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蔦の儀を行うと互いの体のどこかに蔦が這ったような痣が出来る。
それは儀式を行う際に触れ合った場所であるとされているので、エメリーは美蕾の世界では結婚指輪をはめる場所であると聞いた左手の薬指を選んだ。
儀式を終えた後、エメリーの狙い通りにお互いの左手の薬指にはぐるりと蔦が絡みついたような痣が出来た。
隠そうにも隠せない──エメリーは隠す気はさらさらないのだけれど──ので、それが美しく見えるようにと考えていたエメリーは思いついた。
つまり言い方を変えるとより目立たせてしまおうという、歳上で遅い初恋を実らせたちょっと危ない思考の男が考えたのである。
エメリーは直様、この蔦に合うようなものをと装飾店へと依頼を出し、エメリーと美蕾それぞれ同じ意匠の指輪を左手の薬指につける事にした。
それは金色の指輪で、繊細なものは美蕾が、美蕾のそれより太い少し力強く見えるものはエメリーが、出来上がってからずっとつけている。
夕暮れ色のような朝焼け色のような不思議な色合いの痣と指輪はそれはもう素晴らしく似合で、エメリーは報酬を弾んだようだ。
儀式が終わった後、エメリーの両親が領地の屋敷へ到着した。
本当はもっと早く到着する予定だったのだが、エメリーの父前モートン公爵マルクスホーカンモートンの体調不良により出発が遅れたのである。
体調不良の原因はエメリーだ。
結婚なんて猫や犬が相手でもしないだろうと思っていた我が子が、結婚する。その上相手は異世界人、もしかしたら聖人かもしれない。
極め付けに男であり、蔦の儀をすると。
ここまで聞いてマルクスは驚きのあまり“ぎっくり腰”をやったのだ。
完全回復するまで移動は出来ない。そのせいである。
エメリーの両親は、父は先に紹介した通り驚きのあまりぎっくり腰をやってしまったマルクスホーカンモートン、母がテレーシアモアモートンだ。
二人の性格を、二人が美蕾と初めて会ったその瞬間の自己紹介で伝えてみようと思う。
「初めまして、ミライコンドウと申します。この度はご挨拶が遅くなり、本当に申し訳ありませんでした」
一生懸命頑張った美蕾の対峙した二人の自己紹介が、これだ。
「私がアリスターの父のマルクスホーカンモートンだ。誰かを好きになるなんて想像していなかった息子の近状に驚いてぎっくり腰をしてしまった、自称まだまだ若い50歳だ」
「わたくしはテレーシアモアモートン」
マルクスは身内の前ではついついこうやってしまうタイプで、モアは身内の前では無口になってしまう。そんな夫婦であった。
身内と共にいる時は無口のモアだが、誰も困らない。それはモアの表情などで察せるというのではなく、
「わたしはキャシーと申します。はじめまして、若奥様。わたしは大奥様の侍女でございます」
このキャシーという“スーパー侍女”がいるからだ。
彼女は侍女としても優秀で、あのアロイジアの叔母──────アロイジアの父であるエメリーの右腕ベルトホルトの妹で、同じくベルトホルトの弟のカルステンの双子の妹でもある。
このスーパー侍女キャシーは一人で十人分の働きをする上に、無口になってしまうモアの“通訳”もしてくれた。
モアは日々苦しみながら──無口な彼女はかわいそうなほどに必死にならなければ社交が出来ないのだ──人と接していたのだが、婚姻後モートン家に来てこのキャシーを専属侍女につけてもらってから屋敷の中が心底心休める場所になったのだ。
必死にならなくてもキャシーが理解し橋渡しをしてくれる。それにマルクスもモアを急かさずゆっくりと話を聞いてくれるし、モアの様子を見て頷くか首を振るかでいいようにしてくれる時もあった。
実家よりも自分を守ってくれる環境にモアもなんとか立ち上がり、社交の際は素晴らしい公爵夫人を演じる。
それがモアなりに、自分を守り愛してくれるマルクスと、支えてくれるキャシーをはじめとする使用人たちへの恩返しだったのだ。
「なるほど……キャシーさんの献身あってこそなんですね」
アロイジアによくしてもらっていると言う美蕾に、モアが「キャシーも素晴らしい」と言ったところでキャシーから今までのモアとキャシーの話を聞き終えたところである。
キャシーの顔は平然としているが、姪であるアロイジアは
(叔母様、恥ずかしがってる……!)
と見抜かれていた。それはそうだろう。モアがキャシーへの感謝や彼女の献身について話をすると言う事は、自分で自分を褒めているような状態なのだから。
しかしおかげでモアの正確な言葉を美蕾も聞けて安心した。
モアは、人を好きになる気持ちが素晴らしい事であると言い、息子がそれを知る事が出来てよかったと何度も言ってくれた。
キャシーを通してだけれど、モアの目は美蕾を思いやってくれていて、それが余計にモアの本心だと美蕾に信じさせてくれている。
「『おかあさまと呼んでほしい』と大奥様は言ってらっしゃいます」
「はい、おかあさま!」
美蕾が素直に、笑顔でそう言うとモアの顔が赤く染まる。
すかさず、キャシーが通訳した。
「『なんて可愛い息子なんでしょう!明日はお洋服を作りましょうね』だそうです。まあ、私にも何か?……わかりました、ミライ様に伺ってみます」
どうやらモアはキャシーにも物申したようだ。
キャシーは美蕾にこう尋ねる。
「大奥様が『若奥様だなんて、男の子が言われたくないって思うかもしれませんよ。ちゃんと許可を得なさい』と言っておりまして……ミライ様、どういたしましょう?」
美蕾は「どういたしましょうって、言われても」とアロイジアに助けを求めた。
しばらくの沈黙ののち、とりあえずの間『ミライ様』で行こうとなる。
屋敷の中とは違い、美しい庭園のガゼボは平和であった。
さて、ガゼボとは違い平和ではないのはエメリーの執務室だ。
代々当主がこの屋敷で使う執務室なので以前はマルクスの執務室であるのだが、代々受け継がれていた絵画などマルクスの生まれる前からこの執務室にあった調度品以外は“様変わり”していて、“殺風景”な執務室にマルクスは残念そうだ。
マルクスがここを使っていた時は、彼の趣味の釣り道具やら、うまい酒やら、あとは刺繍の得意なモアが作ってくれたタペストリーなども飾られていた。
しかし今はまさに執務室。仕事以外の事は一切考えません、とありありと伝えてくる状態がマルクスには面白くないようだ。
「ミライの姿絵の一つでも飾る方がいいぞ。私もお前やマイルズ、もちろんモアの姿絵でこの机の上を華やかにしていたんだ。お前もすると分かるようになる。たまらなーいって気持ちになるからな」
緩く「たまらなーい」と言うマルクスに、マルクスの右腕として今も彼の傍で働くカルステン・ベッシュは
(どうしてこの大旦那様とあの大奥様からエメリー様とダライアス様がお生まれに?)
としみじみ思う。カルステンに言わせると反面教師として強く思った結果なのでは?との事だが、強く思いすぎたとしてもこの親子の違いには驚いて然るべきである。
執務室のソファには向かい合うようにマルクスとエメリーが座っていた。
その間にある机もこのソファも、昔からある家具で大切に使い時には修理しながら今までこうして受け継がれている。このソファに意志があればそれこそ何代も昔の当主の話を、面白おかしく語ってくれた事だろう。
「私はミライはただの異世界人だと思っていますから」
「異世界人は必ず中央へ届け出なければならないなんて法律もなければ、今までそうした人間も知る限りいないからね。そもそも聖女召喚した場合、異世界人は魔法陣の中に召喚されるから、それ以外はいつの世もただの異世界人だ。それで十分だと思うよ」
「知らぬ存ぜぬで通しますよ。それに第一、向こうも何も出来ないでしょう。言えば自分達が何をしたか、バレてしまいますからね」
「あのアンポンタンらはペロッとうっかりゲロっちゃうかもしれないけど、そしたらそしたでまあまあ、ポイッとこの国から離脱しちゃおうね!」
「父上、アンポンタンはともかく『ペロッとうっかりゲロっちゃう』は言わない方がいいですよ。いくら父上が3代目聖女様を尊敬していても、ですよ」
「歴代一、小馬鹿にする言葉をたくさん残してくれた聖女様を尊敬しているから、やはり真似ないといけないと思うんだ」
「キリッとした顔で言わないでください」
ちょこちょこ“聖女様が残した言葉”を使ってくるマルクスに対し、ついつい言ってしまうエメリー。いつもの光景だった。
「“蔦の儀”をしたなら教会も『婚姻していない』とは言わないから、このまま“事実婚”でいてもいいと思うけど、お父さん、エメリーとミライの“結婚式”見たいなあ。モアも見たいって思うと思うんだよねえ」
母には弱い──「母の偉大さを重んじなさい」と解いたのが、以前話した聖女召喚を禁術とした聖女であり、彼女がきっかけでこの世界は母を大切にする人間が多い──エメリーは苦虫を噛み潰したような顔で、渋々頷く。
「ミライの服装は一切口を挟ませません」
「私はアリスターのに口を挟むから大丈夫だよ」
何も大丈夫じゃない、と額に手を当てたエメリーにマルクスは真面目な声で「まあ、それは置いておいて」と言ってから
「もしも、ミライが本当に聖女召喚でこの世界に拉致された聖人であるのなら、この領地はこれまでになく豊かになるだろう。それに関してはもう諦めるしかないな。中央は、いや王族はそれを知ってももうどうしようもないところにきているだろう。そもそも、民が不満を感じていると知りながら聖女だと祭り上げたのがいけない。“あの聖女”はあまりにバカだった」
「父上は知っていたのですか?」
「聖女が出たと知って『ああ、そうか』で済ませてしまうお前と違ってね、これでもまだまだあちこちに顔が効くから、可愛い我が子に何かあってはいけないと情報だけは集めているんだ。あの聖女は聖女である事と第二王子の婚約者である事で、随分派手に色々やらかしているようだ。あれにミライが聖人だと知られてはやっかいだし、何より“面倒”だ。そうなったらもう、コレしかないだろう。私も若い子にそういうのはしたくないからね」
マルクスは手で首を切るような仕草をしてみせた。
「公爵家としてね、蔦の儀までやった息子の伴侶に万が一手を出されたら、『ごめんね』で済ませるなんて事は絶対にしないし、第一、もしそんな計画をしてごらん。マイルズが何らかの方法でやっちゃうからね」
エメリーは眉間に少し皺を作って頷く。ブラコンの弟だ、絶対にするだろう。聖女だろうが王子だろうが、きっと彼は容赦しない。
そもそも、この家族は爵位も何もそこまで興味がないのだ。家系なのか、代々そういうところが強い。
それにモアの唯一の味方であった“隣国の高貴なお方”は、モアが家族と逃げてきたら絶対に匿うと常に言って、そしてそれを周知徹底していると言う。そのつてを頼れば、きっと隣国でも生きていけるだろう。
(“あのお方”はモアを大切にしすぎてて、『モアを平民にしよと?ぬかせ!』とか言って絶対爵位と領地を押し付けてきそうで、私は嫌なんだけど……まあ息子たちを思えば、最悪逃げちゃえば万事解決だしね)
そう思い一人深く何度も頷いたマルクスは輝く笑顔で
「大丈夫だよ。逃げるが勝ちって言うだろう?」
「ええ、ええ、父上の聖女様信仰は十分伝わりましたよ」
「3代目聖女様のね!」
それは儀式を行う際に触れ合った場所であるとされているので、エメリーは美蕾の世界では結婚指輪をはめる場所であると聞いた左手の薬指を選んだ。
儀式を終えた後、エメリーの狙い通りにお互いの左手の薬指にはぐるりと蔦が絡みついたような痣が出来た。
隠そうにも隠せない──エメリーは隠す気はさらさらないのだけれど──ので、それが美しく見えるようにと考えていたエメリーは思いついた。
つまり言い方を変えるとより目立たせてしまおうという、歳上で遅い初恋を実らせたちょっと危ない思考の男が考えたのである。
エメリーは直様、この蔦に合うようなものをと装飾店へと依頼を出し、エメリーと美蕾それぞれ同じ意匠の指輪を左手の薬指につける事にした。
それは金色の指輪で、繊細なものは美蕾が、美蕾のそれより太い少し力強く見えるものはエメリーが、出来上がってからずっとつけている。
夕暮れ色のような朝焼け色のような不思議な色合いの痣と指輪はそれはもう素晴らしく似合で、エメリーは報酬を弾んだようだ。
儀式が終わった後、エメリーの両親が領地の屋敷へ到着した。
本当はもっと早く到着する予定だったのだが、エメリーの父前モートン公爵マルクスホーカンモートンの体調不良により出発が遅れたのである。
体調不良の原因はエメリーだ。
結婚なんて猫や犬が相手でもしないだろうと思っていた我が子が、結婚する。その上相手は異世界人、もしかしたら聖人かもしれない。
極め付けに男であり、蔦の儀をすると。
ここまで聞いてマルクスは驚きのあまり“ぎっくり腰”をやったのだ。
完全回復するまで移動は出来ない。そのせいである。
エメリーの両親は、父は先に紹介した通り驚きのあまりぎっくり腰をやってしまったマルクスホーカンモートン、母がテレーシアモアモートンだ。
二人の性格を、二人が美蕾と初めて会ったその瞬間の自己紹介で伝えてみようと思う。
「初めまして、ミライコンドウと申します。この度はご挨拶が遅くなり、本当に申し訳ありませんでした」
一生懸命頑張った美蕾の対峙した二人の自己紹介が、これだ。
「私がアリスターの父のマルクスホーカンモートンだ。誰かを好きになるなんて想像していなかった息子の近状に驚いてぎっくり腰をしてしまった、自称まだまだ若い50歳だ」
「わたくしはテレーシアモアモートン」
マルクスは身内の前ではついついこうやってしまうタイプで、モアは身内の前では無口になってしまう。そんな夫婦であった。
身内と共にいる時は無口のモアだが、誰も困らない。それはモアの表情などで察せるというのではなく、
「わたしはキャシーと申します。はじめまして、若奥様。わたしは大奥様の侍女でございます」
このキャシーという“スーパー侍女”がいるからだ。
彼女は侍女としても優秀で、あのアロイジアの叔母──────アロイジアの父であるエメリーの右腕ベルトホルトの妹で、同じくベルトホルトの弟のカルステンの双子の妹でもある。
このスーパー侍女キャシーは一人で十人分の働きをする上に、無口になってしまうモアの“通訳”もしてくれた。
モアは日々苦しみながら──無口な彼女はかわいそうなほどに必死にならなければ社交が出来ないのだ──人と接していたのだが、婚姻後モートン家に来てこのキャシーを専属侍女につけてもらってから屋敷の中が心底心休める場所になったのだ。
必死にならなくてもキャシーが理解し橋渡しをしてくれる。それにマルクスもモアを急かさずゆっくりと話を聞いてくれるし、モアの様子を見て頷くか首を振るかでいいようにしてくれる時もあった。
実家よりも自分を守ってくれる環境にモアもなんとか立ち上がり、社交の際は素晴らしい公爵夫人を演じる。
それがモアなりに、自分を守り愛してくれるマルクスと、支えてくれるキャシーをはじめとする使用人たちへの恩返しだったのだ。
「なるほど……キャシーさんの献身あってこそなんですね」
アロイジアによくしてもらっていると言う美蕾に、モアが「キャシーも素晴らしい」と言ったところでキャシーから今までのモアとキャシーの話を聞き終えたところである。
キャシーの顔は平然としているが、姪であるアロイジアは
(叔母様、恥ずかしがってる……!)
と見抜かれていた。それはそうだろう。モアがキャシーへの感謝や彼女の献身について話をすると言う事は、自分で自分を褒めているような状態なのだから。
しかしおかげでモアの正確な言葉を美蕾も聞けて安心した。
モアは、人を好きになる気持ちが素晴らしい事であると言い、息子がそれを知る事が出来てよかったと何度も言ってくれた。
キャシーを通してだけれど、モアの目は美蕾を思いやってくれていて、それが余計にモアの本心だと美蕾に信じさせてくれている。
「『おかあさまと呼んでほしい』と大奥様は言ってらっしゃいます」
「はい、おかあさま!」
美蕾が素直に、笑顔でそう言うとモアの顔が赤く染まる。
すかさず、キャシーが通訳した。
「『なんて可愛い息子なんでしょう!明日はお洋服を作りましょうね』だそうです。まあ、私にも何か?……わかりました、ミライ様に伺ってみます」
どうやらモアはキャシーにも物申したようだ。
キャシーは美蕾にこう尋ねる。
「大奥様が『若奥様だなんて、男の子が言われたくないって思うかもしれませんよ。ちゃんと許可を得なさい』と言っておりまして……ミライ様、どういたしましょう?」
美蕾は「どういたしましょうって、言われても」とアロイジアに助けを求めた。
しばらくの沈黙ののち、とりあえずの間『ミライ様』で行こうとなる。
屋敷の中とは違い、美しい庭園のガゼボは平和であった。
さて、ガゼボとは違い平和ではないのはエメリーの執務室だ。
代々当主がこの屋敷で使う執務室なので以前はマルクスの執務室であるのだが、代々受け継がれていた絵画などマルクスの生まれる前からこの執務室にあった調度品以外は“様変わり”していて、“殺風景”な執務室にマルクスは残念そうだ。
マルクスがここを使っていた時は、彼の趣味の釣り道具やら、うまい酒やら、あとは刺繍の得意なモアが作ってくれたタペストリーなども飾られていた。
しかし今はまさに執務室。仕事以外の事は一切考えません、とありありと伝えてくる状態がマルクスには面白くないようだ。
「ミライの姿絵の一つでも飾る方がいいぞ。私もお前やマイルズ、もちろんモアの姿絵でこの机の上を華やかにしていたんだ。お前もすると分かるようになる。たまらなーいって気持ちになるからな」
緩く「たまらなーい」と言うマルクスに、マルクスの右腕として今も彼の傍で働くカルステン・ベッシュは
(どうしてこの大旦那様とあの大奥様からエメリー様とダライアス様がお生まれに?)
としみじみ思う。カルステンに言わせると反面教師として強く思った結果なのでは?との事だが、強く思いすぎたとしてもこの親子の違いには驚いて然るべきである。
執務室のソファには向かい合うようにマルクスとエメリーが座っていた。
その間にある机もこのソファも、昔からある家具で大切に使い時には修理しながら今までこうして受け継がれている。このソファに意志があればそれこそ何代も昔の当主の話を、面白おかしく語ってくれた事だろう。
「私はミライはただの異世界人だと思っていますから」
「異世界人は必ず中央へ届け出なければならないなんて法律もなければ、今までそうした人間も知る限りいないからね。そもそも聖女召喚した場合、異世界人は魔法陣の中に召喚されるから、それ以外はいつの世もただの異世界人だ。それで十分だと思うよ」
「知らぬ存ぜぬで通しますよ。それに第一、向こうも何も出来ないでしょう。言えば自分達が何をしたか、バレてしまいますからね」
「あのアンポンタンらはペロッとうっかりゲロっちゃうかもしれないけど、そしたらそしたでまあまあ、ポイッとこの国から離脱しちゃおうね!」
「父上、アンポンタンはともかく『ペロッとうっかりゲロっちゃう』は言わない方がいいですよ。いくら父上が3代目聖女様を尊敬していても、ですよ」
「歴代一、小馬鹿にする言葉をたくさん残してくれた聖女様を尊敬しているから、やはり真似ないといけないと思うんだ」
「キリッとした顔で言わないでください」
ちょこちょこ“聖女様が残した言葉”を使ってくるマルクスに対し、ついつい言ってしまうエメリー。いつもの光景だった。
「“蔦の儀”をしたなら教会も『婚姻していない』とは言わないから、このまま“事実婚”でいてもいいと思うけど、お父さん、エメリーとミライの“結婚式”見たいなあ。モアも見たいって思うと思うんだよねえ」
母には弱い──「母の偉大さを重んじなさい」と解いたのが、以前話した聖女召喚を禁術とした聖女であり、彼女がきっかけでこの世界は母を大切にする人間が多い──エメリーは苦虫を噛み潰したような顔で、渋々頷く。
「ミライの服装は一切口を挟ませません」
「私はアリスターのに口を挟むから大丈夫だよ」
何も大丈夫じゃない、と額に手を当てたエメリーにマルクスは真面目な声で「まあ、それは置いておいて」と言ってから
「もしも、ミライが本当に聖女召喚でこの世界に拉致された聖人であるのなら、この領地はこれまでになく豊かになるだろう。それに関してはもう諦めるしかないな。中央は、いや王族はそれを知ってももうどうしようもないところにきているだろう。そもそも、民が不満を感じていると知りながら聖女だと祭り上げたのがいけない。“あの聖女”はあまりにバカだった」
「父上は知っていたのですか?」
「聖女が出たと知って『ああ、そうか』で済ませてしまうお前と違ってね、これでもまだまだあちこちに顔が効くから、可愛い我が子に何かあってはいけないと情報だけは集めているんだ。あの聖女は聖女である事と第二王子の婚約者である事で、随分派手に色々やらかしているようだ。あれにミライが聖人だと知られてはやっかいだし、何より“面倒”だ。そうなったらもう、コレしかないだろう。私も若い子にそういうのはしたくないからね」
マルクスは手で首を切るような仕草をしてみせた。
「公爵家としてね、蔦の儀までやった息子の伴侶に万が一手を出されたら、『ごめんね』で済ませるなんて事は絶対にしないし、第一、もしそんな計画をしてごらん。マイルズが何らかの方法でやっちゃうからね」
エメリーは眉間に少し皺を作って頷く。ブラコンの弟だ、絶対にするだろう。聖女だろうが王子だろうが、きっと彼は容赦しない。
そもそも、この家族は爵位も何もそこまで興味がないのだ。家系なのか、代々そういうところが強い。
それにモアの唯一の味方であった“隣国の高貴なお方”は、モアが家族と逃げてきたら絶対に匿うと常に言って、そしてそれを周知徹底していると言う。そのつてを頼れば、きっと隣国でも生きていけるだろう。
(“あのお方”はモアを大切にしすぎてて、『モアを平民にしよと?ぬかせ!』とか言って絶対爵位と領地を押し付けてきそうで、私は嫌なんだけど……まあ息子たちを思えば、最悪逃げちゃえば万事解決だしね)
そう思い一人深く何度も頷いたマルクスは輝く笑顔で
「大丈夫だよ。逃げるが勝ちって言うだろう?」
「ええ、ええ、父上の聖女様信仰は十分伝わりましたよ」
「3代目聖女様のね!」
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