六日の菖蒲

あこ

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本編

07

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「……おま、なに、どした?」
「萌葱くんが夕飯を食べれないで言うから、持ってきた!」
怖いと言われる風紀委員会の生徒たちをに、方々に頭を下げながら萌葱の元に向かった紫は、手に持っていた紙袋を萌葱に押し付けるように渡す。
「おべんと。戦うなら腹ごしらえだよ、萌葱くん。先人も言ってたよ!腹が減っては戦はできぬってね」
「お、おう──────って言うか、お前!放課後のこんな時間に校舎うろうろするなって言ってるだろ!危ないってお前、危機感はねぇのかよ!」
「腹が減っては戦はできぬでござるでござる!」
むん、と胸を張って言う紫に萌葱の怒りはぷしゅっと萎み、代わりに周りから声がかかり始めた。
「愛妻弁当?いいなあ」
「このところ、まともな飯って昼食うかくらいだからな」
なんともひどい会話に紫は振り返り、そそっと萌葱の背中に隠れおずおずと顔を覗かせると疲れ切っても風紀委員な彼らに
「ええと、人数がわからなかったので足りるかわかりませんが、皆さんもどうぞ。腹が減っては戦はできぬ、ですから」
と言い、その姿に笑い声をあげたこの部屋では異質な人に気がついた紫は飛び上がった。
「面白いな、お前。なんだよ、来原、可愛いのいるんじゃん。俺、それ食いたい」
「びゃ!会長!お、おおおお、お口にあうか存じ上げませぬが、ど、どうじょ」
「ぶは!突然なんでそんな言葉使いになるんだよ。来原、それ広げろ。は適当に脇によけりゃいいよ」
言って本当に腕で適当に避けそうな会長を周りが止め、委員の一人が裏に下がる。向こうから「お茶でいいですよね」と言っているのを見ると、給湯室があるようだ。
紫は委員を手伝い書類を丁寧に別の場所に移動させ、萌葱は紙袋をの中から大きなタッパーをいくつもテーブルの開いた場所に並べて行った。
会長の隣には眼光鋭い風紀委員会委員長が座り、あとは弁当を囲むように椅子を運び座っていて、給湯室から戻ってきた委員は人数分のお茶と取り皿に箸を持ってきて各自に配っている。
「あ、そっか!お皿もお箸も必要だった!」
ここでそれに気がついた紫だが、会長が「なかったら手で食べればいいんだから気にするな」と笑う。
委員長のいただきます、の声でどんどん減っていく弁当を眺めていた紫はお茶がなくなった人に茶を入れ、乱雑に積み重なっていた紙を落ちないように整えたりして時間を潰す。
そんな事をしていたら、萌葱の腕が紫に巻きついた。
「ひょわ」
「紫は?食ってきた?」
「く、くってきたよ。味見兼お夕飯にした」
「ならいい」
腕が離れて自由になり紫は給湯室に入る。先程入って気になっていたのだ。
ゴミだらけではないけれど、あんな書類に埋もれる今、使える給湯室であればもうどうでもいいと言う事なのだろう。綺麗とは言えない。
暇な紫は解る範囲を掃除した。確かにこんなときなら尚の事、少しでも綺麗な方がいいだろう。
しばらく夢中になっていると次々向こうの部屋から「ごちそうさまー」と声がし始め、紫は慌てて部屋に戻る。
「おそまつさまでした」
頭を下げた紫に感謝の言葉があちこちからかかり、紫は頬を上げて頭を下げる。萌葱からは頭を撫でるオプション付きで、嬉しそうに目尻を下げた。

弁当を片付け終え一人で帰ると言う紫を全員が引き留め、萌葱と帰るようにと言う。最後には会長にまで言われ、紫は
「あの、僕が出来る事があれば、お手伝いします。床掃除とか、窓掃除とかでも」
「ふははは、床はともかく窓掃除は今はいい。今は誰でも手伝ってほしいところだが……なあ」
眼光鋭い委員長はそこで曖昧に言葉をくぎり、それを引き継ぐように会長が
「姫路はこの書類の束からなにを見ても、それを誰かに言うとは思ってないから書類整理を頼みたいところだが──────
と締める。紫が不思議そうに首を傾げると、萌葱が紫の手を掴み給湯室に連れて行く。
「気にするな。あの奥に仮眠室がある。あそこでスマホでゲームでもして待ってろ」
「でも、こんなに忙しいなら書類整理くらいやるよ」
「俺は反対だ」
「なんで?」
広いとは言えない給湯室で向かい合う二人。紫は納得出来なくて萌葱に詰め寄る。
「あれは、つまり、生徒会が回っていないから、あのが暴れるから、停滞して溜まった書類だ。解るだろ?のせいでもあるんだ。お前とあいつが付き合っていたのはみんな知ってるようなもんだ。あの書類の量はつまり──────言わせるな」
睨むような目つきで言われ、紫は黙る。
けれど痛々しい顔をする萌葱より、紫の心は軽かった。
「なんだ、か。そりゃ、そうかもしれないけどさ、僕はこのがっこが好きだよ。ねえ萌葱くん、僕も男だ。傷口はまだジクジクしてても、前をむきたいって思ってもいる」
「でも」
まだ反対する萌葱の心臓あたりを紫はノックするように叩く。
「それはさ、割り切れない気持ちもあるけど第一ね、落ち込んでる最中突然の萌葱くんのはちゃめちゃなアピールのせいで、僕のちっちゃい脳みそは、今ね萌葱くんが過半数を超えてて、落ち込んでたり振り返って感傷に浸ってる場合じゃないんだよ。ひどいなあ」
「過半数ってなんの過半数だ」
「萌葱くんについて考えてる脳細胞の数」
真面目に言われると笑うしかない紫の発言に、萌葱は口を軽く上げるだけで笑い、給湯室から紫を連れて出た。

「こいつ、使ってやってください。この学園が好きだから手伝いたいって言ってるンで」

どこか心配そうに見てくる会長に、紫は大きく頷いてみせる。
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