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本編

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それぞれの婚約者同士が、お互いに話した事を共有した。
もちろんお互い聞いた事を──もちろん話して問題のない範囲で──だ。
離宮に戻ったアーロンは
「マチアスはとにかく真面目で、あと頑固なのかなあ。本人は不器用だって言い張るんだけど、不器用とも言い難いと思ってるんだよね。不器用っていうよりも頑固なんだと思うんだよね。あと、時々を発揮するんだよ」
「……ボケ?」
なんてマチアスが聞けば「頑固じゃないぞ」とか「いや、俺は不器用で」とか、色々言いたくなりそうな事を言っている。
とくにあたりについては、聞けば物申したくなるだろう。
そんなアーロンとノアののほほんとした雰囲気とは真逆に、マチアスとカナメは真剣な顔で話をしていた。

──────高位精霊と契約をしていると思うんですけど……?それに二体、いるようですけれども……?

「本当に二体と言ったのか?」
「本当。しかもすごい自信があるみたいだったよ。聞いたこっちが心配するくらいの自信を持ってた」
「しかし、カナメが契約した時に『手のひらに乗る程度で一体』と判断されたはずで……しかも高位精霊?どう言うことなんだ?」
腕を汲み不思議がるマチアスは、頭の中で何か考えたのだろう。うん、と頷いて
「夕食後、聞いてみるしかないな……もし必要ならばお互い契約魔法を交わしてでも」
「そこまでする?そんな必要ある?俺の精霊がなんであってもいいんじゃない?」
「いいわけないだろう。いいか、今はなんだって必要な情報かもしれない。それに必要かもしれないことかもしれないだろう?」
必要があるとは思えないけど……アル様が言うならいいけど。必要あるかな」



夕食後離宮内の最上部にある、天窓が美しい部屋に四人と、彼らの従者が揃った。
この離宮は4階建ての塔のような形になっており、最上部一つの部屋──とはいえ、この部屋を維持するためなどの小部屋もいくつかあるが──になっている。
天窓が大きく取られ、天井近くからは蔦製の植物が吊り下げられた形で飾られ、それは壁に這っているものもあった。
温室のように温度が保たれていて、さながら塔の中の庭だ。実に綺麗な庭のように、植物が美しく生きている。
中央にはテーブルもあるが、これをどかし大きなラグを敷き、全員がここへ、クッションも使って直接座っていた。
従者はその近くで控えている。彼らのそばにはワゴンがあり、四人のための飲み物などはここに用意されていた。
四人が座るラグの中央にドライフルーツやナッツ、そしてそれぞれ好みの飲み物がティーカップに注がれている。
照明がもし太陽のそれであれば、ピクニックをしている様な錯覚も覚えそうだ。

「ここで話したことを、『本人が公表するまで口に出せない』と言う形で魔法契約をしたい」
それにアーロンはノアをみて、ノアは頷く。
マチアスはアルノルトに用意させていた紙を出し、全員がそこに署名していく。あとは代表で一番魔力が強いものがこの契約書を有効にすればいいだけだ。
なぜ魔力の一番強いものを選ぶのかと言うと、契約書を無効にしたい場合、契約書に署名したものであれば誰でもいいのだが、署名したものの誰かが魔力を流し契約書を破壊し破棄しなければいけない。
しかしそれは“契約書を有効にしたもの以上の魔力で破壊しなければいけない”のだ。だから一番魔力のあるものが契約書を有効にする。
そうなると一番魔力の強いものならば契約を破棄できるだろうと思われそうだが、往々にしてこの形の契約書は『契約書を有効にしたものは、契約書を破棄できない』とした上で有効にするので問題はないことになっていた。
「じゃあ、ノアじゃないかな」
「カナメもいけると思うんだが……どうだろうか」
二人の王太子が首を傾げている。
カナメは魔力がごっそり取られる感じがするから嫌だなあと思っていて、ノアがその役を担ってくれればいいなと期待していた。
その思いが通じたのか、ノアでとなった。
ノアは契約書に手を置き、そのまま魔力を流す。全員がどこかに楔が刺さった感覚がする。これで完成だ。
「従者の面々の契約書もノア殿にお願いしても?」
「はい」
ついでアルノルトから差し出された四人の従者の署名と契約有効者としてノアが署名しそれにも魔力を流す。
これで話し合う準備ができた。

「聞きたいのは、ノア殿がカナメに『高位精霊二体と契約をしていると思う』と言った事なんだが。どうして分かったのだろうか?」
この国では精霊が見える人がいない。うっすらとぼんやり見える場合はあるけれど、それでもはっきり「そうだ」とは言えないものだ。
それでもそれだけでこの国では、重宝される能力になる。
「ぼく自身は精霊が見えないのでなんとも。ただぼくの従者のエルランドが精霊を光として認識できる稀有な能力を持っています。エルランドが言うには『カナメ様には精霊が二体。つねにそばにいる』状態で、なおかつ『その精霊の光が常に強い』そうです」

ノアはこれに付け加える形で、
光の強さは精霊の感情が関係しているのではないだろうかと考えている事。
光として見えるだけで、そこから正しい感情を読み解くのは今のところ出来ない事。
基本的に光の色と属性は関連づけられていない。ただ時折、属性から連想出来る色で光っているものがいる事も説明した。

「けれど、カナメ様の周りにいた精霊は常に強く光っていて、高位精霊なのではないかとエルランドは考えているようです。ぼくにも時々強い光のままのものがいるそうで、それを元にしたと。ぼくの場合と比較することで正確性が上がるかは不明ですが、ぼくのそばにいて強い光のままのものはだいたい高位精霊で、彼らを暫く使役しなかったために彼らの力がありあまっていてそれが光の強さで現れているのではないか、とぼくたちは考えているのですが、証明する方法はありません。だから確実ではないのですが、その可能性はあるのではないかと考えています」
なるべく丁寧にと思ってか説明するノアを見てから、カナメとマチアスはエルランドへ視線を向ける。
彼はただ深く頷いた。それが肯定の意だろう。
「では、ノア殿は高位精霊と契約を?」
「契約……になっているんだと思います。ただぼくは高位精霊だけではなく中位や下位精霊など複数と契約と同じ状態であるのと、どういうわけか契約とほぼ同じ意味を持つ祝福をおくってくれた精霊以外もそばにいるので、ぼくの光の数は参考になりませんが……それでもぼくの国の他の人たちを考えると光の数が契約している精霊の数であることだけは確実です」
自信のあるノアと、それを後押しし頷くアーロンを見てマチアスは
「そうか……、二体であることが本当であるとして、実はカナメがどの属性の精霊と契約しているのか、分からないんだ。だから高位だ下位だと言う以外の問題もあるんだが、それはなんとかできないだろうか」
マチアスの説明に困った顔で頷き同意しているカナメにアーロンは驚いた顔で「本当に?」と聞き、カナメは「はい」と素直に肯定した。
「普通は、『召喚して契約』するだろう?だからどの属性の精霊か分かっている状態での契約だ。分からないなんてことはない。しかしカナメは契約した方法が特殊だったからな、本当のところは分からないんだ」
「ハミギャには加護と祝福があるから判別する方法があるのだけれど……それはこの国の人には難しいかもしれない。他国の人だと正確性に欠けると言われているから」
マチアスの言葉を受け、アーロンが答える。
さてどうしようか、とカナメをそっちのけで話しているマチアスとアーロンを「もういいよ」と言いたげにして見ているカナメ、ノアはそんな三人を紅茶を飲みながら見つめカップを置いてこう言った。
「自分の精霊に、相手の契約している精霊との橋渡しをしてもらって、一時的に力を貸してもらった人もいると書いてあった文献を読んだことがあります。昔生死がかかる状況でそういった形で精霊魔法を使った人がいるんだという、そういう内容でした。で、橋渡しをしてもらうには『相手の精霊と同じ属性の精霊を使役できる事』という条件が最低条件としてあるようです」
「ノア……それじゃあなんの精霊か分からないと、難しいでしょ?俺の精霊は不明なんだよ?」
「幸いにもぼくは、全ての属性の精霊から祝福を得ているんだ。さっきも話したようにぼくは精霊と契約をしていないから、少し条件は違うのだけど、祝福をくれた精霊もみんなぼくに力を貸してくれるし、基本的にいつもそばにいてくれている……らしいから。だからきっと判断できると思う」
カップを持ってまたノアが紅茶を口に含んだ。

カナメもマイペースのほうだけれど、ノアはカナメよりものんびりしているところがあるのか、よりマイペースにみえる。
ノアについて、自分よりも強くさまざまな事に対し覚悟を決めて挑んでいるようだとカナメは勝手に想像しているところがあったけれど、こうした姿を見ているとそんな姿が全く見えてこない。
自分よりも普通でマイペースな青年にしか見えなかった。

「カナメ様?」
エルランドにお茶のおかわりを頼んでいたノアに呼びかけられ、カナメは
「別に俺、どっちでもいいんだけど……」
「なんだって知っていた方がいいに決まってるだろう」
「って、アル様が言うから」
真面目に頼む気のマチアスと諦めているカナメの発言に、ノアが嬉しそうにパッと顔を上げて
「じゃあ、やってみよう!」
突然ウキウキとしだし、頬を上気させる姿にカナメが少し引いた。
マイペースさをどこかに捨てたように、急に生き生きし出した姿に気圧されたとも言う。
この変化にはマチアスも顔に出ていないが少しだけ引いているようだ。
その二人にそっと言うのはアーロン。
「ノアは、魔法が大好きで、過去の事例や文献の正否を確認できる可能性があると分かると、とたんにこう生き生きするんだよね。本当に、ごめんね。こういうノアもとっても可愛いんだけど……ごめんね」
申し訳なさそうに言った。
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