happy mistake trip

あこ

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聖女召喚の儀について聞いた美蕾は、『もし美蕾が“そう”であった場合、何を王命として出してくるか分からない事』『公爵としての責任もある事』けれど決して美蕾を王家や教会に渡したくは無い事を、エメリーから正直に告げられた。
美蕾としても聖人だのなんだと、で王家や教会に囚われたくはない。彼は過去来た聖女たちの“最後”や、最後に召喚された聖女の話をエメリーから本を使い教わった。
──────自分がもし聖人でも、アランさんのために使いたい。
そして同時にエメリーから提案された蔦の儀をすれば、仮に日本に帰れる方法が見つかり実行しても帰れない可能性がある事も聞いた。
けれども美蕾は、今だって帰れる可能性はない──過去聖女たちや賢者と呼ばれた人、そして魔術師が何度試しても考えても、帰る事が出来なかったと歴史で明らかである──のだ。それよりもが美蕾には大切になっていた。
この先の未来は分からない。未来の事は分からないけれど、ただ今自分はエメリーといたい。この人の優しく柔らかい愛情の隣にいたいのだと。
「蔦の儀?俺、喜んで受けるよ」
そう言い切った美蕾の顔は強がりでもなんでもなく、心底それを望んでいるから生まれる笑顔を持っていた。


蔦の儀とは、最初の聖女を見つけ出した後に生まれた術のひとつだ。
今では禁術として国内外で禁止されている『奴隷と主人を結びつける服従魔術』を応用したものとされており、この服従魔術を応用して生まれたこれは他の相手と伴侶にはなれないという術。
無理に術を引き剥がそうとするとこの儀式で結びついた二人は即死し、また、片方が術式に則り儀式を行うと相手と共に死ぬ──────つまり心中が可能になっているものだ。
今現在はお互いを思い合っているような場合や鹿ではない限りしない術だろう。
この術が誕生した理由は、聖女を王家に“縛り付ける”ため。そして王族と結婚した聖女が万が一他国に拉致された場合、聖女を“利用”されないようにすぐさま作られたものだ。
だからこれでエメリーと美蕾が結ばれると、王家は無理を通せなくなる。
エメリーがそんな事をしたとなれば、強引に聖人と祭り上げたり第二王子の婚約者の一人にした日には何が待っているか、愚物な人間でも判断は出来るだろう。
蔦の儀だなんて仰々しく呼ばれているが、やり方は簡単。
正しく魔法陣を描き正しく言葉を紡ぐだけ。王家が作った儀式だから名前がついただけである。

エメリーは先代、つまり両親に使いを出した。
今度はバルナバスの弟のヒルデブラントに行かせる。彼は乗馬が得意で単騎で駆けさせればすぐに着く。
形が残る書簡は両親の近状を伺うものだけ、それ以外は持たさない。“大切な事”は口頭で確実に。
美蕾の事、王家の噂、そして彼への気持ち。最後に蔦の儀を。と。
伺いは立てない。両親がダライアスエメリーの弟の子供を跡取りにすると言い切る自分の意を汲んでくれているのを申し訳なく思いながらも、両親の愛情を分かっているからだ。
両親には伝えた、弟のダライアスは召喚の儀の話を自分にしたらと想像しているだろうから伝える事はしない。事後報告で十分だ。
あとは行うだけ。
必要なものは何もない。
結ばれる二人と魔法陣を描く為の木炭やチョーク、そして魔法陣を描くだけのスペースがあればいいだけだ。
簡単なもので出来る、けれどもとても重要な儀式。
この簡単さがまた、王家のを感じさせるとエメリーは思っていた。

エメリーは何度も美蕾に確認をした。
エメリーがいかに美蕾を愛していても、美蕾の想いや言葉を信じていても、慎重すぎるほど慎重になってしまう。
それだけ美蕾が後悔しないのか不安なのだ。
自分に縛り付けたくても、そうしようと本気で思っても、美蕾を想うからこそ何度も何度も聴いてしまう。
それは美蕾が嫌になってしまうほどに、だった。
美蕾はこの先の未来を予知なんて出来ない。今ある感情しか見えないし分からないし感じられない。
エメリーの気持ちは理解しているけれど──────しているからこそなのか、美蕾は今のこの気持ちをエメリーに伝えエメリー以外は嫌なのだと証明しようと考えた。
それには協力者が必要だが、アロイジアをはじめとしてエメリーの主要の側近たちはこの件に関して美蕾に協力してくれるだろう。
だから美蕾は彼等に頼み準備をした。

「アランさん、さ、と儀式をしましょう。俺はアランさんが思うよりもずっと、アランさんが好きなんですよ!」
美蕾がそうアランに言ったのは、地下牢である。文字通り、言葉違わず、地下牢だ。
エメリーに知られず準備するには地下しかなく、今は使われていない──ここを使う時は屋敷の誰かを捕縛した時くらいだ──ここを使った。
お互いを、──今では、と注釈をつけて──愛し合うからこそする儀式を行うにしてはロマンチックさはない。
きっとエメリーが儀式の準備をしたのなら、ここではなく、もっと美しい場所を選んだだろう。
しかし美蕾はエメリーから隠れて準備をしてもらったので、ここ以外選択肢はなかったのである。
まさか地下へ連れてこられ魔法陣を見せられるとは思わなかったエメリーは、当然呆然と魔法陣を見つめていた。
「確かに、未来の事は分かりません。でもそれはみんな同じでしょう?けれど今の俺の気持ちはアランさんとここにいたいんです。もし、万が一、俺がその聖人であるならその力は他の誰でもなくあなたのために使いたい。アランさんの大切なものを守るために使いたいんです。その俺を守ると思って、アランさんが後悔しないのなら、しちゃいましょう」
笑顔でさらっと言った美蕾にエメリーは小さく笑った。
口元が少し上がって、小さくフッと息を吐く。
「ミライの方がよほど覚悟が決まっているんだな……。私は尻込みをしてばかりだ」
うつむき呟くエメリーに美蕾が笑う。
「それだけ俺を大切にしてくれてるんだって事でしょ?嬉しいよ」
美蕾は俯いたままのエメリーの両手をギュッと握る。
「これはいわば婚姻式だよ。こんなに味気なくて見届け人もいなくて、それでもいいのか?に残らないと思うんだが……」
「綺麗かどうかは別だけど、すごい思い出にはなると思う。だってほら、地下牢で誓いを立てるんだから」
「それもそうだな。いや、改めて婚姻式をしよう」
顔を上げ美蕾を真っ直ぐ見つめたエメリーは魔法陣の上で跪き美蕾の手をそっと握る。その様は忠誠を誓う騎士のようだ。
魔法陣の中央には何も描かれていないので、魔法陣が掠れる心配はない。
「私と一生共に過ごしてほしい。ミライ、愛してる。私だけのミライでいてほしい」
美蕾は突然のエメリーの行動に恥ずかしそうに視線を揺らしながら、それでも頷いた。
「私は一生、ミライを愛する事をここに誓うよ」
エメリーは自身の手の中にある美蕾の手にそっとキスを落とす。
「本当これが通常の愛情表現って、この世界はすごすごる」
「そのうち慣れるさ」
手を取られたままの美蕾にエメリーは促す。
こんな準備をしていたのだから、この儀式に必要な呪文は覚えているだろうと考えて。
二人で声を揃えて、緊張で少しだけ辿々しく歌うように唱える。
唱え終わった時のエメリーの顔は驚くほどに目を見開いていた。
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