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番外編
★ 嫉妬ポイント使いますか?
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学園の風紀委員会の人間は、書類を作る委員を除いて基本的に柄が良くない。
優しそうな顔をしている委員だって、いざ喧嘩の仲裁をするとなれば一気に“柄が良くない”人間に早変わりである。
ジキル博士とハイド氏も真っ青な変わりっぷりだ。
そもそも委員長の豊川橡が柄良くない人間の代表格だから、集まるべくして集まった感はいなめない。
なにがって、“柄のよくない顔”である。
そんな中に違和感なく在籍する来原萌葱も例に漏れず、柄が良くない。
萌葱はその顔面のせいで絡まれては返り討ちをしていたから、違和感なんてないんだろうけれども。
しかし、この男。顔面偏差値の高めの学園において“顔がいい”人間である。
「萌葱くんの顔は好きだけど……もう少しボコボコにしちゃえばいいのかなあ」
なんて、恋人の姫路紫は幾度思った事か。
「と、いうわけでして!寝込みを襲ってみようと思ったコトもあるんですよね」
「……物騒な事を言うな、俺の優秀な補佐クンは」
「萌葱くんの顔がかっこいいのはいいんですけどね……モテるのみてるとムッとするんですよ、ムッと!」
紫はバンッと厚みのある書類を机に叩きつけた。
場所は生徒会室、部屋には生徒会長蒲田楝とその補佐紫だけである。
「ボコッちゃうにも僕は弱いんで、寝込みを襲ってやろうって言う」
「いやさぁ……多少のヤキモチは可愛いだろうけど、どうしてそういう方向になるんだ?」
もっともな楝の発言に紫は大きくため息を吐く。
紫は、なんでこの気持ちが解らないんだと言う表情だ。
「学園の中でもあれです。クリスマスから告白されてる感じなんですけどね。外にいくとどうなるかってわかります?」
口を尖らせた紫は楝を見て、大きなため息をついた。
「あれですね。かいちょーに愚痴ってもダメですね。だってかいちょーは萌葱くん寄りですもんね」
「あいつより俺の方が紳士的だぞ」
「顔面の話です!顔面の!偏差値!!それに、いいんちょーだってそうですよ。こんな愚痴を言っても萌葱くん寄りですからね。いくら強面でも顔面偏差値高いですからね!ハッ!僕のこの気持ちは普通顔じゃなきゃ理解してもらえないンですよ。まったくもう」
話していくにつれ比例して苛立ちが蘇ってくるのか、紫は手早く書類をまとめ
「これみんなかいちょーの採決が必要ですからね。一番上から締め切り早くなってますからね。ついでに、一番下のは明後日ですからね!」
「……もういいよ、分かった。俺は素直に姫路の八つ当たりを受け止めるよ」
何においても顔面か……チッ、理不尽な世の中だ。なんてつぶやく紫の背中を楝は黙って見送った。
でも心では言う。
(うちの補佐は、うん、変わってるけど可愛いよな)
と。会長様はこの補佐を本当に気に入っているのだ。色々な面で。
かっこいいけど不良だし、こわい。
それが萌葱の外見を含む評価だった。
不良ではなかったけれど、“こわい”と言われる容姿のせいで絡まれては蹴散らしてを繰り返したため、不良のレッテルも貼られ、『かっこいいけど不良だし、こわい』になってしまっている。
けれども、紫と付き合っていると知れ渡り、紫と一緒にいる姿に注目され始めると少しだけ風向きが変わってきてしまった。
しかし学園内では萌葱の紫至上主義は知れ渡るようになっているし、その上、「元副会長はブッ殺したい」とか「怖がってたくせにうぜー」とか「紫泣かせたやつはつぶす」とか、本当に本人が言ったかどうか分からない発言が広がっているおかげでそこまで“ひどく”はない。
が、学園の外に行くとちょっと違う。
この間だってそうだ。
遠巻きに「かっこいいね」ならまだしも、声をかけられているのを──────しかも隣にいる紫を無視して声をかけられる姿を見るとモヤモヤっとして嫉妬が膨れ上がってしまう。
正面きって萌葱に声をかけてくる相手は基本的に“自分に自信がある”わけだ。その『自分の誘いは断らないだろう』と言う自信満々な雰囲気を真隣で見ている紫は、それはもう“面白く”なんてない。
「だってさ、学園の外に出たらアレだよ?つまり卒業して進学したらアレなんだよ!!!」
紫はブスブスと独り言を吐き出す。
もしこの独り言に味と色がついていたら、鍋の中のミネストローネは間違いなく食べたらダメな色と味になっているだろう。
「そうなるとさ、萌葱くんがいくら僕を大切にしてさ、あ……あ、あい……スッ好きでいてくれてもさ、可愛いコとかさ、綺麗なコとかさ、いっぱいいてさ……僕なんて」
眉間に深く皺を作る紫は、グルグルと鍋の中をかき混ぜる。
まるで悪い魔女がよからぬ何かを作っているような、そんな禍々しい姿だ。
「萌葱くんもさ、分かってないよね。『紫以外、興味ねェしな』じゃないんだよね。分からないんだろうな。モテる男は恋人の嫉妬ポイントが溜まってる事が分からないんだな。そうに違いない!」
ここでようやくかき混ぜる手を休め、小皿に少し載せて味見。
「あちっ!──────うん、美味しい。いや違う、和んじゃいけない。ほんとう、嫉妬値溜まって爆発するよ、まったくね。そろそろ巨大噴火だよ!やっぱり夜這いでボコッて……」
フン、と鼻を鳴らし火を消し鍋に蓋をして振り返った。
「ただいま、紫」
「ぎゃあ!」
少しだけ時間を戻して──────
委員会の用事が終わった萌葱は、今日は何を作ろうかなとか、食堂に食べに行こうかなとか、そんな事を考えながら寮へ戻っていた。
紫も萌葱も委員会の仕事が落ち着いて以降、夕食を寮の部屋で食べる時は萌葱と紫、早く帰ってきた方が作るようになっている。もちろん、食べに行こうと誘う事も。
今日の予定では萌葱の方が早く帰れそうだったから、こうして帰る道すがら萌葱は夕食について考えているのである。
「煮魚食いたい……いや、酢豚……」
二人は食材をスマートフォンのアプリでしっかり管理している。
だから煮魚も酢豚の材料も、冷蔵庫に入っている事は分かっていた。
「でもなあ……」
いやいや他にも食いたいものが、と思っているところで萌葱は二人で使っている寮の部屋についた。
足音を立てずに入るとか、忍者のように気配を消してとか、そう言う事はせず、ごく普通に玄関で靴を脱ぎ短い廊下を歩いてリビングダイニングの扉を開ける。
開けると奥にキッチンが見えた。紫の背中も。
ただいま、と言おうとした萌葱だけれど紫の独り言が耳に届く。
面白がってしばらく聞いていたが「やっぱり夜這いでボコッて」で不穏な空気を感じて声をかける事にした。
「ただいま、紫」、と。
「そんなに驚いた猫みたいに飛び上がられても」
「驚くに決まってるよね!?」
猫だったら毛を逆立てているだろう紫を見下ろして、萌葱はその頭を撫でる。
紫の機嫌は「やっぱり夜這いでボコッて」の時と変わりないらしい。
「あー……なんだ。ええと、俺、そんなにポイント貯めてるかんじか?」
自称“うまく言えない男”萌葱が学生鞄を足元において聞くと、紫は腰に手を当て胸を張る。
「ちょうためてる。もしこれがお店のポイントとかだと、そろそろ溜まったポイントで“商品”もらえるレベル」
「何もらえンの?」
「ヒステリックに怒るかもしれない僕です」
「ブッ!!!」
素直に笑った萌葱に紫の顔はますます憤慨したものに変わった。
「ちょっと、ここに座りなさい」
萌葱は紫をぐいぐいとソファに引っ張っていき座らせると、その隣に自分も座る。
「あのさ、紫はなんでそんなに嫉妬すンの?」
「はあ?ばかじゃん!」
「バカ……」
反射的にバカと罵る紫に驚いた顔で「バカ」と呟く萌葱。
萌葱はすぐさま「バカ」と言われたのが意外にもショックだったようだ。
「あのさ、いいの、よくないけどさ、仕方がないって事もあるよね。モテる人はモテるよ!本人がモテたくなくてもさ、モテる人はいるよ!ぶさいくでもお金持ってたらモテちゃうかもしれないもんね!」
「いや、それはどうかと……」
「でさ、モテてもさ一途な人っていうか恋人がいたらさ、普通は言うよ『誰が自分に好意を寄せても君だけなんだから』とかさ『他の人に興味はないから』とかさ!言うよね!」
萌葱くんもそうだったね、と歯をむき出しにするような顔で詰め寄られ萌葱はのけぞる。
「でもさ、恋人としてはそう言う問題じゃないわけ、わかる?わからないよね、萌葱くんは!いくら『紫以外、興味ねェしな』とか言われてもさ、自分の恋人にエッチな目とかさ、色目とかさ、使われたり、あからさまな態度とか取られたりしたらさ、嫌な気持ちになるじゃん?嫉妬もするじゃん!なのにさ『紫以外、興味ねェしな』とか言っちゃってさ!」
ばかじゃん!と八つ当たり気味に吐き出す紫を萌葱はぎゅむっと抱きしめた。
紫は少しだけ抵抗してから素直に萌葱の腕の中に収まる。
「僕だって困ってるんだよ。萌葱くんは僕がやめてって言うくらい、僕のこと好き好き言ってくれてさ。疑ってるとかそう言うのないけどさ、女の子じゃさ、不安にもなるじゃん。それにさ、かっこいいんだしさ、怖いとか思うじゃん……なのに涼しい顔しちゃって『紫以外、興味ねェしな』とか言ってさ。分かってるけど、そう言う問題じゃないのにさ」
「うん」
「女々しいかんじがして、もともと僕に備わってない男らしさどっかいっちゃってる自分にも嫌になる」
怒りから悲しみに変わってしまったようで、萌葱の腕の中で紫はシュンと悲しそうに項垂れ
「もてるかっこいいの、分かってるけどさ、萌葱くん、中身もいいけどさ。今は顔だけでモテてるかもしれないけど、この先大学とか、社会人になったりした時とか、中身イケメンも注目されてモテてさ……みんなにチヤホヤされたりして、僕の知らないところであれこれあったりさ……うううううう」
「うんうん」
どうやら結構な“ポイント”をためていたのか、紫の発言は行ったり来たり──────いや、ほぼ同じ事の繰り返しかもしれない。
それにどうやら紫は“また誰かのせいで別れる事になるのではないか”と、無意識で不安になっている。そう萌葱は感じた。
最初の恋人がアレだったから、そうなってしまうのかもしれないけれど──────
「紫、わかった。紫が嫉妬するかもしれないって言う状態になったら、睨んで蹴散らして」
「そう言う問題じゃないでしょ!」
「じゃあいっそ、殴る?」
「なんでそういう発言!?」
目をまん丸にして見上げた紫は「暴力反対」となんとか言った。
「お前知ってるか知らないか分からないけど、俺、嫉妬するよ。お前、知らないだろうけどモテてるから」
「え!?どこのお前?」
「姫路紫くんってお前」
「まじか?」
「まじだ」
信じられないと、無意識だろうこぼした紫に萌葱は苦笑いを返す。
これは本当だ。
ソファの上で嫉妬したとブチブチ言って抱きしめられてブチブチ言う紫は、この学園で地味に人気者である。
だからクリスマスに萌葱はあれだけ“睨みを効かせた”のだから。
「俺は、紫がモテそうな状況になったら、周りを睨みつけてる。コイツは俺のだ何見てるんだよって言う感じで」
「ふ、不良!!」
若干引いた紫は萌葱の腕の中で距離をとった。
「紫は遠慮しすぎじゃね?俺は全部紫のものだよ。だからさ、俺がモテそうな時は『僕のだ!みてるんじゃねーよ!』って睨んだり、割り込んだりしていいんだぜ?」
「それできるの勇者だよ!召喚しなきゃだめなヤツ!平凡一般人勇者になれない!」
「いやいや、勇者必要ねーから。召喚する必要もねーし。つーか、それが恋人の特権じゃね?」
楽しそうな顔で笑って「俺はそう思ってるから睨んでる」としれっとのたまう萌葱だ。もちろんまた、紫は若干引いている。
「嫉妬させてごめんっていやー言いもんかわからねぇけど。ま、そうだな、適材適所って言うから」
「言うから?」
「紫が割り込んだり睨んだり出来るようになるまで、俺が代わりに紫が嫉妬しそうな時はそれをやっとくわ」
「はい!?」
「だって思えばそうだろ?俺の可愛い恋人が嫉妬でイラッとしたりするのは、嫌じゃん?俺との時間の中で、他人のせいで嫉妬して、イラっとする時間はない方が良くね?だから、俺が紫の代わりに、紫の嫉妬ポイントを貯めないように蹴散らすわ」
「ええええ、それ絶対違うよね?」
「そうか?」
「そうだよー」
本気で不思議がる萌葱を見ていたら、紫はなんだか笑えてきた。
「はははは、もー、なんか有耶無耶になってどーでも良くなってきた気がする」
「もっと上手に出来ればいいけど、俺はまだ恋愛初心者だし格好イイ事が出来るタイプでもないし嫉妬させる事もあると思うけどさ、俺は紫を幸せにしたいってまあ子供ながらに思ってるから、紫が嫉妬する気持ちも俺が蹴散らすよ。とりあえず」
紫に誘われるように萌葱も笑う。少しだけ不満そうに、でも楽しそうだ。
嫉妬されるなんてはっきり言われて、少しだけこの萌葱、嬉しかったのかもしれない。
「俺がとにかく蹴散らしてみるからさ、紫はとりあえず寝込みを襲ってボコボコにするのはやめてくれない?蹴散らしたりずに嫉妬させたら、すぐに教えてくれるとイラつきを解消させるよう頑張るし」
「うーん」
「だって、俺、恋人に寝込み襲われるならエロいことがいいから」
「バッバカちん!な、何言っちゃってんの?」
「だって健全な青少年だよ、俺」
「バッ、バッ……萌葱くんッの、バ、バカ!僕、嫉妬しまくって、そんでボコボコにしてやるんだから!!」
バカッ!と最後に大声で一つ付け足して真っ赤な顔の紫は、キッチンの鍋の前に戻っていった。
恥ずかしいのかヨタヨタとしていて、萌葱は思わず小さく声を出して笑う。
「本当に僕の嫉妬のこと有耶無耶にしちゃってさ、ひどいヤツだ!なのにクソゥ……それでまあいいかとか思っちゃう僕、お手軽すぎる!!もう……僕、ちょろい!!ちょろすぎでいかんよ、いかんよ!!」
紫は階下の住民の事をすっかり忘れたように、地団駄をダンダンと踏んで
「そんなこと言うなら、僕が嫉妬しないように蹴散らしてね!それと、僕が嫉妬してイライラしたらすぐに幸せにする事!」
背中を向けたまま言い切った紫に、萌葱もソファに座ったまま返事をした。
「蹴散らすのは得意だ、任せとけ!」
紫は少しだけ唸ってから振り返った。
「蹴散らしてくれたり、嫉妬した僕を笑わせてくれたら、僕も萌葱くんを目一杯幸せにするよ。そんで萌葱くんに幸せポイント貯めてもらう」
優しそうな顔をしている委員だって、いざ喧嘩の仲裁をするとなれば一気に“柄が良くない”人間に早変わりである。
ジキル博士とハイド氏も真っ青な変わりっぷりだ。
そもそも委員長の豊川橡が柄良くない人間の代表格だから、集まるべくして集まった感はいなめない。
なにがって、“柄のよくない顔”である。
そんな中に違和感なく在籍する来原萌葱も例に漏れず、柄が良くない。
萌葱はその顔面のせいで絡まれては返り討ちをしていたから、違和感なんてないんだろうけれども。
しかし、この男。顔面偏差値の高めの学園において“顔がいい”人間である。
「萌葱くんの顔は好きだけど……もう少しボコボコにしちゃえばいいのかなあ」
なんて、恋人の姫路紫は幾度思った事か。
「と、いうわけでして!寝込みを襲ってみようと思ったコトもあるんですよね」
「……物騒な事を言うな、俺の優秀な補佐クンは」
「萌葱くんの顔がかっこいいのはいいんですけどね……モテるのみてるとムッとするんですよ、ムッと!」
紫はバンッと厚みのある書類を机に叩きつけた。
場所は生徒会室、部屋には生徒会長蒲田楝とその補佐紫だけである。
「ボコッちゃうにも僕は弱いんで、寝込みを襲ってやろうって言う」
「いやさぁ……多少のヤキモチは可愛いだろうけど、どうしてそういう方向になるんだ?」
もっともな楝の発言に紫は大きくため息を吐く。
紫は、なんでこの気持ちが解らないんだと言う表情だ。
「学園の中でもあれです。クリスマスから告白されてる感じなんですけどね。外にいくとどうなるかってわかります?」
口を尖らせた紫は楝を見て、大きなため息をついた。
「あれですね。かいちょーに愚痴ってもダメですね。だってかいちょーは萌葱くん寄りですもんね」
「あいつより俺の方が紳士的だぞ」
「顔面の話です!顔面の!偏差値!!それに、いいんちょーだってそうですよ。こんな愚痴を言っても萌葱くん寄りですからね。いくら強面でも顔面偏差値高いですからね!ハッ!僕のこの気持ちは普通顔じゃなきゃ理解してもらえないンですよ。まったくもう」
話していくにつれ比例して苛立ちが蘇ってくるのか、紫は手早く書類をまとめ
「これみんなかいちょーの採決が必要ですからね。一番上から締め切り早くなってますからね。ついでに、一番下のは明後日ですからね!」
「……もういいよ、分かった。俺は素直に姫路の八つ当たりを受け止めるよ」
何においても顔面か……チッ、理不尽な世の中だ。なんてつぶやく紫の背中を楝は黙って見送った。
でも心では言う。
(うちの補佐は、うん、変わってるけど可愛いよな)
と。会長様はこの補佐を本当に気に入っているのだ。色々な面で。
かっこいいけど不良だし、こわい。
それが萌葱の外見を含む評価だった。
不良ではなかったけれど、“こわい”と言われる容姿のせいで絡まれては蹴散らしてを繰り返したため、不良のレッテルも貼られ、『かっこいいけど不良だし、こわい』になってしまっている。
けれども、紫と付き合っていると知れ渡り、紫と一緒にいる姿に注目され始めると少しだけ風向きが変わってきてしまった。
しかし学園内では萌葱の紫至上主義は知れ渡るようになっているし、その上、「元副会長はブッ殺したい」とか「怖がってたくせにうぜー」とか「紫泣かせたやつはつぶす」とか、本当に本人が言ったかどうか分からない発言が広がっているおかげでそこまで“ひどく”はない。
が、学園の外に行くとちょっと違う。
この間だってそうだ。
遠巻きに「かっこいいね」ならまだしも、声をかけられているのを──────しかも隣にいる紫を無視して声をかけられる姿を見るとモヤモヤっとして嫉妬が膨れ上がってしまう。
正面きって萌葱に声をかけてくる相手は基本的に“自分に自信がある”わけだ。その『自分の誘いは断らないだろう』と言う自信満々な雰囲気を真隣で見ている紫は、それはもう“面白く”なんてない。
「だってさ、学園の外に出たらアレだよ?つまり卒業して進学したらアレなんだよ!!!」
紫はブスブスと独り言を吐き出す。
もしこの独り言に味と色がついていたら、鍋の中のミネストローネは間違いなく食べたらダメな色と味になっているだろう。
「そうなるとさ、萌葱くんがいくら僕を大切にしてさ、あ……あ、あい……スッ好きでいてくれてもさ、可愛いコとかさ、綺麗なコとかさ、いっぱいいてさ……僕なんて」
眉間に深く皺を作る紫は、グルグルと鍋の中をかき混ぜる。
まるで悪い魔女がよからぬ何かを作っているような、そんな禍々しい姿だ。
「萌葱くんもさ、分かってないよね。『紫以外、興味ねェしな』じゃないんだよね。分からないんだろうな。モテる男は恋人の嫉妬ポイントが溜まってる事が分からないんだな。そうに違いない!」
ここでようやくかき混ぜる手を休め、小皿に少し載せて味見。
「あちっ!──────うん、美味しい。いや違う、和んじゃいけない。ほんとう、嫉妬値溜まって爆発するよ、まったくね。そろそろ巨大噴火だよ!やっぱり夜這いでボコッて……」
フン、と鼻を鳴らし火を消し鍋に蓋をして振り返った。
「ただいま、紫」
「ぎゃあ!」
少しだけ時間を戻して──────
委員会の用事が終わった萌葱は、今日は何を作ろうかなとか、食堂に食べに行こうかなとか、そんな事を考えながら寮へ戻っていた。
紫も萌葱も委員会の仕事が落ち着いて以降、夕食を寮の部屋で食べる時は萌葱と紫、早く帰ってきた方が作るようになっている。もちろん、食べに行こうと誘う事も。
今日の予定では萌葱の方が早く帰れそうだったから、こうして帰る道すがら萌葱は夕食について考えているのである。
「煮魚食いたい……いや、酢豚……」
二人は食材をスマートフォンのアプリでしっかり管理している。
だから煮魚も酢豚の材料も、冷蔵庫に入っている事は分かっていた。
「でもなあ……」
いやいや他にも食いたいものが、と思っているところで萌葱は二人で使っている寮の部屋についた。
足音を立てずに入るとか、忍者のように気配を消してとか、そう言う事はせず、ごく普通に玄関で靴を脱ぎ短い廊下を歩いてリビングダイニングの扉を開ける。
開けると奥にキッチンが見えた。紫の背中も。
ただいま、と言おうとした萌葱だけれど紫の独り言が耳に届く。
面白がってしばらく聞いていたが「やっぱり夜這いでボコッて」で不穏な空気を感じて声をかける事にした。
「ただいま、紫」、と。
「そんなに驚いた猫みたいに飛び上がられても」
「驚くに決まってるよね!?」
猫だったら毛を逆立てているだろう紫を見下ろして、萌葱はその頭を撫でる。
紫の機嫌は「やっぱり夜這いでボコッて」の時と変わりないらしい。
「あー……なんだ。ええと、俺、そんなにポイント貯めてるかんじか?」
自称“うまく言えない男”萌葱が学生鞄を足元において聞くと、紫は腰に手を当て胸を張る。
「ちょうためてる。もしこれがお店のポイントとかだと、そろそろ溜まったポイントで“商品”もらえるレベル」
「何もらえンの?」
「ヒステリックに怒るかもしれない僕です」
「ブッ!!!」
素直に笑った萌葱に紫の顔はますます憤慨したものに変わった。
「ちょっと、ここに座りなさい」
萌葱は紫をぐいぐいとソファに引っ張っていき座らせると、その隣に自分も座る。
「あのさ、紫はなんでそんなに嫉妬すンの?」
「はあ?ばかじゃん!」
「バカ……」
反射的にバカと罵る紫に驚いた顔で「バカ」と呟く萌葱。
萌葱はすぐさま「バカ」と言われたのが意外にもショックだったようだ。
「あのさ、いいの、よくないけどさ、仕方がないって事もあるよね。モテる人はモテるよ!本人がモテたくなくてもさ、モテる人はいるよ!ぶさいくでもお金持ってたらモテちゃうかもしれないもんね!」
「いや、それはどうかと……」
「でさ、モテてもさ一途な人っていうか恋人がいたらさ、普通は言うよ『誰が自分に好意を寄せても君だけなんだから』とかさ『他の人に興味はないから』とかさ!言うよね!」
萌葱くんもそうだったね、と歯をむき出しにするような顔で詰め寄られ萌葱はのけぞる。
「でもさ、恋人としてはそう言う問題じゃないわけ、わかる?わからないよね、萌葱くんは!いくら『紫以外、興味ねェしな』とか言われてもさ、自分の恋人にエッチな目とかさ、色目とかさ、使われたり、あからさまな態度とか取られたりしたらさ、嫌な気持ちになるじゃん?嫉妬もするじゃん!なのにさ『紫以外、興味ねェしな』とか言っちゃってさ!」
ばかじゃん!と八つ当たり気味に吐き出す紫を萌葱はぎゅむっと抱きしめた。
紫は少しだけ抵抗してから素直に萌葱の腕の中に収まる。
「僕だって困ってるんだよ。萌葱くんは僕がやめてって言うくらい、僕のこと好き好き言ってくれてさ。疑ってるとかそう言うのないけどさ、女の子じゃさ、不安にもなるじゃん。それにさ、かっこいいんだしさ、怖いとか思うじゃん……なのに涼しい顔しちゃって『紫以外、興味ねェしな』とか言ってさ。分かってるけど、そう言う問題じゃないのにさ」
「うん」
「女々しいかんじがして、もともと僕に備わってない男らしさどっかいっちゃってる自分にも嫌になる」
怒りから悲しみに変わってしまったようで、萌葱の腕の中で紫はシュンと悲しそうに項垂れ
「もてるかっこいいの、分かってるけどさ、萌葱くん、中身もいいけどさ。今は顔だけでモテてるかもしれないけど、この先大学とか、社会人になったりした時とか、中身イケメンも注目されてモテてさ……みんなにチヤホヤされたりして、僕の知らないところであれこれあったりさ……うううううう」
「うんうん」
どうやら結構な“ポイント”をためていたのか、紫の発言は行ったり来たり──────いや、ほぼ同じ事の繰り返しかもしれない。
それにどうやら紫は“また誰かのせいで別れる事になるのではないか”と、無意識で不安になっている。そう萌葱は感じた。
最初の恋人がアレだったから、そうなってしまうのかもしれないけれど──────
「紫、わかった。紫が嫉妬するかもしれないって言う状態になったら、睨んで蹴散らして」
「そう言う問題じゃないでしょ!」
「じゃあいっそ、殴る?」
「なんでそういう発言!?」
目をまん丸にして見上げた紫は「暴力反対」となんとか言った。
「お前知ってるか知らないか分からないけど、俺、嫉妬するよ。お前、知らないだろうけどモテてるから」
「え!?どこのお前?」
「姫路紫くんってお前」
「まじか?」
「まじだ」
信じられないと、無意識だろうこぼした紫に萌葱は苦笑いを返す。
これは本当だ。
ソファの上で嫉妬したとブチブチ言って抱きしめられてブチブチ言う紫は、この学園で地味に人気者である。
だからクリスマスに萌葱はあれだけ“睨みを効かせた”のだから。
「俺は、紫がモテそうな状況になったら、周りを睨みつけてる。コイツは俺のだ何見てるんだよって言う感じで」
「ふ、不良!!」
若干引いた紫は萌葱の腕の中で距離をとった。
「紫は遠慮しすぎじゃね?俺は全部紫のものだよ。だからさ、俺がモテそうな時は『僕のだ!みてるんじゃねーよ!』って睨んだり、割り込んだりしていいんだぜ?」
「それできるの勇者だよ!召喚しなきゃだめなヤツ!平凡一般人勇者になれない!」
「いやいや、勇者必要ねーから。召喚する必要もねーし。つーか、それが恋人の特権じゃね?」
楽しそうな顔で笑って「俺はそう思ってるから睨んでる」としれっとのたまう萌葱だ。もちろんまた、紫は若干引いている。
「嫉妬させてごめんっていやー言いもんかわからねぇけど。ま、そうだな、適材適所って言うから」
「言うから?」
「紫が割り込んだり睨んだり出来るようになるまで、俺が代わりに紫が嫉妬しそうな時はそれをやっとくわ」
「はい!?」
「だって思えばそうだろ?俺の可愛い恋人が嫉妬でイラッとしたりするのは、嫌じゃん?俺との時間の中で、他人のせいで嫉妬して、イラっとする時間はない方が良くね?だから、俺が紫の代わりに、紫の嫉妬ポイントを貯めないように蹴散らすわ」
「ええええ、それ絶対違うよね?」
「そうか?」
「そうだよー」
本気で不思議がる萌葱を見ていたら、紫はなんだか笑えてきた。
「はははは、もー、なんか有耶無耶になってどーでも良くなってきた気がする」
「もっと上手に出来ればいいけど、俺はまだ恋愛初心者だし格好イイ事が出来るタイプでもないし嫉妬させる事もあると思うけどさ、俺は紫を幸せにしたいってまあ子供ながらに思ってるから、紫が嫉妬する気持ちも俺が蹴散らすよ。とりあえず」
紫に誘われるように萌葱も笑う。少しだけ不満そうに、でも楽しそうだ。
嫉妬されるなんてはっきり言われて、少しだけこの萌葱、嬉しかったのかもしれない。
「俺がとにかく蹴散らしてみるからさ、紫はとりあえず寝込みを襲ってボコボコにするのはやめてくれない?蹴散らしたりずに嫉妬させたら、すぐに教えてくれるとイラつきを解消させるよう頑張るし」
「うーん」
「だって、俺、恋人に寝込み襲われるならエロいことがいいから」
「バッバカちん!な、何言っちゃってんの?」
「だって健全な青少年だよ、俺」
「バッ、バッ……萌葱くんッの、バ、バカ!僕、嫉妬しまくって、そんでボコボコにしてやるんだから!!」
バカッ!と最後に大声で一つ付け足して真っ赤な顔の紫は、キッチンの鍋の前に戻っていった。
恥ずかしいのかヨタヨタとしていて、萌葱は思わず小さく声を出して笑う。
「本当に僕の嫉妬のこと有耶無耶にしちゃってさ、ひどいヤツだ!なのにクソゥ……それでまあいいかとか思っちゃう僕、お手軽すぎる!!もう……僕、ちょろい!!ちょろすぎでいかんよ、いかんよ!!」
紫は階下の住民の事をすっかり忘れたように、地団駄をダンダンと踏んで
「そんなこと言うなら、僕が嫉妬しないように蹴散らしてね!それと、僕が嫉妬してイライラしたらすぐに幸せにする事!」
背中を向けたまま言い切った紫に、萌葱もソファに座ったまま返事をした。
「蹴散らすのは得意だ、任せとけ!」
紫は少しだけ唸ってから振り返った。
「蹴散らしてくれたり、嫉妬した僕を笑わせてくれたら、僕も萌葱くんを目一杯幸せにするよ。そんで萌葱くんに幸せポイント貯めてもらう」
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華麗に素敵な俺様最高!
モカ
BL
俺は天才だ。
これは驕りでも、自惚れでもなく、紛れも無い事実だ。決してナルシストなどではない!
そんな俺に、成し遂げられないことなど、ないと思っていた。
……けれど、
「好きだよ、史彦」
何で、よりよってあんたがそんなこと言うんだ…!


ファントムペイン
粒豆
BL
事故で手足を失ってから、恋人・夜鷹は人が変わってしまった。
理不尽に怒鳴り、暴言を吐くようになった。
主人公の燕は、そんな夜鷹と共に暮らし、世話を焼く。
手足を失い、攻撃的になった夜鷹の世話をするのは決して楽ではなかった……
手足を失った恋人との生活。鬱系BL。
※四肢欠損などの特殊な表現を含みます。


彼の至宝
まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。
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素敵なお話でした…!!
この作品に出会うことが出来て良かったです。。。
2人がものすごく可愛いし、保護者達にも笑いました笑
ふわふわしているけど、芯のある魅力的な主人公で読んでいて応援したくなります💖
これからも2人が幸せで居られることを祈ってます💞
莉由奈さま
出会うことが出来て良かったと言っていただけて、本当に嬉しいです。ありがとうございます。
保護者たちに笑っていただけたことも、紫と萌葱を(萌葱まで!)可愛いと言ってくださったことも、もう飛び跳ねてしまうくらい嬉しいです。
紫と萌葱はその後も(保護者たちとも一生のお付き合いになりながら)楽しく、時々喧嘩もしたり嫉妬ポイントを貯めながら、莉由奈さまに祈っていただけたので、なお一層幸せに暮らします ✨
こちらでこれ以上更新するかは分かりませんが、よろしければ時々、二人と保護者に会いにきていただけたら嬉しいです。
コメント、ありがとうございました!