運命なんて要らない

あこ

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番外編

★ エルランドばっかりずるい!:後編

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護衛騎士とノアの従者に生暖かい気持ちであれやこれやと言われているとは梅雨知らず、アーロンはノアが勉強で使用している部屋にノックもなしで飛び込んだ。
中にはノアと授業を受け持つ初老の男性。
男は驚き一瞬時が止まった様になったがすぐさま「アーロン王太子殿下!ノックもなしに飛び込んでくるとは何事ですか!!幼き頃の様にサヴォナローラ伯爵夫人のを受講し直しますかな!!?」と一喝。
アーロンは顔を青ざめさせ──サヴォナローラ伯爵夫人のマナーレッスンは“あの”アンジェリカさえ「二度と味わいたくございませんの」と言うほど恐ろしいのだ──パッと部屋から出ていき、今更ながらもう一度ノックから始める。
男は笑いを堪えながら入室を促し「本日はここまでに致しましょう。ノア様」と入れ替わる様に部屋で控えていた一人の侍女と自身の補佐も連れ出ていった。

余談ではあるが、件のサヴォナローラ伯爵夫人は王子殿下およびその婚約者のマナーの講師であるので、ノアもその厳しさはよく知っている。
“こんなノア”が王子殿下の婚約者たる姿を多くの貴族に“見せつけられる”のは、まさにサヴォナローラ伯爵夫人のおかげなのだ。

「アーロン様?」
「ノア、輝いてほしい!」
「……ん?」
開口一番意味の分からないお願いを言われ、ノアは必要以上に首を傾げさせた。
犬を飼っていらっしゃるのならもしかしたら一度は目にした事があるかもしれない、『自分の飼い主何か言ってるけど、何言ってるか分からない』とどんどん首を傾げさせていく犬のような状態だ。
アーロンは、ググッと肩の方へ首を傾げさせていくノアの前に跪き、その手をそっと取った。
この状態だけ見れば、プロポーズする王子様と言ったところだろうか。まあ彼は確かに王子様なのだけれど。
「みたいんだ!僕もみたい!」
「ぼくの何をみたいの?」
「ノアが、輝いているところだよ」
ますます理解出来ないと言った様子のノアにアーロンはぽつりぽつりと、偶然にもエルランドが精霊を輝きとして認識出来ると知った事、それを誰にも伝えるつもりはない事、精霊に愛されている──確かに実際そうだけれど、精霊の愛し子のようなものはない──ノアをこんなに愛しているのにその輝きを自分が見れないなんてずるくて嫌だと思っている事をノアに訴えた。
ノアは訴えを聞き終え、その上何度も頭の中でそれを繰り返し、漸く納得したのか頷いた。
「ええと、なるほど?」
そう言われても困ったなと言いたげな顔に、アーロンは分かりやすく顔を顰める。
こんな素直な表情の変化を見れるのは、意外にも少ない人数だけだ。
その中に先に出てきたエルランドに謝罪した護衛騎士とエルランド、そしてアーロンの従者の一人であるトマスもいる。
「頼む」
「頼むって言われてもアーロン様、ぼくに何か出来る事なんてないよ……」
「だってずるいと思わないか?エルランドはノアがキラキラしてるのが見えるんだよ?きっとそんなノアは可愛い。きっとじゃない。絶対に可愛い!綺麗だとも思う」
「……そう言われても。とにかくそれはいいけど」
「よくない」
「いいけど、アーロン様、座ってください。いつまで跪いてるの?見られたら困るよ」
「ノアのためなら床を転げる覚悟もある」
「なくっていいよ」
ノアがほらほらと急かすと渋々の態でノアの前にある椅子に座る。
二人の間にある広めの正方形の机の上には先ほどまでの勉強の教材がそのまま残ってい、アーロンが腰掛けた方の椅子はノアに勉強を教えていた初老の男性が座っていた。
「じゃあ、やっぱりエルランドがしてくれた提案だな」
「え?エルランド?何か聞いてきたの?」
ノアは「でも」と言って小声で続ける。
「エルランドのあの精霊が見えるっていうのは、なんかだよ?アーロン様にも、もちろんぼくにもそんな特殊体質?特殊能力?とにかくそんなのないでしょ?」
訝しげな顔で言うノアにアーロンは大真面目に首を振った。
その目には力がこもっている。
「エルランドが言ったんだ。ノアは精霊に好かれているから精霊に訴えてみたらいいって」
「……ええぇぇぇぇええ」
これでもかと言わんばかりの怪訝そうな顔で引き気味に言うノアに、アーロンは不満そうな顔を隠さない。

アーロンには、ある程度この願いが叶うのではないかと言う確信に似たようなものを持っていた。
それはエルランドが言ったように『ノアは精霊に好かれているから』に他ならない。
エルランドは好かれていると言うが、その言葉の裏に『愛されている』と言うものが隠されている。
ノアの家族も王家も、近くに居続けているエルランドも、ノアは精霊に愛されていると確信に近いものを持っているのだ。
精霊の愛し子という存在及びそれに近い存在もこの国では“定めない”ために、そういう人間はいないとされているがもしあればノアがそうなのではないかと思うほど、ノアは好かれているしそれを彼らは理解している。
ノアの妹マリアンヌが光の精霊に祝福されたのも、アーロンが加護を得たのも、全てはノアが二人を想い慈しんでいるからだ。
それほど精霊に思われているノア。
ならば精霊にそれこそ土下座してでもお願いすれば自分が視覚で確認出来るように輝いてくれるのではないかという、エルランドの冗談のような提案はあり得ない事ではないのではと、アーロンは思っている。
そもそも、とある国で生まれたものは精霊が見えるものがいると言うし、また別の国ではぼんやり見えるものが生まれるとも言う。
この国ではエルランドがなだけで、見えるものが生まれる国があるのならノアを愛する精霊が頑張ってくれれば、自分にだってと。
アーロンはとにかく、本気で、エルランドだけなんてのだ。

「ノアが輝いてたら、可愛くて綺麗だと思うんだ」
もはやノアは何も言わない。
いくら精霊に好かれている──これはノアも流石に自覚せざるを得ないほどの事が起きている──とはいえ、エルランドが確認出来るようなそれをアーロンも出来るなんて──仮にそれが今この時だけだったとしても──無理だろうと思う気持ちを変えられない。
自分が好かれているという理由で起きた“奇跡”は、全てのであって、“誰かがそれを望んだから”ではないのだ。
けれど目の前のアーロンを見ていると、そんな言葉をかけても納得しないだろう事は判断できる。
黙ったままのノア、ではなくその周りにいるだろう、精霊に向かってアーロンは言った。
「ノアが輝いてて可愛くなっているのが見たいんです。こんなに大好きな僕が見れないのに、エルランドだけが見えるなんてやっぱりどうしたってずるいでしょ!」
最後はどこかキレているような形ではあったが、痛いほど──この願いを痛いほどの気持ちを込めるのはどうかと思うが──の思いを込めたアーロンも、そして黙ってみていたノアも、目を丸くした。

部屋の中の灯りがなくなったと思えば、柔らかい光の粒がノアの周りでダンスを始めたのだ。
踊るように、慈しむように、ノアの周りを光の粒が取り囲む。
扉のノックに驚いたノアに反応して一瞬光が消えてしまったが、ノアと同じく驚きで硬い声になったアーロンが確認すればエルランドとトマスが入室を求めている。
二人の入室を認めると、さっと二人が入ってきた。あの護衛騎士はいつもの通り扉の前で待機だ。
素早く入った二人がしっかり部屋の扉を閉めるとまた部屋の明かりが落ち、ノアの周りで光が輝く。
驚きに言葉を失ったトマスをよそに、喜びが顔中に溢れたアーロンは椅子から立ち上がるとノアも立ち上がるように促し、部屋の中央に誘うと光に釣られるようにダンスのステップを踏む。
呆然とした様子だったノアだが、自分の体が覚えているその動きに合わせアーロンのリードに身を任せてダンスを踊る。
満面の笑みでノアをリードするアーロンを、自分を取り囲む精霊の光に驚きつつも笑顔が溢れ始めるノア。
目を丸くして驚愕したままそれでも二人を見守るトマスはもちろん、見慣れているとはいえ冗談のように提案したそれが現実になった事に驚いたエルランドも、驚きも何も過ぎたのか微笑ましそうに二人を見つめた。
「ノア、すごく綺麗だ。こんなにも愛されている君に愛されて、僕は本当に幸せ者だ。なんて、なんて美しんだろう」
「は、ははは。すごい……こんなに。エルランド、君はいつもこんなぼくを見ているの?」
頷いたエルランドを見てアーロンは「やっぱりずるいなあ」と笑う。

「それにしても……ほんとうに、ほんとにすごい!ほら、僕のノアが輝いている!みたか?トマス、すごいだろう!僕のノアは、こんなにも美しい!」

感動しきりのアーロンはこの日を忘れないだろう。
そして同時に思うだろう。
こんなにも綺麗なノアを見れるエルランドは、やはりずるいと。
「この瞬間を絵に残したい。残念でならないよ」
「残さなくていいよ!こんなに輝いてるなんて、恥ずかしいから」
踊り続ける二人の周りは小さな光は、二人の笑顔に誘われるようにまた一層色を添えた。
幻想的な光景はこの光を見慣れているエルランドをも魅了する。

「しかしこれで、これで王城勤めのものが皆が安心して過ごせますね」

トマスの呟きに応えるように、二人の周りの光がパッと明るく瞬いた。
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