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本編
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愛されていると知っていた。
けれどそれをこれほどまでに感じる事ができる様になったのは、あの日からだ。
そう、カナメは思う。
あの日──────
自分が誰よりも自分を信じていないのだと、誰よりも自分自身の努力をないものの様に見ていなかったと自覚した日。
そして、自分を愛し信じ認めてくれる人たちを信じる勇気を持とうと思ったあの日。
それからカナメは随分と世界が違って見えた。
きっとマチアスに言えば「だからどうしてサシャに……」と言うのだろうけれど、彼は初めて家族に恐怖を吐露したのだ。
まずはサシャに、そして両親に。
これまで感じていた恐怖も不安も、カナメは初めて吐き出した。
今までのカナメであれば、吐き出した最後に何を言っただろう。
「逃げたいなあ」と戯けて言ったのだろうか。
それとも「でも頑張れるから大丈夫」とでも言っただろうか。
けれども彼はもう違う。変わったのだ。
「辛くなったら、助けてくれる?ちょっと苦しくて今離れたいなって思ったら、俺のこと、アル様から隠してくれる?」
なんて、ちょっと冗談めかして言ってみせた。
きっと隠してなんて本当のところ、そんな状況になったってカナメは口に出したりしないだろうけれど、この件においてカナメは初めて「助けてくれる?」と自ら聞いたのである。
デボラは「逃走先はお祖父様のところにしましょうね。絶対にそれがいいわ」などと言い、カナメは「え!ひいおじいちゃんのところ?行きたい!」なんて言って。
シルヴェストルは隣で「もっと確実に逃げ切る場所を探さないといけない」などと言うサシャに顔を引き攣らせて。
最後には「でも大丈夫。俺、苦しくて辛くなったらその前にね、泣いて喚こうと思うんだ。だってここならそれしたって大丈夫だもん。ただ1日くらい門番さんに『いやあ、カナメ様は奥様のご実家の方へお出かけになっていてーええと、お戻りは明日でしょうかねえ』とか嘘ついてもらう方向なだけで」と笑って、みんなで「それは門番が可哀想だね」と言いながら笑った。
一度笑ったら今度は意味もなく笑いが止まらなかった。
みんなで苦しくなるほど笑って、みんなで泣いた。
その時カナメは感じたのだ。
ああ、自分はこんなにも家族に愛されていたんだと。
こんなにも自分は愛されていて、自分の努力を公平に見て認めてくれ、自分のことを何より心配し、見守り続けてくれていたのだと。
「アル様ばっかり頑張ってるのが目立ちそうだし……俺も何かしたいけど、でも俺、目立つのも好きじゃないし、今以上に『まあ、ウェコー男爵よ』みたいになるのも……本当勘弁してって思うし……どうしたものだろう?そもそも、こんなにも王妃に向かなかった人って史上初だと思う。きっと歴史書にもそうやって書かれちゃってさ、俺、死んだ後に変な意味で目立つんだろうな……。それもいやだなあ……」
真顔で言ってのけたカナメにシルヴェストルは微笑み、サシャは「お前以上に王妃に相応しい人物はいない。いっそ国王になってもいいくらいだ」なんてとんでもない発言をして、デボラが「……そうね。カナメはわたくしとそっくりなんですもの。でもそういう王妃殿下でもいいと思うわ。きっと」と心配そうに眉を寄せた。
心配そうな顔をした麗しき社交界の白薔薇の頬には、レースのカーテンを通り抜けた、柔らかい太陽の光が当たる。
綺麗なサロンを美しいと思えたのは、ここのいる全員にとって久方振りのことであったろう。
それほどまでにあの日──────、カナメが王太子妃になるのだと決まったあの日から、この家にはピリピリとした空気が、鋭い緊張感の様なものが走っていて、誰もが笑顔でいるのに誰もが笑顔ではなかった。
長男サシャの王家をなんとも思っていない発言にシルヴェストルは額を撫で、サシャの発言に「お兄様、不敬ッ!」と言っているカナメだけれど顔はなんだかやっぱり嬉しそうで、デボラは「どうしてサシャはこう育ったのかしら?誰の血なのかしら?カナメはわかりやすいんだけれども……」と首を傾げる様子がある。
サシャは、勝手にシルヴェストルの菓子の皿を取り上げてデボラとカナメの皿に移してしまうのだっていつもの光景で、デボラがこっそりシルヴェストルの方へ自分の皿を押しやるのもいつもの光景。
増えた皿の上の菓子に目を輝かせて「お兄様ありがとう」なんて言って「それはわたしの分だったんだが……」と呟くシルヴェストルに「父上は健康に気を遣わなければいけない年でございましょう」などと言うサシャ。
サロンの中が酷く暖かい。
退室するなんてできないほどに、心地が良くてたまらない。
──────俺はもう、絶対に忘れない。俺を暖かく包み込んでくれる空間を作り、支えてくれ愛してくれる人たちの想いを。絶対に。
カナメの笑顔が弾ければ、空からはバラバラと果物の形の氷が降ってくる。
テーブルに勢いよく落ちてくるものもあれば、床にバラバラと落ちてくるものもある。
けれども狙い澄ましたかの様に、どれも彼らには当たる事はない。
カナメはイチゴの形の氷を、人差し指と親指で摘むと窓から入ってくる光にかざした。
「綺麗。きらきら輝いてる」
この光景を家族四人以外で唯一で見ていたカナメの従者のアーネと、彼の一つ年上の実兄でサシャの従者であるヨーセフは顔を見合わせ嬉しそうに微笑んだ。
まだまだ苦難はあるだろう。
けれどもようやく愛されている次男が笑顔になった。こんなにも嬉しいことはない。
「抑え気味のブラコンのサシャ様もまあらしいなと思いましたが、やはりサシャ様は飛び抜けたブラコンで頂かないといけませんからねえ」
「いえ、そう言う問題ではなくて……え?抑え気味のブラコン……?兄上、どう言う意味ですか?」
「そうでしょう?今まではカナメ様とついでに王太子殿下を思い行動していたブラコンのサシャ様でした。これは抑え気味でしょう。理性がかなり働いています。ですが自然体であるブラコンのサシャ様はカナメ様のみを思い行動されますから。サシャ様が実に自然体としていられる事に安堵と喜びを感じるのです。従者として当然でしょう」
「……兄上の当然が、私にはちょっとわからない方向にぶっ飛んでいますが?」
「おや!よく考えなさい。いいですか?カナメ様はあの通りの方ですし、それが良いところでありお可愛らしいところです。あの良さをなくすなんて事があってはなりません。ですので、サシャ様がブラコンになったのはもう必然。朝になれば太陽が上り、夜になれば月が出る。これと同じく当然のこと。サシャ様はいつもの通りのブラコンでいられた方がサシャ様にとって良いことであり、ひいてはカナメ様のためにもなるのです」
「どうしよう……!!兄上の言っていることの五割も理解できない……!!」
「アーネは時々お馬鹿さんですね」
「理解できて当然なんて、そんなことありませんからね!?」
サロンの出入り口に控えた兄弟の会話を、ちゃんと耳に入れたシルヴェストルが
(ヨーセフもアーネも、いつもに戻れて良かった)
なんて思いながら微笑んでいるところまでが、実は“いつも”である。
それでもサロンで暖かい空気に包まれている全員は分かっている。
今までのいつもとこれからのいつもは確実に変わる部分があるのだと。
それでも彼らは──────いや、カナメは大丈夫だろう。
もう彼は彼らの思いも愛情も決して見ないことをしない。
その両の目で、耳で、口で、そして心で、彼らの想い感じ信じることを覚えたのだから。
余談だが。
これ以上目立つなんて無理、なんて言っていたカナメだがこの後母の活動を手伝うようになる。
社交界の白薔薇の隣で、母譲りの美しい色の髪に光を反射し人を助けるその様を見て、ひっそりと
──────六華──結晶が六角形であるところから雪の別名になっている──の聖人様の様だ。
なんて言われてしまう様になるのだけれど、カナメはそれを随分後になってから知ることになる。
『六華の聖人様』というのは実在の人物で、遠い昔、死の土地となった場所を巡り、命を削ってまで祈りを捧げ死の土地を甦らせた偉人である。
この『六華の聖人様』は光の加減で時折色を変える美しい白銀の髪を持っていて、カナメの髪を、そして迫害を受けたものに手を差し伸べるカナメの姿に『六華の聖人様』を重ねたものがそう言い出したそうだ。
婚姻後しばらくしてから、自分が『トリベールの六華様』と呼ばれていると知ったカナメの様子は想像に硬いと思うが、あえてここに書いておく。
「どうして……そうなった?俺、歴史書にはなんかこう、さらっと書いてもらえるくらいでよかったのに……!!俺、そういうのはあれひとつで十分間に合ってるのに。なんでそうやって俺の気持ちを無視してあっちこっち……。ああ……なんだか色々書かれる気がして、死ぬのが怖い……!」
『そういうのはあれひとつ』はまた終わりの方で紹介するとして、この時のカナメはそう言った後、魂が抜け落ちてしまった様な顔をして座り込んだそうだ。
その時、部屋には可愛い形の氷が落ちてきたとかなんとか。
けれどそれをこれほどまでに感じる事ができる様になったのは、あの日からだ。
そう、カナメは思う。
あの日──────
自分が誰よりも自分を信じていないのだと、誰よりも自分自身の努力をないものの様に見ていなかったと自覚した日。
そして、自分を愛し信じ認めてくれる人たちを信じる勇気を持とうと思ったあの日。
それからカナメは随分と世界が違って見えた。
きっとマチアスに言えば「だからどうしてサシャに……」と言うのだろうけれど、彼は初めて家族に恐怖を吐露したのだ。
まずはサシャに、そして両親に。
これまで感じていた恐怖も不安も、カナメは初めて吐き出した。
今までのカナメであれば、吐き出した最後に何を言っただろう。
「逃げたいなあ」と戯けて言ったのだろうか。
それとも「でも頑張れるから大丈夫」とでも言っただろうか。
けれども彼はもう違う。変わったのだ。
「辛くなったら、助けてくれる?ちょっと苦しくて今離れたいなって思ったら、俺のこと、アル様から隠してくれる?」
なんて、ちょっと冗談めかして言ってみせた。
きっと隠してなんて本当のところ、そんな状況になったってカナメは口に出したりしないだろうけれど、この件においてカナメは初めて「助けてくれる?」と自ら聞いたのである。
デボラは「逃走先はお祖父様のところにしましょうね。絶対にそれがいいわ」などと言い、カナメは「え!ひいおじいちゃんのところ?行きたい!」なんて言って。
シルヴェストルは隣で「もっと確実に逃げ切る場所を探さないといけない」などと言うサシャに顔を引き攣らせて。
最後には「でも大丈夫。俺、苦しくて辛くなったらその前にね、泣いて喚こうと思うんだ。だってここならそれしたって大丈夫だもん。ただ1日くらい門番さんに『いやあ、カナメ様は奥様のご実家の方へお出かけになっていてーええと、お戻りは明日でしょうかねえ』とか嘘ついてもらう方向なだけで」と笑って、みんなで「それは門番が可哀想だね」と言いながら笑った。
一度笑ったら今度は意味もなく笑いが止まらなかった。
みんなで苦しくなるほど笑って、みんなで泣いた。
その時カナメは感じたのだ。
ああ、自分はこんなにも家族に愛されていたんだと。
こんなにも自分は愛されていて、自分の努力を公平に見て認めてくれ、自分のことを何より心配し、見守り続けてくれていたのだと。
「アル様ばっかり頑張ってるのが目立ちそうだし……俺も何かしたいけど、でも俺、目立つのも好きじゃないし、今以上に『まあ、ウェコー男爵よ』みたいになるのも……本当勘弁してって思うし……どうしたものだろう?そもそも、こんなにも王妃に向かなかった人って史上初だと思う。きっと歴史書にもそうやって書かれちゃってさ、俺、死んだ後に変な意味で目立つんだろうな……。それもいやだなあ……」
真顔で言ってのけたカナメにシルヴェストルは微笑み、サシャは「お前以上に王妃に相応しい人物はいない。いっそ国王になってもいいくらいだ」なんてとんでもない発言をして、デボラが「……そうね。カナメはわたくしとそっくりなんですもの。でもそういう王妃殿下でもいいと思うわ。きっと」と心配そうに眉を寄せた。
心配そうな顔をした麗しき社交界の白薔薇の頬には、レースのカーテンを通り抜けた、柔らかい太陽の光が当たる。
綺麗なサロンを美しいと思えたのは、ここのいる全員にとって久方振りのことであったろう。
それほどまでにあの日──────、カナメが王太子妃になるのだと決まったあの日から、この家にはピリピリとした空気が、鋭い緊張感の様なものが走っていて、誰もが笑顔でいるのに誰もが笑顔ではなかった。
長男サシャの王家をなんとも思っていない発言にシルヴェストルは額を撫で、サシャの発言に「お兄様、不敬ッ!」と言っているカナメだけれど顔はなんだかやっぱり嬉しそうで、デボラは「どうしてサシャはこう育ったのかしら?誰の血なのかしら?カナメはわかりやすいんだけれども……」と首を傾げる様子がある。
サシャは、勝手にシルヴェストルの菓子の皿を取り上げてデボラとカナメの皿に移してしまうのだっていつもの光景で、デボラがこっそりシルヴェストルの方へ自分の皿を押しやるのもいつもの光景。
増えた皿の上の菓子に目を輝かせて「お兄様ありがとう」なんて言って「それはわたしの分だったんだが……」と呟くシルヴェストルに「父上は健康に気を遣わなければいけない年でございましょう」などと言うサシャ。
サロンの中が酷く暖かい。
退室するなんてできないほどに、心地が良くてたまらない。
──────俺はもう、絶対に忘れない。俺を暖かく包み込んでくれる空間を作り、支えてくれ愛してくれる人たちの想いを。絶対に。
カナメの笑顔が弾ければ、空からはバラバラと果物の形の氷が降ってくる。
テーブルに勢いよく落ちてくるものもあれば、床にバラバラと落ちてくるものもある。
けれども狙い澄ましたかの様に、どれも彼らには当たる事はない。
カナメはイチゴの形の氷を、人差し指と親指で摘むと窓から入ってくる光にかざした。
「綺麗。きらきら輝いてる」
この光景を家族四人以外で唯一で見ていたカナメの従者のアーネと、彼の一つ年上の実兄でサシャの従者であるヨーセフは顔を見合わせ嬉しそうに微笑んだ。
まだまだ苦難はあるだろう。
けれどもようやく愛されている次男が笑顔になった。こんなにも嬉しいことはない。
「抑え気味のブラコンのサシャ様もまあらしいなと思いましたが、やはりサシャ様は飛び抜けたブラコンで頂かないといけませんからねえ」
「いえ、そう言う問題ではなくて……え?抑え気味のブラコン……?兄上、どう言う意味ですか?」
「そうでしょう?今まではカナメ様とついでに王太子殿下を思い行動していたブラコンのサシャ様でした。これは抑え気味でしょう。理性がかなり働いています。ですが自然体であるブラコンのサシャ様はカナメ様のみを思い行動されますから。サシャ様が実に自然体としていられる事に安堵と喜びを感じるのです。従者として当然でしょう」
「……兄上の当然が、私にはちょっとわからない方向にぶっ飛んでいますが?」
「おや!よく考えなさい。いいですか?カナメ様はあの通りの方ですし、それが良いところでありお可愛らしいところです。あの良さをなくすなんて事があってはなりません。ですので、サシャ様がブラコンになったのはもう必然。朝になれば太陽が上り、夜になれば月が出る。これと同じく当然のこと。サシャ様はいつもの通りのブラコンでいられた方がサシャ様にとって良いことであり、ひいてはカナメ様のためにもなるのです」
「どうしよう……!!兄上の言っていることの五割も理解できない……!!」
「アーネは時々お馬鹿さんですね」
「理解できて当然なんて、そんなことありませんからね!?」
サロンの出入り口に控えた兄弟の会話を、ちゃんと耳に入れたシルヴェストルが
(ヨーセフもアーネも、いつもに戻れて良かった)
なんて思いながら微笑んでいるところまでが、実は“いつも”である。
それでもサロンで暖かい空気に包まれている全員は分かっている。
今までのいつもとこれからのいつもは確実に変わる部分があるのだと。
それでも彼らは──────いや、カナメは大丈夫だろう。
もう彼は彼らの思いも愛情も決して見ないことをしない。
その両の目で、耳で、口で、そして心で、彼らの想い感じ信じることを覚えたのだから。
余談だが。
これ以上目立つなんて無理、なんて言っていたカナメだがこの後母の活動を手伝うようになる。
社交界の白薔薇の隣で、母譲りの美しい色の髪に光を反射し人を助けるその様を見て、ひっそりと
──────六華──結晶が六角形であるところから雪の別名になっている──の聖人様の様だ。
なんて言われてしまう様になるのだけれど、カナメはそれを随分後になってから知ることになる。
『六華の聖人様』というのは実在の人物で、遠い昔、死の土地となった場所を巡り、命を削ってまで祈りを捧げ死の土地を甦らせた偉人である。
この『六華の聖人様』は光の加減で時折色を変える美しい白銀の髪を持っていて、カナメの髪を、そして迫害を受けたものに手を差し伸べるカナメの姿に『六華の聖人様』を重ねたものがそう言い出したそうだ。
婚姻後しばらくしてから、自分が『トリベールの六華様』と呼ばれていると知ったカナメの様子は想像に硬いと思うが、あえてここに書いておく。
「どうして……そうなった?俺、歴史書にはなんかこう、さらっと書いてもらえるくらいでよかったのに……!!俺、そういうのはあれひとつで十分間に合ってるのに。なんでそうやって俺の気持ちを無視してあっちこっち……。ああ……なんだか色々書かれる気がして、死ぬのが怖い……!」
『そういうのはあれひとつ』はまた終わりの方で紹介するとして、この時のカナメはそう言った後、魂が抜け落ちてしまった様な顔をして座り込んだそうだ。
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