運命なんて要らない

あこ

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ぼくたちも、運命なんて要らない(と思う)

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一方、突然変わった自分の未来の衝撃に気を失うなんて、をしたノアが目を開けると、そこはノアのためにと城に用意されていた休息用の部屋。
休息と言っても、ここで問題なく生活できるくらい“立派”な部屋である。
ノアが起きた時はその部屋のベッドで天井を見上げる格好で、片手が重い状態であった。
不思議に思い左手を見てみると、アーロンが今にも死にそうな顔で自分の手を握りしめている。
「アーロンさま?」
アーロンはノアを見つめ続けていた様だからノアが起きたのは理解しているだろうに、目をカッと見開いたままのアーロンはノアを見ているというそれだけの状態で微動だにしない。
「ア……アーロン……さま?」
そんなアーロンの様に怯え切ったノアの呼びかけに、やっとハッとしたアーロンは「あああああ!」と叫び、慌ただしく部屋の扉を開け放ち外にいた護衛騎士マルティヌスに叫ぶ。
「ノアが起きた!!誰か、誰かを呼べ!」
誰かって誰よ!と突っ込めるはずもなく、マルティヌスは冷静に声を掛ける。
「トマス殿、よろしくお願いいたします」
指名を受けたトマスは頭を下げ
「マルティヌス殿は殿下の護衛です。わたしに頼んでください。全く、侍従に言うべきことですよ」
と久しぶりにアーロンを、呆れた顔で部屋を出ていく。扉をしっかり閉めるのも忘れないし、マルティヌスに「混乱した殿下が申し訳ないです」と言っておくのも忘れない。
幼い頃の常套句だったものをこんな時に言うなんて、とトマスは思ったことだろう。
アーロンは部屋にトマスがいることも、もっと言えばエルランドがいたことすらも、全く目に入っていなかったのだ。
本気で、自分とノアだけがここにいると思っていた。
そんなこと、あるはずもないのに。
それだけノアしか見えなかったのだ。

「アーロンを支え王妃となってほしい」そう言われた途端気を失ったのを見て、アーロンはその瞬間ノアを抱きかかえ駆け出したかった。
ノアを抱えてどこにいくのだと言われそうだけれど、どこに行けばいいのかも分からないけれどどこかに、へ駆け出したかった。
正直に言って、その時のことを思い出しても王子のやることではないと思うけれど、あの瞬間はアーロンも頭が真っ白になったのである。

──────ノアは、王妃なんて、きっとやりたくないはずなのに。

小さい頃、「王子妃って大変そうだね」と純粋ゆえにノアが言った時も、ノアを隠さないととアーロンは思ったことがある。
──────大好きなノアが、辛い思いをしないといいな。になるのが辛いなら、そうならなくてもいいように、見つからない様にノアをどこかに隠してしまえば、ノアは辛くない!
純粋なアーロンはそう思ったからだ。
ノアが帰って即座に「王子妃にならなくていいように、ノアをどこかに隠したいです」と言い「王子妃は、あなたの妻の立場の人のことを言います」と母親に言われ衝撃を覚えたアーロンがいたのだが、ノアが気絶したあの時は、その幼い時の様なな気持ちになったのである。
(こういうとっさにやってしまいそうになるのが、王太子なんて柄ではないのに)
ノアは「ぼくは、王妃なんて柄じゃないよ」と言いそうだけれどそれはアーロンも同じなのだ。
王子として生きて、王弟として生きていく。それが自分にとってだとアーロンは考えていた。
王太子向きの性格ではない、と。
(僕はそんなことを言っている場合じゃない。ノアが、王妃は嫌だって婚約を白紙なんて言わないでくれるようにしないと)
ノアが隣に立ってくれれば、きっと王太子なんて柄じゃないなんて弱気なことを言わずにいられる。
ノアはアーロンに助けてもらっているとか支えてくれるとか言うけれど、アーロンからすればいつだって逆だった。
ノアがいるから、ノアが支えて助けれくれるから、自分はこうして立っていられるのだと。

「アーロンさま、だいじょうぶ?」
「ノアこそ、大丈夫?ノアには怪我ひとつもないと思うけど、大丈夫?吐きそうとかあるかな?」
「どこも痛くないし、大丈夫だけど……あれ?誰がぼくを支えてくれたんだろう?」
「精霊だと思う。なんていうか……こう、大きなクッションに支えられてる様な感じで止まってた」
身振り手振りで説明するアーロンの顔色は、ようやく普段のそれに戻っている。
ノアはそれを見て安心した。アーロンは目をカッと見開いたまま死んでいるのかと思う様な、そんなひどい表情と顔色だったのだ。

布が擦れる音ひとつも無くなった部屋で、無言のまま見つめ合う二人。
ノアはアーロンがきっと言うだろうなと思って、それを待っている。
もうずっと手を取り合って、慈しみあってきたのだ。
きっと言うんだろうな、という言葉はノアにはお見通し。
彼に伝える返事は、ノアの口の中で発せられるのを今か今かと待っている。

「ノア。今よりももっと大変で、きっと苦労することが多いと思うし、危険な目にもあう可能性が多くなったけど、僕の隣に、これからもずっといてほしい。王子妃なんて目じゃないくらい、大変だと思うけど、僕はやっぱりノアじゃなければ嫌なんだ」

ノアは上半身を起こし、アーロンをギュッと抱きしめた。

「アーロン様が、好きだからいいよ」

ありがとうと言うアーロンの耳に、優しいノックが聞こえる。
トマスが医師を、もしかしたらランベールも連れてきたのだろう。
泣きそうになった顔を変え、アーロンは入室を促す。
「ノア、ありがとう」
「アーロン様は心配しすぎです」
笑うノアに、アーロンもようやく小さくだけれど笑顔が作れた。
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