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『生物研究部』活動記録 弐
あなたはなにが『好き』ですか? 壱
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期待はずれも良いところである。
水仙は、俺の予想を大きく下回ってくれた。
「……お料理。」
『お料理』と言った。このギャルは、ご丁寧に接頭辞まで付けて、料理が『好き』だと言った。
俺は愕然とした。
こいつがいつも部室で見ているスマホのインカメラや手鏡には、自分の姿が写っていないのだろうか。ぜひ、自分のアイデンティティをもう一度考え直して欲しい。ギャルはギャルらしく、『ネイル』とか言って欲しい。
いや、待て。まだ可能性は残されている。『料理を食べることが好き』という意味に違い。そうだろう、真珠田水仙!
「意外だね~。『お料理』のなにが『好き』なのかな~? 『食べる』こと~?」
「『作る』こと!」
終わった。
俺の中で真珠田水仙の人物像は完成に崩壊した。俺が、ついにあい見えたと思った『ギャル』は、『真のギャル』では無かったのだ。『ギャル』の皮を被ったただの口の悪いドジ娘であった。
俺の中の『真のギャル』……見た目は言うまでもなく、しかしその中身はと言えばズボラで、手を使う仕事は一切せず、できず、そのくせファッションやメイク、SNSにだけは金と時間の大半を費やし、収入源と言えば男の財布。頭も股も緩い、けれどもワガママを貫く意志だけは固い、そんな生物。
俺は、もはや伝説上の存在とも言える、『真のギャル』を探していたのだ。
いや、探してなどいないが。見れたら面白いなー程度に思っていたのに! そいつが将来どうなるかをこの目で観測したかったのに!
……真珠田水仙のファッションギャルっぷりには、上がりに上がっていた肩を、落とさざるを得なかった。
「1年ちょっと見てきたつもりだったけど、知らないことがまだまだあるね~。よし、じゃあ次は青蓮くんに、新しい一面を教えてもらおうかな~。」
「『新しい一面』ですか……。」
気を取り直して、俺は青蓮のほうに傾聴した。
彼女については、とくに謎が多い。
俺の中で彼女の人物像は、他者からの評判によって、そのほとんどを形づくられている。つい最近になって、生身の彼女と触れ合うことができたがしかし、その内面にいたっては依然、宇宙と同等の未知が広がっている。……と思っている。
「……そうですねぇ。とりあえず、改めて名前から。安藤青蓮、2年生。この部では部長を務めている。1年生の2人、以後お見知りおきを。」
彼女はこちらに向かって一礼をする。俺は反射的に、座りながらも礼を返す。
頭を上げた彼女は、少し考えるように間を取ったあと、再び口を開いた。
「私の『好きなもの』は、『努力』……かな。」
「ほう~? なんだか意外だね~? 青蓮くんはそんなものとは無縁だと思っていたよ~。」
「……いえ、『努力すること』に限って好きなわけではないのです。」
「なるほど~?」
「私が特に好きなのは、『努力』そのものです。便宜上、日本語で『努力』と表現されている、その行為。」
俺は少しドキリとした。
俺自身、これといった『努力』というものをしてきた記憶が無かったからだ。
彼女に見限られた……と、胸が痛くなるような気がした。そして、それと同時に気づいた。彼女に認めてもらいたかったのか、俺は。
「……『努力すること』が好きだ、というのはあり得ないと思うのです。なぜなら、『自分が努力をしている』ことなど、主観では認識できないのですから。もし、『私は努力をしている』と豪語する人がいるとすれば、それは傲慢以外のなにものでもない。その人は『努力』の本質に気づいていないのです。」
「これは……なかなか大きく出たね~。」
「『努力』はつねに他者からの評価でしかその価値を計り得ないと、私は思うのです。」
「青蓮くんの『努力観』についてはよく分かったよ~。では、なぜそれが『好き』なのか、についてはどうだい~?」
「はい。私がそういう『努力』を好きな理由は、そこに『輝き』を見たことがあるから……ですね。」
彼女にしてはえらく抽象的な理由だ。それに、考えつつ喋っている様子は、言語化に苦戦していると見た。
彼女ほどの人間が、彼女自身の内に、言語化困難な感情を抱えていることに、俺はまたも驚かされた。
「『輝き』……そう、どんな宝石にも、どんな絶景にも勝るアレは、『輝き』と称して差し支えないでしょう。私は、あの『輝き』こそが『努力』なるものの正体であり、それが好きで、求めている。」
「……その口ぶりだと、そう簡単に見れるものでは無いのだろうね。」
「……そうですね。」
「……うん、熱弁ありがとう青蓮くん~! ぜひ、生涯を通して追い求めたまえよ~!」
「はい。ありがとうございます。」
青蓮は自己紹介を終え、席についた。わずか数分の演説で、後半はどうにも要領を得ない感じがあったが、彼女の言葉は俺の心に深く刻まれた。そしてまた、彼女への謎が深まったような気がした。
水仙は、俺の予想を大きく下回ってくれた。
「……お料理。」
『お料理』と言った。このギャルは、ご丁寧に接頭辞まで付けて、料理が『好き』だと言った。
俺は愕然とした。
こいつがいつも部室で見ているスマホのインカメラや手鏡には、自分の姿が写っていないのだろうか。ぜひ、自分のアイデンティティをもう一度考え直して欲しい。ギャルはギャルらしく、『ネイル』とか言って欲しい。
いや、待て。まだ可能性は残されている。『料理を食べることが好き』という意味に違い。そうだろう、真珠田水仙!
「意外だね~。『お料理』のなにが『好き』なのかな~? 『食べる』こと~?」
「『作る』こと!」
終わった。
俺の中で真珠田水仙の人物像は完成に崩壊した。俺が、ついにあい見えたと思った『ギャル』は、『真のギャル』では無かったのだ。『ギャル』の皮を被ったただの口の悪いドジ娘であった。
俺の中の『真のギャル』……見た目は言うまでもなく、しかしその中身はと言えばズボラで、手を使う仕事は一切せず、できず、そのくせファッションやメイク、SNSにだけは金と時間の大半を費やし、収入源と言えば男の財布。頭も股も緩い、けれどもワガママを貫く意志だけは固い、そんな生物。
俺は、もはや伝説上の存在とも言える、『真のギャル』を探していたのだ。
いや、探してなどいないが。見れたら面白いなー程度に思っていたのに! そいつが将来どうなるかをこの目で観測したかったのに!
……真珠田水仙のファッションギャルっぷりには、上がりに上がっていた肩を、落とさざるを得なかった。
「1年ちょっと見てきたつもりだったけど、知らないことがまだまだあるね~。よし、じゃあ次は青蓮くんに、新しい一面を教えてもらおうかな~。」
「『新しい一面』ですか……。」
気を取り直して、俺は青蓮のほうに傾聴した。
彼女については、とくに謎が多い。
俺の中で彼女の人物像は、他者からの評判によって、そのほとんどを形づくられている。つい最近になって、生身の彼女と触れ合うことができたがしかし、その内面にいたっては依然、宇宙と同等の未知が広がっている。……と思っている。
「……そうですねぇ。とりあえず、改めて名前から。安藤青蓮、2年生。この部では部長を務めている。1年生の2人、以後お見知りおきを。」
彼女はこちらに向かって一礼をする。俺は反射的に、座りながらも礼を返す。
頭を上げた彼女は、少し考えるように間を取ったあと、再び口を開いた。
「私の『好きなもの』は、『努力』……かな。」
「ほう~? なんだか意外だね~? 青蓮くんはそんなものとは無縁だと思っていたよ~。」
「……いえ、『努力すること』に限って好きなわけではないのです。」
「なるほど~?」
「私が特に好きなのは、『努力』そのものです。便宜上、日本語で『努力』と表現されている、その行為。」
俺は少しドキリとした。
俺自身、これといった『努力』というものをしてきた記憶が無かったからだ。
彼女に見限られた……と、胸が痛くなるような気がした。そして、それと同時に気づいた。彼女に認めてもらいたかったのか、俺は。
「……『努力すること』が好きだ、というのはあり得ないと思うのです。なぜなら、『自分が努力をしている』ことなど、主観では認識できないのですから。もし、『私は努力をしている』と豪語する人がいるとすれば、それは傲慢以外のなにものでもない。その人は『努力』の本質に気づいていないのです。」
「これは……なかなか大きく出たね~。」
「『努力』はつねに他者からの評価でしかその価値を計り得ないと、私は思うのです。」
「青蓮くんの『努力観』についてはよく分かったよ~。では、なぜそれが『好き』なのか、についてはどうだい~?」
「はい。私がそういう『努力』を好きな理由は、そこに『輝き』を見たことがあるから……ですね。」
彼女にしてはえらく抽象的な理由だ。それに、考えつつ喋っている様子は、言語化に苦戦していると見た。
彼女ほどの人間が、彼女自身の内に、言語化困難な感情を抱えていることに、俺はまたも驚かされた。
「『輝き』……そう、どんな宝石にも、どんな絶景にも勝るアレは、『輝き』と称して差し支えないでしょう。私は、あの『輝き』こそが『努力』なるものの正体であり、それが好きで、求めている。」
「……その口ぶりだと、そう簡単に見れるものでは無いのだろうね。」
「……そうですね。」
「……うん、熱弁ありがとう青蓮くん~! ぜひ、生涯を通して追い求めたまえよ~!」
「はい。ありがとうございます。」
青蓮は自己紹介を終え、席についた。わずか数分の演説で、後半はどうにも要領を得ない感じがあったが、彼女の言葉は俺の心に深く刻まれた。そしてまた、彼女への謎が深まったような気がした。
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