ポレイアーの奇跡

あこ

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手がかり無く迎えた二回目の極夜。
すっかりコチカの保護者の顔をしている宰相コルテージュからの「コチカの帰る方法は未だ解りません」をの様に聞いていたレーベは、そうかといつもように流してハッと立ち上がった。
「陛下?」
「すまない。今一度、調べ方を教えて欲しい。どうやって、コチカが帰る方法を調べているんだ?」
この言葉でレーベがどれ程コルテージュを信用しているか解る。コルテージュはレーベの言葉に一つ頷いて
「今までの文献は勿論、賢者、そして城の内外でこの国の神話や古代文明を研究している者達が任に当たっております。彼ら、ええ、特に城に上がっているものはコチカに対し情が深く、皆懸命に」
「なるほど……なるほどな」
座り直したレーベは眉間を大きな手で揉み解し、ふうと息を吐く。
立派な執務机の上に置かれたグラスの中身を一気に飲むと
「コチカにも話を聞こう」
言って執務室の扉横に控える侍従にコチカを呼ぶ様に、と伝えた。

# タイトル

プロムスは少し切れた耳をピクリと揺らして辺りの音を拾いながら、芝生に寝そべってしまったコチカを見守る。

プロムス。
彼女は落ち着かない子供で、両親が「少しは落ち着く子になるかもしれないから」と街で一番と言われる、元騎士が教える教室に通わせた。
その中でめきめきと実力をつけ、同世代の男子もプロムスの前に膝をつき、両親が気がついた時には立派な女騎士となっていたのである。
最前線に送られる部隊をも纏める軍団長に女がなったのも、近衛騎士団の団長補佐に女がなったのも、プロムスが初めてだ。それが彼女の優秀さを全て、物語っている。
口さがない事を言うものは多くいたが、部下や仲間に恵まれ、嫉妬の詰まった憎しみがこもった視線よりも、キラキラとした羨望の眼差しを多く受け取ったプロムスはそんな言葉を気にしなかった。
気にしない程自分を慕ってくれた部下、背中を預けてくれた仲間、憧れてくれた多くの兵。
周りに恵まれていると知っているから、彼女はその分、誰かの為にこの国の為に、国王の為に、身を粉にした。
騎士として名声を手に入れていく中で、彼女がを彼女はここ暫くで手に入れた。
元々弱き者を助けというプロムスだったが、母が自分に向けてくれたあの全てを包容する母の優しさと愛、母性やそれらが自分の内にこれほどしっかりとある事を、プロムスはコチカに出会い知り、手に入れたというわけである。

プロムスにとってコチカは愛すべき我が子にも似た可愛く大切な猫。
その可愛い子供がレーベに呼ばれてからずっと何かに悩むようにふらふらしている。
コルテージュもかなり心配そうにしているが、プロムスだって同じ。
それでもコルテージュもプロムスも、そんな顔は一切見せない。それも彼らの優しさだろう。

パチリと目を開けたコチカはむっくりと起き上がり、芝生に足を伸ばして座る。
「プロムス」
「はい、なんですか?」
プロムスはコチカの隣に片膝をつき座った。
「プロムスも、白夜を知らないの?」
「夜でも明るいと聞きました。私はそのような世界を知りません」
「ちょっとうっすら明るいんだけど、そっか」
コチカは撫でるように芝生に触れて
「こことぼくのいた場所、似てるところもあるけど違うところもある。そういう違いを見つけられるのはぼくだけだから、探してみたらどうかって、レーベ様がいうんだ」
「そうでしたか」
「でも、ぼくは本当に本当に、山奥の小さな集落で暮らしてて、むこうの事だって知らない事が多すぎるんだよ。探すなんて、無理だよ。できっこない」
きゅっと膝を抱えるように丸くなって座ったコチカの耳はぺたりと垂れ、尻尾は限りなく力なく芝生を這っている。
「コチカ様。私と一緒に探してみましょう。仮に持ちうる知識が少なくても、探さずにいては何も始まりません」
「でも……でも」
大丈夫ですよ、と笑ったプロムスは当然コチカが「でも」の後に続けようとした言葉を知らない。
そしてコチカは続けようとした言葉に自分で愕然としていた。

「コチカ、あまり悩まないでくださいね。大丈夫ですよ。何があってもあなたを守りますからね」
「コルテージュさん、ありがとうございます」
「ええ、ええ、いいんですよ。コチカのためであるなら、私はなんだっていたしましょう。ほら、ここが陛下が幼い頃に読んだ本が保管されている書庫ですよ」
この城には城や国に関わる重要な書類や書籍を納めてある書庫と、先の書類書籍を除いた様々なものを納めた書庫、そしてこの城で生まれた子供のために作られた書庫、と三つある。
コチカは取り敢えず自分が多分読めるだろう子供のために集めた本があると聞き、その書庫に入りたいとお願いをした。この子供のための書庫は、硬く書庫と言うには違っていて、どちらかと言えば遊び場にも見えるだ。

──────コチカが本を読みたがっている。

それをプロムスから聞いたコルテージュがコチカを案内してくれたのだ。勿論、いつもの通りでプロムスも控えている。
「わ、うわあ」
扉の向こうは床に直接座る事を想定してか、毛足の長い絨毯が敷かれ、大小様様なクッションがあちこちにおいてあった。脚の低い椅子やソファも用意されているが、コチカの目は、座れば埋もれてしまいそうな大きなクッションに釘付けだ。
窓も大きく陽もよくはいり、天井から下がる照明はこの部屋を明るさで十分満たせるほどについている。
ソファや椅子のいくつかには、誰かが持ち込んだらしいぬいぐるみが腰掛けていて、まさにな部屋だ。
「コルテージュさん、ありがとう」
「もし、解らない事があればプロムスでも、私にでも、遠慮なく質問してくださいね」
うん、と大きく頷いたコチカの頭を優しく撫でたコルテージュは、三人の後ろからついてきていたメイドたちに「それらを中に」と言って部屋を出て行く。
コルテージュと入れ違いに入ってきたメイドたちは、部屋の中央に置かれているテーブルに琥珀色の液体が入ったガラスのピッチャーとグラス、フルーツや菓子などの皿を手早く並べ頭を下げて部屋を出て行った。
甘い匂いに誘われてテーブルの上を見て目を輝かせてコチカは、琥珀色の液体を見つめそっとグラスに移しスンスンと匂いを嗅ぐ。
「コチカ様?」
不思議そうに名を呼んだプロムスにコチカは
「これって、ライカのジュース?」
心底不思議そうに聞く。
「ええ、そうですよ。ライカは今が一番甘くて美味しく加工せずに食べれる時期ですからね!フレッシュジュースはまさに今だけですもの」
「やっぱり今の時期を過ぎると、ジャムとかドライフルーツにしたりしなきゃ美味しくないの?」
ええ、と答えながらもプロムスは、若干の引っ掛かりを覚えてそれを頭の中で咀嚼する。
浮かんだ答えは一つだけれど、それではなぜ、とまた疑問が浮かぶのだ。
しかし彼女は“聞かぬは一生の恥”と思う口なので、コチカを驚かせないよう、不安にさせないように気をつけながら、グラスを両手で握りそろそろとプロムスを伺うコチカに聞く。
「コチカ様は、ライカをご存知ないのですか?」
コチカは直ぐに頷く。
「コチカ様の暮らされていた山間部では育たない果物だったのかもしれませんね」
少し態とらしいけれど重ねて聞くと、コチカはグラスをテーブルに置き、クッションを二つ引きずるように運んできて、ひとつに座り、正面に置いたそれをプロムスに勧めた。
「ううん、ぼくの知る限り、ライカはぼくの世界にはよ」
コチカに勧められるまま、プロムスは彼女がすっぽり収まるには少し小さいクッションに座る。
「え?でも、今、ちゃんと分かってらした」
「本にね、書いてあったんだ。『果実は緑の皮に包まれていて、それを剥けば綺麗な黄金色。一番の時期には摩り下ろして琥珀色のジュースに。時期が過ぎれば加工する。しかし私が好きなのは琥珀色のそれ。香りがまるでティオのように華やかだ』って。ぼく、ティオの花は知ってるよ。普通の時もいい香りだけど、一番の時の香りはすっごくもっといい香りで、ぼくの村ではそれを使って石鹸を作ったり、香水にしたりするんだよ。だから、琥珀色のジュースがティオの香りで、これがあの本に書いてあったらライカなのかなって」
プロムスはごくりと唾を飲み込み、慎重に、思い出しながらコチカに話した。
「『ピンクの蕾がひらけば段々と白くなっていくティオ。その花が散ってしまう直前一夜だけまるでガラスのように透明になる。その時の香りは筆舌しがたい華やかさがある。どんな香りもその時のティオには叶わないと言われるその花を私もいつか、見てみたい』と、書いてあるのを読んだ事があります」
「そうだよ。ぼくもティオを摘むの手伝ったんだよ。夜遅くに急いで摘むんだよ。プロムスは実物、見た事がないの?」
「いいえ。見れないのでございます」
「この辺りでは咲かないの?」
「この世界にティオがないのです。私がそれを知っているのは、この時期のライカの香りがティオの香りだと本に書いてあるのを読んだからでございます」
二人は暫く、気持ちとしては随分と長い間顔を見合わせてから、どちらともなく示し合わせたように立ち上がると
「こちらにあるはずですよ、コチカ様」
とプロムスは案内し、コチカは神妙な顔で頷いてプロムスの後をついて行った。
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