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本編
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無事復学をした二人は、卒業のその時まで寮生活をすると決めた。
生き急いでいたような二人にそれを勧めたのは、驚くことにサシャだ。
思わぬ場所で思わぬ人と出会い、そして友情を育めるから。と。
驚くカナメに「ただし、週末は我が家に、我が家に、帰ってくるように」と言い、兄をブラコンだと思ったことが一度もない隠れブラコンと囁かれるカナメは、迷いもなくすぐさま大きく頷いた。
これでカナメの週末に、マチアスとのデートという予定は入らなくなっただろう。
それをマチアスがどう思っているか、そしてどう行動するのかは分からないところだけれど、弟のためなら不敬という言葉を頭から投げ捨てる嫌いのあるサシャだ。
マチアスが小細工を仕掛けてくれば、きっと堂々と立ち向かうに違いない。
実に、恐ろしい事である。
「さて……寮生活でもこれは変わりがないと……」
カナメが寮生活に使う部屋は、王族が寮を利用する際に使われてきた部屋の一つ。
一番警備がしやすく、セキュリティが最も高い部屋の一つだ。
王族が複数人寮生活をした時代もあり、それもあって王族のための部屋は五部屋ある。
カナメの隣の部屋はマチアスの部屋。
マチアスの朝はカナメの部屋に向かうところから始まり、その部屋で先んじて部屋を出たアルノルトと、カナメの従者であるアーネが朝食を用意してくれる。
マチアスはその間カナメの寝ている寝室へと向かい入るが、これにやましい理由などひとつもない。
カナメは非常に残念ながら、どれほど教育されようとも、どれほど注意を受けようとも、自力で起床することができず誰かが起こさないといけない。
同じ建物内にいる時は、マチアスが起こす役目を担う。
つまり、カナメが城に泊まった際は、王子殿下であるマチアスが起こしに行ったということである。
幼少期からずっと、これはマチアスの朝のお勤めであった。
「驚異的なスピードで王太子妃教育を終わらせたくせに、どうしてこれだけは治せないのだろうな」
ふわふわとカーテンが揺らぐ。そしてマチアスの鼻の頭に僅かにピリッとした痛みが走る。
「すまないが、無言の抗議をされても俺には全く理解できない。そもそも今のは抗議であっていたのだろうか?それとも『全くもってその通り』という同意であったのだろうか?君たちが何か文字にしてくれれば考えることも返事もできるのだが……この辺りはどうにかならないものなのだろうか」
これには、マチアスの髪が左右から吹いた優しい風でふわふわと揺れた。
「どうにもならないと言っているのか、それともどうにかなるだろうとこちらに望んでいるのか……さっぱり分からん。俺の髪の毛で遊んでいるのは構わないが、一応聞いておこう。俺がカナメを揺さぶり起こしても、怒らないだろうな?」
精霊相手に脅迫まがいのことを言うのもどうかと思うが、二体の精霊は気にせず、ベッドを揺らし始めた。
「なるほど……。役目を譲る気はないという自己主張と受け取ろう」
ぐわん、と揺れたベッドに驚き跳ね起きるのはカナメ。いつも通りの起こされ方である。
マチアスがいない時は、アーネが「では、お願いいたします」と頼む。
カナメ自身もそうだが、彼の周りの人間は皆、精霊の使い方を間違っているだろう。
精霊はこれでいいと思っているのか、それともちゃんと使役してほしいと思っているのか。マチアスは聞いてみたいと思っていた。
しかしもし意思の疎通が可能になった時、二体の精霊が自分たちは“神の雫”であると言い出したらまた大変なことになると、口には出さないようにしている。
起きてぼんやりしていたカナメも、しばらくすれば目も覚める。
難しそうな顔をして顔を擦り、のっそりと立ち上がった。
「おはよう」
「いい加減、自分で起きる方がいいぞ」
「でも起こしてくれるから」
「俺はもうカナメの婚約者として堂々といられるのでな、わざわざ婚約者の時間を作るために起こしにくる必要はなくなっているんだ」
「でもいいでしょ?婚姻後だってアルは起こしてくれるはず。自分で起きる必要性を、俺はあまり感じない……必要性を感じたら努力はするよ」
「どういう自信だ……王妃になろうとしているのに、この寝汚なさ……」
言葉はこれだが、マチアスの顔は案外と柔らかい。言っているほどには、深刻に思っていないのだろう。もしかしたら寝汚いなんて何とも思っていないのかもしれない。
精霊たちは何を思うかカーテンを揺らしている。
どことなく楽しそうに揺らしている気がするとマチアスが感じるのは、彼の気持ちの問題だろうか。
「俺たち、婚姻後は同じベッドでおやすみなさいするわけだから、起こしてくれてもいいじゃん?起きれる人が起きれない人を起こす。それでいいと思うよ」
へろっと言うカナメにマチアスは言う。
「なるほど。どれだけ喧嘩をしても俺と床を共にしてくれるというわけだな」
カナメから表情がごっそり抜けた。
「そのいいかた……なんだかやらしいからやめて」
「言葉は間違っていないだろう。そう言うことを想像する方がいやらしいんだ」
精霊たちの琴線に触れたのか、ベッドが揺れた。面白いと思っているのか、それともいい加減アーネを呼んで支度をしろと言っているのか、残念ながら二人には伝わらない。
「お願い、ちょっとでいいから言い方考えて。時々変な顔をする婚約者とか言われてもいいの?」
「安心しろ。カナメの顔はどんな時も美しいと思うし、ほかに思うならば愛らしいと思う。変な顔にはならない」
「なる。なります。仮にならなくても気持ちの問題。俺の精神的な問題。普通の顔を持続させる俺の精神的負担を、考えて」
「そうか……、わかった。善処しよう」
納得したカナメが満足そうに笑うと、マチアスは
「しかし、ははは……早く共に寝れるようになるといいな。今から待ち遠しい。俺たちにも蜜月をきちんと用意してくれるらしいぞ。父上と母上のそれと同じほどらしい。ゆっくりできそうだ」
再びカナメは無表情になり、絶句したのは仕方がないだろう。
(ゆっくりできそうってなに?できそうって、ゆっくりおちつてすごせるとか、そういう想像して言い訳?それともそう言う意味か!?そもそも、今、今お願いしたばっかり!!!)
それにしてもなぜ、この男は平然と顔色ひとつ変えずにこんなことを、しかも堂々と言えるのか。理解できないカナメはもう一度釘を刺すことにした。
「俺に愛されてる自信があるからって、言わなくていいこととか、言わなくていいから。俺の精神的ないろいろを考えてって言ってるの!」
しれっとした顔で「想像する方が悪いんだと思う」と言うマチアスにカナメは「もういやだ」とベッドにつっぷす。
どうにも理解してもらえていないようで、涙も出そうだ。
「すまない、泣かないでくれ」
「泣いてません!泣きそうなだけです」
ガバッと起き上がったカナメは、自分の指で目を指す。
泣いていないだろう、と言うアピールだろう。
「いつかほんとう、やりかえす」
「そうか。楽しみにしている」
笑う王太子に、婚約者はその足を思い切り踏んでやったのである。
生き急いでいたような二人にそれを勧めたのは、驚くことにサシャだ。
思わぬ場所で思わぬ人と出会い、そして友情を育めるから。と。
驚くカナメに「ただし、週末は我が家に、我が家に、帰ってくるように」と言い、兄をブラコンだと思ったことが一度もない隠れブラコンと囁かれるカナメは、迷いもなくすぐさま大きく頷いた。
これでカナメの週末に、マチアスとのデートという予定は入らなくなっただろう。
それをマチアスがどう思っているか、そしてどう行動するのかは分からないところだけれど、弟のためなら不敬という言葉を頭から投げ捨てる嫌いのあるサシャだ。
マチアスが小細工を仕掛けてくれば、きっと堂々と立ち向かうに違いない。
実に、恐ろしい事である。
「さて……寮生活でもこれは変わりがないと……」
カナメが寮生活に使う部屋は、王族が寮を利用する際に使われてきた部屋の一つ。
一番警備がしやすく、セキュリティが最も高い部屋の一つだ。
王族が複数人寮生活をした時代もあり、それもあって王族のための部屋は五部屋ある。
カナメの隣の部屋はマチアスの部屋。
マチアスの朝はカナメの部屋に向かうところから始まり、その部屋で先んじて部屋を出たアルノルトと、カナメの従者であるアーネが朝食を用意してくれる。
マチアスはその間カナメの寝ている寝室へと向かい入るが、これにやましい理由などひとつもない。
カナメは非常に残念ながら、どれほど教育されようとも、どれほど注意を受けようとも、自力で起床することができず誰かが起こさないといけない。
同じ建物内にいる時は、マチアスが起こす役目を担う。
つまり、カナメが城に泊まった際は、王子殿下であるマチアスが起こしに行ったということである。
幼少期からずっと、これはマチアスの朝のお勤めであった。
「驚異的なスピードで王太子妃教育を終わらせたくせに、どうしてこれだけは治せないのだろうな」
ふわふわとカーテンが揺らぐ。そしてマチアスの鼻の頭に僅かにピリッとした痛みが走る。
「すまないが、無言の抗議をされても俺には全く理解できない。そもそも今のは抗議であっていたのだろうか?それとも『全くもってその通り』という同意であったのだろうか?君たちが何か文字にしてくれれば考えることも返事もできるのだが……この辺りはどうにかならないものなのだろうか」
これには、マチアスの髪が左右から吹いた優しい風でふわふわと揺れた。
「どうにもならないと言っているのか、それともどうにかなるだろうとこちらに望んでいるのか……さっぱり分からん。俺の髪の毛で遊んでいるのは構わないが、一応聞いておこう。俺がカナメを揺さぶり起こしても、怒らないだろうな?」
精霊相手に脅迫まがいのことを言うのもどうかと思うが、二体の精霊は気にせず、ベッドを揺らし始めた。
「なるほど……。役目を譲る気はないという自己主張と受け取ろう」
ぐわん、と揺れたベッドに驚き跳ね起きるのはカナメ。いつも通りの起こされ方である。
マチアスがいない時は、アーネが「では、お願いいたします」と頼む。
カナメ自身もそうだが、彼の周りの人間は皆、精霊の使い方を間違っているだろう。
精霊はこれでいいと思っているのか、それともちゃんと使役してほしいと思っているのか。マチアスは聞いてみたいと思っていた。
しかしもし意思の疎通が可能になった時、二体の精霊が自分たちは“神の雫”であると言い出したらまた大変なことになると、口には出さないようにしている。
起きてぼんやりしていたカナメも、しばらくすれば目も覚める。
難しそうな顔をして顔を擦り、のっそりと立ち上がった。
「おはよう」
「いい加減、自分で起きる方がいいぞ」
「でも起こしてくれるから」
「俺はもうカナメの婚約者として堂々といられるのでな、わざわざ婚約者の時間を作るために起こしにくる必要はなくなっているんだ」
「でもいいでしょ?婚姻後だってアルは起こしてくれるはず。自分で起きる必要性を、俺はあまり感じない……必要性を感じたら努力はするよ」
「どういう自信だ……王妃になろうとしているのに、この寝汚なさ……」
言葉はこれだが、マチアスの顔は案外と柔らかい。言っているほどには、深刻に思っていないのだろう。もしかしたら寝汚いなんて何とも思っていないのかもしれない。
精霊たちは何を思うかカーテンを揺らしている。
どことなく楽しそうに揺らしている気がするとマチアスが感じるのは、彼の気持ちの問題だろうか。
「俺たち、婚姻後は同じベッドでおやすみなさいするわけだから、起こしてくれてもいいじゃん?起きれる人が起きれない人を起こす。それでいいと思うよ」
へろっと言うカナメにマチアスは言う。
「なるほど。どれだけ喧嘩をしても俺と床を共にしてくれるというわけだな」
カナメから表情がごっそり抜けた。
「そのいいかた……なんだかやらしいからやめて」
「言葉は間違っていないだろう。そう言うことを想像する方がいやらしいんだ」
精霊たちの琴線に触れたのか、ベッドが揺れた。面白いと思っているのか、それともいい加減アーネを呼んで支度をしろと言っているのか、残念ながら二人には伝わらない。
「お願い、ちょっとでいいから言い方考えて。時々変な顔をする婚約者とか言われてもいいの?」
「安心しろ。カナメの顔はどんな時も美しいと思うし、ほかに思うならば愛らしいと思う。変な顔にはならない」
「なる。なります。仮にならなくても気持ちの問題。俺の精神的な問題。普通の顔を持続させる俺の精神的負担を、考えて」
「そうか……、わかった。善処しよう」
納得したカナメが満足そうに笑うと、マチアスは
「しかし、ははは……早く共に寝れるようになるといいな。今から待ち遠しい。俺たちにも蜜月をきちんと用意してくれるらしいぞ。父上と母上のそれと同じほどらしい。ゆっくりできそうだ」
再びカナメは無表情になり、絶句したのは仕方がないだろう。
(ゆっくりできそうってなに?できそうって、ゆっくりおちつてすごせるとか、そういう想像して言い訳?それともそう言う意味か!?そもそも、今、今お願いしたばっかり!!!)
それにしてもなぜ、この男は平然と顔色ひとつ変えずにこんなことを、しかも堂々と言えるのか。理解できないカナメはもう一度釘を刺すことにした。
「俺に愛されてる自信があるからって、言わなくていいこととか、言わなくていいから。俺の精神的ないろいろを考えてって言ってるの!」
しれっとした顔で「想像する方が悪いんだと思う」と言うマチアスにカナメは「もういやだ」とベッドにつっぷす。
どうにも理解してもらえていないようで、涙も出そうだ。
「すまない、泣かないでくれ」
「泣いてません!泣きそうなだけです」
ガバッと起き上がったカナメは、自分の指で目を指す。
泣いていないだろう、と言うアピールだろう。
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