セーリオ様の祝福

あこ

文字の大きさ
上 下
9 / 38
「セーリオ様」「カムヴィ様」共通の話

★ その日、彼は出会う:前編

しおりを挟む
リンス・アントネッリ
彼はアントネッリ伯爵家の三男。
王都から離れた領地を治める伯爵家に生まれた。
兄が二人、妹が一人いる。
そしてサシャの友人であるが故に、今から不憫街道を直走りそうになっている弱冠17歳。
面倒見がいいのか、超弩級ブラコンサシャがそうであるとバレないようにと何かとサポート、そしてフォローにと大忙しの彼。
リンスは「まあこれもになるだろうな」と思っているようだが、残念ながら彼はこの後サシャと同じく対外関係顧問の補佐官となり、生涯サシャの超弩級のブラコンに振り回されることになる不憫な男である。
まあ、しかし彼自身は「大変だよ、本当」とか言いながらも実に楽しそうに──時に遠い目をしたり、頭を抱えたりもするだろうが──サシャとの友情を育むのだから、悪い気は一切していないのだろう。

ともかくリンスは、超弩級のブラコンが出なければ黒薔薇様──サシャの母は『社交界の』と言われており、これにちなんだものだ──なんて言われたりもする、見た目100点満点と言われているクールな男の友人である。



その彼は今、プラプラと王都を歩いていた。
三男とは言え伯爵家の子息だ。
一人で気ままに歩いているわけではなく、学園入学の際に連れてきた護衛兼任の従者もいる。
今彼がいるのは平民街と呼ばれるあたりの繁華街に近い場所だ。
リンスはほとんど王都から離れた領地で過ごしていたのと、父と領地を回るのが好きだったので領民との触れ合いも多く、こうした平民で賑わう市場も平気で歩く。
(この辺りだって聞いたんだけどな……うーん……)
平民の友人が「最高に美味しい食堂がある。看板息子さんが美人!」と教えてくれたので、せっかくだからと休日のランチをと従者と出歩いていた。
リンスは看板息子の方には興味はないが、最高に美味しいには興味がある。
ここは王都。平民向けの食堂は大小様々そして店数も多い。その中でも抜群に美味しいというのだから興味がそそられたのだ。

この話を聞いて一瞬、面白半分にサシャにも声をかけてみようかと思ったリンスだったが、ブラコンサシャの休日は基本“弟とべったり過ごす”なので誘ったところで来ないと思い至り一人であった。

だが、平民の友人としては場所を教えたようだったのだが、伯爵家の三男にはどうやら普通ではなかったようだ。
いわゆる富裕層になるようなものや貴族階級が使う店があるような場所であればずいぶん慣れ親しんでこれた──理由はブラコンのおかげである──が、貴族がいう平民街と呼ばれるような場所はまだ詳しく知りもしない。
完全に迷子状態である。
(うん、今度は連れてきて貰えばいいか)
あっさり彼は気持ちを切り替えた。

領民は財産である。
そう言って彼らを大切にする──本来はそれが当たり前のはずなのだけれど──アントネッリ伯爵家は領地の街を回ると何かと差し入れをされる。
もちろん万が一に備え毒味を経てだけれども、そういう理由で父と領地を回った時だけは、マナーがどうのと口煩い父も立ち食いを許可してくれた。
領民と同じように立って食べ、彼らの話を聞く。そんな父の横で幼いリンスも立ち食いをした思い出は数多い。
なので、最高に美味しいを諦めたリンスは、屋台を眺めてランチを決める方向にしたのだ。
「王都でなさったとしれると、旦那様に怒られかねませんよ」
「共犯にするから大丈夫」
「恐ろしい事をおっしゃいますね」
幼い時から何かと世話を焼いてくれる護衛が、案外“立ち回り”が上手であると知りリンスは彼を学園で過ごす際の従者に抜擢した。
だからリンスはこうやって近い距離の会話も楽しむ。
「肉にするか、魚にするか……」
「いっそ両方になさっては?」
とかしてくれるなら」
「そうですね、毒味を兼ねてそうしましょうか?」
「さすが、優しい」
「こういう提案をするので、旦那様に私は『お前はリンスに甘いな』と小言をいただくわけですよ」
のほほんと笑う従者は、“この件”に関する小言は右から左の様子だ。
リンスは市場の中心に引き返し、板に打ち付けられている市場の地図を眺める。
市場の中には惣菜を売る店や、それこそ軽食などを屋台で売る店もあるので、地図で確認をしようという事だろう。

「よし」
あたりをつけて歩き出し、それでも興味が尽きない市場内に視線を巡らせていた時だ。
どうにも平民らしからぬ少年が困った顔で市場を彷徨っている。
リンスだっていくら貴族然とした服装をしていなくても平民らしからぬ青年なのに、自分の事は完全に棚に上げていた。
リンスの性格上、あのおろおろとした困った様子の少年をそのままにしておくというのは無理な相談だ。
従者に声をかけ、彼をする事にして進路を変更した。

「ねえ、君、どこかいきたい場所があるの?」
最大限優しい声色で少年に問いかけたリンスは、その声に反応して振り勝った少年が半泣きなのに気がついた。
助けが来た、という顔をしているが果たして自分が彼が望むほど助けられるかは不安なリンスである。
「あの、迷子になったんです」
「うん、見ればわかるかな」
「ですよね!」
なかなかノリが良さそうな少年に従者は思う。
(リンス様と何やら“波長”が似ているような?)
従者に目だけで「この子の話を聞こうと思うよ」と訴えてきたリンスに頷いて、少年を連れリンスは市場の外に出た。
市場の入り口はいくつかあるが、そのうちのひとつは目の前が広場でベンチがいくつか置いてあり、噴水もある。
ちょっとした憩いの場のようなものだ。
小さな子供たちが、買い物を済ませた母親に見守られながら噴水の中で大騒ぎをしている姿もある。
買い物を終えた客らが、何やら噂話に花を咲かせている姿も見えた。
賑やかだけれど開けていて、二人を護衛するにあたってなかなかいい場所である。


四人が座れそうなベンチに人一人分間を開けて座った二人は自己紹介をした。
リンスは名前を明かそうかと悩んだが、その悩みは一瞬で消える。
なぜなら、少年が最初にはっきりと身元を明らかにしたからだ。
「ヘルストレーム伯爵家次男、ルヒト・ヘルストレームと言います」
これである。
少しは濁すとか少し嘘をつくとか、きっと彼はそんな事を考えもしなかったのだろう。
ここでもしリンスがを知らなければそれでも彼に多少の警戒はしただろう──リンスはこれでも伯爵家の三男であるがしかし、それでも完璧に全ての貴族の家名を覚えてはいなかった──が、彼の家名に覚えがあるのだ。

(ヘルストレーム伯爵家ってあれだ。がいるところだよね、たしか)

突然だが、サシャの母であるデボラはで『社交界の白薔薇』と呼ばれている淑女だ。
本人はいたって平凡な夫人だと思っているようだけれど、彼女が持って生まれた色彩はこの国では珍しかった。
また婚約まで地味を装っていた彼女は、今の夫であるシルヴェストルと婚約してから美しい彼女によく似合う服装や装飾品で彩られ、色彩も相まってまさに白薔薇に相応しい。
社交は最低限、しかしその時はさすが侯爵家夫人たる姿で立つ姿に憧れる夫人や令嬢が多いのだが──────
(ヘルストレーム伯爵家の長女が、だっていう噂がある)
多くの貴族子息子女が通う学園に、どういうわけかヘルストレーム伯爵家長女は入学しない。いや、正しくは入学しているのだが、ようで、進学卒業に値する試験を受けそれを持って進学卒業資格を得る事とすると学園側と合意したのだという。
この処置はこれまでも病弱な子供や、訳あって──その訳は決して公開されもしないので、人は勝手に噂するのだが──通えない子供に適用されている。
学園の噂では“病弱”でという事らしいのだが、その一方で「憧れの白薔薇様」と豪語する彼女が王都で一人なんて事にストッパー不在の状態になったらどんな暴走をするか想像出来ないと戦々恐々した家族が“訳あっての自宅学習”を選んだのではという噂もちらほら。
彼女と親しい生徒が「学園にこれないって本気で落ち込んでるの。白薔薇様にお会いしたいってよく言っていたのに、領地では難しいじゃない?今度何か送ってあげようと思って」と話していたのをきっかけに尾鰭がつきまくっての後者の噂だったが、実はである。
そんな噂を持つ彼女の家の事は、同じ伯爵家のリンスの耳にも入っており、「弟のルヒトさまは入学するみたい」と付け加えて広がる話も耳にしていた。

「俺はリンス・アントネッリ。アントネッリ伯爵家の三男だよ」
「リンスさま」
「……いや、様は別にいらないかな」
「ですが俺は年下ですし、アントネッリ家の方が同じ伯爵家とは言え格上ですし」
「まあ、それがいいなら、それで」
「俺のお婆様が……ぼくのお婆様が、そういう相手にはするようにと」
「うん……、俺でいいよ」
随分素直そうな少年にリンスの顔も随分柔らかくなる。
リンスはなんとなく、彼と接しているとブラコンサシャの大切な弟カナメを思い出す。この素直そうなところがそうさせるのかもしれない。
「ええと、それで」
「ルヒトと呼んでください」
「じゃあ、ルヒトは、何を探して迷っていたのかな?護衛はどうしたの?従者もいないようだけれど」
「護衛とも従者ともはぐれました……」
「……そう」
しょんぼりしたルヒトを見てリンスは
「じゃあ、目的地は?そこに行けば護衛や従者がいるかもしれない。案内するよ」
「ありがとうございます」
パッと笑顔になったルヒトに年齢を聞けば、カナメと同じ年である事も知れた。
何でもかんでも素直に答えない方がいいと言った方がいいのか、いやいやこれは他人である自分の役目ではないだろう。とか。
この歳の頃は素直でいられたのだろうか、いやいや性格だろうな。とリンスは自分の事を振り返る。

隣を歩くルヒトは末っ子らしい甘えるのが上手そうな面と、人懐っこい子犬ような雰囲気があるが、どうしてかがプンプンする。
のちに、その理由が『白薔薇様に夢中姉と、黒薔薇様に憧れる兄』に挟まれた唯一の常識人だからである、とリンスは理解するのだが今はなんでだろうと心の中で小さく首を傾げるだけだった。
しおりを挟む
この連載の「マチアスが王太子になったら」という、もしもの話『セーリオ様の祝福:カムヴィ様の言う通り』を連載中です。
もしもの話にもお付き合いいただけたら嬉しいです。

こちらの作品と同一世界の話一覧。

■ トリベール国
『セーリオ様の祝福』
セーリオ様の祝福:カムヴィ様の言う通り
bounty
■ ハミギャ国
運命なんて要らない
■ ピエニ国
シュピーラドの恋情

どの作品も独立しています。また、作品によって時代が異なる場合があります。
仮に他の作品のキャラが出張しても、元の作品がわからなくても問題がないように書いています。
感想 47

あなたにおすすめの小説

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

処理中です...