セーリオ様の祝福

あこ

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★ suger bear

後編

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この日、カナメが遅くまで使いっ走りをしていたのが『宰相家のシェフの夕食に釣られたから』という、正直言ってなんとも言えない理由であった事を知ったマチアスは宰相に「悪いが、カナメが断れない“ご褒美”でつらないでほしい」と言い、二人の関係を知る宰相に大笑いされ、結局王城の料理人が作る絶品に舌鼓を打ち──美味しいものが好きなカナメとしては大変満足していた──王城に一泊したのち帰宅する事となった。
二人の関係を知るのは国王と王妃そしてマチアスの弟、カナメの家であるギャロワ侯爵家、そして宰相と彼の妻という両手で足りるほどの人数のみである。
これは全て、マチアスの弟にあたる第二王子エティエンヌ・ダヴィド・ピエリックが次期国王になると言う事が理由となっていた。
第二王子が次期国王となる事が過去になかったとは言わないが、それは第一王子にがあったからである。
今回の二人に関して、マチアスには素行も才能といった意味でも何も問題もない。
それでもこのようになったのは、マチアスが自分を分析したのち思ったからである。
──────大勢を救うために一人を見殺しにする事も厭わない。それを誰にも見せずに悟らせずに出来るような器用さもない。正義だと思えば自ら糾弾してしまうだろう。“上手に”他人に頼れない自分ではきっと……。
それも長所、と両親が何度も言ってくれる言葉は、マチアスに取っては国王としての短所だと考えていた。
そんな自分に対して弟のエティエンヌは弟だからなのか、いや、性格もあるかもしれないが、上手に人に頼れる。人を上手に使える人間だ。
この国は長らく平和である。
確かに小競り合いも起こるし、時には隣国から侵略も受けた。
しかし何れの時も国王と“国王を心から支えたい”と忠信をもった家臣たちが“協力”し、言い方は悪いが国王が“彼らを上手に使い”、危機を脱してきた。
大勢を救うために一人を見殺しにするような事は出来ない性格だけれども、そんな事は支える人間がやればいい。声高に糾弾するのは国王ではなくていい。国王は家臣をうまく使い、支えたいと思わせる手腕で王座に座っていた方がいい。
怖がらせる手段を厭わず使うのは、国王ではなく国王が一番に信頼する人間がやればいい。
その考えでマチアスは早々に弟が国王に、自分はそれを支えて生きていきたいと、王子としてそして息子して兄として、両親であり国王でもあり王妃でもある二人に伝えたのだ。
何度も何度も、何年も話し合い、そして今のように内々に決まった。

エティエンヌは兄のような人こそ国王になるべきだと思った気持ちに嘘はないし、今だってその方がいいのではないかと思ってもいる。
けれども兄の言う事も理解出来た。
何よりこの国では自分のような人間の方が国王になった方が“うまく平和”でいられるの事を、王族であるからもいた。
自分ではやれない事を、誰より信頼出来る兄マチアスが請け負ってくれる。人からの悪意も全て自分が請け負えばいいと、明日の天気を話しているようなそんな普通の様子で言ってくれるマチアスがいる。
エティエンヌはこうして次期国王として生きる事にした。兄に助けてもらいながら、兄を守りながら、王になろうと決めた。
そしてマチアスは彼を支えていくために、自分のせいで国王になる優秀な弟のために全てを使い守っていくと決めて。

しかし平和だとは言えここも国。
次の国王いかんでは自分達のに影がかかるかもしれないと思う貴族がいる。
国王が何と言おうとも、本人たちがどう言おうとも、二人いる王子を好き勝手に担ごうとする人間が出るものだ。
エティエンヌが学園を卒業するまで、エティエンヌが次期国王である事は伏せる事となった。
エティエンヌもその婚約者も、卒業時に自分達が王太子であり王太子妃になる事が発表されるその時までに、そのための教育を終わらせようと頑張っている。
そして彼らの卒業と発表を待って、今まで明かされずにいたマチアスの婚約者が発表される。
マチアス・アルフォンス・デュカスの婚約者はギャロワ侯爵家次男であるウェコー男爵カナメ・ルメルシエ、と。
明かされずにいると言う事は、同性である事と同じであると国の過去の事例から明らか。そして同性であるからこそ婚約者に危険も及ぶ。同性では子を成せないからだ。
同性の婚約者を亡き者にし、我が子を。そう思う人間は残念ながら多いのである。
うまく立ち回れる人間ならば上手にやってのけるだろうけれど、マチアスにはこの辺りの自信はなかった。
だから彼は選んだのだ。自分が出来る可能な方法を。
どこからどうみても、完璧な幼馴染であり学友としての姿でいようと。それを彼は選んだのである。
婚約者と婚約者らしい事を夜会はおろか、些細な日常でも出来ない事が辛くないわけではない。
マチアスに聞けば彼は辛いと言うだろう。間違いなく。
大好きな婚約者には婚約者がいない事になっているのだ。愛しい婚約者のカナメだって夜会でダンスに誘われれば受ける事もある。
それをマチアスは、平然とした顔で見ていなければならない。
本当は声を大にしてカナメは俺の婚約者だと言いたいのに。
けれども“不器用”なマチアスは、そしてそのマチアスを思うからこそカナメはそうする事に同意をした。
その日がくるまででいよう、と。

カナメが王宮料理人の夕食に幸せを感じた翌日。
マチアスはカナメの部屋に、朝早く訪れていた。
幼い頃から友人として王城へ来ていたカナメはここ王城で、『何をしても起きない』と有名である。
不名誉ながらこれは事実であった。
国王夫妻と宰相が決めた、第一王子の学友として机を並べて勉強をしていたカナメを、文字通り叩き起こすなんて王城の使用人当然侍従たちにも難しい。
そこで登場したのが学友のマチアスであった。
(なぜ自分で起きる事が出来ないのか……)
この国の第一王子に叩き起こされる理由は何をしても起きないと言うそれが当時のマチアスには新鮮で、話を聞いてから珍しく興味本位で自ら買って出たのだ。
私の友人だから、私が起こしてみよう。と言う感じで。

幼いマチアスはこのカナメが学友となる運びについて、「王子だからという理由で友人も親が決めるのか……」と思いはした。しかし庭を駆け遊び机を並べ勉強をしていく中で、すっかりカナメに心を許していった。
王子の友人として野心が芽生えてもいいはずなのに、カナメは家庭教師の「将来どのように生きていくか、今から考えておく事も大切です」の言葉に「どこかの婿養子にしてもらうか、男爵位をもらって生きていきたいです」なんて言うから、マチアスは珍しく笑ってしまった。同じ家庭教師に学んでいるのだ。『どこかの婿養子』先を高位貴族と言ってみるとか、マチアスの側近になるとか言ってもおかしくないのに、彼はそれよりも“普通の貴族の次男坊”を望んでいる。
家庭教師も一瞬言葉を失って、彼も珍しく笑った。
そんなカナメだからマチアスは友人になれたし、起こしてみようと思ったりしたのだろう。
その時からずっと、王城に泊まったカナメを起こす役をマチアスが担っている。
昔を知る人間は「相変わらず」と微笑み、知らない人間はそれを聞いて「あのマチアス殿下が」と驚きつつ慣れていく。
幼馴染を起こしに来ただけ、そうとしか周りには取られない。
けれども部屋に入りベッドで丸まって寝ているカナメを表情を緩め見ているマチアスに取って、この時間は婚約者として共に過ごせる幸福の時間になる。
(が、それを理由に朝訪ねに来る事も出来るのだから、お前は精霊に『朝起こしてくれ』と頼んで自主的に起きたらどうなんだ?起きて俺を待っていてくれても、構わないんだぞ?)
起こしに来るたびに思うその気持ちは、思うだけに止める。
なぜならば本当にそうなっては悲しいから。そして彼は真面目で不器用だから、そうなったら“上手”に堂々とこの部屋にこの時間尋ねる事なんて出来ない。
難しい男なのだ。

マチアスはベッドに腰掛け、頭があるだろう場所を布団の上から優しく撫でた。
人が思う以上に不器用で、真面目だと言われるけれど融通が効かないだけ。自分をそう評するマチアスに、それがいい所だと言って「苦労する未来しかないのに……」と苦笑いで気持ちを受け止めてくれたカナメを、自由な気持ちで愛でる事が出来るのは、こんな時しかない。
もっと器用であればそういう時間を上手に増やせるはずなのに、マチアスにはそれが難しかった。
「自主的に起きれないなんて、今後苦労するぞ」
マチアスの声に反応して、カナメと契約している精霊がカナメが寝ているベッドを揺らした。
契約していない人間に反応して動くのは珍しいけれど、カナメの精霊はこういうところがある。
静かに、けれど激しく動いたベッドに飛び起きたカナメは残念そうだ。顔にはもう少し寝ていたかったのに、と隠す事なく書いてある。
「いい加減、自主的に起きてくれ。俺は苦手だが精霊と契約して正しい時間に起きれるように、悪夢でも見させようかと思った事が幾度もある」
「鬼!」
寝起きの頭にしては素早い返しに、カーテンが揺れた。精霊が笑ったのだろう。
「自主的に起きれないんじゃなくて、起こしてくれるから起きなくていいだけだよ。そこは勘違いされなくないな」
あくびをひとつして言い切ると、マチアスの頬がひくついた。
「家では執事長、ここではアル。自主的に起きる必要性は感じられないと思う。思う存分味合わせてほしい。気持ちいいこの安眠……邪魔されたくない。決められた時間ギリギリまでまどろめる幸せを味わいたいのは人として普通だと思う」
「いつか絶対に、精霊と契約してお前を起こして見せよう。何度か悪夢を見れば自主的に起きれるようになるだろう」
「本当、婚約者に対する態度じゃないよね?」
「婚約者だから厳しく言うのだろう」
カナメはベッドの上を這い隅で膝を抱えて文句を言う。震えているのを見ると、の悪夢が頭に浮かんだのかもしれない。もしくは、マチアスならやりかねないと思ってか。
「真面目なアルと普通の俺。ちょうどいいからこれでいいじゃん」
「……カナメは一応、王子の婚約者なんだがな」
ベッドに腰掛け首を緩く振ったマチアスの顔には、言葉と違って笑みが浮かんでいる。
「見た目を裏切らないように、気の置ける人たちの前以外では真面目な優等生してるから大丈夫。怖がりも泣き虫も、隠してるし」
「そう言う問題ではないような?」
そう呟いたものの長い付き合いだ。お互いこれがいいと思っているのだから、これがちょうどいいのだと分かっている。
だから二人、結局手を取り合う事にしたのだから。

「泣き虫で怖がりなカナメは俺が守ってやるから安心しろって、言ってくれたじゃん」

美人な顔を崩して、へら、とした笑顔で言うカナメにマチアスは突っ込んだ。
「それとこれとは違うだろう。泣き虫で怖がりなカナメを守るとは言ったが、自主的に起きるとか、面倒くさがらないようにするとか、後回しにしないとか、そういうのは別問題だろう。俺が守る守らないというものじゃないぞ」
息継ぎもなく早口で言った言葉に、またカーテンが揺れた。
カナメもただ笑っている。
そんな精霊と婚約者を見てマチアスは思った。
婚姻までにもう少し成長させねば、と。
しかし反面、このカナメが可愛いのだと思うのだから、きっとこのまま二人は共に歩いていくのだろう。

そう、あれだ。
惚れたものの負け、というやつなのだ。
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この連載の「マチアスが王太子になったら」という、もしもの話『セーリオ様の祝福:カムヴィ様の言う通り』を連載中です。
もしもの話にもお付き合いいただけたら嬉しいです。

こちらの作品と同一世界の話一覧。

■ トリベール国
『セーリオ様の祝福』
セーリオ様の祝福:カムヴィ様の言う通り
bounty
■ ハミギャ国
運命なんて要らない
■ ピエニ国
シュピーラドの恋情

どの作品も独立しています。また、作品によって時代が異なる場合があります。
仮に他の作品のキャラが出張しても、元の作品がわからなくても問題がないように書いています。
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