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『生物研究部』活動記録 参
ひと握りの絶望
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「おーい! 夏瑪ー! 部活行こうぜー!」
放課後。
煤牛かんなは俺のいるBクラスに来るや否や、大声で呼んできた。
しかしまあ、元気なものである。俺以外の生徒がいないから良かったものの、もし他に人がいれば、確実に関係性を疑われる声量だった。
なるべく平穏に学生生活を送りたい身としては、他人から、煤牛と俺の関係についてあることないこと言われるのは、たまったものでは無いのだ。
「声がでかい。それに、毎回迎えに来なくてもいいぞ。」
荷物をまとめ終え、煤牛のほうに歩きながら、俺はそれなりに声を張って言った。
「ん? だって隣のクラスだし。一緒に行こうぜ?」
俺よりもだいぶ背が低い彼女は、自然、上目遣いになりながら、俺にそう言った。
彼女としては、これといった意図のない仕草や発言なのだろうが、変に勘違いする人も少なくは無さそうだ。彼女からはそんな小悪魔的な魅力さえ感じてしまう。
「……おう。」
俺が素直に彼女に従った。肉体的なダメージを負いたくないからだ。
◇
「んで、消しゴム返したのか? 水仙センパイに。」
「まだ。これからだ。」
当たり前だが、1年生である俺が、2年生である真珠田水仙に、部活動以外でわざわざコンタクトを取るなんてことが、あろうはずがない。
「じゃあ結局、アタシも付いていくことになったワケだな! お前昨日『いい』って言ってたけど!」
まったく不服だが。
「……そうだな。」
そうして会話に一区切りがつくと、ちょうど生物室の扉の前に立つ。
「……ん、どうした? 開けないのか?」
俺の一歩後ろにいた煤牛が、不思議そうに訊ねてくる。
「……おう。」
「……? おい……?」
けれどもやはり扉の取手に手をかけたまま動かない俺を、彼女は横に来て窺う。
俺は、緊張していた。
もう心臓がはち切れんばかりにバックバクだった。
後悔もしていた。
水仙に謝りたいとか、相手に対してどうこう、といった類の後悔ではなく、ただただ自分の行動に対しての後悔である。
しなければ良かった。水仙への攻撃を。
聞かなければ良かった。安藤青蓮の頼みを。
それらをしていなければ、こうして無駄に緊張せずに済んだのに。
「開けるぞ?」
「ちょっ……!?」
俺の葛藤を一蹴して、彼女はいとも容易く扉を開けた。俺の苦渋の時間を返せ、お前は。
「こんにちはー!」
「お疲れさまです……。」
室内には、やはり標的がいた。
標的しかいなかった。青蓮の姿も、熊井栗鼠先生の姿も見当たらない。
水仙は窓際のテーブルでスマホをいじりながら、入ってきた俺たちを一瞥し、「ん。」と挨拶のようなものを返してきた。
存外、俺に対する敵意を感じない。今のところは。
「ほら、行け行け!」
「分かってるよ……。」
とりあえず席に着こうと歩みを進めていると、後ろの煤牛に小声で後押しされながら、背中を強めに小突かれる。
意を決したというか、観念した俺は、上着の右ポケットに入っていたそれを手触りで確認しながら、水仙のもとへ向かう。
「……なによ?」
俺が彼女の座るテーブルに着くなり、彼女はこちらに視線を移すことなく、そう言った。
同じテーブルを囲んではいるが、心理的な距離がそのまま反映されているのだろう、俺は彼女と最も離れたところに立っていた。
「あの……えっと……。」
俺が声を発すると、ようやく彼女はスマホから視線を移してきた。
「鬱陶しい」と口に出さずとも、その眼が語っていた。
チラリと煤牛のほうを見やると、腕を前で組んで、俺と水仙のやりとりをしかと見守っている様子。
俺とて、そう長引かせる気は無かったのだ。
このテーブルに着いた時にすぐに、ポケットから消しゴムを取り出し、彼女の目の前にバチンとそれを突きつけてやれば良かったのだ。
ただ、自分のコミュニケーション能力を大幅に見誤っていた。
前方と後方から、刺さるような視線を受け続けている俺は、ここに立って1分が経過しようとしている今でさえ、依然として口籠ることしか出来ていなかった。
放課後。
煤牛かんなは俺のいるBクラスに来るや否や、大声で呼んできた。
しかしまあ、元気なものである。俺以外の生徒がいないから良かったものの、もし他に人がいれば、確実に関係性を疑われる声量だった。
なるべく平穏に学生生活を送りたい身としては、他人から、煤牛と俺の関係についてあることないこと言われるのは、たまったものでは無いのだ。
「声がでかい。それに、毎回迎えに来なくてもいいぞ。」
荷物をまとめ終え、煤牛のほうに歩きながら、俺はそれなりに声を張って言った。
「ん? だって隣のクラスだし。一緒に行こうぜ?」
俺よりもだいぶ背が低い彼女は、自然、上目遣いになりながら、俺にそう言った。
彼女としては、これといった意図のない仕草や発言なのだろうが、変に勘違いする人も少なくは無さそうだ。彼女からはそんな小悪魔的な魅力さえ感じてしまう。
「……おう。」
俺が素直に彼女に従った。肉体的なダメージを負いたくないからだ。
◇
「んで、消しゴム返したのか? 水仙センパイに。」
「まだ。これからだ。」
当たり前だが、1年生である俺が、2年生である真珠田水仙に、部活動以外でわざわざコンタクトを取るなんてことが、あろうはずがない。
「じゃあ結局、アタシも付いていくことになったワケだな! お前昨日『いい』って言ってたけど!」
まったく不服だが。
「……そうだな。」
そうして会話に一区切りがつくと、ちょうど生物室の扉の前に立つ。
「……ん、どうした? 開けないのか?」
俺の一歩後ろにいた煤牛が、不思議そうに訊ねてくる。
「……おう。」
「……? おい……?」
けれどもやはり扉の取手に手をかけたまま動かない俺を、彼女は横に来て窺う。
俺は、緊張していた。
もう心臓がはち切れんばかりにバックバクだった。
後悔もしていた。
水仙に謝りたいとか、相手に対してどうこう、といった類の後悔ではなく、ただただ自分の行動に対しての後悔である。
しなければ良かった。水仙への攻撃を。
聞かなければ良かった。安藤青蓮の頼みを。
それらをしていなければ、こうして無駄に緊張せずに済んだのに。
「開けるぞ?」
「ちょっ……!?」
俺の葛藤を一蹴して、彼女はいとも容易く扉を開けた。俺の苦渋の時間を返せ、お前は。
「こんにちはー!」
「お疲れさまです……。」
室内には、やはり標的がいた。
標的しかいなかった。青蓮の姿も、熊井栗鼠先生の姿も見当たらない。
水仙は窓際のテーブルでスマホをいじりながら、入ってきた俺たちを一瞥し、「ん。」と挨拶のようなものを返してきた。
存外、俺に対する敵意を感じない。今のところは。
「ほら、行け行け!」
「分かってるよ……。」
とりあえず席に着こうと歩みを進めていると、後ろの煤牛に小声で後押しされながら、背中を強めに小突かれる。
意を決したというか、観念した俺は、上着の右ポケットに入っていたそれを手触りで確認しながら、水仙のもとへ向かう。
「……なによ?」
俺が彼女の座るテーブルに着くなり、彼女はこちらに視線を移すことなく、そう言った。
同じテーブルを囲んではいるが、心理的な距離がそのまま反映されているのだろう、俺は彼女と最も離れたところに立っていた。
「あの……えっと……。」
俺が声を発すると、ようやく彼女はスマホから視線を移してきた。
「鬱陶しい」と口に出さずとも、その眼が語っていた。
チラリと煤牛のほうを見やると、腕を前で組んで、俺と水仙のやりとりをしかと見守っている様子。
俺とて、そう長引かせる気は無かったのだ。
このテーブルに着いた時にすぐに、ポケットから消しゴムを取り出し、彼女の目の前にバチンとそれを突きつけてやれば良かったのだ。
ただ、自分のコミュニケーション能力を大幅に見誤っていた。
前方と後方から、刺さるような視線を受け続けている俺は、ここに立って1分が経過しようとしている今でさえ、依然として口籠ることしか出来ていなかった。
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