台風の目はどこだ

あこ

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前編

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「と、言うわけで俺は入院する事になった」

ドヤ顔で報告したのはこの学園に生徒会会長様として君臨する本多政輝ほんだまさてるである。艶やかな黒髪は本日もしっかりとセットされており、今から入院なんて言葉とこのヘアセット具合では判断しにくい。
しかし、顔はをしているし、言葉と裏腹にである。
「なにが『と、言うわけで』ですか。……その顔で私に報告する時間があるのなら、さっさと入院してきなさい」
ごもっとも。生徒会役員のための生徒会室でツッコミを入れたのは副会長様。
オリンピックのや何やらの世界大会のように数年に一度だけ起きる、政輝の入院。原因不明。突然恐ろしく体調を崩して入院を余儀なくされるのだ。
どうやら今年が“当たり年”だったようである。
「じゃぁ、あとは、ゴホゴホ、頼ん、ゲホッ、たのんだ」
「偉そうに言っても偉そうに聞こえませんよ。必要なものは後で病院に届けさせますから、あなたは早く入院なさい。ほらほら」
ゲホゲホと咳き込みながら、よろよろと去っていく政輝。
副会長様である深雪みゆきは、政輝の姿が見えなくなるまで会長様の背中を見送ってから生徒会室に戻る。
暫く書類を眺めていたが、ふと顔を上げるとさくさくとスマートフォンでメッセージを打ち込んでいく。
先ほどあまりの顔色の悪さに言いそびれてしまった事だ。

──────入院ですからね。いいですか?休んできなさいね。このあいだの時のように、ちょっと良くなったからと言って、馬鹿みたいに徹夜でゲームなんてしないように。それだけではありませんよ?決して、数独は勿論、クロスワードパズルの雑誌を病院には持ち込まない事。

この後にもやれこれはするな、あれは気をつけろと文字が並び最後に一言。

──────早く良くなってきてくださいね。あなたがいなきゃ、お弁当を作る張り合いがありません。

学園生徒会副会長深雪様。
影ではこう呼ばれている。
会長様のお母様。



政輝の入院生活五日目。
流石は御曹司。立派な個室を使っているのだが、本来ならば一つしかないはずのベッドがこの部屋にはもう一つある。
そのベッドを使う彼はペンをくるくる回しながら、口を尖らせ言った。
「政輝。早く退院してくれよ」
「俺だってしたいわ!てめぇにこんな意味不明な体をくれてやりたいね」
「体はいただきたいけど、それはエロい意味でな。って、お前からそれ貰ったら俺一人で入院じゃね?もしそうなったら入院したら政輝も入院だよな。俺一人じゃ孤独に耐えられなくて死ぬ」
「あほか」
顔色が良くなった政輝が使うベッドの上。クッションに背を預け上半身を起こして座る政輝の真横に、同じようにクッションを背もたれにし座るのは、三好静みよししずか名前に反して全く“静”ではない。
自前の栗色の髪の毛を適当に切っただろう無頓着な髪型は、その無頓着な気持ちのまま適当に流したヘアスタイルだ。しかし本人の容姿のおかげで静のためにそうなるようにカットされセットされたように見せる。顔のいいやつは何をしても、というお言葉を頂戴するだろう。
その上しなやかな筋肉に覆われた179センチの身長と、静と言うよりも動と言えるキリリとした男前。
彼の両親でさえ「名は体を表す。と言うが──────なあ?」と思っていた。「赤子の時大変静かな手のかからない子だったのに」とは静の母の言葉である。
そんな静を西洋的男前と言うのなら、政輝は日本的男前。揃うと圧巻。
ちなみに、178の政輝と179の静よりも深雪の方が背が高いが、なぜか彼らより小さく見える。そして全くの余談だが、彼はアジアンビューティーなイケメンだ。

「くっそ!はあ?『タイでは猫が四番目』ってなんのヒントだよ。猫が四番バッターか?それとも猫の人気は四番目なのか……何が四番なんだ、猫……!」
手にしているペンをバチンと雑誌に叩きつけたのは静。それを横で聞いていた政輝は「干支」と答え、忌々しそうに
「くそっ、俺もクロスワードやりてぇ。深雪のやつめ!」
「黙っといてやるから、これやるか?俺はだめだ。プレゼント応募は一つも出来そうにない……これ、欲しいのになあ」
「それくらい買え!いっそおねだりして買ってもらえ!そしてやりたいがやらん。深雪はなんだよ。ここでクロスワードや数独に打ち込んでみろ。即刻メールが来るんだよ。『クロスワードも数独もするなと言ったでしょう!』って。この部屋は盗撮されてるのか?って思うほどに即座にだ。それが毎回毎回だぞ!?ああ恐ろしい」
ガウッと吠えそうな顔で詰め寄ってきた政輝をジッと見ていた静は、バッとベッドから飛び降りる。
その顔は楽しそうだ。
こういう顔の時は、碌な事を言わない。短くない付き合いで、政輝はよく知っていた。
「よし!俺は今日この部屋に盗撮盗聴器の類があるかないか調べて過ごすぜ!」
「あるわけねぇだろ!」
「深雪だぞ!?深雪なんだぞ、相手は!」
「お前の右腕だろうが!犯罪者みたいな扱いしてやるなよ」
「あいつは政輝のだ。息子を心配するあまり……ありうる」
「ねぇよ!うちのばあちゃんより過保護かよ!」
「よーし、今日一日の目標が出てきて、俄然やる気が出てきた。機械には頼らず探してみせるぞ」
馬鹿か!と政輝がしょうもないやる気満々の静の頭にベッドの上に転がったままのペンを投げつけるが、静はそれをさも当たり前のように手で受け止めて「盗聴器も盗撮器もなかったら、お前をどろっどろに可愛がってやれるからさぁ」と今までの様子を投げ捨てた顔で笑う。

結局、盗聴盗撮器の類を見つけられなかったものの「静様、もし、万が一、体調不良で入院している政輝に手を出した日には──────してくださいね」というか連絡を前にさすがの静も恐怖し、政輝はしっかり安静のまま退院の日を迎えた。
この日まで必要もないくせにを過ごした静も当然病院に用はなくなり、揃って迎えの車に乗り込んで学園に帰る。
この瞬間いつも政輝は、二度と入院なんてしない、と固く決意している。

さて、迎えの車を運転するのは三好家のお抱え運転手村上である。もうすっかり政輝とも顔なじみだ。
「退院おめでとうございます」とか、「この食材が健康に良いそうですよ」とか、あれこれと主に健康関係の話をする運転手。この村上は風邪をひいた事もないらしく、原因不明で体調を崩して入院をする政輝が心配で心配で、気が気ではなくなり深雪曰く「村上さんのポジションは、完全に過保護なおじいちゃんですよ」となったらしい。政輝と出会ってからの村上の趣味は『健康食材とそれを効率よく摂取する方法の模索』である。それまでの趣味は『渓流釣りと登山』であった。

村上による健康講座を聞いていれば学園につく。
気になるトピックについて質問すると村上はポンポンと返してくるので、それがまた大変楽しく時間も忘れるのだ。
学園についた二人は今まで「クロスワードのくそやろう!俺は応募したいんだよ!」とか「あああああ、数独禁断症状がああああ」なんてもんどり打っていたのをおくびにも出さない涼しい顔で校舎に入った。荷物は親切な村上が運んでくれている。
村上の言うところ「退院されたばかりですから!」との事。過保護なおじいちゃんは、とことん過保護である。

「──────しかし、なんだかこう。なあ、静、学園がじゃないか?」
「あれだ。村人Aとかが勇者に『魔王が復活し、世界に闇が広がっているんです!』というかんじのとか。俺たちは勇者だったんだろう。ははははは」

静の例えに「なるほど」と政輝が返す。何がなのか問いたくなるような事を突っ込む人間不在のまま、昼時についた二人は首を傾げつつ食堂に入った。
扉を開ければいつものように生徒達の楽しそうな声が聞こえ、それと自分たちが来た事に対する声があると思ったのだが
「ちょ、ちょ、ちょい待ち深雪いいいい!!!!」
叫んだ政輝の横を、静が疾走し深雪を後ろから羽交い締めにする。
「離してください!今ヤらずにいつヤるというのですか!」
「いやいや、からね、深雪!ここで早まるな!」
「そこじゃねぇよ!アホか、静!」
「ばっかやろう!だろうが!」
「アドバイスの内容間違ってンだよ!大切なら犯罪者にさせるな!」
ふーふーと普段のアジアンビューティー王子様を捨ててしまった、息荒く怒りもあらわにする深雪は深呼吸を何度かして少し落ち着いたのか、手にしたフォークを傍の席に座っていた生徒に「お返しします」と渡す。
小声で「いや、新しいのもらってやれよ」と突っ込んだ静の頭に、後ろから政輝の手刀がはいった。
「で、はどうしたんだよ」
最もな質問した政輝の眼前には、へたりと座り込んだ生徒会役員と複数の委員会の役員と学園のイケメン。そして彼らが護る様にして見えないがだれか一人の生徒がいる。
「このままじゃ、死人と犯罪者が出そうだ。静」
「よくわからんが、政輝の願いなら仕方ねぇ。加害者を全員捕縛!そして連行!」
状況がいまいち解らないくせに政輝が言うからと風紀委員達を見つけ指示を出す静。それでも言われるがままに乱れなく行動した委員達は優秀だ。いや優秀よりも“慣れ”かもしれないが。

深雪は連行される生徒たちを眼光鋭く睨みつけるように見送って「それでは昼食をとりながら、お話をしますね」とにこやかに笑い、二人を二階の役員席に促した。
多分、今、一番被害を受けたのは食事中にフォークを奪われ熱々の料理が冷め切ってしまったという、生徒だろう。
一連の事に巻き込まれて呆然とした生徒があんまりに哀れで、政輝は「同じものを新しくしてやってほしい」と近くのウエイターに頼んで静と深雪についていった。
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