happy mistake trip

あこ

文字の大きさ
上 下
4 / 7

04

しおりを挟む
聖女召喚の儀について聞いた美蕾は、『もし美蕾が“そう”であった場合、何を王命として出してくるか分からない事』『公爵としての責任もある事』けれど決して美蕾を王家や教会に渡したくは無い事を、エメリーから正直に告げられた。
美蕾としても聖人だのなんだと、で王家や教会に囚われたくはない。彼は過去来た聖女たちの“最後”や、最後に召喚された聖女の話をエメリーから本を使い教わった。
──────自分がもし聖人でも、アランさんのために使いたい。
そして同時にエメリーから提案された蔦の儀をすれば、仮に日本に帰れる方法が見つかり実行しても帰れない可能性がある事も聞いた。
けれども美蕾は、今だって帰れる可能性はない──過去聖女たちや賢者と呼ばれた人、そして魔術師が何度試しても考えても、帰る事が出来なかったと歴史で明らかである──のだ。それよりもが美蕾には大切になっていた。
この先の未来は分からない。未来の事は分からないけれど、ただ今自分はエメリーといたい。この人の優しく柔らかい愛情の隣にいたいのだと。
「蔦の儀?俺、喜んで受けるよ」
そう言い切った美蕾の顔は強がりでもなんでもなく、心底それを望んでいるから生まれる笑顔を持っていた。


蔦の儀とは、最初の聖女を見つけ出した後に生まれた術のひとつだ。
今では禁術として国内外で禁止されている『奴隷と主人を結びつける服従魔術』を応用したものとされており、この服従魔術を応用して生まれたこれは他の相手と伴侶にはなれないという術。
無理に術を引き剥がそうとするとこの儀式で結びついた二人は即死し、また、片方が術式に則り儀式を行うと相手と共に死ぬ──────つまり心中が可能になっているものだ。
今現在はお互いを思い合っているような場合や鹿ではない限りしない術だろう。
この術が誕生した理由は、聖女を王家に“縛り付ける”ため。そして王族と結婚した聖女が万が一他国に拉致された場合、聖女を“利用”されないようにすぐさま作られたものだ。
だからこれでエメリーと美蕾が結ばれると、王家は無理を通せなくなる。
エメリーがそんな事をしたとなれば、強引に聖人と祭り上げたり第二王子の婚約者の一人にした日には何が待っているか、愚物な人間でも判断は出来るだろう。
蔦の儀だなんて仰々しく呼ばれているが、やり方は簡単。
正しく魔法陣を描き正しく言葉を紡ぐだけ。王家が作った儀式だから名前がついただけである。

エメリーは先代、つまり両親に使いを出した。
今度はバルナバスの弟のヒルデブラントに行かせる。彼は乗馬が得意で単騎で駆けさせればすぐに着く。
形が残る書簡は両親の近状を伺うものだけ、それ以外は持たさない。“大切な事”は口頭で確実に。
美蕾の事、王家の噂、そして彼への気持ち。最後に蔦の儀を。と。
伺いは立てない。両親がダライアスエメリーの弟の子供を跡取りにすると言い切る自分の意を汲んでくれているのを申し訳なく思いながらも、両親の愛情を分かっているからだ。
両親には伝えた、弟のダライアスは召喚の儀の話を自分にしたらと想像しているだろうから伝える事はしない。事後報告で十分だ。
あとは行うだけ。
必要なものは何もない。
結ばれる二人と魔法陣を描く為の木炭やチョーク、そして魔法陣を描くだけのスペースがあればいいだけだ。
簡単なもので出来る、けれどもとても重要な儀式。
この簡単さがまた、王家のを感じさせるとエメリーは思っていた。

エメリーは何度も美蕾に確認をした。
エメリーがいかに美蕾を愛していても、美蕾の想いや言葉を信じていても、慎重すぎるほど慎重になってしまう。
それだけ美蕾が後悔しないのか不安なのだ。
自分に縛り付けたくても、そうしようと本気で思っても、美蕾を想うからこそ何度も何度も聴いてしまう。
それは美蕾が嫌になってしまうほどに、だった。
美蕾はこの先の未来を予知なんて出来ない。今ある感情しか見えないし分からないし感じられない。
エメリーの気持ちは理解しているけれど──────しているからこそなのか、美蕾は今のこの気持ちをエメリーに伝えエメリー以外は嫌なのだと証明しようと考えた。
それには協力者が必要だが、アロイジアをはじめとしてエメリーの主要の側近たちはこの件に関して美蕾に協力してくれるだろう。
だから美蕾は彼等に頼み準備をした。

「アランさん、さ、と儀式をしましょう。俺はアランさんが思うよりもずっと、アランさんが好きなんですよ!」
美蕾がそうアランに言ったのは、地下牢である。文字通り、言葉違わず、地下牢だ。
エメリーに知られず準備するには地下しかなく、今は使われていない──ここを使う時は屋敷の誰かを捕縛した時くらいだ──ここを使った。
お互いを、──今では、と注釈をつけて──愛し合うからこそする儀式を行うにしてはロマンチックさはない。
きっとエメリーが儀式の準備をしたのなら、ここではなく、もっと美しい場所を選んだだろう。
しかし美蕾はエメリーから隠れて準備をしてもらったので、ここ以外選択肢はなかったのである。
まさか地下へ連れてこられ魔法陣を見せられるとは思わなかったエメリーは、当然呆然と魔法陣を見つめていた。
「確かに、未来の事は分かりません。でもそれはみんな同じでしょう?けれど今の俺の気持ちはアランさんとここにいたいんです。もし、万が一、俺がその聖人であるならその力は他の誰でもなくあなたのために使いたい。アランさんの大切なものを守るために使いたいんです。その俺を守ると思って、アランさんが後悔しないのなら、しちゃいましょう」
笑顔でさらっと言った美蕾にエメリーは小さく笑った。
口元が少し上がって、小さくフッと息を吐く。
「ミライの方がよほど覚悟が決まっているんだな……。私は尻込みをしてばかりだ」
うつむき呟くエメリーに美蕾が笑う。
「それだけ俺を大切にしてくれてるんだって事でしょ?嬉しいよ」
美蕾は俯いたままのエメリーの両手をギュッと握る。
「これはいわば婚姻式だよ。こんなに味気なくて見届け人もいなくて、それでもいいのか?に残らないと思うんだが……」
「綺麗かどうかは別だけど、すごい思い出にはなると思う。だってほら、地下牢で誓いを立てるんだから」
「それもそうだな。いや、改めて婚姻式をしよう」
顔を上げ美蕾を真っ直ぐ見つめたエメリーは魔法陣の上で跪き美蕾の手をそっと握る。その様は忠誠を誓う騎士のようだ。
魔法陣の中央には何も描かれていないので、魔法陣が掠れる心配はない。
「私と一生共に過ごしてほしい。ミライ、愛してる。私だけのミライでいてほしい」
美蕾は突然のエメリーの行動に恥ずかしそうに視線を揺らしながら、それでも頷いた。
「私は一生、ミライを愛する事をここに誓うよ」
エメリーは自身の手の中にある美蕾の手にそっとキスを落とす。
「本当これが通常の愛情表現って、この世界はすごすごる」
「そのうち慣れるさ」
手を取られたままの美蕾にエメリーは促す。
こんな準備をしていたのだから、この儀式に必要な呪文は覚えているだろうと考えて。
二人で声を揃えて、緊張で少しだけ辿々しく歌うように唱える。
唱え終わった時のエメリーの顔は驚くほどに目を見開いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

台風の目はどこだ

あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。 政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。 そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。 ✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台 ✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました) ✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様 ✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様 ✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様 ✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様 ✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。 ✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

仮面の兵士と出来損ない王子

天使の輪っか
BL
姫として隣国へ嫁ぐことになった出来損ないの王子。 王子には、仮面をつけた兵士が護衛を務めていた。兵士は自ら志願して王子の護衛をしていたが、それにはある理由があった。 王子は姫として男だとばれぬように振舞うことにしようと決心した。 美しい見た目を最大限に使い結婚式に挑むが、相手の姿を見て驚愕する。

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

魔術師の卵は憧れの騎士に告白したい

朏猫(ミカヅキネコ)
BL
魔術学院に通うクーノは小さい頃助けてくれた騎士ザイハムに恋をしている。毎年バレンタインの日にチョコを渡しているものの、ザイハムは「いまだにお礼なんて律儀な子だな」としか思っていない。ザイハムの弟で重度のブラコンでもあるファルスの邪魔を躱しながら、今年は別の想いも胸にチョコを渡そうと考えるクーノだが……。 [名家の騎士×魔術師の卵 / BL]

処理中です...