六日の菖蒲

あこ

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さよなら菖蒲

前編

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──────僕は付き合っていてもリコールしたよ。

それを聞いた冬夜は頭にカッと血が上った。
自分にあれだけ好きだと言っておきながら、なぜそんな事が言えるのかと。
どれだけの時間割いてんだと思ったら、冬夜は怒りで声をあげそうになった。
しかしそれがなされなかったのは、苦い顔をした同じくリコールされた会計役が首を何度も何度も横に振ったからだ。
なぜ止めるんだ、あいつ殴らなきゃ気が済まない。そう小声で、けれど力強く言った冬夜に彼は言う。
──────それをしたら、よ。
何が終わるんだ、これ以上悪くなるものなんてあるか、と喚く冬夜を彼は引き摺るようにして連れて行った。


楝の補佐として日々生活する紫は、放課後、時にはそれ以外の時間も生徒会室で書類等と格闘している。
補佐は他の役員と違い授業免除はない。
しかしそれでは間に合わない事もあるため、会長権限で免除の許可が承認される事がある。
イベントの前はそれが数日必要になる事もあり、過去には虚弱体質の補佐が倒れて寝込んだなんていう事もあったと言う。
「だからってかいちょー、これはだめですよ、あかんですよー。目からビームものです」
「ハッ!出るなら出してみろ。そりゃ面白い」
「お任せください。園村隊長を召喚します!いでよ、魔法のスマホ!は『hey Siri!園村たいちょーに電話をかけて』です」
「それはやめろ!まじでやめろ!つーか、ビームはお前から出るんじゃないのかよ」
「僕は人間ですからね」
「園村も人間だわ!」
おや、と態とらしく肩を竦めた紫は、へらりと笑って容赦なく楝の会長席にファイルをのせた。

確かに、新役員が決まったとはいえリコール直後の今は会長である楝への負担は大きい。紫もなるべく生徒会室に居るようにし補佐として十分過ぎるほど働いているが、新役員には仕事に慣れてもらうべくそれまでの役員たちより少ない仕事を割り振っているため、紫が十分過ぎるほどの活躍を見せても足りないのだ。
「会長、ここまで、この付箋までなんとかなれば、この後はお夕飯を食べて明日は授業に出てから放課後やれば大丈夫ですから」
紫が猫が寝そべっている形の付箋を指差すと、その付箋の猫の太々しい顔に楝は思わず吹き出した。
「お前の彼氏を思い出す、だな」
「え!?萌葱くんはこんなにですよ」
「突っ込みどころはそこか」
楝は付箋までの厚みを見て紫にあの、大き過ぎる飴を差し出す。
「あちこち掛け合ったり、俺に負担かからないように出来る限りやってるんだよな。ありがとな」
「ここまできたら、近年稀に見る優秀な生徒会長についた凄腕補佐と後世に語り継がれるように頑張らなきゃですからね」
さ、頑張りましょうねー、とふわふわ言うと生徒会室に淀んでいた空気がふわりと軽くなる。
来年の事を見据えて新役員は全て一年生だ。
彼らは会長である楝を雲の上の人と言う気持ちで見ていたから、新役員になり同じ部屋で仕事をし会話をして会議に出てと、精神的にヘトヘトになっている。
楝は彼らにプレッシャーがかからないよう気疲れしないようにと気をつけているが、彼らにとって“蒲田楝”と言う存在はあまりに強い。
だから紫は緩衝剤として後輩たちが肩の力が抜けるように、笑顔を絶やさず努めて優しく、出来るなら空気を明るくするようにと務めてもいた。
「あとちょっと頑張ったら、萌葱くんお手製のロールケーキを出しますね。僕のリクエストでチョコクリームですよ。手の動きが鈍い会長は小さめで切り分けますからね」
「最近お前からの風当たりが強くて、俺、泣きそう」
「ハンカチありますから、安心してください」
「いや、お前本当に最近強いよ」
「男の子ですからね!ふふふふふふ。委員長に『ぞんざいに扱うくらいの方が丁度いい補佐になれる』ってももらったんで!」
「それ多分、俺に対する嫌がらせだと思うからな。素直なのは美徳だが、相手の裏も考えような。俺の優秀な補佐君」
「裏をかく……格好良さそうですね!」
「いや、反応すべきはそこじゃないから」
「ふふふ。優秀な補佐を目指しますよー」
ググッと拳を握りしめた紫に諦めた顔で笑う楝。
彼らをみて後輩達からまた少し、力が抜けた。

後任の後輩達が緊張している事は誰の目から見ても明らかだけれど、リコールされた役員の後を必死になって埋め取り組む姿、今までと変わらない楝、そして予想以上に優秀な紫。
彼らの働きは学園生に眩しく映り、新生徒会は評判が良い。
一部から心配されていた『生徒会役員の中で唯一容姿が普通である』紫だったが、元々可愛い雰囲気と言動で隠れファン──勿論とても少ないけれど──がいた事と、その優秀さを楝が手放しで褒める事、また“恐ろしい二人”のおかげもあって心身共に暴力を振るわれるような事もなければ、そうした雰囲気もない。
これについては橡が「そんな事になったら、来原が何をしでかすか」と不安に思っていたようだから、吉報であった。
さて、そんな何をしでかすか分らない渋々風紀委員会に所属した来原萌葱は、ぶん殴る事を諦めてはいない。

誰をか?
もちろん松前冬夜だ。

「俺のと付き合ってるんだってね」
面倒臭そうに渡り廊下を歩く萌葱はその言葉に足を止めた。
「なんだ。あいつ、俺と別れてすぐに別の男──────しかも手近なのと付き合えるようなやつだったんだな」
はあ、と溜息をついた萌葱は暫く考えた後、頭をガリガリと掻いて再び足を動かす。進路は変わらず、風紀委員会室である。
「お前みたいな不良と、あいつ。ちょうど良いな。頭の悪さも、何もかも」
萌葱は後ろからひたすら萌葱の背中に言葉をぶつける冬夜を無視していたが、廊下の終わり、カードキーの認証が必要な扉の前で立ち止まるとゆっくりと振り返り、無表情で
「あんた、頭バカほどイカれてるけど、なんだな」
と言う。
当然これに冬夜は腹を立てるが、萌葱の「元副会長様を、原型留めないほど殴りたい」発言も知っているのか近寄ってはこない。
「お前さ、紫と付き合ってた時に何にも感じなかった?どれだけ尽くしてもらって愛されてたか、お前何にもしらねぇのな。頭おかしいんじゃねえ?俺には理解出来ねえよ。もしな、紫の愛情を理解するにはバカじゃなきゃなんねえってなら、俺はバカで結構。あんたみたいなのには、勘違いお姫様がちょうど良いわ。よかったな。超お似合いでさぁ」
ハッと鼻で笑って萌葱はカードキーでドアを開けると、怒りで顔を赤くする冬夜をそこに置き去りにして中に入る。
バタンとドアが閉まって首を振った萌葱は
「殴るの我慢するのは、体に良くねえ。ぶん殴る」
と呟いた。

冬夜は自分の親衛隊がリコールに反対しなかった紫に制裁すると思っていた。信じていた、のではなく、それがと思っていた。
しかしそれはされなかった。
次は補佐になった紫が、ほかの役員の親衛隊から制裁されると考えた。
しかしそれもされなかった。
──────理解出来ない。
自分と付き合えて、一時的とはいえこの学園でを手に入れたくせに、恩を忘れたようにリコールに賛成した。
その上、自分をまっすぐ見据え、付き合っていてもリコールには賛成したとまで言う。
──────許せない。
ユカリを溺愛し結果リコールされた顛末は、全て詳細に、それこそ制裁についてさえ家族へと報告された。これは“マリモ親衛隊”となった全ての生徒が対象だ。
“マリモ親衛隊”の冬夜も勿論その対象となり、話を全て聞いた父親と母親は呆れ返り、「怒る気さえ失せるほど呆れた」と言って「苦労しない程度の役職を与えるかもしれないが跡取りにはしない」と宣言し、その“苦労しない程度の役職”さえ今後の行動如何では変わるとまで付け加えた。
兄は「まだあれを好きでいたなんて……」と白い目でただ呆れた表情で冬夜を見た上「両親とユカリを含め彼の家族がいつの間にか上部だけ、本当に薄皮一枚ほど表面的な付き合いになっていた事に気がつかなかったのか」とまで言った。
冬夜は兄の言い分に腹を立てた。
あんなにも純粋で愛らしい子供とその家族をどうしてそんなふうに言えるのか、と。
そう言った冬夜に両親と兄は、やはりお前は跡取りの器ではないのかもしれない、自分たちの育て方が間違いだったのかもしれないと嘆き冬夜を“可哀想な子供”を見るような目で見つめていた。
冬夜は腹を立てて怒り狂い、真っ直ぐ学園に戻ると親衛隊の隊長である自分の従兄弟を呼び出し紫への制裁を命じるが「目を覚ましてください。これ以上、何も見ないままでどうされるんですか」と彼らは“反論”する。
冬夜は怒りに任せて彼を殴りつけようとしたが、それを副隊長に止められ治らない怒りを抱えていた後、偶然見つけた萌葱の後をつけて絡んだのがだ。
(俺を哀れなほどにアホだなんて!!!)
手の早いやつだと聞いていたにも関わらず、萌葱は馬鹿にした様子で、でも手を出してはこなかった。
その上、「何も知らないんだな」と言う。
(知らないわけがない。俺と付き合えたんだ、たかだか“紫”という、ユカリと呼べる名前を持っていただけで、平凡な奴が俺と付き合えたんだ)
尽くしてきても当たり前、好意を持たれて当然。そして別れた後も足を引っ張るような事は許されない。
紫が自分のために当然は知っている。それを何も知らないとはどう言う事だと冬夜は思う。
むしろ紫こそ自分と付き合えて楽しくいい思いをしたのだから、リコールに反対して然るべきである。それをどうして賛成出来るのだと。
イライラがおさまらず、冬夜はその顔を歪ませたまま寮へと急いだ。
大切なユカリがいる部屋に向かう。
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