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第一章 開戦
しおりを挟む― 一九四一年(昭和一六年)一二月八日午前〇時過ぎ 真珠湾沖 空母赤城指令室 ―
「さて、時間だな。」
「ええ。できれば中止の合図を聞きたかったものです。」
「ああ、そうだな。だが、やるからには成功させねばなるまいて。」
「……各艦に伝達、『第一次攻撃隊発艦せよ。第一次攻撃隊、発艦せよ。』」
― 同 飛行甲板 ―
「赤城より発光信号、『第一次攻撃隊発艦せよ。第一次攻撃隊発艦せよ』。」
「帽を振れ~!」
その威勢のいい声ともに先頭のゼロ戦のエンジン音が甲高く鳴り響く。そして皆、いつもの訓練とは比べ物にならないほどみな張り切っている。
それは今日が……実戦の日だからである。
相手は中国ではない。
米国だ。
正真正銘、大国との戦争だ。
その米国との基地に攻撃を仕掛けに来た。無論極秘である。もともと圧力をかけてきていた米国だが上もとうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。大きな戦になるだろう。たくさん死ぬだろう。しかし、耐え、生き抜かなければならない。そこに待つものがいるのだから。
今回の作戦、これのためだけに改造型の魚雷が降ろされたらしく、艦攻乗りのやつらはだいぶ張り切っていた。我々もしっかりと任務を果たそうではないか。
赤城、加賀、蒼龍、飛龍、瑞鶴、翔鶴の計六隻の空母からは航空機が続々と発艦しており、空にはすでに空中集合した編隊で黒いまだら模様が浮かび上がっている。
艦戦四三、艦爆五一、艦攻八九、計一八三機の大編隊である。
『五五七号機発艦されたし。』
「了解、発艦します。」
―同 日本時間一二月八日 現地時間七日早朝 オアフ島 レーダー基地―
「ふぁああ……いつも朝からつまらんと思わんか?エリオット」
「まあ、確かにそうだが。俺は気楽でいいと思うぞ。俺たちはこうして機械を眺めているだけで良い。しかも、モーニングコーヒーのおまけつきだ。つまらないが、こんないい職場はそうないかもしれないぞ?」
「確かにそうだが……うん?おい。これ反応してないか?」
「んあ?本当だ反応している……五〇機以上の大編隊だ!急いで上官に報告するぞ!」
―同 情報センター―
ジリリリン!ジリリリン!
なんだ?朝から騒がしいな。
「はい。こちら管制官、タイラー中尉。状況知らせ。どうした?」
「こちらレーダー試験基地。中尉大変です!レーダーで五〇機以上の大編隊を補足!距離約八〇マイル(約一二九キロ)!」
うーん。おそらくフィリピンに配属される予定のB‐一七か近くを航行中の味方空母の機影なのだろうが、軍機だからな…さて、どうしたものか?
「中尉!どうするのですか!?」
「気にするな。」
「は?」
「気にするな。以上だ。」
「おまちくだ……」
チリン
こうして、アメリカ側は真珠湾奇襲を防ぐ最後の機会を見失ったのだった……
―同 ハワイ真珠湾アメリカ海軍航空基地―
「おいおい。誰だ?あんな急降下をやっているのは。あれの機体番号を調べろ馬鹿の規則違反を報告しなければならん」
「イェッサー!」
当直士官のディックを待っている間も機体はこちらへ迫ってきている。
「機体番号は分かったのか!」
「いえ、ただ赤のバンドが機体についているので隊長機だとは思うのですが……うん?司令、今機体を引き起こすとき何か黒いものが……」
ズゴオオン…!
格納庫の方で凄い轟音が鳴り響いた。
「し、司令!」
騒然としていたがディックの声で目が覚めた。
「……ああ、まさか、クソ!やつらは規則違反の機体じゃない。日本の飛行機だ!平電でいい急いで味方に打電しろ!これは演習じゃない!全力で伝えろ、被害を最小限にとどめるんだ!」
―同 真珠湾上空。―
『…トツレ・トツレ(突撃準備体形トレ)』
その信号音とともに改めて悟る。
ついに……始まるのか。
信号弾は……一発、いや、二発強襲か。
強襲なら迎撃機が来るはずだ。警戒せねば……
見えた!オワフ島、真珠湾だ!
結局迎撃機が上がってくることはなかったが、まあ、損害がないことに越したことはない。
『ト・ト・ト・ト・ト・ト………………(全軍突撃せよ)』
来た!ト連送だ。
奇襲成功のため無線封鎖をしていたが、これで解除となる。
『トラ・トラ・トラ(我奇襲に成功セリ)』
味方が真珠湾の様子から奇襲の成功を確信し打電する。これで、本国にも奇襲成功が伝わった。
『どうやら奇襲が成功したようで、敵は上がっていません。今がチャンスです。対地襲撃!小隊、突撃!』
『『「了解!」』』
事前の予定通り、近くの飛行場に機銃掃射を加えに行くことになる。
「行くぞ!鈴木一飛。」
『はい!』
鮫島中尉、南雲一飛曹のペアの後に続いて突入する。
―アメリカ軍指令室―
これは夢、なのだろう。そう、きっとそうである。そうでないと困る。
太平洋艦隊司令官ハズバンド・キンメルは困惑していた。
まあ、無理もないだろう。朝から、司令部に出頭し最近起こった事故の報告を終わらせ、さあ、友人とゴルフにでも行こうと思ったときに電話で
「日本機、パールハーバーを攻撃中」
と報告があったのだ。
最初は悪戯か冗談かと思った。なのに、私の目の前には黒い煙を吹くわが艦隊と次々と入ってくる最悪の知らせ。
「ウェストバージニア大破炎上中!」
「アリゾナ轟沈!」
「カルフォルニア大破!」
「メリーランド、テネシー行動不能!その他被害拡大中」
「迎撃機はどうした!」
「攻撃が始まった際に真っ先に攻撃され大半は駐機中に撃破され、離陸できた数機も袋叩きにされた模様!」
「クソ!なんて日だ。迎撃、損害把握急げ……」
ああ、
壊れていく、
消えていく、
あれだけ育てた艦隊が
可愛がってきた兵たちが
本来、最も安全である場所で
大半はろくな抵抗もできることなく、
ある船は燃え、
ある船は半ばから折れ、
沈む。
兵達も、
ある者は生きながら炭となり
ある者は愛するものの名を叫びながら息絶える。
またあるものはわずかな希望にすがり海に飛び込むも
流れ弾や、外れた爆弾、魚雷によって吹き飛ばされる。
また、あるものは言葉を発する間もなく肉塊へと姿を変える。
海は赤く染まり
空は黒く染まる
血と硝煙の臭いが鼻をつんざき
煙は懸命に叫び、仲間を助けようとする者たちの灰を焼く
まさに地獄絵図だ。人は一瞬で過去の産物へとなり果てる。
嗚呼、神よ。私は何か罪を犯しただろうか、そうであれば償おう。だから、だから、この悪い夢から覚めてくれ……
その時だった。一発の流れ弾がキンメルの体に直撃した。
彼の体に衝撃が走る。しかし……
「大丈夫ですか!司令官!」
「ああ、なんともない。服が焦げただけだ。全くそう、服が焦げただけだ。ああ、外では兵たちが死んでゆくとゆうのに。いっそのこと、私はこの銃弾で殺してほしかった。そして悪い夢から覚めてほしかった……」
その後も被害は拡大し続けアメリカ側は結局
戦艦五、駆逐艦三、標的艦一、支援艦二隻を失い。
戦艦三、軽巡三、支援艦二隻が大小それぞれの損害を受け、
航空機も撃破一八八、損傷一五九
死者二三三四人、負傷者一一四三人という大きな損害を出した。
なお、キンメルは日本に復讐の機会を望むも奇襲とはいえその被害はあまりに大きすぎ、海軍人生に終止符を打つこととなったという。
―真珠湾攻撃後 第一航空戦隊 加賀 飛行隊待機室―
今回の作戦、作戦上は成功だ。いや、大成功と言っていい。一航戦にはいや、今や日本全国特に海軍ではお祭り騒ぎであろう。なんせ、練りに練った博打が成功したのだから。
しかし、その戦勝会ではいるはずの人間がいない。
一人二人ではない。何十人もだ。
なぜか?それは彼らが いまだ帰って来ていない。
未帰還
だからだ。未帰還機、戦場で大半のそれが示すことそれは……機体が撃墜されたこと。すなわちその
パイロットの 死
損傷して、飛んでいたとしても速度は下がり、航続距離は当然短くなる。しかも現在艦隊はハワイからの反撃を受けないように撤退中。彼らが運よく着水して生き残ったとしても、そこへ我々の艦隊が戻ることはない。
運が良くても悪くても大半は死ぬ。生き残って捕虜になったとしてもろくな扱いを受けないだろう。
無論、戦争なのだ。犠牲と損害は出る。しかし、しかしである。 あれだけの奇襲が成功してなお、目立つ損害が出た。
撃墜された機は加賀だけで一五機人数で言えば三十一人しかも一人一人がこれ以上ない精鋭。
むろん敵の損害はこれだけじゃすまないだろう。
だがしかし、何度も言うがこちらは奇襲をした側なのだ。それに機動部隊もおらず艦載機どころかろくに迎撃機が上がっていない状態でろくな空戦もしていなのにだ。まったく末恐ろしい。長く続かなければ良いけど
青葉の願いは露と消えることになるであろう。そう、これは前哨戦に過ぎない。大戦と呼ばれるまで発展したこの戦争の始まりに過ぎない。
+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*
この真珠湾攻撃、真珠湾奇襲とも呼ばれていますが実際はきちんと日本側は開戦の通告はしており、米側はこれを意図的に開戦後に受け取ったというルーズベルト陰謀説もあり真実はどうなのか実に見極めが難しかったところ。
因みにこれ、南雲中将(作中の南雲ではない)の判断で第二次攻撃までしか行っておらず完全に真珠湾の機能をつぶすことはできていませんでした。南雲が恐れた機動艦隊も、この時近海にはいなかったため第三次攻撃を実施していた場合、どれだけその後の戦局が変わったか…なんて言われることも多いです。
そのため真珠湾は大日本帝国最大の分岐点であったとも、いわれます。
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