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本編
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一方、始まりの合図がされた舞踏会ではマチアスから少し離れた場所で、ロドルフの隣に立つアーロンに、マチアスとロドルフが──示し合わせたわけではなく、お互い言わずとも意見が一致し──目をつけた貴族が挨拶に来ていた。
本来ならば爵位順であったのだが“次世代の交流”という名目であったので、そのあたりは招待客の品性に任せたのである。
マチアスは
(これは不用品かどうかを分ける作業を、アーロンを借りてしようとしているのでは?父上、アーロンは“不用品発見機”ではありませんよ。父上、友好国の王太子にさせるなんていくらなんでも失礼だ、が……、アーロン?アーロン!?君もどうして嬉々として発見機の役割をしているんだ。君は王太子で発見機ではないだろう。どうして嬉しそうなんだ!!君のプライドはどこへいったんだ!!王太子になったのだろう?君はいつだってそうやって……プライドを……君の背中には国というものが乗っているんだぞ!ああ、誰か)
と父と友人の姿に頭を痛めている。王妃は無言、しかし笑顔だ。
自国にいれば女王になっていたはずの女傑、とまで言われた母でありこの国の王妃ステファニーの美しい笑顔を視界の端に入れたマチアスは引いている。
この笑顔で何を今考えているのか。どうしてアーロンの婚約者を自分の横から逃さないのか。
どんなに現実逃避したいことが起きても、この意味を考えるのだけは嫌だとマチアスに思わせる迫力の美しさだ。
マチアスに発見機呼ばわりされたアーロンだが、息子を思うロドルフの“企み”に気がつき──こんなアーロンだが、それくらいはちゃんと察せるのである──友人を助けようという気持ちで嬉々としてロドルフに協力している。
ロドルフは最初からこれをしようと企んでいたのだろう。なにせ「慮外なこと言ってきた相手には、相手の爵位も何も気にせず、“アーロンが思うまま”に言い返してくれて構わない。むしろそんなことを、友好国の王太子にしでかす相手は処罰されて相当なのだからな」なんて提案しているのだ。
そこで行われたこの国王立案の企画。友人のためなら人肌脱ごうと思う。
けれども、まだ若いのか。
残念ながら、友人のためだと冷静でいられたのはわずかな時間だけであった。
この国の不文律に囚われた当主たちは、ノアが子供を産めると知っていながら娘や親族の娘たちをアーロンに薦めるのだ。
にっこり笑って対応するにも、そして言葉を選んでやるのも、“考えも若々しくノアを愛しすぎている”アーロンには無理だった。
仮にマチアスのような性格であれば最後まで役目を全うしたかもしれないが、アーロンの性格では難しかったのだろう。
我慢ならぬと思ったアーロンは言った。自分に側妃を進めようとするものたちに聞こえるように
「なるほど……我が国では側妃の制度がないと知って薦めてくると言うことは、我が国の法律を軽んじていることだと思ってよろしいか?それとも、我が国の法を変えるだけの力があると、私を脅迫していると捉えてよろしいか?」
いつもの、どちらかと言えば柔らかいと言われるだろう顔なんてどこにも見当たらない表情に、遠くからこれを見ていたカナメは息を呑んだ。
アーロンはいつも「ノアは可愛い」とニコニコしている姿ばかりで、王太子としての姿を見ても、そう今先ほどまでだってまさにいつもの様子だったのだ。
マチアスが『美丈夫が服を着て歩いている』と表現するのであれば、アーロンは『優男──優美な男の意味で──が服を着て歩いている』と表現できる。
権力を我が物にしたいものが、その優男のアーロンが柔らかい表情を湛えているのを見ていると、柔弱な男に見えてしまったのだろう。
父王のそばを離れた若き王太子はその程度に違いないと、欲に目が眩んだ人間はそう見たのだ。権力に目が眩み、そう見えたに違いない。
王太子となる男がそんな男であるはずがないのに。
アーロンは言葉を失った男たちをぐるりと見渡し、この中で一番権力があると見えた男を見つけてうっそりと笑う。
「私の婚約者が、多くの女性と同じく命をかけ子を産むと、知っていての発言だと受け取ろう。その覚悟をする我が婚約者を愛おしく思う私に、そのようなことを堂々と、しかもこのような場で言えるとはいやいやなかなか、豪胆でいらっしゃる」
王妃の隣でこの国の婦人たちに紹介を受けていたノアは、ようやく王妃から許可が出てアーロンの隣に立つ。
「素敵な出会いがあってよかったですね」
「全くだ。これを運命というのかな?」
「それはすばらしいことですね!」
蜘蛛の子を散らすように去っていく男たちの醜態を、ノアはニコニコと見送った。その笑顔で見送る姿の恐ろしさに、背筋がゾッとしたものもいるだろう。
周りがすっかり片付いたのを“ご機嫌”で見ていたのはロドルフも同じ。
「いやいや、これはハミギャの次代も安心ですなあ」
わざとらしい発言をしたロドルフの背には、王妃の絶対零度の視線が突き刺さっている。
どうやら王妃は空気を読んでノアを自分のもとにおいていただけで、この企画は国王独断での行動だった様だ。
(そうか……母上はこれの“賛同者”ではなかったのか……。なんてことだ……父上、これはあとで大変なことになるじゃないか)
夫婦喧嘩を想像して二人から目を逸らしたマチアスは、自分と目が合ったアーロンがいつもの顔で笑うのを見て、参ったと言いたげに首を振った。
ああ、まいったと。彼は見つけてしまったのだ。
アーロンのあの王太子の、のちの国王となる姿は、たしかにアーロンだったのをマチアスは今、すぐそばで見ていたのだ。
そう、アーロンはマチアスの知る彼のままで、今の場所に立っていたのだ。
マチアスの中で、“理想の国王”は自分の弟であった。
だから理想の王になろうと、それを胸に刻みそうあろうと思い王太子教育に挑んでいた。
そういう国王になろうと、それに重きを置いていたのだ。
しかし今の様子を見て感じたのは違う。
自分が、自分の理想と考えていた国王になっては、何もできないのだと。
自分にはそんな器用な真似は決してできないと知りながら、自分の形を理想の形に成形して王になろうという努力をした。
そんな形で王となったとしても、結局いつかは無理が祟って壊れていく。
自分として国王にならなければ、結局は同じ。今と同じで何もできない。守れない、戦えない。そんな人間になるのだとマチアスはそう認めた。
カナメを守ると言いながら、自分は理想の王というものしか見ずに自分で王になることを半ば放棄していたのだと。
たしかにそうだ。
アーロンの言う通り、自分の周りには自分が思うよりももっと多く、利用してくれと言ってくれる味方がいる。
──────俺は、何を見ていたのだろう。
自分にとっての理想の王になれるエティエンヌはいつだって「僕にとっては、兄上が理想の王です」と言ってくれていたのに、何に目が曇っていたのか。
(それに、何も恥ずべきことではないじゃないか……)
自分が乗り越えなければと思う何かがある時、何かを成そうとする時、人に頼ったり協力を仰ぐ人もいる。多くの場合はそうかもしれない。
しかしマチアスはそういう男ではなかった。
自分が乗り越えるものは、自分が果たそうとする事は、自分の力だけでやらなければいけないのだと。それが当然であるとどうしてか思い過ごしていた。
けれどアーロンを、そして隣で自分を見ているエティエンヌ、父と母、そしてカナメやその家族の気持ちを素直に受け止められた今、そうではないとストンと自分の胸に落ちてきた。
エティエンヌは「兄上は、兄上の良さがあります!兄上の国王としてのお姿で、王座に座るべきなのです」と何度も言っていたのに、そして自分を支えてくれる人たちが力を貸してくれると、協力すると言っていたのに、それをどうして自分は軽く捉えていたのだろう。
受け取ると自分ではなくなると、どうして頑なに思っていたのだろう。
どうして理想の王にならなければいけないと頑なに信じていたのか。自分にはなれないからこそ、それがとても素晴らしく感じていたのだろうか。
焦りか、不安か、それとも恐怖か。
自分が弱くなると思っていたのか。
マチアス自身原因はまったくもって不明だけれど、今、パッと目の前が晴れた気がした。
隣には自分を見ている弟がいる。マチアスは前を見ながら言った。
可愛い弟には随分と心配をかけただろう。その気持ちを目一杯込めて
「エティ、感謝する」
首を傾げたエティエンヌは不思議そうにしながらも、ハッとして「うん」と嬉しそうに笑う。
いつもなら、「うん、ではないだろう?」と言うマチアスは本日不在だ。
エティエンヌは気がついたのだろう。自分が尊敬する兄が、自分の敬愛する兄の姿で王座に座ると決めたと。
眩しそうに兄を見上げるエティエンヌの顔は、この会場で誰よりも嬉しそうに輝いていた。
本来ならば爵位順であったのだが“次世代の交流”という名目であったので、そのあたりは招待客の品性に任せたのである。
マチアスは
(これは不用品かどうかを分ける作業を、アーロンを借りてしようとしているのでは?父上、アーロンは“不用品発見機”ではありませんよ。父上、友好国の王太子にさせるなんていくらなんでも失礼だ、が……、アーロン?アーロン!?君もどうして嬉々として発見機の役割をしているんだ。君は王太子で発見機ではないだろう。どうして嬉しそうなんだ!!君のプライドはどこへいったんだ!!王太子になったのだろう?君はいつだってそうやって……プライドを……君の背中には国というものが乗っているんだぞ!ああ、誰か)
と父と友人の姿に頭を痛めている。王妃は無言、しかし笑顔だ。
自国にいれば女王になっていたはずの女傑、とまで言われた母でありこの国の王妃ステファニーの美しい笑顔を視界の端に入れたマチアスは引いている。
この笑顔で何を今考えているのか。どうしてアーロンの婚約者を自分の横から逃さないのか。
どんなに現実逃避したいことが起きても、この意味を考えるのだけは嫌だとマチアスに思わせる迫力の美しさだ。
マチアスに発見機呼ばわりされたアーロンだが、息子を思うロドルフの“企み”に気がつき──こんなアーロンだが、それくらいはちゃんと察せるのである──友人を助けようという気持ちで嬉々としてロドルフに協力している。
ロドルフは最初からこれをしようと企んでいたのだろう。なにせ「慮外なこと言ってきた相手には、相手の爵位も何も気にせず、“アーロンが思うまま”に言い返してくれて構わない。むしろそんなことを、友好国の王太子にしでかす相手は処罰されて相当なのだからな」なんて提案しているのだ。
そこで行われたこの国王立案の企画。友人のためなら人肌脱ごうと思う。
けれども、まだ若いのか。
残念ながら、友人のためだと冷静でいられたのはわずかな時間だけであった。
この国の不文律に囚われた当主たちは、ノアが子供を産めると知っていながら娘や親族の娘たちをアーロンに薦めるのだ。
にっこり笑って対応するにも、そして言葉を選んでやるのも、“考えも若々しくノアを愛しすぎている”アーロンには無理だった。
仮にマチアスのような性格であれば最後まで役目を全うしたかもしれないが、アーロンの性格では難しかったのだろう。
我慢ならぬと思ったアーロンは言った。自分に側妃を進めようとするものたちに聞こえるように
「なるほど……我が国では側妃の制度がないと知って薦めてくると言うことは、我が国の法律を軽んじていることだと思ってよろしいか?それとも、我が国の法を変えるだけの力があると、私を脅迫していると捉えてよろしいか?」
いつもの、どちらかと言えば柔らかいと言われるだろう顔なんてどこにも見当たらない表情に、遠くからこれを見ていたカナメは息を呑んだ。
アーロンはいつも「ノアは可愛い」とニコニコしている姿ばかりで、王太子としての姿を見ても、そう今先ほどまでだってまさにいつもの様子だったのだ。
マチアスが『美丈夫が服を着て歩いている』と表現するのであれば、アーロンは『優男──優美な男の意味で──が服を着て歩いている』と表現できる。
権力を我が物にしたいものが、その優男のアーロンが柔らかい表情を湛えているのを見ていると、柔弱な男に見えてしまったのだろう。
父王のそばを離れた若き王太子はその程度に違いないと、欲に目が眩んだ人間はそう見たのだ。権力に目が眩み、そう見えたに違いない。
王太子となる男がそんな男であるはずがないのに。
アーロンは言葉を失った男たちをぐるりと見渡し、この中で一番権力があると見えた男を見つけてうっそりと笑う。
「私の婚約者が、多くの女性と同じく命をかけ子を産むと、知っていての発言だと受け取ろう。その覚悟をする我が婚約者を愛おしく思う私に、そのようなことを堂々と、しかもこのような場で言えるとはいやいやなかなか、豪胆でいらっしゃる」
王妃の隣でこの国の婦人たちに紹介を受けていたノアは、ようやく王妃から許可が出てアーロンの隣に立つ。
「素敵な出会いがあってよかったですね」
「全くだ。これを運命というのかな?」
「それはすばらしいことですね!」
蜘蛛の子を散らすように去っていく男たちの醜態を、ノアはニコニコと見送った。その笑顔で見送る姿の恐ろしさに、背筋がゾッとしたものもいるだろう。
周りがすっかり片付いたのを“ご機嫌”で見ていたのはロドルフも同じ。
「いやいや、これはハミギャの次代も安心ですなあ」
わざとらしい発言をしたロドルフの背には、王妃の絶対零度の視線が突き刺さっている。
どうやら王妃は空気を読んでノアを自分のもとにおいていただけで、この企画は国王独断での行動だった様だ。
(そうか……母上はこれの“賛同者”ではなかったのか……。なんてことだ……父上、これはあとで大変なことになるじゃないか)
夫婦喧嘩を想像して二人から目を逸らしたマチアスは、自分と目が合ったアーロンがいつもの顔で笑うのを見て、参ったと言いたげに首を振った。
ああ、まいったと。彼は見つけてしまったのだ。
アーロンのあの王太子の、のちの国王となる姿は、たしかにアーロンだったのをマチアスは今、すぐそばで見ていたのだ。
そう、アーロンはマチアスの知る彼のままで、今の場所に立っていたのだ。
マチアスの中で、“理想の国王”は自分の弟であった。
だから理想の王になろうと、それを胸に刻みそうあろうと思い王太子教育に挑んでいた。
そういう国王になろうと、それに重きを置いていたのだ。
しかし今の様子を見て感じたのは違う。
自分が、自分の理想と考えていた国王になっては、何もできないのだと。
自分にはそんな器用な真似は決してできないと知りながら、自分の形を理想の形に成形して王になろうという努力をした。
そんな形で王となったとしても、結局いつかは無理が祟って壊れていく。
自分として国王にならなければ、結局は同じ。今と同じで何もできない。守れない、戦えない。そんな人間になるのだとマチアスはそう認めた。
カナメを守ると言いながら、自分は理想の王というものしか見ずに自分で王になることを半ば放棄していたのだと。
たしかにそうだ。
アーロンの言う通り、自分の周りには自分が思うよりももっと多く、利用してくれと言ってくれる味方がいる。
──────俺は、何を見ていたのだろう。
自分にとっての理想の王になれるエティエンヌはいつだって「僕にとっては、兄上が理想の王です」と言ってくれていたのに、何に目が曇っていたのか。
(それに、何も恥ずべきことではないじゃないか……)
自分が乗り越えなければと思う何かがある時、何かを成そうとする時、人に頼ったり協力を仰ぐ人もいる。多くの場合はそうかもしれない。
しかしマチアスはそういう男ではなかった。
自分が乗り越えるものは、自分が果たそうとする事は、自分の力だけでやらなければいけないのだと。それが当然であるとどうしてか思い過ごしていた。
けれどアーロンを、そして隣で自分を見ているエティエンヌ、父と母、そしてカナメやその家族の気持ちを素直に受け止められた今、そうではないとストンと自分の胸に落ちてきた。
エティエンヌは「兄上は、兄上の良さがあります!兄上の国王としてのお姿で、王座に座るべきなのです」と何度も言っていたのに、そして自分を支えてくれる人たちが力を貸してくれると、協力すると言っていたのに、それをどうして自分は軽く捉えていたのだろう。
受け取ると自分ではなくなると、どうして頑なに思っていたのだろう。
どうして理想の王にならなければいけないと頑なに信じていたのか。自分にはなれないからこそ、それがとても素晴らしく感じていたのだろうか。
焦りか、不安か、それとも恐怖か。
自分が弱くなると思っていたのか。
マチアス自身原因はまったくもって不明だけれど、今、パッと目の前が晴れた気がした。
隣には自分を見ている弟がいる。マチアスは前を見ながら言った。
可愛い弟には随分と心配をかけただろう。その気持ちを目一杯込めて
「エティ、感謝する」
首を傾げたエティエンヌは不思議そうにしながらも、ハッとして「うん」と嬉しそうに笑う。
いつもなら、「うん、ではないだろう?」と言うマチアスは本日不在だ。
エティエンヌは気がついたのだろう。自分が尊敬する兄が、自分の敬愛する兄の姿で王座に座ると決めたと。
眩しそうに兄を見上げるエティエンヌの顔は、この会場で誰よりも嬉しそうに輝いていた。
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