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本編
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そうして、あの離宮への小旅行から、早くも三年が経った。
二人は17歳になろうとしており、学年もひとつ上がっている。
この三年、二人にとっては“何も変えられなかったと悔しむ時間”だったかもしれないが、そうではない三年を過ごしたと自認するものが複数人いるのは彼らにとって追い風になる。
そして二人はもう少し後で、自分たちを支えようと立ち上がった人の強い思いを知ることができるはずだ。
その時また成長できる。それにその時二人はこの数年で成長した自分も見つけることができるだろう。
早くもカナメの王太子妃教育も終わろうとしており、また一歩先にマチアスの王太子教育はもう終わっている。
それだけカナメは食らいついて努力した。
王妃ステファニーがそこまで必死にならなくても、もっとゆとりのあるペースで十分だと言っても、カナメは決して首を縦に振らなかった。
学園の勉強があるにも関わらず──ご存知の通りマチアスとカナメは学園に入学し、今現在在籍中。先も話したように二年に進級した──決してどちらの手も抜かない姿勢に、頼もしさよりも怖さを感じるほどである。
ステファニー曰く、もっと時間をかけてやるもので六年かかってもおかしくないと言ったが、ならば尚更だとカナメは一層ペースを上げたのだ。
これで身についていないのであれば、ステファニーは当然のことロドルフもカナメのこれを止めただろうが、カナメはそれらを身につけ自分のものにしている。
どうしてそこまで、と思わず聞いたステファニーにカナメはどこか辛そうに
「自分以外に、自分の場所を取られないようにするためです」
マチアスが自分の心を守るために戦うのであれば、カナメはこの場所を他の人に取られないように、他の人よりも優秀である事を知らしめるために、努力するだけである。
それが延いては、“マチアスに頼らず自分の心を守ること”に繋がると、何があっても大丈夫だと言えることに繋がると信じて。
今だってカナメは心が落ち着かなくなる時がある。
マチアスが何をしたって、そうやって生きてきた貴族界が「はい、そうですか」と変わることがあるだろうか。
いつかはそうなるかもしれないけれど、それは今ではないだろうな。
どれだけマチアスの想いを信じていても、その気持ちだけは拭い去れなかった。
だからこそ、その気持ちから逃げるようにカナメは自分のできることに集中したかった。
その結果として、マチアスの心配をよそに驚異的なスピードで教育を進めていくカナメが生まれたのである。
そんなふうに過ごしていたある日。
マチアスとカナメの二人は、国王から命を受けた。
──────次世代の王となるもの同士が交流することによって、今より強い関係になるだろう。
そんな両国の考えで、次世代の王となる王太子がこの国に来るという。
相手はこの国最大の友好国であるハミギャという名前の国だ。
その国から王太子とその婚約者が来るので、その接待をマチアスとカナメに全て託す。全て二人の責任を持ってもてなすようにということであった。
その間、学園は休みそれだけに専念するようにとも付け加えられていた。
王太子妃教育のため寮生活を免除──表向きの理由はこれではないのだけれど──されているカナメは、この期間中は城で生活をすることにした。
空いた時間を全て、王太子妃教育に注ぎ込もうというカナメの意思で決めた形である。
マチアスはこの狂気じみたカナメの意欲が、今回訪問する二人によって良い方向に変わると良いなと期待していた。
なぜなら、ハミギャ国の王太子妃は男だからである。
当日、マチアスとカナメは正装し謁見の間で控えていた。
重厚な扉が開き、ハミギャからきた王太子アーロン・アンリ・ブスケと、彼の婚約者ノア・ディディエ・ヴィヨンが入室する。彼らの従者は控えの間で待機中だろう、ここでは確認ができない。
形式に沿った挨拶ののち、もっと気楽に話せるようにという配慮で“王妃の庭”へと、全員で向かう。
王妃の庭では茶会の支度がされており、王の号令で全員が着席した。
この国は通年過ごしやすい気候ではあるが、それでも夜だけ肌寒くまた季節によって夜間は寒すぎる日もある。だが、他の時間は過ごしやすい気候なのでどの季節でも花や緑が美しく、旅行先に選ぶべき国、と言われているほどだ。
まさにその名に恥じぬ美しい庭に、ノアが感動でうっとりとした息を吐いた。
「今からは、ざっくばらんに話したい。その方が若い世代は交流もしやすいだろう。どうか、お二人の父親や母親と会話をするような気持ちで、話してほしい。不敬だのなんだのは『お二人がそのようにしなかった』場合にのみ問おう」
まるで“近所のいたずら好きなおじさんの顔”で言うロドルフの提案に、アーロンとノアは実に丁寧な返事をしようとしかけて、王妃の視線を感じ「わかりました」と言い直す。
「しかしアーロン殿下、おおきくなりましたな」
「はい。以前父と共にご挨拶させていただいた時は、まだかなり小さい時でしたので」
ティーセットの乗るテーブルの天板を示して小さいと言うアーロンに、ロドルフも「そうであった、そうであった」と楽しそうに笑う。
ロドルフと、アーロンの父であり今のハミギャ国王は、お互いの考えがとても近いところにあるという点で繋がり、以降二国間で友好的な交流が始まった。それまでは良くもなく悪くもなく、協力はするがあまり近しいというわけでなかった、そんな関係である。
「バグウェル伯爵とお呼びした方が?」
ロドルフの言葉に「いいえ、ノアと」とノアがいえば、「ならばノアくんか」とまさに気さくな言葉使いで言い、その発言にマチアスの目が見開く。
いくらなんでも王子の婚約者に『くん』とは如何なることかと。
しかしノアは全く気にした様子もなく、むしろ嬉しそうに笑って「ぜひ」と受け入れた。
(アーロン……君はそれで良いのか?君の婚約者が「くん」だぞ?)
マチアスの心の声はアーロンに届かないようだ。アーロンはそんなノアを可愛いねえと言いたげに見ている。
マチアスとしては物申したいだろうが、アーロンはこれが通常運転だ。
余談だが、マチアスとアーロンは『お互い王座につかない王子』という繋がりで交流を持っていた。互いに互いの父に勧められ、手紙のやり取り──────いわゆる文通をする仲だ。
そんな『お互い王座につかない王子』がそろって王座につくことになろうとは。一体何の因果だろう。
アーロンへ心でツッコミを入れていたマチアスをよそに、ロドルフとステファニーは執務があるからと去っていった。
しかし最後にカナメとノアを紹介していたのだろう、カナメはノアに何か話したそうにしている。
「カナメ様?」
カナメとは全く違うタイプの美人といわれるだろう、ふんわりとした印象が強く残る容姿のノアは、その雰囲気のままの声でカナメに声をかけた。
「ノア様は、魔法が得意であると伺って……」
「はい。私の唯一の特技と言っても過言ではありません!魔法のことだけは何より自信があるんです」
「それと、精霊魔法も得意とか」
「はい」
パッと輝く笑顔で応えるノアに、カナメの顔も綻ぶ。
人を笑顔にする笑顔。まさにノアの笑顔はそれであった。
「よろしければ教えていただきたいことがあって」
「私でよければいくらでも」
どうやら婚約者同士の仲は良好な出だしだと、マチアスは肩の力を抜いた。彼自身も気がつかないうちに力が入っていたらしい。
二人の魔法談義──というか、一方的にカナメが聞きノアが答えると言う状態だけれど──を聞きながら、王太子同士は顔を見合わせ
「アーロンのそんな顔を見る日が来るとは、思わなかったよ」
マチアスが素直に言葉にする。
されたアーロンは照れくさそうに
「だって、僕、マチアスに『彼が婚約者のバグウェル伯爵ノア・ディディエ・ヴィヨン』なんて紹介する日が、こんなに早く来るとは思わなかったからね。なんだか照れ臭いだろ。君だって、どこか照れ臭いだろうに」
矛をマチアスに返した。
会ったのは本当に片手で数えられるほどの日数。あとは手紙でのやり取りだけであったけれど、お互いが『俺』と『僕』であることを十分知る仲になっている。
婚約者同士も魔法の話を通じていつの間にか『俺』と『ぼく』に変化していて、マチアスもアーロンも再びほっとした様子だ。
いくら友好国だからと言っても、王太子同士が非常に友好な関係であったとしても、婚約者、のちの妃同士ももそうなるとも限らない。
こればかりは相性だ。表面を取り繕ってなんとでもするだろう。
しかしそうなった方が一層互いの国のためになるので、そうある姿を見ると国王となる身として安堵するのだろう。
「今から敷地内の離宮に案内しよう。もう荷物もそちらへ入っているはずだし、準備もできているはずだ。二人にはそこに泊まってもらい、朝食以外の食事はそこで俺たちも一緒に取らせてもらえたら嬉しい」
アーロンもノアはこれに喜んで了承した。
マチアスの提案は、互いの関係をより良くする様にと言う思いがあることは事実だけれども一方で、そうしてしまえばカナメが休む時間を多く取らざるを得ないだろう、と言う狙いも含まれている。
美しい庭を横切り、四人は離宮へと歩いて向かう。
歩くには少し距離があるというものもいるだろう。しかし若い四人ならば──それにドレスを着ているわけでもないので──、会話をしていればそこまで苦ではない。
明日からは馬車を使うのかもしれないが、離宮までの道のりを二人に紹介しながらという目的もあるので、マチアスは歩く選択をした。
客人の二人はこの散歩も楽しんでいる様で、「歩かせるの……?」と思わず口にしたカナメの顔もホッとした様子だ。
「見えてきたあれがそうです」
あれと言われた目的地であるその離宮の前で、ノアの従者であるエルランドが頭を下げている。
アーロンの従者はその場にいない。
とりあえず落ち着いた頃を見計らってここにくる、と言うマチアスとカナメを見送った三人は少し可愛らしい雰囲気の四階建てだけれども可愛らしい小さな離宮へと足を踏み入れた。
離宮内を歩きながら、自分の従者エルランドの様子に気がついたノアがそっと声をかける。
「エル?どうかした?何かあった?」
「ええ。いえ。いや、あったといえば、そうなのですが……」
言って言葉を濁す。
気になったノアは自分の部屋にと割り振られたそこを案内されると、アーロンとエルランドを半ば強引にそこへ押し込み
「今魔法を張ったから。大丈夫。ぼくのを破れる人はそうそういないと思うから」
エルランドはそれでも小声で
「カナメ様が契約しているという精霊ですが……」
続いた言葉にノアは素直に目をまんまるくし、驚いた。
二人は17歳になろうとしており、学年もひとつ上がっている。
この三年、二人にとっては“何も変えられなかったと悔しむ時間”だったかもしれないが、そうではない三年を過ごしたと自認するものが複数人いるのは彼らにとって追い風になる。
そして二人はもう少し後で、自分たちを支えようと立ち上がった人の強い思いを知ることができるはずだ。
その時また成長できる。それにその時二人はこの数年で成長した自分も見つけることができるだろう。
早くもカナメの王太子妃教育も終わろうとしており、また一歩先にマチアスの王太子教育はもう終わっている。
それだけカナメは食らいついて努力した。
王妃ステファニーがそこまで必死にならなくても、もっとゆとりのあるペースで十分だと言っても、カナメは決して首を縦に振らなかった。
学園の勉強があるにも関わらず──ご存知の通りマチアスとカナメは学園に入学し、今現在在籍中。先も話したように二年に進級した──決してどちらの手も抜かない姿勢に、頼もしさよりも怖さを感じるほどである。
ステファニー曰く、もっと時間をかけてやるもので六年かかってもおかしくないと言ったが、ならば尚更だとカナメは一層ペースを上げたのだ。
これで身についていないのであれば、ステファニーは当然のことロドルフもカナメのこれを止めただろうが、カナメはそれらを身につけ自分のものにしている。
どうしてそこまで、と思わず聞いたステファニーにカナメはどこか辛そうに
「自分以外に、自分の場所を取られないようにするためです」
マチアスが自分の心を守るために戦うのであれば、カナメはこの場所を他の人に取られないように、他の人よりも優秀である事を知らしめるために、努力するだけである。
それが延いては、“マチアスに頼らず自分の心を守ること”に繋がると、何があっても大丈夫だと言えることに繋がると信じて。
今だってカナメは心が落ち着かなくなる時がある。
マチアスが何をしたって、そうやって生きてきた貴族界が「はい、そうですか」と変わることがあるだろうか。
いつかはそうなるかもしれないけれど、それは今ではないだろうな。
どれだけマチアスの想いを信じていても、その気持ちだけは拭い去れなかった。
だからこそ、その気持ちから逃げるようにカナメは自分のできることに集中したかった。
その結果として、マチアスの心配をよそに驚異的なスピードで教育を進めていくカナメが生まれたのである。
そんなふうに過ごしていたある日。
マチアスとカナメの二人は、国王から命を受けた。
──────次世代の王となるもの同士が交流することによって、今より強い関係になるだろう。
そんな両国の考えで、次世代の王となる王太子がこの国に来るという。
相手はこの国最大の友好国であるハミギャという名前の国だ。
その国から王太子とその婚約者が来るので、その接待をマチアスとカナメに全て託す。全て二人の責任を持ってもてなすようにということであった。
その間、学園は休みそれだけに専念するようにとも付け加えられていた。
王太子妃教育のため寮生活を免除──表向きの理由はこれではないのだけれど──されているカナメは、この期間中は城で生活をすることにした。
空いた時間を全て、王太子妃教育に注ぎ込もうというカナメの意思で決めた形である。
マチアスはこの狂気じみたカナメの意欲が、今回訪問する二人によって良い方向に変わると良いなと期待していた。
なぜなら、ハミギャ国の王太子妃は男だからである。
当日、マチアスとカナメは正装し謁見の間で控えていた。
重厚な扉が開き、ハミギャからきた王太子アーロン・アンリ・ブスケと、彼の婚約者ノア・ディディエ・ヴィヨンが入室する。彼らの従者は控えの間で待機中だろう、ここでは確認ができない。
形式に沿った挨拶ののち、もっと気楽に話せるようにという配慮で“王妃の庭”へと、全員で向かう。
王妃の庭では茶会の支度がされており、王の号令で全員が着席した。
この国は通年過ごしやすい気候ではあるが、それでも夜だけ肌寒くまた季節によって夜間は寒すぎる日もある。だが、他の時間は過ごしやすい気候なのでどの季節でも花や緑が美しく、旅行先に選ぶべき国、と言われているほどだ。
まさにその名に恥じぬ美しい庭に、ノアが感動でうっとりとした息を吐いた。
「今からは、ざっくばらんに話したい。その方が若い世代は交流もしやすいだろう。どうか、お二人の父親や母親と会話をするような気持ちで、話してほしい。不敬だのなんだのは『お二人がそのようにしなかった』場合にのみ問おう」
まるで“近所のいたずら好きなおじさんの顔”で言うロドルフの提案に、アーロンとノアは実に丁寧な返事をしようとしかけて、王妃の視線を感じ「わかりました」と言い直す。
「しかしアーロン殿下、おおきくなりましたな」
「はい。以前父と共にご挨拶させていただいた時は、まだかなり小さい時でしたので」
ティーセットの乗るテーブルの天板を示して小さいと言うアーロンに、ロドルフも「そうであった、そうであった」と楽しそうに笑う。
ロドルフと、アーロンの父であり今のハミギャ国王は、お互いの考えがとても近いところにあるという点で繋がり、以降二国間で友好的な交流が始まった。それまでは良くもなく悪くもなく、協力はするがあまり近しいというわけでなかった、そんな関係である。
「バグウェル伯爵とお呼びした方が?」
ロドルフの言葉に「いいえ、ノアと」とノアがいえば、「ならばノアくんか」とまさに気さくな言葉使いで言い、その発言にマチアスの目が見開く。
いくらなんでも王子の婚約者に『くん』とは如何なることかと。
しかしノアは全く気にした様子もなく、むしろ嬉しそうに笑って「ぜひ」と受け入れた。
(アーロン……君はそれで良いのか?君の婚約者が「くん」だぞ?)
マチアスの心の声はアーロンに届かないようだ。アーロンはそんなノアを可愛いねえと言いたげに見ている。
マチアスとしては物申したいだろうが、アーロンはこれが通常運転だ。
余談だが、マチアスとアーロンは『お互い王座につかない王子』という繋がりで交流を持っていた。互いに互いの父に勧められ、手紙のやり取り──────いわゆる文通をする仲だ。
そんな『お互い王座につかない王子』がそろって王座につくことになろうとは。一体何の因果だろう。
アーロンへ心でツッコミを入れていたマチアスをよそに、ロドルフとステファニーは執務があるからと去っていった。
しかし最後にカナメとノアを紹介していたのだろう、カナメはノアに何か話したそうにしている。
「カナメ様?」
カナメとは全く違うタイプの美人といわれるだろう、ふんわりとした印象が強く残る容姿のノアは、その雰囲気のままの声でカナメに声をかけた。
「ノア様は、魔法が得意であると伺って……」
「はい。私の唯一の特技と言っても過言ではありません!魔法のことだけは何より自信があるんです」
「それと、精霊魔法も得意とか」
「はい」
パッと輝く笑顔で応えるノアに、カナメの顔も綻ぶ。
人を笑顔にする笑顔。まさにノアの笑顔はそれであった。
「よろしければ教えていただきたいことがあって」
「私でよければいくらでも」
どうやら婚約者同士の仲は良好な出だしだと、マチアスは肩の力を抜いた。彼自身も気がつかないうちに力が入っていたらしい。
二人の魔法談義──というか、一方的にカナメが聞きノアが答えると言う状態だけれど──を聞きながら、王太子同士は顔を見合わせ
「アーロンのそんな顔を見る日が来るとは、思わなかったよ」
マチアスが素直に言葉にする。
されたアーロンは照れくさそうに
「だって、僕、マチアスに『彼が婚約者のバグウェル伯爵ノア・ディディエ・ヴィヨン』なんて紹介する日が、こんなに早く来るとは思わなかったからね。なんだか照れ臭いだろ。君だって、どこか照れ臭いだろうに」
矛をマチアスに返した。
会ったのは本当に片手で数えられるほどの日数。あとは手紙でのやり取りだけであったけれど、お互いが『俺』と『僕』であることを十分知る仲になっている。
婚約者同士も魔法の話を通じていつの間にか『俺』と『ぼく』に変化していて、マチアスもアーロンも再びほっとした様子だ。
いくら友好国だからと言っても、王太子同士が非常に友好な関係であったとしても、婚約者、のちの妃同士ももそうなるとも限らない。
こればかりは相性だ。表面を取り繕ってなんとでもするだろう。
しかしそうなった方が一層互いの国のためになるので、そうある姿を見ると国王となる身として安堵するのだろう。
「今から敷地内の離宮に案内しよう。もう荷物もそちらへ入っているはずだし、準備もできているはずだ。二人にはそこに泊まってもらい、朝食以外の食事はそこで俺たちも一緒に取らせてもらえたら嬉しい」
アーロンもノアはこれに喜んで了承した。
マチアスの提案は、互いの関係をより良くする様にと言う思いがあることは事実だけれども一方で、そうしてしまえばカナメが休む時間を多く取らざるを得ないだろう、と言う狙いも含まれている。
美しい庭を横切り、四人は離宮へと歩いて向かう。
歩くには少し距離があるというものもいるだろう。しかし若い四人ならば──それにドレスを着ているわけでもないので──、会話をしていればそこまで苦ではない。
明日からは馬車を使うのかもしれないが、離宮までの道のりを二人に紹介しながらという目的もあるので、マチアスは歩く選択をした。
客人の二人はこの散歩も楽しんでいる様で、「歩かせるの……?」と思わず口にしたカナメの顔もホッとした様子だ。
「見えてきたあれがそうです」
あれと言われた目的地であるその離宮の前で、ノアの従者であるエルランドが頭を下げている。
アーロンの従者はその場にいない。
とりあえず落ち着いた頃を見計らってここにくる、と言うマチアスとカナメを見送った三人は少し可愛らしい雰囲気の四階建てだけれども可愛らしい小さな離宮へと足を踏み入れた。
離宮内を歩きながら、自分の従者エルランドの様子に気がついたノアがそっと声をかける。
「エル?どうかした?何かあった?」
「ええ。いえ。いや、あったといえば、そうなのですが……」
言って言葉を濁す。
気になったノアは自分の部屋にと割り振られたそこを案内されると、アーロンとエルランドを半ば強引にそこへ押し込み
「今魔法を張ったから。大丈夫。ぼくのを破れる人はそうそういないと思うから」
エルランドはそれでも小声で
「カナメ様が契約しているという精霊ですが……」
続いた言葉にノアは素直に目をまんまるくし、驚いた。
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