おまえらゼンゼン信用ならんっ!

ふくまさ

文字の大きさ
上 下
25 / 31
『生物研究部』活動記録 参

ひと握りの絶望

しおりを挟む
「おーい! 夏瑪なつめー! 部活行こうぜー!」

放課後。

煤牛すすうしかんなは俺のいるBクラスに来るや否や、大声で呼んできた。

しかしまあ、元気なものである。俺以外の生徒がいないから良かったものの、もし他に人がいれば、確実に関係性を疑われる声量だった。

なるべく平穏に学生生活を送りたい身としては、他人から、煤牛と俺の関係についてあることないこと言われるのは、たまったものでは無いのだ。

「声がでかい。それに、毎回迎えに来なくてもいいぞ。」

荷物をまとめ終え、煤牛のほうに歩きながら、俺はそれなりに声を張って言った。

「ん? だって隣のクラスだし。一緒に行こうぜ?」

俺よりもだいぶ背が低い彼女は、自然、上目遣いになりながら、俺にそう言った。

彼女としては、これといった意図のない仕草や発言なのだろうが、変に勘違いする人も少なくは無さそうだ。彼女からはそんな小悪魔的な魅力さえ感じてしまう。

「……おう。」

俺が素直に彼女に従った。肉体的なダメージを負いたくないからだ。



「んで、消しゴム返したのか? 水仙すいせいセンパイに。」

「まだ。これからだ。」

当たり前だが、1年生である俺が、2年生である真珠田水仙しんじゅだすいせんに、部活動以外でわざわざコンタクトを取るなんてことが、あろうはずがない。

「じゃあ結局、アタシも付いていくことになったワケだな! お前昨日きのう『いい』って言ってたけど!」

まったく不服だが。

「……そうだな。」

そうして会話に一区切りがつくと、ちょうど生物室の扉の前に立つ。

「……ん、どうした? 開けないのか?」

俺の一歩後ろにいた煤牛が、不思議そうにたずねてくる。

「……おう。」

「……? おい……?」

けれどもやはり扉の取手に手をかけたまま動かない俺を、彼女は横に来てうかがう。

俺は、緊張していた。

もう心臓がはち切れんばかりにバックバクだった。

後悔もしていた。

水仙に謝りたいとか、相手に対してどうこう、といったたぐいの後悔ではなく、ただただ自分の行動に対しての後悔である。

しなければ良かった。水仙への攻撃を。

聞かなければ良かった。安藤青蓮あんどうせいれんの頼みを。

それらをしていなければ、こうして無駄に緊張せずに済んだのに。

「開けるぞ?」

「ちょっ……!?」

俺の葛藤を一蹴して、彼女はいとも容易く扉を開けた。俺の苦渋の時間を返せ、お前は。

「こんにちはー!」

「お疲れさまです……。」

室内には、やはり標的がいた。

標的しかいなかった。青蓮の姿も、熊井栗鼠くまいりす先生の姿も見当たらない。

水仙は窓際のテーブルでスマホをいじりながら、入ってきた俺たちを一瞥し、「ん。」と挨拶のようなものを返してきた。

存外、俺に対する敵意を感じない。今のところは。

「ほら、行け行け!」

「分かってるよ……。」

とりあえず席に着こうと歩みを進めていると、後ろの煤牛に小声で後押しされながら、背中を強めに小突かれる。

意を決したというか、観念した俺は、上着の右ポケットに入っていたそれを手触りで確認しながら、水仙のもとへ向かう。

「……なによ?」

俺が彼女の座るテーブルに着くなり、彼女はこちらに視線を移すことなく、そう言った。

同じテーブルを囲んではいるが、心理的な距離がそのまま反映されているのだろう、俺は彼女と最も離れたところに立っていた。

「あの……えっと……。」

俺が声を発すると、ようやく彼女はスマホから視線を移してきた。

「鬱陶しい」と口に出さずとも、その眼が語っていた。

チラリと煤牛のほうを見やると、腕を前で組んで、俺と水仙のやりとりをしかと見守っている様子。

俺とて、そう長引かせる気は無かったのだ。

このテーブルに着いた時にすぐに、ポケットから消しゴムを取り出し、彼女の目の前にバチンとそれを突きつけてやれば良かったのだ。

ただ、自分のコミュニケーション能力を大幅に見誤っていた。

前方と後方から、刺さるような視線を受け続けている俺は、ここに立って1分が経過しようとしている今でさえ、依然として口籠ることしか出来ていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

処理中です...