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「セーリオ様」「カムヴィ様」共通の話
彼の、空気が読める小さき友人:前編
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この国において、精霊魔法──契約した精霊に対価である魔力を渡し使役する──と魔術魔法──自身の魔力で魔法を使う──の二つを扱うのは天才とされている。
しかしそれはあくまで“この国において”である。
国によって信仰や言語が異なるのと同じく、魔法や精霊に対する考えも違い、その積み重ね──国の歴史、ともいう──で国によっては精霊魔法が異端である場合や逆に魔法を使う事が異端になる場合、そして両方こなす事が当然のように出来る国、と様々である。
面白いのは、人は──────たとえ王族であっても生まれの国の影響を強く受ける事だ。
この辺りはいまだに原因不明、研究も進まない難しい分野なのだが、生まれた国の違いで努力しても精霊魔法が使えない場合や魔法が使えない、はたまた精霊が見える見えないなんていう違いも生まれる。
生まれの国を離れ別の国で暮らしていても、この“生まれた国の特徴”からは逃れられない。
昔あったどこかの国では精霊を悪魔と同一視していたために国民は精霊魔法が使えなかったと言う。しかしその国から亡命した女性が別の国で精霊と契約するまでに至ったという話が残っているが、これは本当に珍しいケースで彼女以外このような特殊なケースは報告されていない。
それだけ、生まれた国の“存在”は大きい。
驚く事に精霊魔法や魔術魔法などの呼び方すら違う場合もあるというのだから、驚く事だ。
この話ではこの国に則って、精霊魔法と魔術──もしくは魔法──という形で進めようと思う。
他にも国ごとの違いをあげるとキリがないのだが、何が言いたいかというと、このトリベール国では両方使える人間は天才だと言われるのである。という事だと思って欲しい。
突然だが、王族というものは国のために采配を振るい、時に心を殺しても国を守る。
他のものの上に立ち、恵まれた環境に見合った責任を持つ。
恵まれた環境だからなのか、それとも国のために心を殺すからか、責任──────つまり国のためになる相手との婚姻が第一だったからなのか、王族には“優秀な能力”の男女が嫁いでいたし、見目のいいものが嫁いだ。
昔より婚姻に対して多少緩やかになったこの時代にあっても王族の婚姻はそうした傾向も強く、またその結果王族には“優秀な能力”や見目の良さが受け継がれた。
その一つが天才とされる精霊魔法と魔術魔法を操れる子供が生まれる確率の高さだろう。
高位貴族の中にも、また下位貴族でもごく稀に、この“優秀な能力”の男女が嫁いでいた事もあるので、そうした天才がいる事があるが、王族の確率は桁違いだ。
さて、なぜこの様な話をしているかというと、この天才にあたるのがこの話の主人公の一人でもある、怖がりで泣き虫な素顔を涼しい美人顔の下に隠したカナメであるから、である。
こんなふうに彼を天才と言うと、彼が万能でありそうに受け取られるかもしれない。怖がりで泣き虫だが万能、のように。
しかし彼は残念ながら万能ではない。怖がりで泣き虫の時点で万能感がないと思われる可能性もあるが、彼は全てにおいて天才では決してなく、精霊魔法も魔術魔法も使えるのはただ単に、他の両方使える人間と同じく才能があっただけだった。
そもそも“両方使える天才”と言われるのは両方を使いこなす努力をしていたからこそ得られるようなもので、それになるにはまず才能が必要である。
つまり天才になるための才能、とでも言ったらいいのか。そういう事だ。
そしてカナメにはその才能があった。
ここで“普通の貴族”であればこの才能でのしあがろうとかそういう野心を持っていいだろうが、そこはカナメ、一切そんなものは生まれなかったしそもそも──────いや、せっかくの機会、この話は時間を過去に戻して示していこうと思う。
あれはそう、カナメがこの国の第一王子殿下マチアス・アルフォンス・デュカスことアルと友人になった頃に遡る。
二人は5歳になっていた。
魔法の勉強はもう始まっている。
一般的な貴族からすると随分と早いが──魔法という物はなにかと危険であるので、一般的な貴族はもう少しあとからはじめている──マチアスは第一王子殿下だ。早すぎる事はない。
それに付き合うカナメからすれば早かっただろうが、これはもう机を並べ共に勉強もする友人となってしまった今仕方のない事だろう。
5歳になった二人には魔術の教師が別についた。
彼は平民から王宮魔術師団に入った凄腕の魔術師である。
平民でも能力があれば雇用されるが、それでも王宮魔術師団に入りなおかつ王子殿下の教育係になるなんて“とんでもない偉業”だった。
この魔術師ヘインツは最初の頃は“いかにも殿下の教育係”といった授業をしていたのだが、二人が思いの外魔術に対して才能がありそうだと思ってからはそれをやめ、室内よりも屋外で楽しく遊び半分で体に覚えさせていくと言う方法に切り替えている。
もちろん教育内容についてはマチアスの両親である国王陛下と王妃殿下の了承を得ているし、屋外での“授業”に護衛騎士をつけるのだって忘れていない。
このヘインツがいれば護衛騎士はいらないかもしれないけれど、何事も存在しているというのは大切なのだ。
この日も屋外で魔術の勉強をしている二人と見守るヘインツの姿が、王城の奥まったところにある先々王妃の作った庭園にあった。
庭園を作った当時の王妃は楽しい事が大好きで、彼女がデザインした生垣の迷路がこの庭園にはふたつある。
ひとつは薔薇の花が咲くと見事な白い迷路になり、もうひとつは年中緑色が美しい迷路だ。
今日はその緑色の迷路内に騎士をきちんと配置し、二人に探索魔法を使わせお互いを探すと言う“授業”をしている。
この探索魔法をはじめ、魔法というのは──とりあえずこの国では──魔法が使えるからと言っても必ずしも全ての魔法が使えるというわけではない。これも相性や能力、才能もあるだろうし、他にも何か判明していない原因もあるに違いない──面白い事に、精霊魔法や魔術魔法は各国研究をしているにもかかわらず判明しない事が多すぎる──だろうけれど、魔法で火を使えても水は使えないなんていう事もあるので、使えないものがあったとしてもそれを恥じる必要はない。
ただ一部の貴族は「これが使えないなんて、我が家の恥晒しだ!」なんていうのもいるそうだが、この国では魔石を使い魔法を使うのが一般的。そんなにも恥だと喚くなら質のいい魔石を与えればいいじゃないか──魔石の質で魔法の質が違う、と言う“迷信”だ。因果関係は不明だし、魔石の質で魔法の質が上がると言う明確な証拠はない──と白い目で見られる事も多かった。
話はそれたが、つまりは今日、ヘインツは二人が“使えるようになるかも分からない”探索魔法を使えと言っているのだ。
この辺りがヘインツが平民であるのかもしれない。
貴族であれば確実に使えるものから使わせていくし、一般的に使えない人間が多い魔法は教える事がない。雇い主の子供の自信をへし折るわけにはいかないからだ。
しかしヘインツのような平民は「とりあえず試す」人間が多い。ヘインツもそうだったのだろう。
なにせ試して魔法が使えたら、もし希少な魔法が使えるとなれば、将来の選択の幅が広がる。彼らにとって試す事は大切な事。
“そうした出”だから彼は使えるかどうか判断出来なくても使わせてみる、という方法をとっている。もちろん、マチアスの両親の許可をとっているが貴族からすれば「殿下になんてことを!」というところか。
当然迷路に放り込まれた──文字通り、二人は迷路の中に放り込まれている──二人は「使えないかもしれない魔法を使えって……どういうこと?」と目を白黒させながらのスタートとなった。
ここで二人の行動に性格の差がでた。
マチアスは、ヘインツが授業初日二人に渡した初歩の魔術書を何度も読んでいる。
そこにあった簡単な探索魔法を思い出し、こうでもないああでもないと悩みながら放り込まれた場所から移動せず、まずは魔法が使えるかどうかを見極めようという方向でいく。
正直に言って、1日粘っても出来ない可能性の方が大きくある。何年もやってやっと使えるようになるかもしれないのだ。それでもマチアスは「探索魔法で」と言われた手前、今日の今日で習得出来るかどうかも分からないのに、頑張って取り組んでいた。
一方のカナメも同じ魔術書を読んでいたが「使えるかどうか今日の今日でわかるかわからないのに……ひどい。おやつの時間になったらどうするんだろう。お夕飯に間に合わなかったらどうするんだろう?」なんて呟きながら、とりあえず歩き出している。
歩き時々立ち止まり、思い出しながらああでもないこうでもなかったと言ってまた歩く。
二人とも迷路の真逆の位置に放り込まれているので、このままいけば魔法に関係なく動かないマチアスより動いているカナメの方が早くマチアスを見つけられるだろう。
二人を放り込んだヘインツはそんな二人を上空からただ観察中。
騎士も配置されているので問題が起きるとは思っていないが、習いたてでは何があるか予測出来ないのが魔術である。
念には念を、という事だ。
それにヘインツも平民からここまできた自分の魔術の腕に自信がある。配置されている騎士よりも自分の方が“魔術の腕が”上であるのだから、万が一の対応は自分がした方が確実だとの考えもあった。
迷路に入って2時間。
当然二人は探索魔法が使えない状態が続いている。
マチアスはいまだスタート地点から動いていない。
カナメは右に左に動きながらとりあえず、どこにいるか分かっていないマチアスを探して大移動。
3時間が経ってもマチアスは変わりなかったが、カナメに変化が生まれた。
突然すいすいと歩き出したのだ。迷いなくひたすら迷路を歩き続けている。
この変化にヘインツは驚いた。この3時間でカナメが探索魔法を習得したのであれば、これはすごい。
他の魔術に限らず探索魔法も範囲は人によって違うが、3時間で5歳児が使えるようになるなんて
(前代未聞じゃないか?カナメ様は魔術の才能があるのかもしれない……)
上空からヘインツはカナメの動きに注視した。
時々立ち止まりはするものの、その歩みは迷いなく、そして性格にマチアスに近づいている。
食いいるように見ているヘインツの下で、カナメはついにマチアスの元に辿り着いたのだ。
「カナメ!!?どうしてここに?」
「案内してもらった」
「誰にだ!?」
驚くマチアスはカナメの後ろに控えていた護衛騎士に視線をやるが、彼らは首を横に降る。どうやら彼らではない、と頷いたマチアスは首を捻った。
ヘインツは二人から少し距離を離したところに着地すると二人の元に急ぎ、カナメを見て目を見開いてカナメの頭を凝視する。
その異様なヘインツの様子にその場の全員──もちろん護衛騎士は周囲への警戒は怠らずに──が彼を見た。
ヘインツはふらふらとカナメに近づくと
「カ、カナメ様?契約されたんですか?」
と聞くからマチアスもカナメも不思議顔でヘインツを見る。どういう事なのかと、聞きたい顔だ。
「いえ、契約を……」
「けいやく?なんの?そういうむずかしいことは、子供はしちゃだめなんだよ。だからぼくはそういうのとかできないの。おにいさまもまだ大人じゃないから、できないんだよ」
当時はまだ“ぼく”だったカナメのドヤ顔での解答に護衛騎士の一人が思わず微笑ましいと笑いそうになって堪え、片やマチアスも「わたしもまだできない」と真顔で同意している。
ヘインツはカナメの頭を凝視しながら
「いえ、精霊と、契約を、されたのですかと」
「精霊?精霊って自然の中に生きてる精霊?え、ぼくに道を教えてくれたの、精霊だったんだ。幽霊じゃないってほんとう?」
でも契約なんてしてないよ、とこてんと首を傾げ可愛い顔で答えるカナメにヘインツは飛んで──これも文字通り、飛行をした。これは本当に高度な魔術で国内で使えるものは彼を含め数人いるかどうか、である──国王へ報告に行く。
5歳で、しかも本人は自覚なく精霊を契約をしたのだ。万が一カナメの体に負担がかかったら大ごとである。
当然この日は授業どころではなく国王と魔術師団で一番の精霊魔法使い手である第一師団副団長、そしてマチアスと当事者カナメとその父ギャロワ侯爵家当主シルヴェストル・ルメルシエでの話し合いの席がもたれた。
即日の召集である。
しかしそれはあくまで“この国において”である。
国によって信仰や言語が異なるのと同じく、魔法や精霊に対する考えも違い、その積み重ね──国の歴史、ともいう──で国によっては精霊魔法が異端である場合や逆に魔法を使う事が異端になる場合、そして両方こなす事が当然のように出来る国、と様々である。
面白いのは、人は──────たとえ王族であっても生まれの国の影響を強く受ける事だ。
この辺りはいまだに原因不明、研究も進まない難しい分野なのだが、生まれた国の違いで努力しても精霊魔法が使えない場合や魔法が使えない、はたまた精霊が見える見えないなんていう違いも生まれる。
生まれの国を離れ別の国で暮らしていても、この“生まれた国の特徴”からは逃れられない。
昔あったどこかの国では精霊を悪魔と同一視していたために国民は精霊魔法が使えなかったと言う。しかしその国から亡命した女性が別の国で精霊と契約するまでに至ったという話が残っているが、これは本当に珍しいケースで彼女以外このような特殊なケースは報告されていない。
それだけ、生まれた国の“存在”は大きい。
驚く事に精霊魔法や魔術魔法などの呼び方すら違う場合もあるというのだから、驚く事だ。
この話ではこの国に則って、精霊魔法と魔術──もしくは魔法──という形で進めようと思う。
他にも国ごとの違いをあげるとキリがないのだが、何が言いたいかというと、このトリベール国では両方使える人間は天才だと言われるのである。という事だと思って欲しい。
突然だが、王族というものは国のために采配を振るい、時に心を殺しても国を守る。
他のものの上に立ち、恵まれた環境に見合った責任を持つ。
恵まれた環境だからなのか、それとも国のために心を殺すからか、責任──────つまり国のためになる相手との婚姻が第一だったからなのか、王族には“優秀な能力”の男女が嫁いでいたし、見目のいいものが嫁いだ。
昔より婚姻に対して多少緩やかになったこの時代にあっても王族の婚姻はそうした傾向も強く、またその結果王族には“優秀な能力”や見目の良さが受け継がれた。
その一つが天才とされる精霊魔法と魔術魔法を操れる子供が生まれる確率の高さだろう。
高位貴族の中にも、また下位貴族でもごく稀に、この“優秀な能力”の男女が嫁いでいた事もあるので、そうした天才がいる事があるが、王族の確率は桁違いだ。
さて、なぜこの様な話をしているかというと、この天才にあたるのがこの話の主人公の一人でもある、怖がりで泣き虫な素顔を涼しい美人顔の下に隠したカナメであるから、である。
こんなふうに彼を天才と言うと、彼が万能でありそうに受け取られるかもしれない。怖がりで泣き虫だが万能、のように。
しかし彼は残念ながら万能ではない。怖がりで泣き虫の時点で万能感がないと思われる可能性もあるが、彼は全てにおいて天才では決してなく、精霊魔法も魔術魔法も使えるのはただ単に、他の両方使える人間と同じく才能があっただけだった。
そもそも“両方使える天才”と言われるのは両方を使いこなす努力をしていたからこそ得られるようなもので、それになるにはまず才能が必要である。
つまり天才になるための才能、とでも言ったらいいのか。そういう事だ。
そしてカナメにはその才能があった。
ここで“普通の貴族”であればこの才能でのしあがろうとかそういう野心を持っていいだろうが、そこはカナメ、一切そんなものは生まれなかったしそもそも──────いや、せっかくの機会、この話は時間を過去に戻して示していこうと思う。
あれはそう、カナメがこの国の第一王子殿下マチアス・アルフォンス・デュカスことアルと友人になった頃に遡る。
二人は5歳になっていた。
魔法の勉強はもう始まっている。
一般的な貴族からすると随分と早いが──魔法という物はなにかと危険であるので、一般的な貴族はもう少しあとからはじめている──マチアスは第一王子殿下だ。早すぎる事はない。
それに付き合うカナメからすれば早かっただろうが、これはもう机を並べ共に勉強もする友人となってしまった今仕方のない事だろう。
5歳になった二人には魔術の教師が別についた。
彼は平民から王宮魔術師団に入った凄腕の魔術師である。
平民でも能力があれば雇用されるが、それでも王宮魔術師団に入りなおかつ王子殿下の教育係になるなんて“とんでもない偉業”だった。
この魔術師ヘインツは最初の頃は“いかにも殿下の教育係”といった授業をしていたのだが、二人が思いの外魔術に対して才能がありそうだと思ってからはそれをやめ、室内よりも屋外で楽しく遊び半分で体に覚えさせていくと言う方法に切り替えている。
もちろん教育内容についてはマチアスの両親である国王陛下と王妃殿下の了承を得ているし、屋外での“授業”に護衛騎士をつけるのだって忘れていない。
このヘインツがいれば護衛騎士はいらないかもしれないけれど、何事も存在しているというのは大切なのだ。
この日も屋外で魔術の勉強をしている二人と見守るヘインツの姿が、王城の奥まったところにある先々王妃の作った庭園にあった。
庭園を作った当時の王妃は楽しい事が大好きで、彼女がデザインした生垣の迷路がこの庭園にはふたつある。
ひとつは薔薇の花が咲くと見事な白い迷路になり、もうひとつは年中緑色が美しい迷路だ。
今日はその緑色の迷路内に騎士をきちんと配置し、二人に探索魔法を使わせお互いを探すと言う“授業”をしている。
この探索魔法をはじめ、魔法というのは──とりあえずこの国では──魔法が使えるからと言っても必ずしも全ての魔法が使えるというわけではない。これも相性や能力、才能もあるだろうし、他にも何か判明していない原因もあるに違いない──面白い事に、精霊魔法や魔術魔法は各国研究をしているにもかかわらず判明しない事が多すぎる──だろうけれど、魔法で火を使えても水は使えないなんていう事もあるので、使えないものがあったとしてもそれを恥じる必要はない。
ただ一部の貴族は「これが使えないなんて、我が家の恥晒しだ!」なんていうのもいるそうだが、この国では魔石を使い魔法を使うのが一般的。そんなにも恥だと喚くなら質のいい魔石を与えればいいじゃないか──魔石の質で魔法の質が違う、と言う“迷信”だ。因果関係は不明だし、魔石の質で魔法の質が上がると言う明確な証拠はない──と白い目で見られる事も多かった。
話はそれたが、つまりは今日、ヘインツは二人が“使えるようになるかも分からない”探索魔法を使えと言っているのだ。
この辺りがヘインツが平民であるのかもしれない。
貴族であれば確実に使えるものから使わせていくし、一般的に使えない人間が多い魔法は教える事がない。雇い主の子供の自信をへし折るわけにはいかないからだ。
しかしヘインツのような平民は「とりあえず試す」人間が多い。ヘインツもそうだったのだろう。
なにせ試して魔法が使えたら、もし希少な魔法が使えるとなれば、将来の選択の幅が広がる。彼らにとって試す事は大切な事。
“そうした出”だから彼は使えるかどうか判断出来なくても使わせてみる、という方法をとっている。もちろん、マチアスの両親の許可をとっているが貴族からすれば「殿下になんてことを!」というところか。
当然迷路に放り込まれた──文字通り、二人は迷路の中に放り込まれている──二人は「使えないかもしれない魔法を使えって……どういうこと?」と目を白黒させながらのスタートとなった。
ここで二人の行動に性格の差がでた。
マチアスは、ヘインツが授業初日二人に渡した初歩の魔術書を何度も読んでいる。
そこにあった簡単な探索魔法を思い出し、こうでもないああでもないと悩みながら放り込まれた場所から移動せず、まずは魔法が使えるかどうかを見極めようという方向でいく。
正直に言って、1日粘っても出来ない可能性の方が大きくある。何年もやってやっと使えるようになるかもしれないのだ。それでもマチアスは「探索魔法で」と言われた手前、今日の今日で習得出来るかどうかも分からないのに、頑張って取り組んでいた。
一方のカナメも同じ魔術書を読んでいたが「使えるかどうか今日の今日でわかるかわからないのに……ひどい。おやつの時間になったらどうするんだろう。お夕飯に間に合わなかったらどうするんだろう?」なんて呟きながら、とりあえず歩き出している。
歩き時々立ち止まり、思い出しながらああでもないこうでもなかったと言ってまた歩く。
二人とも迷路の真逆の位置に放り込まれているので、このままいけば魔法に関係なく動かないマチアスより動いているカナメの方が早くマチアスを見つけられるだろう。
二人を放り込んだヘインツはそんな二人を上空からただ観察中。
騎士も配置されているので問題が起きるとは思っていないが、習いたてでは何があるか予測出来ないのが魔術である。
念には念を、という事だ。
それにヘインツも平民からここまできた自分の魔術の腕に自信がある。配置されている騎士よりも自分の方が“魔術の腕が”上であるのだから、万が一の対応は自分がした方が確実だとの考えもあった。
迷路に入って2時間。
当然二人は探索魔法が使えない状態が続いている。
マチアスはいまだスタート地点から動いていない。
カナメは右に左に動きながらとりあえず、どこにいるか分かっていないマチアスを探して大移動。
3時間が経ってもマチアスは変わりなかったが、カナメに変化が生まれた。
突然すいすいと歩き出したのだ。迷いなくひたすら迷路を歩き続けている。
この変化にヘインツは驚いた。この3時間でカナメが探索魔法を習得したのであれば、これはすごい。
他の魔術に限らず探索魔法も範囲は人によって違うが、3時間で5歳児が使えるようになるなんて
(前代未聞じゃないか?カナメ様は魔術の才能があるのかもしれない……)
上空からヘインツはカナメの動きに注視した。
時々立ち止まりはするものの、その歩みは迷いなく、そして性格にマチアスに近づいている。
食いいるように見ているヘインツの下で、カナメはついにマチアスの元に辿り着いたのだ。
「カナメ!!?どうしてここに?」
「案内してもらった」
「誰にだ!?」
驚くマチアスはカナメの後ろに控えていた護衛騎士に視線をやるが、彼らは首を横に降る。どうやら彼らではない、と頷いたマチアスは首を捻った。
ヘインツは二人から少し距離を離したところに着地すると二人の元に急ぎ、カナメを見て目を見開いてカナメの頭を凝視する。
その異様なヘインツの様子にその場の全員──もちろん護衛騎士は周囲への警戒は怠らずに──が彼を見た。
ヘインツはふらふらとカナメに近づくと
「カ、カナメ様?契約されたんですか?」
と聞くからマチアスもカナメも不思議顔でヘインツを見る。どういう事なのかと、聞きたい顔だ。
「いえ、契約を……」
「けいやく?なんの?そういうむずかしいことは、子供はしちゃだめなんだよ。だからぼくはそういうのとかできないの。おにいさまもまだ大人じゃないから、できないんだよ」
当時はまだ“ぼく”だったカナメのドヤ顔での解答に護衛騎士の一人が思わず微笑ましいと笑いそうになって堪え、片やマチアスも「わたしもまだできない」と真顔で同意している。
ヘインツはカナメの頭を凝視しながら
「いえ、精霊と、契約を、されたのですかと」
「精霊?精霊って自然の中に生きてる精霊?え、ぼくに道を教えてくれたの、精霊だったんだ。幽霊じゃないってほんとう?」
でも契約なんてしてないよ、とこてんと首を傾げ可愛い顔で答えるカナメにヘインツは飛んで──これも文字通り、飛行をした。これは本当に高度な魔術で国内で使えるものは彼を含め数人いるかどうか、である──国王へ報告に行く。
5歳で、しかも本人は自覚なく精霊を契約をしたのだ。万が一カナメの体に負担がかかったら大ごとである。
当然この日は授業どころではなく国王と魔術師団で一番の精霊魔法使い手である第一師団副団長、そしてマチアスと当事者カナメとその父ギャロワ侯爵家当主シルヴェストル・ルメルシエでの話し合いの席がもたれた。
即日の召集である。
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この連載の「マチアスが王太子になったら」という、もしもの話『セーリオ様の祝福:カムヴィ様の言う通り』を連載中です。
もしもの話にもお付き合いいただけたら嬉しいです。
こちらの作品と同一世界の話一覧。
■ トリベール国
『セーリオ様の祝福』
『セーリオ様の祝福:カムヴィ様の言う通り』
『bounty』
■ ハミギャ国
『運命なんて要らない』
■ ピエニ国
『シュピーラドの恋情』
どの作品も独立しています。また、作品によって時代が異なる場合があります。
仮に他の作品のキャラが出張しても、元の作品がわからなくても問題がないように書いています。
もしもの話にもお付き合いいただけたら嬉しいです。
こちらの作品と同一世界の話一覧。
■ トリベール国
『セーリオ様の祝福』
『セーリオ様の祝福:カムヴィ様の言う通り』
『bounty』
■ ハミギャ国
『運命なんて要らない』
■ ピエニ国
『シュピーラドの恋情』
どの作品も独立しています。また、作品によって時代が異なる場合があります。
仮に他の作品のキャラが出張しても、元の作品がわからなくても問題がないように書いています。
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