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『生物研究部』活動記録 弐

その人を知りたければ 肆

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「おや、佐々田ささたくんの話は掘り下げないのかい?」

熊井くまい先生は、当然の疑問を青蓮せいれんに投げかけた。

「ええ、私のターンです。」

「ん~、そうかい? じゃあ、いっか~。」

あっさりと俺は見限られた。

「アタシは聞きたかったけど……ま、あとで個人的に聞けばいっか!」

「これ以上掘り下げてもなんもないでしょ、どうせ。思いつきで言ってんのよ。」

煤牛すすうしの優しさと水仙すいせんの毒舌で、プラスマイナスゼロ。むしろマイであった。

しかしながら、ここまでの大口を叩くということは、さぞかしご立派な発表をしてくれるのだろう、このギャルは。その期待を加味するならば、むしろプラスである。

「私がこの世でもっとも『いかり』を感じるもの、それは……

そこまで言って、彼女は静止した。最後の『は』の口を開けたまま、なにか考えるように視線を中空に泳がせ泳がせ、やっと発声した。

「……無い、な。……うん、無い。」

「おやおや~?」

「え~!?」

「は?」

俺も、水仙と同じく『は?』と若干キレ気味に、しかし呆れるように声が漏れた。

さんざ俺に対して言いたい放題だった割に、自分のことは棚に大事に上げやがっていたのだ。

「およそ『怒り』というものを感じたことがない。」

彼女は続けて豪語する。しかし、どうにも嘘と言い切れない凄みが、やはり彼女にはあった。

「ほぉ~、なるほどね~。青蓮くんが嘘をつかない子なのは良く知っているから、きっとそれも嘘ではないんだろうね~。」

この先生、俺の時の態度とはえらい違いである。信用の差というものをここまで痛烈に感じさせられるとは。

「しかし、だよ青蓮く~ん。君は嘘を言ってはいないが、まことを口にしているとも言いがたい。つまりは~、君が『怒り』と形容していないだけの感情の動きがあるんじゃないかい~?」

ふむ……、と顎に指を当てて考え直す様子の青蓮。

ただ、俺としては、彼女が自身の感情を正確に言語化できない、なんてことはあり得ないとさえ考えていた。彼女に知らないことなど無いと。

「……たしかに、に近しい感情を持った経験は、無いこともないですね。」

このように、いつも彼女は俺を裏切る。しかしそれは、俺の中で神格化された彼女の人間像が地に足をつけ、同じ血の通った人間の、同年代の女の子なのだということを確かにするという意味で、『良い裏切り』だった。

「いいよ、それでも~。」

「分かりました。では、私が『怒り』に近しい感情を抱くこと、それは……水仙のドジの後始末です。」

「えっっ!?」

その時、水仙その人だけが、この場で声を上げて驚いた。

「う、うそっ!? そうだったのっ!?」

「これは、おそらく精神的に負荷がかかっている状態……『怒り』というにはあまりに冷やかで、けれども『心労』というには熱があり過ぎる……この感情は果たしてなんなのか。」

憤悶ふんもん……に近いのかもしれないけど、どっちにしろ、それは『怒り』に分類されるに充分すぎる思うよ~?」

「ちょっと!?」

「一万歩譲っても余裕で『怒り』だと思います!」

「かんなちゃんまで!?」

「青蓮先輩、それは『鬱憤うっぷん』というやつですね。ふさぎつつ、いきどおる……『怒り』が積もり重なった状態ですよ、たぶん。」

「ほう、『怒り』を感じないのではなく、すでに通り越していたとは。なるほど、これが『怒り』、そしてそれが積み重なったものか。」

「ごめんって!!? 謝るから!! あとでちゃんと謝るからぁ!!?」
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