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『生物研究部』活動記録 弐
その人を知りたければ 弐
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「『怒り』を感じるものかぁ……。うーん……?」
第一発表者、煤牛かんなは、顎に手を当て、目を瞑りながら唸ってでいた。
「……さっきの反対、と言えばそれまでなんですけど、アタシはアタシの『弱さ』に怒りを感じます。」
スッと決心したように頭を上げた彼女は、力強くそう言った。
「『好きなもの』もそうだったけど、なかなか実直な性格だね~。おっと、そうだ。これは雑談会みたいなものだから、みんな砕けた感じでお喋りしようか~。」
「ん、なら座ってやっても良くないですかー?」
「おや、本当だ。水仙くんにしては良い意見だね~。煤牛くん、座っちゃって~。」
「だからそのひと言要らんて!」
煤牛が着席すると、教壇に立っていた熊井先生もこちらに寄ってくる。青蓮と水仙が位置するテーブルと俺と煤牛が位置するテーブルの間に箱椅子を置き、先生はそれに座って脚を組んだ。
「よしと~。なんだかこう集まってみると高校生の昼食みたいだね~。」
「先生がもっと若かったらねー。もっとちゃんと『高校生』の昼食なんだけどねー。」
「先生だって歳をとりたくてとってるわけじゃないからねぇ~。だけど、心はまだまだティーンのつもりさ~。」
「『青春とは心の若さである』と、ある詩人も言うくらいですからね。先生は青春のただ中にいらっしゃるのですね。」
「まさしくだね、青蓮くん~。さてと、話の続きといこうか~。……煤牛くんの『弱さ』とは、如何様なものかな?」
「……『逃げたい』と思ってしまう、心の弱さ……です。」
普段……というより、1年ちょっと前までの彼女と接している限り、そんなことは顔にも口にも出すようなことは無かった。
天真爛漫を絵に描いたようにも思えた彼女にもまた、誰にも見せずに隠してきた一面があるのだ。
「……先ほど、『好きなもの』を発表したときに、煤牛くんは自身の『強さ』が好きと言ったね。」
青蓮が口を開く。彼女はいつになく真剣な表情に見えた。
「……はい。」
「自分のコンプレックスとしていたものを『全部ひっくり返して』、『強み』にしたと。ならば、『弱さ』とは? すべてをポジティブに変換できるわけではないのかい?」
「……そうです。どうひっくり返して考えたって、どうにもならないものがあった……それがアタシの『弱さ』です。」
「……そうか。」
「『怒り』……というか、『憎しみ』にも近いです。」
「分かる気がする、と言ったら失礼かもしれないけど。似たようなのはあたしにもあるわ。」
意外にも、水仙が会話に入ってきた。見た目からは想像できないが、同じような経験が彼女にもあるという。
「水仙センパイも……?」
「ん。まー、あたしこんなんだし、意外かもしんないけど。かんなちゃんは『弱さ』の一部分を『強さ』にひっくり返してたけど、あたしはそんな器用じゃないから、その『弱さ』を『弱さ』のまま抱えてんのよね。」
「ま~、大抵の人はそうかもね~。」
「そうなんですか……!」
「そ。あたしは特に……か分かんないけど、結構コンプレックス多いほうだと思うわ。」
「へー、意外ですね。」
「ブッ飛ばすわよ?」
思わず口に出てしまったが、コンマ1秒でお返しがきた。俺に対しては流石の反射速度である。
「あたしも、どうひっくり返したってどうにもなんないから、隠すことにしたの。隠して見なかったことにした。見ないだけで、そこにはちゃんとあるんだけどね。」
「隠す……。隠したまんまで良いんでしょうか? 克服しないで……良いんでしょうか?」
「知らないわよ。」
「えっ。」
「知らない。知ったこっちゃない。……で良いのよ、今は。克服しようとしたら、腰を据えて向き合わなきゃいけないじゃない。そんなのに無駄に時間も労力も使いたくないでしょ? だから、その『弱さ』を隠しきれなくなったときに、はじめて向き合えば良いのよ。」
「でも、結局向き合うなら同じじゃ……!」
「同じじゃないわよ? だって死ぬまで隠せれば向き合わずに済むじゃない。」
「死ぬまで!?」
水仙は、ギャルのような見た目からは考えられないほど、達者に喋る。彼女もまた内面ではいくつもの顔を持っているのだろう。全くもって期待していなかったが、あながちこの懇親会は効果的かもしれない。
「あっはっは! それもそうだね~。煤牛くんはそれに怒りを感じているかもしれないが、私はその『弱さ』は誰しもにあって、そして必要なものだとさえ思うよ~。」
「必要……ですか?」
「現に今、君が『弱さ』を克服したいと思っている……憤るほどに思っているものは、奇しくも君のエネルギー源のひとつになっているんじゃないかい? つまりは、生きるモチベーションさ。」
「生きるモチベーション……。」
「煤牛くんはとくに、克己心が強いだろう? 乗り越えなければいけない壁が常に君をつくり上げてきた。そしてつくり上げていくんだよ。これからもね。」
「……そう、なんですかね……。」
煤牛は、しかし納得できないような表情で俯く。水仙も、先生も、実体験や経験から語っていたが、本人が怒りを感じるほどの『弱さ』を、この短い会話の中で肯定的に思わせるのは容易では無いのだろう。
「ふふ、人生は長いからね~。水仙くんが言ったように、向き合わざるを得ないその時に、存分に悩むといいよ~。」
「……はい、ありがとうございます。」
「さてと~、お題チェンジだね~。ではさっきの逆順だから、佐々田く~ん。食べ物以外で頼むよ~。」
いきなり制限がかけられた。しかし、食べ物に対して怒りを感じた経験は皆無なため、ノーダメージである。
第一発表者、煤牛かんなは、顎に手を当て、目を瞑りながら唸ってでいた。
「……さっきの反対、と言えばそれまでなんですけど、アタシはアタシの『弱さ』に怒りを感じます。」
スッと決心したように頭を上げた彼女は、力強くそう言った。
「『好きなもの』もそうだったけど、なかなか実直な性格だね~。おっと、そうだ。これは雑談会みたいなものだから、みんな砕けた感じでお喋りしようか~。」
「ん、なら座ってやっても良くないですかー?」
「おや、本当だ。水仙くんにしては良い意見だね~。煤牛くん、座っちゃって~。」
「だからそのひと言要らんて!」
煤牛が着席すると、教壇に立っていた熊井先生もこちらに寄ってくる。青蓮と水仙が位置するテーブルと俺と煤牛が位置するテーブルの間に箱椅子を置き、先生はそれに座って脚を組んだ。
「よしと~。なんだかこう集まってみると高校生の昼食みたいだね~。」
「先生がもっと若かったらねー。もっとちゃんと『高校生』の昼食なんだけどねー。」
「先生だって歳をとりたくてとってるわけじゃないからねぇ~。だけど、心はまだまだティーンのつもりさ~。」
「『青春とは心の若さである』と、ある詩人も言うくらいですからね。先生は青春のただ中にいらっしゃるのですね。」
「まさしくだね、青蓮くん~。さてと、話の続きといこうか~。……煤牛くんの『弱さ』とは、如何様なものかな?」
「……『逃げたい』と思ってしまう、心の弱さ……です。」
普段……というより、1年ちょっと前までの彼女と接している限り、そんなことは顔にも口にも出すようなことは無かった。
天真爛漫を絵に描いたようにも思えた彼女にもまた、誰にも見せずに隠してきた一面があるのだ。
「……先ほど、『好きなもの』を発表したときに、煤牛くんは自身の『強さ』が好きと言ったね。」
青蓮が口を開く。彼女はいつになく真剣な表情に見えた。
「……はい。」
「自分のコンプレックスとしていたものを『全部ひっくり返して』、『強み』にしたと。ならば、『弱さ』とは? すべてをポジティブに変換できるわけではないのかい?」
「……そうです。どうひっくり返して考えたって、どうにもならないものがあった……それがアタシの『弱さ』です。」
「……そうか。」
「『怒り』……というか、『憎しみ』にも近いです。」
「分かる気がする、と言ったら失礼かもしれないけど。似たようなのはあたしにもあるわ。」
意外にも、水仙が会話に入ってきた。見た目からは想像できないが、同じような経験が彼女にもあるという。
「水仙センパイも……?」
「ん。まー、あたしこんなんだし、意外かもしんないけど。かんなちゃんは『弱さ』の一部分を『強さ』にひっくり返してたけど、あたしはそんな器用じゃないから、その『弱さ』を『弱さ』のまま抱えてんのよね。」
「ま~、大抵の人はそうかもね~。」
「そうなんですか……!」
「そ。あたしは特に……か分かんないけど、結構コンプレックス多いほうだと思うわ。」
「へー、意外ですね。」
「ブッ飛ばすわよ?」
思わず口に出てしまったが、コンマ1秒でお返しがきた。俺に対しては流石の反射速度である。
「あたしも、どうひっくり返したってどうにもなんないから、隠すことにしたの。隠して見なかったことにした。見ないだけで、そこにはちゃんとあるんだけどね。」
「隠す……。隠したまんまで良いんでしょうか? 克服しないで……良いんでしょうか?」
「知らないわよ。」
「えっ。」
「知らない。知ったこっちゃない。……で良いのよ、今は。克服しようとしたら、腰を据えて向き合わなきゃいけないじゃない。そんなのに無駄に時間も労力も使いたくないでしょ? だから、その『弱さ』を隠しきれなくなったときに、はじめて向き合えば良いのよ。」
「でも、結局向き合うなら同じじゃ……!」
「同じじゃないわよ? だって死ぬまで隠せれば向き合わずに済むじゃない。」
「死ぬまで!?」
水仙は、ギャルのような見た目からは考えられないほど、達者に喋る。彼女もまた内面ではいくつもの顔を持っているのだろう。全くもって期待していなかったが、あながちこの懇親会は効果的かもしれない。
「あっはっは! それもそうだね~。煤牛くんはそれに怒りを感じているかもしれないが、私はその『弱さ』は誰しもにあって、そして必要なものだとさえ思うよ~。」
「必要……ですか?」
「現に今、君が『弱さ』を克服したいと思っている……憤るほどに思っているものは、奇しくも君のエネルギー源のひとつになっているんじゃないかい? つまりは、生きるモチベーションさ。」
「生きるモチベーション……。」
「煤牛くんはとくに、克己心が強いだろう? 乗り越えなければいけない壁が常に君をつくり上げてきた。そしてつくり上げていくんだよ。これからもね。」
「……そう、なんですかね……。」
煤牛は、しかし納得できないような表情で俯く。水仙も、先生も、実体験や経験から語っていたが、本人が怒りを感じるほどの『弱さ』を、この短い会話の中で肯定的に思わせるのは容易では無いのだろう。
「ふふ、人生は長いからね~。水仙くんが言ったように、向き合わざるを得ないその時に、存分に悩むといいよ~。」
「……はい、ありがとうございます。」
「さてと~、お題チェンジだね~。ではさっきの逆順だから、佐々田く~ん。食べ物以外で頼むよ~。」
いきなり制限がかけられた。しかし、食べ物に対して怒りを感じた経験は皆無なため、ノーダメージである。
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