台風の目はどこだ

あこ

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後編

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「──────つまり、もじゃもじゃアフロが黒まりもでその上とんでもないビッチで、生徒会役員やイケメンでハーレムを形成し、仕事を一手に引き受けた深雪はついに殺してしまおうとした、と」
「ええ。あと少し遅く帰って来てくだされば、おりましたのに」
「もう少し遅く帰ってくるべきだった。配慮が足りない主人で悪かった」
「アホ、バカ!深雪を止めるべきだろ!静の右腕だろうが」

真顔で話すからタチの悪い二人。
突っ込んだ政輝は自分が一番まともだと思えてくる。
二人はいつからこんなタチの悪い人間になったんだろう、政輝は頭を抱えたくなった。
「深雪も、なんで俺に連絡してこなかったんだ」
政輝のもっともな意見は
「あなたはなぜ、自分が入院していたか考えそして理解していますか?あんなにも酷い状態だから入院したんですよ!?悪化して何かあったらどうされるんですか!」
「悪化したって死にやしねぇよ」
「この、ッ!」
この政輝におばかと言えるのは世界広しと言えど多分、いや絶対深雪だけだ。
何度聞いても静は笑ってしまいそうになる。笑わないのは笑ってしまえば深雪から苛立ちを含んだ顔でにっこり優しく微笑まれるからである。
その上長い説教もついてくる。それだけは嫌だからだ。は人生に不要である。
「あんなクソもじゃビッチ、私がでおしまいになりますけど、あなたが健康体に戻るには、お医者様とあなたの安静にかかっているんです」
「いや、だから、その一思いは犯罪だと」
「あんなビッチ、いない方が世のためですよ。ふふふふふ。私の可愛いむす、こ、こほん、会長に何かあれば、殺してしまいかねませんから」
「静はお前の主人だ、殺すな!雇い主だ!」
「おやまあ。私とした事が、すっかり忘れておりました」
「安心しろ、政輝。俺は静に刺されたくらいじゃ死なんぞ!」
「もう、いやだ。この人たち、もう、いやだ」
最初、出会った頃の静はだったのに。深雪はであったのに。
(これが本性なのか!本性というあれなのか!)
静に口説きに口説かれ付き合ってから、転がるように崩れ続ける出会った頃の二人の姿。これは全学園生徒が思っているに違いないが、それでも政輝が一番思っている。
──────誰だ、仏頂面で厳つい面白みのない男だと言ったのは。
──────誰だ、優等生で王子様みたいな模範生だと言ったのは。
「この俺だよ!ちくしょう!」
テーブルに突っ伏して動かなくなった生徒会長様にこの一連の流れを見ていた生徒たちが心で突っ込む。

誰だ、だと言ったのは。
あ、俺たちじゃん。と。

政輝は──深雪が勝手に注文した──雑穀米の卵粥、深雪は「完全犯罪をするためにも体力をつけておきたいので」とざる蕎麦にカツ丼と牛丼、静は天ぷら蕎麦特盛を頼み、それが来たところで行儀よく「いただきます」と言ってからそれぞれ手をつけ始める。
深雪は細身でアジアンビューティーな王子様だが、ほんのわずかの差でこの中で一番背が高く、そしてこの中で一番よく食べた。しかしさすがに三品は初めてだ。それだけ、なのだろう。
(いやいやいや、本気でやらせちゃ犯罪者だから!)
優しいお米の味がするお粥を食べる政輝は、お上品ながらとんでもない速さで食べる深雪を見た。
「どうかされましたか?」
「いや、犯罪者にしちゃいけねぇって思って」
「大丈夫ですよ。あなたを残してまずい飯なんて食べられません。あなた、ちょっと目を離すと食生活は乱れ、睡眠不足になって酷い生活になりますし、それを思って私も心配で夜も眠れませんから。確実に捕まらないようにやりますから、ふふふ」
「だからそれ、犯罪だっつーの!」
この日深雪は、新たに『会長のためなら完全犯罪も厭わないお母さん』というなんとも言い難い称号を得たのであった。
ちなみに、本人は大変満足している様である。


「つーわけで、俺は深雪がマジでムショ行きにならないよう、を駆逐するぜ」
真顔で“クソビッチ”と言って悪どい顔をした政輝は「おお」とおざなりに相槌を打った静を、風紀委員会副委員長が持っていたファイルを奪いそれで殴りつけた。
場所は風紀委員会が使用している大きな部屋だ。
同じ階の反対隅に生徒会が使う部屋がある。

「静さぁ、お前深雪が犯罪者になるかもしれないんだから、まじめに駆逐しようぜ」

あの食堂での騒動からいく日も経った今日、政輝は決意をした。
あの騒動後、政輝と深雪は溜まる一方の仕事を処理する事ばかり。政輝はデスクワークが嫌いではないし、どちらかといえば得意だけれどそれだからと言って好きなわけでもない。例えば書類がすべて、この学園がより良くする何かであったり、生徒が喜ぶ何かであるなら政輝は喜んで処理しただろう。彼はなんだかんだと学園が好きだから。
しかし届くのは問題を起こしたに関するものばかり。
誰かが喜んだのではなく、誰かが泣いた分溜まる書類。
政輝は嫌になった。
それに入院期間中一人で片付けていた深雪は、心身共に疲れている。
それでも「あなただけに負担をかけさせるなんて出来ません」と深雪は笑う。

「深雪は俺を守るって言うがな。俺だって深雪は仲間であり友人だ。このままなんて俺は俺が許せねぇ。駆逐だ」
「大丈夫大丈夫。深雪は完全犯罪をやるって」
「だから、犯罪者にするなってんだよ!」
不真面目な態度にイラついて、政輝はもう一度ファイルで静を殴る。静は「いて」と小さく反応したが、視線はスマートフォンに固定されていた。
「委員長、なにみてんです?」
二度良い音で殴られた静はそれでもスマートフォンから視線を動かしておらず、気になった副委員長が後ろから覗き込む。
そこに写っていたのは
「会長、猫、お好きなんですね」
「は?」
「いえ、ネコカフェであんなはしゃぐイケメン、目立ったでしょう」
「静!てめぇ!取ってやがったのか!」
ファイルを投げ捨て──副委員長が無事キャッチした──静香を後ろから羽交い締めにしスマートフォンを取り上げようとした政輝を、静は軽々と逆に抱え込み向き合うように自分の膝に座らせ、目を丸くした政輝に触れるだけのキスをする。
「かわいーじゃねーの。たまらん。俺のコレクションだよ。政輝の可愛いもかっこいいと余すところなく保存だよォ。深雪もやってンぜ」
「み、みゆきぃぃぃ。あいつは何をしてるんだよ……」
「ほれ、お前がプレザのガトーショコラに満面の笑みなシーン。深雪、お前を撮るために、買ったからな」
「あほか…」
「いや、マジマジ。だから。子供の可愛い顔は余すところなく記録するらしいぜ。ほかにもあんよ。見る?」
スマートフォンを左右に揺らして言われた政輝は脱力して、ぐったりした体を静に預ける。静のがっしりした肩に額をぐりぐり押し付ければ、満足そうに笑う静が政輝の頭を撫でた。
「ま、でも、に政輝が付け回される可能性もあるし、ここらで駆逐すっかねえ」
静は呑気な、やる気のない声で言っているが、本気だ。

実は政輝はまだ、その黒まりもクソビッチなる転校生に会っていない。
それは政輝の親衛隊──粗、静が彼の駒のようなものだが──と静の親衛隊が暗躍したからである。政輝は「俺、ラッキー?」なんてお気楽にしているが、影で並々ならぬ努力がなされているからだ。
静は、──これでも深雪を自身の従者としても、友人としても、幼馴染としても大切にしているから──深雪にそこまで言わせた相手を見てみようと、偶然を装い会いに行きその脳内お花畑っぷりを見ている。
その時、こいつ死刑、と頭にポンと文字が踊った。
こんなアホが愛する政輝にまとわりついたら
(あー、殺すっきゃねぇよ)
なのだ。それこそ、深雪と共謀である。
愛しく可愛い恋人があんな宇宙人と会う前に駆逐したほうがいいかな、とは思っていた。
静も深雪も、大変な過保護だと自覚するほどに政輝に対して過保護なのだ。
可愛い恋人が美雪のために本気で駆逐しようと言うのなら、そろそろ本気で仕留めていいかなと、やっていいかなと腰を上げる頃合いと判断したのだろう。

「てなわけで、菅生(すがお)さあ、被害者友の会みたいなの呼び出してくれ」
「委員長、そのような団体はありませんって」
「ニュアンスニュアンス。ほれ、委員の聞き上手使って、被害者に片っ端から話聞いてこい」
菅生と呼ばれた副委員長は適当に「はいはい」と言って、言われた通り聞き上手の委員に今すぐ委員会室に来るようにと連絡を入れるために二人から背を向ける。

だから彼は見ていなかった。
静の目の奥にある、恐ろしいまでの怒りを。
彼は名は体を表さない、動の人。
大切な人を守るためなら尚更、静かにしてなんていられない。
「さァて、俺も本気でやるかねぇ」
駆逐だなんて生温い、徹底的に排除だと。静はその口元を歪めた。

そしてそれから数日後。
『入院していたために仕方がなかった』という理由があったにもかかわらず、仕事をしていなかった政輝は会長にふさわしくないとし政輝をリコールしようとした──と、静命名──に対し、静がどうしようもない彼らの言い分をカウンターで一刀両断した上に
「各役職についていた人間は、各家にと話をつけてきた」
とビッチと愉快な仲間たちに、悪役真っ青の悪人顔で突きつける静がいた。
転校生に言われるままに親衛隊という自分たちを守ってくれていた組織を解散させた彼らに
「親衛隊がいないからなあ、どうなっちゃうんだか。風紀を乱すのはやめてくれよ。ついでにお前ら『風紀なんて野蛮なやつは』云々言ってたし、護衛もいらんだろう?ああそうそう、転校生は退学な。ついでにお前の叔父様とともに複数から訴えられてっから。がんばれよ」
と問題のビッチとそれを入れた叔父を学園からポイッと追い出したのである。
そしてこの『会長政輝のリコール』という名で開かれた集会に、政輝本人がいなかった事に気がついた生徒は一人もいなかった。

「なあ、深雪、俺って入院して退院して帰ってきたら深雪と静に突っ込み入れて、生徒会室に仕事のために軟禁されて──────なんか、、その上かっこいいところすらなく、夏休み迎えそうなんだけど」

全てが終わった後、政輝は迎えにきた深雪にそう呟く。
政輝は深雪と静に言いくるめられて、保健室にいたのだ。
「おや、あなたは静様に守られて、私が大切に育てて、幸せに暮らす。それだけでいいんですから、これでいいんですよ」
と優しい慈愛に満ちた目を細め
「夏休みは課題をまず終わらせて、自由な時間を作りましょう。その予定を立てましょうね。今年はどこに行きましょうか?体に負担のかからない場所──────湯治の旅でもしましょうか?」
なんて笑うから、政輝は無邪気な笑顔で
「三人でいけるなら、それでもいいぜ」
と返した。

こうして余談であるが、政輝の夏休みは『深雪と村上プロデュース、日本全国湯治の旅』ですっかり埋まったのである。
行く先行く先で系統の違うイケメン三人組は目立ってしまい、湯治の旅の割に疲れた気がした政輝だけれど
(こんなにたくさんの笑顔で埋められるなら、それでいいんだよなあ)
と、旅行中の写真をアルバムに収めながら夏休み最終日の夜を過ごしたのであった。
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