ツギハギドール

広茂実理

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黒髪ドール

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「さて、外野も落ち着いたことだし、ちょっと整理しようか」
 警察を外野呼ばわりした警察の協力者、特殊探偵の近藤敢は、二人を部屋の外へ追い出し、再び窓枠へ寄りかかっていた。
 現在室内には、部屋の主である沖田孟、連れて来られた幽体の斉藤初がいる。数分前と同じ顔ぶれに戻ったところで、今から敢は何をしようというのか。整理と言っていたけれど、結局ドールはこの家にはなかったし、孟は真犯人ではないようだしと、初はないなりの頭を捻っていた。
「それにしても、どうして俺が黒髪ドールを所持していると、考えたんだ?」
 もっともな質問に、青年は苦笑を浮かべながら答える。
「お前のことを、犯人だと疑っていたからだよ」
「俺のことを?」
「いろいろと要因はある。ただの事故にも見えた、二つの事件――しかし、奇妙なことに遺体と同じ形のドールが発見された。僕は、それらをただの事故ではないと判断した。被害者は先の事件――沖田奏死亡事故に関わった人物ばかり。これをただの偶然とするか……僕は、捜査の中で黒髪ドールに着目した。これは、ただの事件じゃない。僕の力が必要とされる案件だと、判断した」
「つまり、呪いだとか、そういう力が働いていると?」
「そう……そうして、彼女に辿り着いた」
 綺麗な顔が、初をまっすぐに捉える。初は何も言えず、固まったままだった。
「斉藤初の名前を最初に出した時、お前は黙っていた。この子は、先の事件で既に亡くなっている。沖田奏が彼女の上に落ちたからだ。だからこそ、お前がこの子の死を知らないはずはない。なのに、お前はそれを言わなかった。二人が亡くなった事件の詳細を僕が知らないことは、お前も知っていたはずだ。何せ、概要はお前に教えてもらったんだからな。お前が語った内容しか、あの時の僕には情報がなかった。つまり、お前は僕に対して、都合の悪いことは隠せたんだ」
「そうは言うが、お前が調べればすぐにわかったことだ。俺に隠し通せる情報なんてあるわけがない」
「本来は、な。だけど、そもそもがあの事件は不運が重なった事故。お前に聞いたこと以外に、重要なことがあるとは思わなかった。精々、裏付けが取れる。それくらいに過ぎないだろうって、そう考えた。だから、調べなかったんだよ。だってそうだろ? お前、これ以上ないってくらいに大量の情報をくれたんだから。警察の資料でも読み上げてるのかってくらいに、それはもう微細な点までびっしりとな」
 だから、敢は調べなかった。必要性を感じなかったからだ。
「だけど、お前がそれをわざとやったんだとしたら――そう思ったら、悪寒が走ったね。どれだけ頭が切れやがるんだって、ぞくぞくした」
「それで? 俺はそれをわざとやったのか?」
 孟のその平然とした態度に、初はごくりと喉を鳴らす。今この二人が行っているのは、いったい何だ? 高等テクを用いた心理戦を見せられでもしているのだろうか――そんなよくわからない言葉まで、彼女の脳裏をよぎりだした。
 だが、ドキドキと成り行きを見守っている彼女の期待を裏切るように、綺麗な顔の探偵は、無邪気な笑いを突如浮かべて、立ち上がったのだ。
「いや、ないな」
「え? 近藤さん? ないって、何がですか?」
「こいつは、ただの天然男だったってわけ。その時に知っていた情報と、思いついたことや気付いたことを、話してくれただけ。そこに策はなかった。そうだろ?」
「え? じゃあ、どうしてわたしのことを話してくれなかったんですか?」
「それはな、斉藤初。君が単に忘れられていただけの話だ」
「え――」
 初は固まってしまった。忘れられていた? 事件のことをあれこれと語っている中で、犠牲者の存在をまさか忘れるなんてことが――
「たくさん話したからな。あの時は、何を伝えていて、何を伝えていないかが、わからなくなっていた。犠牲者の話だったら、最初に言っただろうと思い込んでしまった――申し訳ない……」
「ああ、いえ……影が薄いわたしが悪いんです……」
「沖田、斉藤初が『影が薄いわたしが悪い』って項垂れてる」
「そうか。すまない。……君には、申し訳ないと思っている。奏を助けようとしてくれて、本当にありがとう」
 孟は、何もない空間に向かって、頭を下げた。初は、胸がぎゅっと締め付けられる感覚に襲われた。
「いえ……こちらこそ……そのお言葉だけで、嬉しいです。ありがとうございます……」
「沖田。彼女、笑ってくれてるよ。礼を言ってる」
「教えてくれてありがとう、近藤」
「どういたしまして。ちょっと絵面がシュールだけどね。――とまあ、そんな疑いをもって、原田さんたちに調べてもらってたんだけどさ。空振りだった」
「だけど、俺が何か知っていると思った――そういう話か」
「沖田だって調べてただろ? 遺体を取り戻すことが目的だったとしても、それは同じく僕が捜している犯人へと行き着く。つまり、ゴールは同じだ。――何か、掴んだんだろ?」
 わずかに細められる孟の瞳。それだけで敢には十分だった。
「そうだ、沖田。木って、あの木のことか?」
 突如明るい声を出して、敢が窓の外を指差す。確認しようと窓に近付く孟に、初も倣った。
「ああ。隣家との塀のそばにある木だ。それが、どうかしたのか?」
「んー? 沖田。それはないんじゃないか? ちゃんと話せよ。知ってること」
 青年二人の視線が交錯する。やがて、長身が一つ溜息を吐いた。
「お前には敵わないな」
「そうだろうそうだろう。わかったら、ほら。さっさと吐いちゃえよ」
「まるで、俺が悪いことをしたみたいだ」
 やれやれと肩を竦める孟は、観念したかのように淡い苦笑を浮かべている。
 初はわけがわからず、首を傾げたままだった。
「あの木を使って、何をしようとした?」
「何って、我が家の敷地に生えている木だ。お隣さんへ枝が伸びる前に、切らないといけないだろう? その時に、気をつけながら、な」
「あっははははは! そうだね。それは、気をつけないといけないよね」
「隣……隣って……もしかして、芹沢煌せりざわかがや――奏ちゃんの幼なじみの子の家?」
 初の呟きに、わかっていたのだろう。敢がニヤリとほくそ笑む。
 一軒家である沖田家の隣家も、同じく一軒家で。そこには、奏たちの同級生が住んでいる。そして、そのクラスメイトと奏は、保育園からの幼なじみだ。
「そう……沖田は、そこに――いや、彼女に用があるんだよね? ねえ、何を掴んでるの?」
「……証拠はない」
「いいよ。僕たちは、警察じゃない」
「…………一度、あの子が家へ来た。家族で、奏のために。その日の夜だった。奏が大切にしていた黒髪の人形が、消えた」
 孟の言葉に、二人は息を呑む。黙って、続きを待った。
「ただの偶然ではないかと考えた。だが、他に持ち出す人間もいない。だから、もしやと思ってな」
「なるほどね。その子、奏ちゃんとはどうだったの? やっぱり幼なじみってことは、すごく仲が良かった?」
「いつもべったりだった……わたし、あの子のせいで、奏ちゃんと二人きりになれたことない」
 答えたのは初。孟も同じようなことを口にした。
「べったり、いつも一緒、ね……ちょっと見えてきたかも」
 目を細めて、ほくそ笑む探偵。そこに、ノック音が響いた。声の主から察するに、女刑事がこちらへ呼びかけている。
「どうぞ。何かありましたか? 原田さん。話ならここでお願いしますよ」
 敢の言葉に扉が開く。一歩入室した彼女は、孟を一瞥した後、構わないと判断したのか。新情報を、彼らに公開した。
「ようやく、ひき逃げに使用されたであろう車を見つけたよ。盗難車だった。ややこしいことに、犯人が乗り捨てた後、更に盗まれていたみたいでね。県境を三つも越えていたよ。ご丁寧に、簡単な修理と改造までされていた」
「それはそれは……また厄介なことになっていましたね。ともかく、見つかって良かったです。それで、調査は済んでいるんですか? 中からドールが見つかったーとか、そういった超展開は起きていないですか?」
「残念ながら、それはない。髪の毛や指紋もすべて、二回目に盗まれた時の犯人のものばかりで、ひき逃げ犯の情報や証拠は、一切出てこないよ」
 やれやれと肩を竦める警部補。なかなか思うように進展せず、困っているのだろう。
 しかし、敢はお構いなしに、疑問をズケズケと口にし始める。
「その、車を盗んだ人間とひき逃げ犯がノットイコールであるという証拠は、何ですか? 同一犯の可能性だって、考えられますよね? ひき逃げの罪状からだけでも逃れようと、改造をしたり、嘘を吐いたりしているのかもしれませんよ?」
 原田警部補は、初たちが同席していることを忘れてしまったのか――今やまるで二人きりであるかのように、敢からの質問に答えていく。しかし、残された二人は少し、居心地が悪かった。孟は、重要な情報を聞いてもいいのかと困っていた風だったし、初は、彼女の部下、永倉ながくらがこちらを睨んでいることに気付いていたからだ。
「ひき逃げ現場から、二キロほど行った場所に、その車は乗り捨てられていてな。ちょうど騒動が起こっている最中に、今回盗みの現行犯で逮捕された男が乗り込んで去っていく姿が、近くの店の防犯カメラに映っていたんだよ。少し暗くて、はっきりとは捉えられなかったが、その場所まで車を走らせてきた人物は、逮捕された男とは似ても似つかない背格好をしていた。長身だが、細身。辺りを警戒しながら暗闇の中を逃げ去った犯人は、黒色の服で全身を固めていてな。帽子を深く被っていたから、顔もよく見えていない。ただただ、男とは別人であるということがわかっただけだ。あれでは、モデルと重量級の格闘家ぐらい差があるからな。骨格があそこまで違えば、どうやっても偽装はできないだろう。何なら、君も見てみるかい? 百聞は一見にしかずだ。その方が、手っ取り早いだろう?」
 女刑事の提案に、しかし探偵は首を横に振った。
「いや、いいですよ。貴方がそう判断したなら、そうなのでしょうから。それよりも、面白いたとえを使いましたね。モデルと重量級の格闘家とは、随分とシルエットが違いそうですね。逮捕された男は、そんなにも大柄なんですか? ガタイが良いとか」
「まさしくその通りだ。ひき逃げ犯の方は、カメラの画像から推察されるに、一般的な大学生くらいの平均身長が当てはまるというのが結論だ。まあ、実際はまだわからないが、免許取り立ての初心者がやらかしたというのが、一部の人間の予想だ」
「なるほど。それくらい、運転に不慣れな動きをしていたということですか」
 含みのある探偵の口調に、原田は何か気付いたような素振りを見せる。だが、その唇は閉ざされたままだった。
「原田さん。今から、家宅捜索をしたいところがあるんですけど」
「近藤くん……令状もないのに、我々は――」
「ええ。多少強引ですが、外で待っていてください。証拠、持ってきてみせますから」
「……まさか、近藤くん。一般人まで連れて行くつもりかい?」
 原田の目が、孟を捉える。協力者である敢ですら見なかったことにするのがやっとであるというのに、一般人の、ましてや当事者まで同行させるとなると、話が違ってくる。
「いやですね、原田さん。切っていた枝が、折れたんですよ」
「枝?」
「そうそう。芹沢家の敷地内に、枝が入ってしまったんです。だから、ご近所さんで幼なじみの彼が、訪問するんですよ」
 にこにこと胡散臭い笑みを浮かべる敢に、女刑事はやれやれと肩を竦める。そうして、後ろを向いた。
「永倉。沖田宅では、何も見つけられなかった。少し、車の中で休憩としようか」
「警部補!」
「ほら、行くぞー」
 永倉刑事の腕を引き、そのまま家を出て行く原田。その背にくすりと微笑みかけながら、敢も部屋のドアに手を掛けた。
「それじゃ、行きますか。黒髪ドールを、捜しに」
「今からか」
「今からだよ。お前、そのつもりだったんだろ?」
 まるで、今から遊びにでも行くかのような二人の会話に躊躇しながら、初も青年たちの後についていく。
 もし、芹沢煌の家に黒髪ドールがあったなら。それは、彼女が犯人だという証拠になるのだろうか。
 そして、消えた遺体――それすらも、彼女が所持しているとしたら……。
「でも、死体なんて、そんなの、何のために……」
 初は、想像も及ばないできごとに、ただわけもわからず二人の後を追う。
 そうしてこの後、真実を知ることになるのだった。
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