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本編
06
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──────恋してるんだよ。
そう言われた紫と、言った萌葱だけれど、側から見るとあまり変化はない。
萌葱があまりに今まで通り普段のままであるために、紫は多少ぎこちないところもあったけれど紫の方にも変化がなかった。
それにあの告白は“ユカリ”のせいでうるさかった食堂の中で、なおかつ小さな声であった──しかも隣のテーブルに人はいなかった──から告白自体誰も知らないために尚更だろう。
しかし寮で二人きりになると一変する。
紫の態度が、だ。
「なんで離れてくわけ?」
同じ猫番組を好きなもの同士、二人でその番組のDVDを見る事は今までもあった。
三人掛けのソファとは言え、テレビを正面から見ようとすると二人の距離は自然と近くなる。
これまではその距離で問題はなかったのに、今同じ距離で座ろうとすると紫が面白いくらいに反応してソファの端に座るのだ。
「だ、だって、僕ね、あんな風に言われたら、ちょっと混乱する権利くらい、あると思う!」
「なんだよ、まだ混乱してるのかよ」
「あの日から何日経ったと思ってる?」
「二日もありゃ気持ちも落ち着くだろ?」
「ば、ばかちん!まだ混乱真っ只中です」
恋なんてと言う風でいたこの学園で一番の友人が、突然自分に恋をしているなんて言い出して、冗談かと思えば萌葱は本気だと言う。
寮の外に出れば変わらないのに、二人きりになるとなんとなく、本当になんとなく、紫は萌葱が今までよりももっと自分に甘い気がして耐えられないのだ。
「そりゃ、俺はお前が好きだから、意識されて悪い気はしねーな。でも俺は好きだっつて、紫に恋してるって言っても今まで通りでいるじゃねえか。何が不満よ」
「好きだって恋してるって言われたら、普通こうなると思うよ!」
「しらね」
「今知ろうよ。少なくとも僕、萌葱くんからの告白と、なんかこう僕を見るそのなんていうの?優しい目?甘い目?におろおろしてるの」
「目ェ?」
目を眇めて紫を見る萌葱。まあこの視線で見られて“甘い”とか“優しい”とか言えるのは紫だけだろう。まさに“付き合いの長さ”が為せる技である。
「ふうん。オロオロしてるんだ?それが普通なわけ?」
「そう!です!」
ソファの端の肘掛に背を預け意味なくレコーダーのリモコンをブンブンと振る紫との距離を一気に縮めた萌葱は、その体をぎゅむっと抱きしめる。
「ひぎゃ!」
「いつもなら『萌葱くんとハグ』とか言ってたのに、なんだその可愛い悲鳴」
「か、かわっ!!?だってね、萌葱くん、今まで『俺は恋愛嫌いなんだぜ!』みたいな顔してて、なんで突然こうなるのさ!」
じたじた暴れる紫を少しだけ自由にして、萌葱は真っ赤な顔で見上げてくる紫に優しい顔で笑う。
「だって、お前に恋したんだなって思ったら、紫がなにしてたって可愛いんだよなって思うんだよ。頭から食っちゃいてえもん。でも、さすがにそりゃあないだろって思うし?普段から色々しても紫パニックになりそうだから、せめて二人きりの時くらい、お前を追い詰め……本音が漏れちまった……、アピールしてこうかってやつ」
「……萌葱くんの振り幅の広さに、僕はただただ驚きだよ」
「驚いとけ。俺はもっと驚いてる」
触れた萌葱の熱と、少し赤い顔。そんな萌葱を見て紫は萌葱の胸に耳を当てた。
「ほんとだ。萌葱くんの心臓、ばくんばくんいってるよ」
「だろ?俺はこのところ、初めて尽くしでびびってる。今だって、好きなやつに好きになってもらうアピール方法知らなすぎて、パニック状態だからな」
真顔で強い口調の弱気な発言に、紫はこの二日間感じていた何かが放散する。
多分それは、プレッシャーに似た何かだった。返事をしなければならない、でも突然そういった風に見られない、だけれどぐずぐずしているのは……というような、そんな何かだ。
「何もしねえから、一緒に寝てみねぇ?とにかく俺を紫に意識してもらわねえとまずいだろ」
「もうお腹いっぱいだよ、萌葱くん」
「これからはもっと行動でも示していく」
「いや、だからお腹がいっぱいだよ、萌葱くん」
二人きりでいる時の萌葱に慣れないものの、紫はこのところ快調である。
精神面がぐんと良くなった。
萌葱と紫が在籍するクラス内では“ユカリ”と“冬夜”の話題はタブーのようになっているが、クラスの外に出てしまえば何かと耳に入るし、時には遠目でも確認する。
それでも心が軋む音が小さくなった。
周りから見たら今もフラれた傷に喘いでいると思われているかもしれないけれど、紫自身はそう感じていた。
アピールの効果なのかは知らないけれど、今まで以上に萌葱の動向を気にするようにもなっている。
今までも気にはしていたけれど、それとはまた違う。
友人として気にするのではなく、自分に好意を持ってくれている相手として気にしている。その差は意外と大きい。
「萌葱くん、このところ放課後忙しそうにパシリしてるけど、大丈夫?」
「パシリじゃねえ、臨時委員だ」
「だって過剰防衛で脅されて渋々パシリになってるんでしょ?」
萌葱は数々の過剰防衛を理由に、時折風紀委員会の臨時委員として活動している。
人手の足りない時に手伝わされていた。
このところはそれが頻繁で、放課後になると萌葱は紫に「誰でもいいから知り合いとさっさと寮に帰れよ」と言い含めてから、面倒臭そうに風紀室へ出向いている。
「お夕飯寮で食べればどうかな?食堂よりリラックスして食べれるよね?僕、作っておくよ?」
「ありがたいけど、夕飯を部屋で食えるかもわからンから、いい」
ほら帰れ、と半ば強引に教室から出された紫は反対方向へ向かう萌葱の背中を見て「よし、ならばこちらも打って出るぞ!」と拳を握り全力で走って校舎を後にした。
それから数時間後。
校舎にいる担任教師を捕まえ泣き落としで許可証を発行してもらった紫は、大きな紙袋を握りある部屋の前に立っている。
「がんばれ、紫!何も相手は鬼じゃないぞ!おー。ふぁいおー!」
若干腰が引けているが、怖いと言われる人たちの“巣窟”が目の前だ。
紫の気持ちを思えばこれくらいは頑張っているとなるだろう。
震える手で扉を叩くと、中から入室を許可する声がする。疲れ切っている声だ。
「失礼します!来原萌葱くんはいますか?」
紫が開けたのは風紀委員会が使用している風紀室。
およそいち高校生の風紀委員会が使うとは思えない広さそして立派な部屋だ。
しかしそこには疲れ切ったサラリーマンがぎゅっと詰まっているようであった。
そう言われた紫と、言った萌葱だけれど、側から見るとあまり変化はない。
萌葱があまりに今まで通り普段のままであるために、紫は多少ぎこちないところもあったけれど紫の方にも変化がなかった。
それにあの告白は“ユカリ”のせいでうるさかった食堂の中で、なおかつ小さな声であった──しかも隣のテーブルに人はいなかった──から告白自体誰も知らないために尚更だろう。
しかし寮で二人きりになると一変する。
紫の態度が、だ。
「なんで離れてくわけ?」
同じ猫番組を好きなもの同士、二人でその番組のDVDを見る事は今までもあった。
三人掛けのソファとは言え、テレビを正面から見ようとすると二人の距離は自然と近くなる。
これまではその距離で問題はなかったのに、今同じ距離で座ろうとすると紫が面白いくらいに反応してソファの端に座るのだ。
「だ、だって、僕ね、あんな風に言われたら、ちょっと混乱する権利くらい、あると思う!」
「なんだよ、まだ混乱してるのかよ」
「あの日から何日経ったと思ってる?」
「二日もありゃ気持ちも落ち着くだろ?」
「ば、ばかちん!まだ混乱真っ只中です」
恋なんてと言う風でいたこの学園で一番の友人が、突然自分に恋をしているなんて言い出して、冗談かと思えば萌葱は本気だと言う。
寮の外に出れば変わらないのに、二人きりになるとなんとなく、本当になんとなく、紫は萌葱が今までよりももっと自分に甘い気がして耐えられないのだ。
「そりゃ、俺はお前が好きだから、意識されて悪い気はしねーな。でも俺は好きだっつて、紫に恋してるって言っても今まで通りでいるじゃねえか。何が不満よ」
「好きだって恋してるって言われたら、普通こうなると思うよ!」
「しらね」
「今知ろうよ。少なくとも僕、萌葱くんからの告白と、なんかこう僕を見るそのなんていうの?優しい目?甘い目?におろおろしてるの」
「目ェ?」
目を眇めて紫を見る萌葱。まあこの視線で見られて“甘い”とか“優しい”とか言えるのは紫だけだろう。まさに“付き合いの長さ”が為せる技である。
「ふうん。オロオロしてるんだ?それが普通なわけ?」
「そう!です!」
ソファの端の肘掛に背を預け意味なくレコーダーのリモコンをブンブンと振る紫との距離を一気に縮めた萌葱は、その体をぎゅむっと抱きしめる。
「ひぎゃ!」
「いつもなら『萌葱くんとハグ』とか言ってたのに、なんだその可愛い悲鳴」
「か、かわっ!!?だってね、萌葱くん、今まで『俺は恋愛嫌いなんだぜ!』みたいな顔してて、なんで突然こうなるのさ!」
じたじた暴れる紫を少しだけ自由にして、萌葱は真っ赤な顔で見上げてくる紫に優しい顔で笑う。
「だって、お前に恋したんだなって思ったら、紫がなにしてたって可愛いんだよなって思うんだよ。頭から食っちゃいてえもん。でも、さすがにそりゃあないだろって思うし?普段から色々しても紫パニックになりそうだから、せめて二人きりの時くらい、お前を追い詰め……本音が漏れちまった……、アピールしてこうかってやつ」
「……萌葱くんの振り幅の広さに、僕はただただ驚きだよ」
「驚いとけ。俺はもっと驚いてる」
触れた萌葱の熱と、少し赤い顔。そんな萌葱を見て紫は萌葱の胸に耳を当てた。
「ほんとだ。萌葱くんの心臓、ばくんばくんいってるよ」
「だろ?俺はこのところ、初めて尽くしでびびってる。今だって、好きなやつに好きになってもらうアピール方法知らなすぎて、パニック状態だからな」
真顔で強い口調の弱気な発言に、紫はこの二日間感じていた何かが放散する。
多分それは、プレッシャーに似た何かだった。返事をしなければならない、でも突然そういった風に見られない、だけれどぐずぐずしているのは……というような、そんな何かだ。
「何もしねえから、一緒に寝てみねぇ?とにかく俺を紫に意識してもらわねえとまずいだろ」
「もうお腹いっぱいだよ、萌葱くん」
「これからはもっと行動でも示していく」
「いや、だからお腹がいっぱいだよ、萌葱くん」
二人きりでいる時の萌葱に慣れないものの、紫はこのところ快調である。
精神面がぐんと良くなった。
萌葱と紫が在籍するクラス内では“ユカリ”と“冬夜”の話題はタブーのようになっているが、クラスの外に出てしまえば何かと耳に入るし、時には遠目でも確認する。
それでも心が軋む音が小さくなった。
周りから見たら今もフラれた傷に喘いでいると思われているかもしれないけれど、紫自身はそう感じていた。
アピールの効果なのかは知らないけれど、今まで以上に萌葱の動向を気にするようにもなっている。
今までも気にはしていたけれど、それとはまた違う。
友人として気にするのではなく、自分に好意を持ってくれている相手として気にしている。その差は意外と大きい。
「萌葱くん、このところ放課後忙しそうにパシリしてるけど、大丈夫?」
「パシリじゃねえ、臨時委員だ」
「だって過剰防衛で脅されて渋々パシリになってるんでしょ?」
萌葱は数々の過剰防衛を理由に、時折風紀委員会の臨時委員として活動している。
人手の足りない時に手伝わされていた。
このところはそれが頻繁で、放課後になると萌葱は紫に「誰でもいいから知り合いとさっさと寮に帰れよ」と言い含めてから、面倒臭そうに風紀室へ出向いている。
「お夕飯寮で食べればどうかな?食堂よりリラックスして食べれるよね?僕、作っておくよ?」
「ありがたいけど、夕飯を部屋で食えるかもわからンから、いい」
ほら帰れ、と半ば強引に教室から出された紫は反対方向へ向かう萌葱の背中を見て「よし、ならばこちらも打って出るぞ!」と拳を握り全力で走って校舎を後にした。
それから数時間後。
校舎にいる担任教師を捕まえ泣き落としで許可証を発行してもらった紫は、大きな紙袋を握りある部屋の前に立っている。
「がんばれ、紫!何も相手は鬼じゃないぞ!おー。ふぁいおー!」
若干腰が引けているが、怖いと言われる人たちの“巣窟”が目の前だ。
紫の気持ちを思えばこれくらいは頑張っているとなるだろう。
震える手で扉を叩くと、中から入室を許可する声がする。疲れ切っている声だ。
「失礼します!来原萌葱くんはいますか?」
紫が開けたのは風紀委員会が使用している風紀室。
およそいち高校生の風紀委員会が使うとは思えない広さそして立派な部屋だ。
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