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『生物研究部』活動記録 弐
その人を知りたければ 伍
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「まあ、気にしないでおくれ、水仙。」
そう言って青蓮は、微笑みを浮かべつつ、肩を落として座る水仙の背に、柔らかく手を添える。
「……ほんと? 冗談なのよね? さっきの話。」
水仙が青蓮に訊ねる。が、青蓮は微笑を崩さぬまま、水仙の背をぽん、ぽん、と優しく2回。ニコリと閉じた目は、おそらく真に笑ってはいない。
「……せ、青蓮? ねぇ? 嘘だったのよね?」
「水仙。私は生まれてこのかた、謹厳実直を心がけて生きてきたつもりだよ。」
水仙は青蓮の言葉を聞くと、絶望した様子で、すでに下がり切っていたと思われた肩が、さらに一段下がった気がした。
「ふふ、冗談さ。嘘をついたことはもちろん無いが、さしもの私でも冗談くらいは口にするよ。」
「ほ、ほんと?」
水仙は疑いを拭い切れない様子。それもそうだ。なぜなら。
「……嘘と冗談って、なにが違うんです?」
と、いうことだ。同じだろう。『優しくい嘘』でさえ嘘には違いないのに、なぜ冗談が『嘘では無い』と言るだろうか。いや、ない。
「違うさ。まず字が違う。」
「そういうことなんすですか!?」
「ふふっ、今のが『冗談』さ。」
……なるほど、と素直に納得はできない。し、したくない。
「『冗談』は『冗』……つまり、ムダな『談』話のこと。戯れさ。だから、『冗談』の内に『嘘』が含まれていると私は思うよ。」
「……そうですか。」
『冗談』に『嘘』が包含されている……はたして本当にそうだろうか。かと言って、『嘘』の中に『冗談』があるとなると、それこそ『冗談』イコール『嘘』となってしまう。それも、少し違う気がする。実際、青蓮が今しがた発言した『字が違う』というのは紛れもない事実である。
『似て非なる』とはまさにこのことか。『冗談』と『嘘』、重なっている部分があるようで、その実、本質的には全くの別物なのかもしれない。
「まあ、良いじゃないか~。冗談でも、嘘でも糸瓜でも、青蓮くんの新たな一面が露わになったのは、喜ばしいことじゃないか~。」
熊井先生がまとめに掛かったかと思うと、「ただ、」と続ける。
「『なぜ』というところだよ、重要なのはね~。その『怒り』の源を知ることが、つまりは青蓮くんを知ることに繋がるわけだね~。」
「……そうですね。夏瑪くんはともかく、煤牛くんに関してはそれについて議論がなされた。」
俺も、俺について議論なされると思っていたのだが、それを切り捨てたのは紛れもなくこの青蓮である。
「『水仙くんのドジの後始末』と言ったね~。それは『なに』についての怒りなのか、ということだね~。『ドジ』に対する怒りかい~? 『水仙くんのドジ』? それとも『他人の後始末』?」
「そうですねぇ……。」
青蓮が再び眉を寄せて考え始めると、水仙は、不安そうに、しかし食い入るように彼女を見ていた。
「強いて言えば、最後のものでしょうか。」
「そうか~、そうだよね~。自分のお尻は自分で拭うのが『責任』というものだよね~。」
水仙は「うぐ」と潰されたカエルのように声を漏らした。
しかし、『強いて言えば』とわざわざ頭につけるくらいだから、やはり『水仙のドジの後始末』に怒りを覚える、というのが最も適当なのだろう。
「し、仕方ないじゃない……。あたしだって好きで巻き込んでんじゃないっての……。」
「まあ、水仙の不幸体質については情状酌量だが、私がそれによってストレスを与えられることは別問題だからね。」
「ごめんて!!!」
水仙は吼えた。
「ふ~む。では、佐々田くんがドジをしたらどうだい? あるいは煤牛くんがしたら?」
先生は立て続けに質問を繰り出す。彼女は青蓮の感情の根っこを探るように、パターンで検証を試みているようだ。
「……とくに怒りは感じませんね。」
「ちょっと!?」
青蓮の回答に、テーブルを手で打ち鳴らしながら、再び吼える水仙。
「というより、夏瑪くんや煤牛くんがドジをして、さらには私に後始末を手伝わせているような画が浮かばない。なので、『怒りを感じない』というかは、『想像がつかない』というのが正しいですね。」
「なるほど~。」
……これは、俺たちが青蓮に評価されている、と思って良いのだろうか。テーブルに不貞寝し始めた水仙とは反対に、あからさまに驚喜を抑えきれない様子の煤牛は、口角の上がりを抑制するように両頬に手を添えている。
煤牛が彼女に対して敬意を持っていたのは確かだが、褒められて嬉しくなるほどのものだとは思ってもみなかった。
俺も、他人のことを言えた義理ではないが。
そう言って青蓮は、微笑みを浮かべつつ、肩を落として座る水仙の背に、柔らかく手を添える。
「……ほんと? 冗談なのよね? さっきの話。」
水仙が青蓮に訊ねる。が、青蓮は微笑を崩さぬまま、水仙の背をぽん、ぽん、と優しく2回。ニコリと閉じた目は、おそらく真に笑ってはいない。
「……せ、青蓮? ねぇ? 嘘だったのよね?」
「水仙。私は生まれてこのかた、謹厳実直を心がけて生きてきたつもりだよ。」
水仙は青蓮の言葉を聞くと、絶望した様子で、すでに下がり切っていたと思われた肩が、さらに一段下がった気がした。
「ふふ、冗談さ。嘘をついたことはもちろん無いが、さしもの私でも冗談くらいは口にするよ。」
「ほ、ほんと?」
水仙は疑いを拭い切れない様子。それもそうだ。なぜなら。
「……嘘と冗談って、なにが違うんです?」
と、いうことだ。同じだろう。『優しくい嘘』でさえ嘘には違いないのに、なぜ冗談が『嘘では無い』と言るだろうか。いや、ない。
「違うさ。まず字が違う。」
「そういうことなんすですか!?」
「ふふっ、今のが『冗談』さ。」
……なるほど、と素直に納得はできない。し、したくない。
「『冗談』は『冗』……つまり、ムダな『談』話のこと。戯れさ。だから、『冗談』の内に『嘘』が含まれていると私は思うよ。」
「……そうですか。」
『冗談』に『嘘』が包含されている……はたして本当にそうだろうか。かと言って、『嘘』の中に『冗談』があるとなると、それこそ『冗談』イコール『嘘』となってしまう。それも、少し違う気がする。実際、青蓮が今しがた発言した『字が違う』というのは紛れもない事実である。
『似て非なる』とはまさにこのことか。『冗談』と『嘘』、重なっている部分があるようで、その実、本質的には全くの別物なのかもしれない。
「まあ、良いじゃないか~。冗談でも、嘘でも糸瓜でも、青蓮くんの新たな一面が露わになったのは、喜ばしいことじゃないか~。」
熊井先生がまとめに掛かったかと思うと、「ただ、」と続ける。
「『なぜ』というところだよ、重要なのはね~。その『怒り』の源を知ることが、つまりは青蓮くんを知ることに繋がるわけだね~。」
「……そうですね。夏瑪くんはともかく、煤牛くんに関してはそれについて議論がなされた。」
俺も、俺について議論なされると思っていたのだが、それを切り捨てたのは紛れもなくこの青蓮である。
「『水仙くんのドジの後始末』と言ったね~。それは『なに』についての怒りなのか、ということだね~。『ドジ』に対する怒りかい~? 『水仙くんのドジ』? それとも『他人の後始末』?」
「そうですねぇ……。」
青蓮が再び眉を寄せて考え始めると、水仙は、不安そうに、しかし食い入るように彼女を見ていた。
「強いて言えば、最後のものでしょうか。」
「そうか~、そうだよね~。自分のお尻は自分で拭うのが『責任』というものだよね~。」
水仙は「うぐ」と潰されたカエルのように声を漏らした。
しかし、『強いて言えば』とわざわざ頭につけるくらいだから、やはり『水仙のドジの後始末』に怒りを覚える、というのが最も適当なのだろう。
「し、仕方ないじゃない……。あたしだって好きで巻き込んでんじゃないっての……。」
「まあ、水仙の不幸体質については情状酌量だが、私がそれによってストレスを与えられることは別問題だからね。」
「ごめんて!!!」
水仙は吼えた。
「ふ~む。では、佐々田くんがドジをしたらどうだい? あるいは煤牛くんがしたら?」
先生は立て続けに質問を繰り出す。彼女は青蓮の感情の根っこを探るように、パターンで検証を試みているようだ。
「……とくに怒りは感じませんね。」
「ちょっと!?」
青蓮の回答に、テーブルを手で打ち鳴らしながら、再び吼える水仙。
「というより、夏瑪くんや煤牛くんがドジをして、さらには私に後始末を手伝わせているような画が浮かばない。なので、『怒りを感じない』というかは、『想像がつかない』というのが正しいですね。」
「なるほど~。」
……これは、俺たちが青蓮に評価されている、と思って良いのだろうか。テーブルに不貞寝し始めた水仙とは反対に、あからさまに驚喜を抑えきれない様子の煤牛は、口角の上がりを抑制するように両頬に手を添えている。
煤牛が彼女に対して敬意を持っていたのは確かだが、褒められて嬉しくなるほどのものだとは思ってもみなかった。
俺も、他人のことを言えた義理ではないが。
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