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本編
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「え?アンジーお姉様が?」
「はい!」
公爵邸の自室で本を読んでいたノアにアンジェリカの訪問を伝えたのは、13歳になるノアの妹マリアンヌ。
マリアンヌは今は健康だが昔は病弱で、大半の時間をベッドで過ごしていた。
アーロンの一応あった婚約者候補にはノア以外にも二人の男児と数人の女児が名を連ねていたが、3歳年下とはいえマリアンヌが候補にもならなかったのはそういった事情がある。
「アンジェリカさま、今日もとっても素敵でした」
「マリーはアンジーお姉様が好きだからねえ」
「はい!アンジェリカさま、かっこいいんです!おきれいで、りりしくいらっしゃいます!」
夢見心地のマリアンヌの頭をノアは撫で彼女と共にきていた侍女にマリアンヌを任せ、ノアは彼の侍従であるエルランドとアンジェリカがいると言う温室へ向かう。
「エル、お姉さまはどうなさったんだろう」
「突然訪ねて来られるような方ではないですからね……」
そう心配そうに呟いたエルランドをノアが見上げると、どこか不安そうな表情もしている。
「エル?」
階段を降りながら名を呼ぶとエルランドは「いいえ、違うかもしれませんから」と言葉を濁した。
エルランドはノア付きなだけにアーロンの侍従トマスと顔を合わせる回数は群を抜いている。
二人とも主人を大切に思うから色々と情報の交換をしているようで
(ぼくの知らない何かを知ってるけど、言うには確証がないってことかな)
ノアはそう思い庭に出た。
小走りで温室へ向かうと母シャルロットとすれ違う。
シャルロットは満足そうな、嬉しそうな笑顔で去っていきノアは首を大きく傾げた。
「ノア!やっときたわね」
「アンジーお姉様」
温室へ行けばアンジェリカと馴染みの顔であるアンジェリカの侍女もいる。
アンジェリカの正面に座ると、さっと紅茶が出てきた。
突然の訪問に何かあったのではないかとノアが
「どうして突然いらしたんですか?」
とアンジェリカの様子を伺いながら聞くも
「ノアの顔を見にきただけよ」
言いはぐらかされてしまう。
アンジェリカがはぐらかしたらノアには手も足も出ない。ちょっと納得しないまま、いつものようにお互いの侍女と従者を笑わせながらのお茶会をした。
暫くしてアンジェリカを見送ったが、ノアの心の中にはポツリといいしれぬものが残っていた。
ノアがアーロンと顔を合わせる機会が出来たのは、アンジェリカが突然訪ねてきてから二日後の事である。
突然難しくなった王子妃教育のために登城したのだ。
アーロンのためにと勉強する事は嫌いではないし、知らない事を知るのは楽しくてノアは好きだ。
しかし今日の教師陣はどうにもソワソワしていて落ち着かない。
いつもならアーロンと会える休憩時間をソワソワ待っているノアにお小言を言う彼らがソワソワとしていて、いつもとは逆にノアが「先生……ちゃんと授業してください」と言いたくなってしまう。
気もそぞろな教師との勉強を終えたノアは、その姿を心配しながらエルランドと共に勉強をするための部屋で次の教師を待っていたが、そこに従者がやってきた。
エルランドに一言二言話して彼は頭を下げて出ていく。
「ノア様。今日はここまでだそうです。アーロン殿下がいつもの部屋で待っているとの事ですから、今からそちらへ」
「なんだか、今日はみんなちょっと落ち着かない感じなのかな?何も知らないぼくも落ち着かないよ。なんだか不安になるね」
ノアはアーロンが教えてくれるだろうか、と思いながらエルランドとアーロンが待っている彼の自室へ向かう。
すれ違う王妃付きの侍女もどこか苛立っているようで、ノアはますます不安になった。
「え?卒業式に?ぼくも?」
「そう。僕も、ノアも」
アーロンの部屋に入るとすぐさま侍女が二人に紅茶と菓子を出して下がる。
ノアは定位置アーロンの隣に座り、右側に座るアーロンに右手を取られていた。
アーロンは左右どちらに座っても──────いや、ノアを自身の左右どちらに座らせても、許される時は基本的にノアの手を握りしめている。
時々自身の指先でノアの手の甲を触ったりしていると、落ち着くんだそうだ。
最初のうちは恥ずかしがっていたノアも、慣れてしまって好きにしてと言わんばかりに勝手にさせていた。
「アーロン様はわかるけど、ぼくは関係ない……ないよね?卒業しないし、卒業する兄弟もいないし」
貴族の子女と優秀な平民が入学を許された国立の学園の卒業式はまさにパーティで、参加出来るのは卒業生の両親、あとは卒業生を兄姉に持つ学園生のみである。
「アーロン様の婚約者だから、ぼくも参加するかたち?」
「うーん、そんなかんじかな。父上と母上からもお願いされちゃって、僕はノアを説得するのが担当なんだ」
「ますます謎が……。もしかしてそれってこのソワソワしている城内と関係があるの?」
「うん、当たらずとも遠からず」
渋い顔をするアーロンを訝しげに見ていたノアだったが、アーロンに頼まれてしまえば答えは基本的に決まっている。
「分かった。アンジーお姉様の卒業する姿を見れてラッキーって思いで参加するね」
苦笑いで「マリーが悔しがりそう」とノアが付け加えると、アーロンはますます渋い顔を作る。
「え?なに?アーロン様、どうかしたの?」
「いや、ううん、いや、うん」
ノアは部屋で控えているトマスとエルランドへ視線を移す。
二人はなんとも言えない顔でノアを見つめ返したのち、困ったような笑顔を向け、大きなため息をついた。
眉間に皺を寄せてまで「なんなの、みんなして」と言わんばかりの顔をするノアを横目で見ていたアーロンは、ノアをギュッと抱きしめて額をノアの肩に押し当てて大きく息を吐く。
「アーロン様?」
「ノアー」
「はい、アーロン様?」
ぎゅうぎゅうと抱きついてくるアーロンを好きにさせていると、アーロンは唐突に言った。
「ねえ、ノア。僕に敬語も使わなくなって、こう言う時は自然体でいてくれるようになって随分経つでしょ?そろそろ『様』つけるのやめようよ」
突然のお願いにノアはアーロンの背中に手を回して首を傾げる。
「ぼくの中でアーロン様はアーロン様なんだよねえ」
難しいなあと言うノアを見ていた二人の従者は、思わずと言ったかんじで言った。
「なるほど……。アーロン殿下のお名前が『アーロン様』と言ったような感じになっているわけですね」
「ああなるほど。そうなるとノア様がアーロン殿下に様をつけると『アーロン様様』になるというかんじでしょうか」
「『アーロン様殿下』とか」
「『アーロン様第二王子殿下』とか」
微妙な空気を追い払おうといってか、主人と気心知れた従者が揃って言えばアーロンは嫌そうな表情で顔を上げた。
「そうなの?ノア、そう言う感じで僕を『アーロン様』って呼んでるの?」
「うん、そんなかんじになってる。すごいね、二人とも。あ!でも大丈夫だよ、公の時には『アーロン殿下』とか言えるから」
「いやいやそこじゃないでしょ?ここは『これからはアーロンって呼ぶね』って言うところじゃない?」
「……うーん」
無理難題を突きつけられた時のように、難しそうな顔をして目を閉じたノアは
「結婚したら、そう言うね」
と無難な感じで返事をするが、アーロンはこんな理由で『アーロン様』と呼ばれていると知ったなら譲らない。
「今から」
「うーん」
「今から。ノア、お願い」
「うーん……」
ノアは目を開けてチラッとアーロンを見る。ここで勝負は決まったようなもの──────
「ノア、ね?」
じっと見つめられたノアは負けた。
「……ア、アーロン……さま!やっぱり、むり!」
この瞬間、アーロンもノアも顔を真っ赤にして固まった。
態度はすっかり自然体なのに、『アーロン様』の様までを名前のように使っていたノアなのに、いざ様を外してみると異常に恥ずかしい。
ノアは呼び捨てにしてるようなものだと言う事に同意したけれど、ノアにとって『アーロン様』は呼び捨てではなくあだ名のようなものだ。
本当に呼び捨てにしたら恥ずかしくて、思わず間を開けて「さま」をつけてしまうほどに恥ずかしい。
アーロンも、恥ずかしそうに口に出された自分の名前に、ノアの顔にすっかりやられて、恥ずかしくなって赤くなる。
「アーロン殿下の望みを叶えるには、アーロン殿下も慣れないといけませんね」
「ええ。全くその通りですね」
初な主人たちを従者は見守る。
これからくる大嵐を前に可愛い風景を愛でていよう、そんな姿であった。
「はい!」
公爵邸の自室で本を読んでいたノアにアンジェリカの訪問を伝えたのは、13歳になるノアの妹マリアンヌ。
マリアンヌは今は健康だが昔は病弱で、大半の時間をベッドで過ごしていた。
アーロンの一応あった婚約者候補にはノア以外にも二人の男児と数人の女児が名を連ねていたが、3歳年下とはいえマリアンヌが候補にもならなかったのはそういった事情がある。
「アンジェリカさま、今日もとっても素敵でした」
「マリーはアンジーお姉様が好きだからねえ」
「はい!アンジェリカさま、かっこいいんです!おきれいで、りりしくいらっしゃいます!」
夢見心地のマリアンヌの頭をノアは撫で彼女と共にきていた侍女にマリアンヌを任せ、ノアは彼の侍従であるエルランドとアンジェリカがいると言う温室へ向かう。
「エル、お姉さまはどうなさったんだろう」
「突然訪ねて来られるような方ではないですからね……」
そう心配そうに呟いたエルランドをノアが見上げると、どこか不安そうな表情もしている。
「エル?」
階段を降りながら名を呼ぶとエルランドは「いいえ、違うかもしれませんから」と言葉を濁した。
エルランドはノア付きなだけにアーロンの侍従トマスと顔を合わせる回数は群を抜いている。
二人とも主人を大切に思うから色々と情報の交換をしているようで
(ぼくの知らない何かを知ってるけど、言うには確証がないってことかな)
ノアはそう思い庭に出た。
小走りで温室へ向かうと母シャルロットとすれ違う。
シャルロットは満足そうな、嬉しそうな笑顔で去っていきノアは首を大きく傾げた。
「ノア!やっときたわね」
「アンジーお姉様」
温室へ行けばアンジェリカと馴染みの顔であるアンジェリカの侍女もいる。
アンジェリカの正面に座ると、さっと紅茶が出てきた。
突然の訪問に何かあったのではないかとノアが
「どうして突然いらしたんですか?」
とアンジェリカの様子を伺いながら聞くも
「ノアの顔を見にきただけよ」
言いはぐらかされてしまう。
アンジェリカがはぐらかしたらノアには手も足も出ない。ちょっと納得しないまま、いつものようにお互いの侍女と従者を笑わせながらのお茶会をした。
暫くしてアンジェリカを見送ったが、ノアの心の中にはポツリといいしれぬものが残っていた。
ノアがアーロンと顔を合わせる機会が出来たのは、アンジェリカが突然訪ねてきてから二日後の事である。
突然難しくなった王子妃教育のために登城したのだ。
アーロンのためにと勉強する事は嫌いではないし、知らない事を知るのは楽しくてノアは好きだ。
しかし今日の教師陣はどうにもソワソワしていて落ち着かない。
いつもならアーロンと会える休憩時間をソワソワ待っているノアにお小言を言う彼らがソワソワとしていて、いつもとは逆にノアが「先生……ちゃんと授業してください」と言いたくなってしまう。
気もそぞろな教師との勉強を終えたノアは、その姿を心配しながらエルランドと共に勉強をするための部屋で次の教師を待っていたが、そこに従者がやってきた。
エルランドに一言二言話して彼は頭を下げて出ていく。
「ノア様。今日はここまでだそうです。アーロン殿下がいつもの部屋で待っているとの事ですから、今からそちらへ」
「なんだか、今日はみんなちょっと落ち着かない感じなのかな?何も知らないぼくも落ち着かないよ。なんだか不安になるね」
ノアはアーロンが教えてくれるだろうか、と思いながらエルランドとアーロンが待っている彼の自室へ向かう。
すれ違う王妃付きの侍女もどこか苛立っているようで、ノアはますます不安になった。
「え?卒業式に?ぼくも?」
「そう。僕も、ノアも」
アーロンの部屋に入るとすぐさま侍女が二人に紅茶と菓子を出して下がる。
ノアは定位置アーロンの隣に座り、右側に座るアーロンに右手を取られていた。
アーロンは左右どちらに座っても──────いや、ノアを自身の左右どちらに座らせても、許される時は基本的にノアの手を握りしめている。
時々自身の指先でノアの手の甲を触ったりしていると、落ち着くんだそうだ。
最初のうちは恥ずかしがっていたノアも、慣れてしまって好きにしてと言わんばかりに勝手にさせていた。
「アーロン様はわかるけど、ぼくは関係ない……ないよね?卒業しないし、卒業する兄弟もいないし」
貴族の子女と優秀な平民が入学を許された国立の学園の卒業式はまさにパーティで、参加出来るのは卒業生の両親、あとは卒業生を兄姉に持つ学園生のみである。
「アーロン様の婚約者だから、ぼくも参加するかたち?」
「うーん、そんなかんじかな。父上と母上からもお願いされちゃって、僕はノアを説得するのが担当なんだ」
「ますます謎が……。もしかしてそれってこのソワソワしている城内と関係があるの?」
「うん、当たらずとも遠からず」
渋い顔をするアーロンを訝しげに見ていたノアだったが、アーロンに頼まれてしまえば答えは基本的に決まっている。
「分かった。アンジーお姉様の卒業する姿を見れてラッキーって思いで参加するね」
苦笑いで「マリーが悔しがりそう」とノアが付け加えると、アーロンはますます渋い顔を作る。
「え?なに?アーロン様、どうかしたの?」
「いや、ううん、いや、うん」
ノアは部屋で控えているトマスとエルランドへ視線を移す。
二人はなんとも言えない顔でノアを見つめ返したのち、困ったような笑顔を向け、大きなため息をついた。
眉間に皺を寄せてまで「なんなの、みんなして」と言わんばかりの顔をするノアを横目で見ていたアーロンは、ノアをギュッと抱きしめて額をノアの肩に押し当てて大きく息を吐く。
「アーロン様?」
「ノアー」
「はい、アーロン様?」
ぎゅうぎゅうと抱きついてくるアーロンを好きにさせていると、アーロンは唐突に言った。
「ねえ、ノア。僕に敬語も使わなくなって、こう言う時は自然体でいてくれるようになって随分経つでしょ?そろそろ『様』つけるのやめようよ」
突然のお願いにノアはアーロンの背中に手を回して首を傾げる。
「ぼくの中でアーロン様はアーロン様なんだよねえ」
難しいなあと言うノアを見ていた二人の従者は、思わずと言ったかんじで言った。
「なるほど……。アーロン殿下のお名前が『アーロン様』と言ったような感じになっているわけですね」
「ああなるほど。そうなるとノア様がアーロン殿下に様をつけると『アーロン様様』になるというかんじでしょうか」
「『アーロン様殿下』とか」
「『アーロン様第二王子殿下』とか」
微妙な空気を追い払おうといってか、主人と気心知れた従者が揃って言えばアーロンは嫌そうな表情で顔を上げた。
「そうなの?ノア、そう言う感じで僕を『アーロン様』って呼んでるの?」
「うん、そんなかんじになってる。すごいね、二人とも。あ!でも大丈夫だよ、公の時には『アーロン殿下』とか言えるから」
「いやいやそこじゃないでしょ?ここは『これからはアーロンって呼ぶね』って言うところじゃない?」
「……うーん」
無理難題を突きつけられた時のように、難しそうな顔をして目を閉じたノアは
「結婚したら、そう言うね」
と無難な感じで返事をするが、アーロンはこんな理由で『アーロン様』と呼ばれていると知ったなら譲らない。
「今から」
「うーん」
「今から。ノア、お願い」
「うーん……」
ノアは目を開けてチラッとアーロンを見る。ここで勝負は決まったようなもの──────
「ノア、ね?」
じっと見つめられたノアは負けた。
「……ア、アーロン……さま!やっぱり、むり!」
この瞬間、アーロンもノアも顔を真っ赤にして固まった。
態度はすっかり自然体なのに、『アーロン様』の様までを名前のように使っていたノアなのに、いざ様を外してみると異常に恥ずかしい。
ノアは呼び捨てにしてるようなものだと言う事に同意したけれど、ノアにとって『アーロン様』は呼び捨てではなくあだ名のようなものだ。
本当に呼び捨てにしたら恥ずかしくて、思わず間を開けて「さま」をつけてしまうほどに恥ずかしい。
アーロンも、恥ずかしそうに口に出された自分の名前に、ノアの顔にすっかりやられて、恥ずかしくなって赤くなる。
「アーロン殿下の望みを叶えるには、アーロン殿下も慣れないといけませんね」
「ええ。全くその通りですね」
初な主人たちを従者は見守る。
これからくる大嵐を前に可愛い風景を愛でていよう、そんな姿であった。
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