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アンジェリカ・カールトンの独白
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わたくしには前世の記憶がございます。
少し特殊な双子の兄としての記憶。
わたくしと双子の妹は、本当に二人で一つのような兄妹でございました。
お互いがお互いである感覚。
二人で一人のような感覚。
不思議とわたくしと妹は、どちらもが兄であり妹で、男であり女である。
それが普通、そんな異常性があったように思います。
ですからお互いに嫌な事は入れ替わり対処いたしました。
妹が別れたいと悩んだ彼氏に妹になりきって振った事もございましたし、お付き合いした事もございます。妹も同じくでございました。
あまりに似ておりましたので、脱がなければ誰も気がつきもしないものですから、入れ替わるなんて造作もない事でございましたわ。
こうしてわたくしと妹は二人でひとつ。そう生きておりました。
わたくしも妹も、それがおかしいとは一切思っておりません。
それが当たり前の兄と妹でございました。
そんなわたくしの妹がドはまりしたのが“乙女ゲーム”でございます。
妹が遊ぶのを見ていたわたくしも、同じようにドはまりいたしました。
評判のいいゲームを遊んでいる中で出会ったゲーム『あなたと優しい精霊に愛されて』のキース殿下がわたくしの推しとなったのです。
二人で何度も何度もプレイをし、公式設定資料集なども全て買い揃えました。
バイト代をつぎ込むなんて、後にも先にもあれだけでございましたわ。
それまではわたくしも妹もバイト代は洋服や美容関係そんなところだけに消費しておりましたから、本当にドはまりしていたのです。
バイト代を注ぎ込んで買った公式本を読んでいるうちに、わたくしは最押しに出会ってしまったのです。
それがミューバリ公爵家のマリアンヌ・ヴィヨン。マリーでございます。
この世界ではわたくしと仲がいい二人、ノアとアーロン殿下がゲームで登場するのは、バッドエンドの時のみでございます。
わたくしの最推しマリアンヌは、ゲームに登場すらいたしませんの。
なにせ彼女が初めて登場したのは、公式ガイドブックに記載されていたキャラクター詳細設定の章にある『ミューバリ公爵家ノア・ヴィヨン』のページでございました。
──────精霊に愛された兄が、大切にしている妹。マリアンヌ。彼女が後天的に光の精霊に祝福されたのは、兄の真摯な願いを精霊が聞き届けたから。
これだけでございました。短くて驚かれますでしょう?
その次に登場したのが公式裏設定資料集でございます。
裏設定資料集には、ゲームや設定資料集では触れられていない『なぜ第二王子殿下の婚約者が男でいいのか』なども書かれておりました。
そこでマリアンヌの細かな設定が初めて公開されたのです。
彼女の容姿、公爵家を継ぐ事にした決意と思い、兄や家族への愛情、など。
わたくしの家族や攻略対象者の家族にも詳細な設定があれば、それもこの本で公開されましたわ。
しかし主要登場人物は当然として、ちょっとした登場しないノアやアーロン殿下はまあ分かるとしましても、ゲームには名前すら登場しないマリアンヌの設定はそれに負けず劣らず詳細でございました。
──────公式の皆様はマリアンヌに対して特別な思いがあるのでは?本当は彼女をヒロインにしようとしていたのでは?
そんな声が上がるほど、細かくなされていた設定を見て多くの方が二次創作に励んでおりましたね。
ヒロインを悪役令嬢にしてマリアンヌをヒロインにする、というものが多かったように思いますわ。そしてどの二次創作でもマリアンヌは『ドがいくつあっても足りないほどのブラコン』でもありました。これに関しては正しいですわね。マリアンヌはノアが大好きですもの。前世で二次創作に励まれていた方に教えて差し上げたいですわね。
そうそう、そして公式が『同性で婚姻できる』とその理由をこの裏設定集で公開したので、攻略者同士の二次創作も爆発的に増えましたの。
そのなかでもやはり一番多かったのが、アーロン殿下とノアという『公式BLカップル』でしたわ。
現実を知るわたくしは「ないない」と言いたいのですけれど、アーロン殿下がノアの前では俺様になる、なんていうのもありましたわね。
アーロン殿下は俺様にだけはなれませんのよ、特にノアの前では。とこちらも前世の皆様にお伝えしたいところです。
そしてこの『公式“裏”設定資料集』の登場によって、マリアンヌに関する二次創作があんまりにも多くなった事を受けた公式は、『これは売れる!』と思ったのでしょうね。
公式から『優しい精霊に守られて~精霊に愛されたミューバリ公爵家ふたりの兄妹の物語~』という小説が販売されたのです。
当然予約しましたわ。わたくしと妹と一冊ずつ購入しましたの。
厳しくも優しいご両親に愛されたノアとマリアンヌの話に夢中になりました。きっとわたくしのように、多くのファンが健気な兄妹の話に夢中になったとおもいます。
妹を思うノアと、兄を思うマリアンヌ。
二人の姿を小説でおっているうちにわたくしは、マリアンヌに夢中になったのです。
強く優しく弱さを認める少女の姿は、わたくしに眩しく写ったのです。
ですからわたくしがこの世界に生まれた時、驚きましたわ。だってアンジェリカだったんですもの。
これはなんとか早々に退場したい、とも思いました。
けれど気がつけば殿下の婚約者。
殿下にはヒロインがいますでしょう?わたくしの出番はなくてもいいのではないか、と思ったのですが婚約者になってしまったのであればもうどうしようもありません。
けれど精神年齢がこの世界の実年齢にひっぱられてしまったのでしょう。
幼いわたくしには『前世の記憶を持っている事』と『この世界が乙女ゲームの世界に酷似している事』、そして『断罪されるかもしれない未来』を一人で抱えている事が出来なくなってしまったのです。
それでもこの事を口に出すのははばかれます。
一人で苦しんでいたのを家族は心配していたのですね。わたくし、ある日問いただされました。
ひどく心配する家族を前に奇異の目で見られる事を覚悟し、わたくしは全て家族に伝えたのです。
みんな信じてくれました。
そして彼らに言われたのです。
物語ではそれでハッピーエンドになるけれど、現実にそれをしたら殿下はただではすまないだろう。と。
公爵令嬢として生まれ育っていたわたくしも、ひとつひとつ丁寧に説明する家族の話を聞いてそれに納得しました。
家族は皆、殿下との婚約は白紙にしようと言ってくれましたの。そうすれば少なくともわたくしは助かるから、と。
でもわたくし、前世では殿下押しでございましたから、わたくしだけが知っている『そうなるかもしれない未来』を知らないふりして、推しを不幸にしたくはなかったのでございます。
だってわたくしとの婚約が破棄されても、別の方と婚約されますでしょう?それでは『そうなるかもしれない未来』が『そうなる未来』になりかねません。
どうしてもわたくしには出来ませんでした。
わたくしは、わたくしと妹を心から楽しませてくれたゲームの、推しの殿下を不幸にするなんて出来なかったのです。
試行錯誤いたしましたが年々殿下との溝は広がるばかり。それでもパートナーとして、その気持ちは嘘ではございませんでした。
だって不思議と、溝が広がっていくにもかかわらず殿下はわたくしを『王妃という国王のパートナー』としては認めてくださっていると、不思議と感じ取れておりましたの。
あれだけ溝が広がっていたのに、それなのに殿下はわたくしを『王妃という国王のパートナー』という部分で思いやってくださっていたと感じておりました。だから、必死になれたのかもしれません。
途中この世界で出会った生きているマリアンヌには、前世とは違う感情……恋情というものを持ってしまいましたが、殿下の『そうなるかもしれない未来』を知る人間として「まずは殿下の未来をお守りしたい」と決めたのですもの。マリアンヌは妹のように可愛がれるだけで幸せであると言い聞かせましたの。
マリアンヌとの事は、殿下の未来をお守りしてからと決めたんですもの。
ですけれど結局殿下はバッドエンド以上のバッドエンドを迎えてしまわれましたわね。
まあ、ゲームでは攻略対象者である殿下にバッドエンドなんて用意されていませんでしたけれど、ここは現実ですもの……そうはいきませんでしたわ。
そもそもヒロインさんが迎えたのだって、ゲームにはないひどいエンディングでございましたね。
ヒロインさんもまさか拷問を受ける日々を過ごすなんて、思いもよらなかった事でしょう。
わたくし、ヒロインさんはどうでもよかったのですけれど、殿下の事はやはり今も後悔してますの。
お父様には後悔は消えると言ってしまいましたけれど、後悔はきっと消えませんわ。
だって推しでしたもの。
ゲームの中のキース殿下は、本当に素敵でしたのよ。
現実のキース殿下だって、問題もありましたけれども、それでもパートナーとしては尊重しあえると思える、その信頼関係だけはあったと思ってましたのよ。
どうしてこうなってしまったのかしらね……。
悔しい……悔しいですわ。
少し特殊な双子の兄としての記憶。
わたくしと双子の妹は、本当に二人で一つのような兄妹でございました。
お互いがお互いである感覚。
二人で一人のような感覚。
不思議とわたくしと妹は、どちらもが兄であり妹で、男であり女である。
それが普通、そんな異常性があったように思います。
ですからお互いに嫌な事は入れ替わり対処いたしました。
妹が別れたいと悩んだ彼氏に妹になりきって振った事もございましたし、お付き合いした事もございます。妹も同じくでございました。
あまりに似ておりましたので、脱がなければ誰も気がつきもしないものですから、入れ替わるなんて造作もない事でございましたわ。
こうしてわたくしと妹は二人でひとつ。そう生きておりました。
わたくしも妹も、それがおかしいとは一切思っておりません。
それが当たり前の兄と妹でございました。
そんなわたくしの妹がドはまりしたのが“乙女ゲーム”でございます。
妹が遊ぶのを見ていたわたくしも、同じようにドはまりいたしました。
評判のいいゲームを遊んでいる中で出会ったゲーム『あなたと優しい精霊に愛されて』のキース殿下がわたくしの推しとなったのです。
二人で何度も何度もプレイをし、公式設定資料集なども全て買い揃えました。
バイト代をつぎ込むなんて、後にも先にもあれだけでございましたわ。
それまではわたくしも妹もバイト代は洋服や美容関係そんなところだけに消費しておりましたから、本当にドはまりしていたのです。
バイト代を注ぎ込んで買った公式本を読んでいるうちに、わたくしは最押しに出会ってしまったのです。
それがミューバリ公爵家のマリアンヌ・ヴィヨン。マリーでございます。
この世界ではわたくしと仲がいい二人、ノアとアーロン殿下がゲームで登場するのは、バッドエンドの時のみでございます。
わたくしの最推しマリアンヌは、ゲームに登場すらいたしませんの。
なにせ彼女が初めて登場したのは、公式ガイドブックに記載されていたキャラクター詳細設定の章にある『ミューバリ公爵家ノア・ヴィヨン』のページでございました。
──────精霊に愛された兄が、大切にしている妹。マリアンヌ。彼女が後天的に光の精霊に祝福されたのは、兄の真摯な願いを精霊が聞き届けたから。
これだけでございました。短くて驚かれますでしょう?
その次に登場したのが公式裏設定資料集でございます。
裏設定資料集には、ゲームや設定資料集では触れられていない『なぜ第二王子殿下の婚約者が男でいいのか』なども書かれておりました。
そこでマリアンヌの細かな設定が初めて公開されたのです。
彼女の容姿、公爵家を継ぐ事にした決意と思い、兄や家族への愛情、など。
わたくしの家族や攻略対象者の家族にも詳細な設定があれば、それもこの本で公開されましたわ。
しかし主要登場人物は当然として、ちょっとした登場しないノアやアーロン殿下はまあ分かるとしましても、ゲームには名前すら登場しないマリアンヌの設定はそれに負けず劣らず詳細でございました。
──────公式の皆様はマリアンヌに対して特別な思いがあるのでは?本当は彼女をヒロインにしようとしていたのでは?
そんな声が上がるほど、細かくなされていた設定を見て多くの方が二次創作に励んでおりましたね。
ヒロインを悪役令嬢にしてマリアンヌをヒロインにする、というものが多かったように思いますわ。そしてどの二次創作でもマリアンヌは『ドがいくつあっても足りないほどのブラコン』でもありました。これに関しては正しいですわね。マリアンヌはノアが大好きですもの。前世で二次創作に励まれていた方に教えて差し上げたいですわね。
そうそう、そして公式が『同性で婚姻できる』とその理由をこの裏設定集で公開したので、攻略者同士の二次創作も爆発的に増えましたの。
そのなかでもやはり一番多かったのが、アーロン殿下とノアという『公式BLカップル』でしたわ。
現実を知るわたくしは「ないない」と言いたいのですけれど、アーロン殿下がノアの前では俺様になる、なんていうのもありましたわね。
アーロン殿下は俺様にだけはなれませんのよ、特にノアの前では。とこちらも前世の皆様にお伝えしたいところです。
そしてこの『公式“裏”設定資料集』の登場によって、マリアンヌに関する二次創作があんまりにも多くなった事を受けた公式は、『これは売れる!』と思ったのでしょうね。
公式から『優しい精霊に守られて~精霊に愛されたミューバリ公爵家ふたりの兄妹の物語~』という小説が販売されたのです。
当然予約しましたわ。わたくしと妹と一冊ずつ購入しましたの。
厳しくも優しいご両親に愛されたノアとマリアンヌの話に夢中になりました。きっとわたくしのように、多くのファンが健気な兄妹の話に夢中になったとおもいます。
妹を思うノアと、兄を思うマリアンヌ。
二人の姿を小説でおっているうちにわたくしは、マリアンヌに夢中になったのです。
強く優しく弱さを認める少女の姿は、わたくしに眩しく写ったのです。
ですからわたくしがこの世界に生まれた時、驚きましたわ。だってアンジェリカだったんですもの。
これはなんとか早々に退場したい、とも思いました。
けれど気がつけば殿下の婚約者。
殿下にはヒロインがいますでしょう?わたくしの出番はなくてもいいのではないか、と思ったのですが婚約者になってしまったのであればもうどうしようもありません。
けれど精神年齢がこの世界の実年齢にひっぱられてしまったのでしょう。
幼いわたくしには『前世の記憶を持っている事』と『この世界が乙女ゲームの世界に酷似している事』、そして『断罪されるかもしれない未来』を一人で抱えている事が出来なくなってしまったのです。
それでもこの事を口に出すのははばかれます。
一人で苦しんでいたのを家族は心配していたのですね。わたくし、ある日問いただされました。
ひどく心配する家族を前に奇異の目で見られる事を覚悟し、わたくしは全て家族に伝えたのです。
みんな信じてくれました。
そして彼らに言われたのです。
物語ではそれでハッピーエンドになるけれど、現実にそれをしたら殿下はただではすまないだろう。と。
公爵令嬢として生まれ育っていたわたくしも、ひとつひとつ丁寧に説明する家族の話を聞いてそれに納得しました。
家族は皆、殿下との婚約は白紙にしようと言ってくれましたの。そうすれば少なくともわたくしは助かるから、と。
でもわたくし、前世では殿下押しでございましたから、わたくしだけが知っている『そうなるかもしれない未来』を知らないふりして、推しを不幸にしたくはなかったのでございます。
だってわたくしとの婚約が破棄されても、別の方と婚約されますでしょう?それでは『そうなるかもしれない未来』が『そうなる未来』になりかねません。
どうしてもわたくしには出来ませんでした。
わたくしは、わたくしと妹を心から楽しませてくれたゲームの、推しの殿下を不幸にするなんて出来なかったのです。
試行錯誤いたしましたが年々殿下との溝は広がるばかり。それでもパートナーとして、その気持ちは嘘ではございませんでした。
だって不思議と、溝が広がっていくにもかかわらず殿下はわたくしを『王妃という国王のパートナー』としては認めてくださっていると、不思議と感じ取れておりましたの。
あれだけ溝が広がっていたのに、それなのに殿下はわたくしを『王妃という国王のパートナー』という部分で思いやってくださっていたと感じておりました。だから、必死になれたのかもしれません。
途中この世界で出会った生きているマリアンヌには、前世とは違う感情……恋情というものを持ってしまいましたが、殿下の『そうなるかもしれない未来』を知る人間として「まずは殿下の未来をお守りしたい」と決めたのですもの。マリアンヌは妹のように可愛がれるだけで幸せであると言い聞かせましたの。
マリアンヌとの事は、殿下の未来をお守りしてからと決めたんですもの。
ですけれど結局殿下はバッドエンド以上のバッドエンドを迎えてしまわれましたわね。
まあ、ゲームでは攻略対象者である殿下にバッドエンドなんて用意されていませんでしたけれど、ここは現実ですもの……そうはいきませんでしたわ。
そもそもヒロインさんが迎えたのだって、ゲームにはないひどいエンディングでございましたね。
ヒロインさんもまさか拷問を受ける日々を過ごすなんて、思いもよらなかった事でしょう。
わたくし、ヒロインさんはどうでもよかったのですけれど、殿下の事はやはり今も後悔してますの。
お父様には後悔は消えると言ってしまいましたけれど、後悔はきっと消えませんわ。
だって推しでしたもの。
ゲームの中のキース殿下は、本当に素敵でしたのよ。
現実のキース殿下だって、問題もありましたけれども、それでもパートナーとしては尊重しあえると思える、その信頼関係だけはあったと思ってましたのよ。
どうしてこうなってしまったのかしらね……。
悔しい……悔しいですわ。
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