら――そう悪びれもせず喋っているそうだ」
 そんな中で、偶然に起こった交通事故。芹沢煌の中で、その瞬間、何かが閃いてしまった。
「沖田奏をベースに、斉藤初の白い肌。藤堂徳の綺麗な脚。伊東祥の美しい鼻。伊東克の可愛らしい目――それらが、すべて彼女には一つ一つのパーツに見えたのだろう。組み合わせたら、自分好みのものができあがるってね」
「だから、遺体を盗んだ……」
「どこで知り合ったんだか……まったく、あのロリコン野郎。芹沢煌は永倉を懐柔して、手駒のように扱っていた。永倉も彼女とは『きらら』の愛称で連絡を取っていたらしい。だから、すぐに芹沢煌がそのきららだと、わからなかったそうだ」
「でも、彼女はどうして殺人罪には問われていないんですか? パーツが欲しいから襲ったとかじゃ、ないんですか? あの刑事さんに頼んで、とか」
「違う。だが、君のように襲おうとはしていた。それは、事実らしい」
 二人は、並んで歩いていた。近藤敢が初に言うには、今から向かう場所に真実があるという。
 初の自宅がある地域の最寄り駅から、事件の話をしながら歩く道。初は、見知った風景が流れていくその道中で、行き先を彼に尋ねることができないでいた。
「わたしのように?」
「そう。まず彼女は、藤堂徳を殺そうとした。女の子のドールを持って、隙を窺っていたんだ。だけど、何者かに先を越されてしまった。だから、仕方なく彼女そっくりに解体したドールを現場に残して去った」
「どうして、ドールを残すようなことを……」
「君と同じさ。自分が為そうとしていたことを、横取りされた。自分の獲物を掻っ攫われたんだ。爪痕くらい残したいと思ったんだろう。彼女は、自己顕示欲が強そうだったからね。先の交通事故に関連させ、すべてが繋がるように仕掛けた。沖田奏――いや、斉藤初。君を悪者に仕立て、君の呪いとでもしたかったんだろう」
 斉藤初が、すべての元凶――芹沢煌に随分と嫌われているものだと、初は苦笑いした。
「その流れで、伊東親子も手にかけようとした。だが、これもまた先を越されてしまった。だから同じく、ドールを残していった。おそらくだが、芹沢煌には実行犯が誰なのかがわかっている。僕は、そう思う」
「その、やっぱりわからないです。どうして、彼女が実行犯じゃないって言えるんですか?」
 初の質問に、敢は苦笑した。彼女の疑問は、もっともだ。
「彼女が実行犯だった場合、いくつか矛盾点が発生するんだ。一つ目、実行犯は、事故に見せかけてターゲットを殺害していること。だが、ドールのせいで他殺の線が浮上している。二つ目、実行犯は、殺害後すぐに現場を立ち去っている。防犯カメラ然り、盗難車然りね。だけど、現場には遺体にそっくりな状態のドールが残されている。三つ目、カメラが捉えた映像の中で、盗難車から出てきた人物のシルエットは、大学生くらいの青年だった。だが、芹沢煌は小柄な少女。どう変装しようとも、体格を偽装することはできない。……他にも聞きたいかな?」
「いえ、十分です。ひき逃げ犯のシルエットは、わたしも気になっていましたから……」
 やわやわと、力なく首を振る初。しかしと、顔を上げた。
「それじゃあ、芹沢さんが知っているらしいという実行犯は、いったい――横取りってことは、あの刑事さんじゃないってことですよね?」
「ここでは、言えない。直接、確かめるまではね。だけど、芹沢煌の口振りからは、そう読めた。言わないのは、僕たちを試しているのかもしれない。こちら側を舐めきっている。いや、自分以外の人間を見下している。だからこそ、遺体に対してあんなことが平気でできたんだろうね」
 世間では、ツギハギドール事件と称された、今回の事件。中学生の少女が起こしたむごたらしい事件に、世間は戦慄していた。
「もう少し時間がある。ついでだから、芹沢煌が言っていたことを教えてあげるよ」
 そう言って特殊探偵が語ったのは、元クラスメイトたちの悪口だった。
 井上規いのうえもとは、担任教師と不倫関係にあり、彼を脅迫していたこと。あの日、ついに教師を怒らせ、空き教室に閉じ込められていたそうだ。
 武田朝たけだあきは、人の物を奪いたがる癖があり、相手がイケメンならば、節操がなかったそうだ。あの日は、先輩の彼氏を奪ったとかで、腹いせに階段から落とされていたらしい。
 松原素まつばらすなおはメンヘラで、被害者意識が人一倍強いそうだ。あの日も初が見失った後、こっそり目当ての先輩と二人きりになり、彼に言い寄っていた。以前、一度デートしてから、そうやってずっと彼につきまとっているらしいというのが、周りでも有名な話だった。対応に困った彼は、バスケットボールをプールに入れてしまったことを思い出す。困っているから助けて欲しいと言われた彼女は、そのままプールに向かったそうだ。見つけて元の場所に返しておいてくれたら、デートしてくれるとでも言われたのだろう。つまりは、適当にあしらわれたのである。そうして、足を滑らせプールに落ちてしまったようだった。
「どうも、三人の動向をこっそり見ていたらしい。教師や上級生からも裏が取れている。まったく、困った中学生たちだよ。もっと困るのは、自分勝手な大人たちだけどね」
「そうでしたか……それで、その芹沢煌自身は、あの時どこに……」
「キューピッドドールを使って、同じくパーツ収集をしようと目論んでいたみたいだ。第二のツギハギドールでも作ろうと、素材を探しに行っていたんじゃないか? 怪我はないようだったが、階段から落ちたと証言していたらしい。ちなみにキューピッドドールを作るつもりはなかったが、三人が作っていたから自分も作ったんだそうだ」
 学校では、大人しく目立たない女子を演じている芹沢煌。三人がやっていることを自分だけがやらない――それは、できなかったのだろう。
「偶然、三人が同じ日にそんな目に遭うなんて……」
「偶然ね――君は、本当にそう思う?」
 怪しげに笑む美青年に問われ、初は言葉を失う。確か、先程彼は言っていた。彼女は第二のツギハギドールを作ろうとしていた。素材集めをしていた。ならば、教師や先輩を唆すくらいするのではないだろうか。
 現に彼女は、永倉刑事を懐柔していた。目的のためなら、手段は選ばないのかもしれない。
「それから、沖田奏に関することも言ってたよ。そこから君の話にもなっていた。聞いておく?」
「奏ちゃんに関する話なら、すべて教えてください!」
 間髪入れず食いついた初に、敢はいつもの笑みを浮かべた。期待を裏切らない行動に、肩を震わせている。
「そう言うと思った。――芹沢煌は、幼なじみということもあってか、沖田奏の話を一番聞かせてくれたよ。誰よりも意地悪で、好きな子はいじめたいタイプだったそうだ」
「え?」
 初は思わず、素っ頓狂な声を上げていた。今の話が、奏のことを言っているのだとは、到底思えなかったからだ。
「……冗談、ですよね?」
「いや、嘘じゃない。だから、沖田奏は君に近付かなかったんだよ、斉藤初」
「……どういうことですか?」
 沖田奏は、芹沢煌にだけは、本心を話していたそうだ。
 とにかく、おどおどしていて一人では生きていけないオーラを放つ初が、心底可愛いとのこと。飼いたい。ヒモにしたい。閉じ込めたい。いじめたいし、泣かせたい――等々。散々、彼女なりの愛を語っていたそうだ。
 沖田奏は、斉藤初が向ける視線に気付いていた。隠し撮り写真のことも、知っていた。だけど、それを気持ち悪いとは思っていなかった。むしろ自分にだけ向いている気持ちを、心地よく感じていた。
 だけど、そこで声を掛けてしまえば、つまらない。仲良くなってしまうには、まだ早い。初が奏を遠くから見つめては喜び、悲しみ、悔しがる――そんな一喜一憂する視線を、楽しんでいたかったからだ。
 だから、時々声を掛けた。そうして、しばらく放っておく。放置の合間に与える褒美が、より初を奏という沼にはまらせた。
「支配意識というか、所有物扱いだったんだろうね。それが、沖田奏なりの愛情表現だった」
 そうして、それを聞かされていた芹沢煌は、ほとほとうんざりしていたそうだ。
「そんなことが……わたし、全然知らなかった……知らないことだらけだった……」
「世の中には、知らなくて良いこともあるもんだよ。まあ、沖田奏が写真を持ち歩いていたのは、同じく誰かさんの支配欲のせいかもしれないけどね」
「支配欲……」
「そうだ。ちなみに黒髪ドールは、どこからも出てこなかったよ」
「え……! じゃあ、いったいどこに……」
 芹沢家にあると思われていた黒髪のドール。しかし、彼女宅からも発見されなかったとは……。
「さあ、どこにあるんだろうね。……さ、着いた。覚悟は……するしかないかな」
 二人が辿り着いたのは、先日も訪れた場所――沖田家だった。
「ここで、僕の依頼者が待ってる。真実も一緒にね」
「依頼者……」
 それは、きっとお兄さんのことなのだろうと、初は思った。この人は探偵。知りたいことがあって、孟は敢に依頼をした。
 だけど、それだけではないのだと、初はわかっていた。
「来たか」
「時間ぴったりだっただろ?」
「……そこに、いるのか?」
「斉藤初なら、いるよ」
「そうか……ほら、入れ。斉藤さんも、一緒にどうぞ」
 出迎えてくれた沖田孟に促され、二人は家の中へと足を進める。そのまま、以前も入った孟の部屋へと腰を下ろした。
「さて、前置きはなしだ。早速、本題に入ろうか、沖田」
「そうだな。ここまできて無駄話はやめよう、近藤」
「今、ここですべての真実を明らかにする――藤堂徳と伊東親子を殺害したのは、沖田、お前だな」
 初が息を呑む。頭の片隅で、まさかと思っていたこと。それが、こうしてはっきりと言葉になって現れる。それだけで、心臓が握り潰されてしまいそうだった。
「どうして、そう思った? 以前も同じようなことを言ったが、違ったようなことを言っていたと思うが」
 対する孟は、いつもの落ち着いた表情を浮かべていた。敢も冷静だ。
「そうだな。あの時は、黒髪ドールの所持者が犯人だと思っていたし、怪しい点もあった。だけど、疑問は解消された。だから、違うと判断した。だけどお前、あの地下室で言ったな。『ドールは、あの子の仕業だったのか。あの子のせいで、事故にならなくなったのか』って。僕の中で、その言葉がずっと引っかかっていた」
 初は、敢との道中での会話を思い出していた――実行犯は、事故に見せかけてターゲットを殺害していた。そして、殺害後すぐに現場を立ち去っている。おまけに、盗難車から出てきた人物のシルエットは、大学生くらいの青年だった。
 そうして、彼が発していた言葉――あの吐露された言葉は、まるでずっと探していたものが見つかったかのような、そんな腑に落ちたとでも言わんばかりの響きを孕んでいた。
 だからこそ、探偵は今日ここへ確かめに来た。真実を暴くために。
「そんなことも、言ったな……」
「……。沖田、藤堂徳に関しては、偶然だった――違うか?」
 真剣な瞳に射抜かれた青年は、まっすぐ彼の視線を受け止めた。そうして、ゆっくりと瞳を閉じる。やがて薄らと開かれた彼の目は、何かを思い描いているかのように、どこか遠くを映していた。
「……あの日、彼女は事故現場に立ち寄っていた。随分とやつれていた。いろいろあったんだろうなとは思ったんだ。だが、彼女は亡くなった二人に対して、八つ当たりをした」
 初は、ハッとした。あの献花のことを言っているのだと、すぐにわかった。
「二人は何も悪くない。いくら何でも彼女の行動は身勝手だった。俺は、やり場のない感情を制御できず、彼女の後を追ったんだ」
 藤堂徳は、あの日が初勤務だったそうだ。やっと手にした職だったのに、とんでもないことをやらかしてしまった。自暴自棄になった彼女は、自信を失い、呆然とホームに立って線路を眺めていた。
「そこで、声を掛けたんだ。そうしたら、ひどく驚いて、動揺していた」
 平静を保てなかった彼女は足をもつれされて、運悪くやってきた列車に轢かれてしまった。
「俺は、手を伸ばそうともしなかった。落ちていく彼女を、ただ見ていただけだった。どころか、その場から逃げたんだ。ただ、これで奏と同じ思いを味わわせてやれたって、そんなことすら考えていたんだ」
「だが、お前は驚いただろう。知らないドールが転がっていたんだからな。だからこそ、お前はドールを置いた人物を捜そうとした。自分が犯人だと知っているであろう、その人物を」
「さすが、近藤だな。全部お見通しか」
「ああ……だが、どうして伊東親子も手にかけた? あの二人は、殺意を持って轢いただろ」
「――夜。母親の方が、ヒステリックに叫んでいるのを聞いたんだ。怒りながら、幼い子どもをたった一人、外に放り出していた。まるで物を投げるように。奏が命を張って助けた小さな命を、放り投げたんだ。可哀想に、頭を打って動かなくなっていた」
「じゃあ、子どもの方は――」
「そのまま煩く叫んでいるものだから、近くに停めてあった車を拝借した。耳障りだったんだ、全部」
「沖田……」
「奏が助けた命なのに、俺は守れなかった。そもそもあの子が飛び出したのだって、あの母親にも責任があるんじゃないのか? そう思ったら、俺は無意識にアクセルを踏んでいたんだ」
 そうして彼は、躊躇なく人を轢いて、走り去った。適当なところで乗り捨てて、何気ない顔をして帰宅したという。
「指紋を残さなかった点を考えると、随分と冷静だったみたいだな」
「確かに血は上っていた。だが、頭はこれ以上ないほどに冴えきっていた。不思議な心地だった」
 だが、再び見覚えのないドールが発見される。黒髪ドールの噂も広がっていた。
「ドールは、芹沢煌の仕業だ。彼女と沖田。お前たちが同じターゲットに対し、バラバラに動いたおかげで、今回はとんでもなくややこしい事件になったってわけだ」
「そうか……お前の手も随分と煩わせたな。どうしても奏の体が見つかるまでは、捕まるわけにはいかなかったんだ」
「そうかよ。……自首、するのか?」
「何だ。ついてきてくれるのか?」
「お前が望むなら、行ってやるけど」
 二人は、穏やかに見つめ合う。それは、どこからどう見ても犯罪者と探偵という間柄には見えなかった。
「――いや。一人で行くよ。そこまで子どもじゃない」
「そうか」
 言いながら立ち上がる敢。もう行くのだろう。
「そうだ。沖田奏のメッセージ。あれ、本当にお前が書いたんじゃないんだな?」
「ああ。間違いない。あれは、奏からのメッセージだ」
「……そうか。ありがとな」
 そう言って、今度こそ部屋を出て行く敢。初も彼の背中を追った。
「今度は、どこへ行くんですか?」
 外を歩きながら、初が問いかける。すると敢は、近くにある一軒家を指差した。
「え――」
「ほら、行くぞ」
「だって、そこは……」
 がしっと有無を言わさず腕を掴まれて、そうして連れて行かれたのは、斉藤宅。初の家だった。
 両親の承諾を得て、初の部屋へ入室する。そこには、生前と変わらない、初が見慣れた自室の姿があった。
「芹沢煌の両親は、海外出張中だったそうだ。その隙に、地下を思い通りに使っていたんだろう。沖田奏が残したメッセージは『あの子を止めて』というものだった。あの子とは、きっと芹沢煌のことだったんだろうな。自分や君の遺体を好き勝手されて、我慢ならなかったんじゃないかな? 何せ、君のことを自分の物のように考えていたらしいからね」
「奏ちゃん……」
「なあ、斉藤初。僕は、一つだけ見つけきれていないものがあるんだ。それは、君が持っているんだって僕は読んでいる。どうかな?」
「また推測ですか? 探偵だったら、推理してください。それに、そのためにわざわざこの部屋へ来たんですか?」
「そうだよ。だって、君だけはこの一連の事件のイレギュラーだったから。まさか、人形が自在に動き回るなんて、誰も思わないからね」
「やっぱり、いるんですね。この中に……わたしの存在と、同化している……」
「君は非常に不安定な存在だ。幽体だけど、強い意志を持ってこの世に留まって動き回っている。だけど、依り代となる媒体があるんじゃないかって考えたんだ。たとえばそう――君にそっくりなドール……とかね」
 初の輪郭が曖昧になる。それは、生前の姿でもあったし、ドールの姿でもあった。
「君は無意識領域や、夢の中で、沖田孟、芹沢煌と同じく、黒髪ドールとして現場にいたんだろう。記憶の混乱や、既視感があったかもしれない。それほど強く、君は沖田奏のためにあろうとした。だから、決して責めることはない。君は、沖田奏のために『何も出来なかった』なんてことは、ないのだから」
「はい……ありがとうございます……」
 初は、泣いていた。敢の言葉で、心が軽くなるのを感じていた。
「もう、沖田奏を脅かす者はいない。だから、安心してゆっくり休むと良い。君の大好きなかなでとともにね」
 頷く初は、穏やかな表情をしていた。そうして、それきり敢の目には、彼女が映ることはなかった。
「かなでと一緒に眠るんだよ――安らかにね」
 敢が視線を落とすと、黒髪のドールが転がっていた。これは、後程沖田家に戻すつもりだ。そうしてようやく奏は、はつとともに眠れるのだろう。
「一件落着、かな――そうだ」
 敢は、部屋を出て行こうとして、もう一度室内に引き返した。そこには、一体のドール、かなでの姿がある。
「危ない危ない。もう少しで置いていくところだった。ほら、かくれんぼは終わりだよ」
 その言葉に、すっと煙のようなものが立ち上る。そうして残されたドールは、こてんと首を傾げてしまった。
「お前の悪戯好きにも困ったものだ」
 その言葉を残し、敢は今度こそ斉藤宅を後にする。そこに着信音が鳴り響いた。
「はい。何ですか? 原田さん。沖田なら、自首しますよ」
「そうか。わかったよ」
「あ、そうだ。原田さん、永倉さんのことわかってて泳がせたでしょ? そういうの、僕嫌いですよ。死者にだって、尊厳はありますからね」
「悪かった。肝に銘じておくよ。それよりも、近藤くん。妹さんのことだけど、似たような事件が発生したんだ。ちょっと話を聞いてくれないかい?」
「またですか? 不可解事件が起こるたびに妹を引き合いに出して……また空振りだったら、しばらく協力しませんからね」
「まあ、そう言わずに。では、いつもの場所で待っているよ」
「あ――ったく、一方的なんだから……」
 通話終了の文字が出ている画面を見つめ、近藤敢は溜息を一つ吐く。
「何が『それよりも』だ。あの人は、本当に容赦がない。使えるものは使う主義っていうのは、時と場合によるな……。僕の能力を買ってくれているのはいいけど、永倉のことに気が付いていて放っておいたのは、死者には利用価値を見出せないから――そんなところか。まったく……」
 敢は、頭上を見上げる。晴れ渡る空を見上げて、不釣り合いな笑みを浮かべた。
 それは、妖しくも魅惑的な微笑みだった。
「そんなことないのにな。むしろ、生きてる人間よりも単純で使えるってのに。あー、はいはい、お前は別だって。……それよりも、今回もお前の悪戯がバレなくて良かった……さあ、行こうか」
 特殊探偵は歩き出す。語り掛けに呼応するかのように、彼の頬を生温い風が撫でていった。
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