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本編
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1日籠城をしていたカナメは、朝食の場に目を腫らし寝不足の顔で登場した。
あんまりなカナメの状態にマチアスは顔にこそ出さないが、カナメに知られないように深く呼吸をする。
大丈夫か。大丈夫じゃないに決まってる。
問題はない。問題しかない。
守るから安心してほしい。今現在カナメを守っているとは到底思えない。
何を言っても自分で否定出来てしまう状況で、マチアスが出来たのが、深呼吸一回、であった。
この顔のカナメに自分の思いを伝えれば、また泣かせてしまうなとマチアスは思う。しかし言わなければいけない事だ。分かってもらわないといけない。
理解してほしいなんて言うつもりは、マチアスにはなかった。
理解なんてしなくても良い。
ただ自分がやろうとしている事、カナメに何をしたいと思っているのか、それらを聞いて自分の思いを解ってさえくれれば良いと。
マチアスは理解すると分かるのとでは、若干意味が違うと考えている。
分かると言うのは『この人が何を言っているのかだけは理解する』と言う感じで、自分の意見を知ってもらうというニュアンス。
理解というのは『この人が何を言っているのか納得し受け入れる』というようなイメージがあった。
だからマチアスは分かってくれれば良いと思う。
自分の思いと、そして何を成そうとしているのかという事を、分かってくれればと。
いつかは理解してくれれば良いなと思うけれど、それは自分のこれからを一番近くで見てから判断してくれればそれで良いと、そうなればいいとそう、マチアスは願うだけだった。
マチアスは、離宮で今使用している部屋にカナメを招いた。
フルーツや焼き菓子をたくさん用意して。
朝食後すぐではあるのだけれど、と言いながらそれらに釘付けになるカナメに知られないように笑うと椅子を勧め、カナメの隣にマチアスも座った。
隣でカナメの手を握りしめると、カナメは首を傾げて「どうしたの?」と言いたげな顔でマチアスを見つめる。
マチアスの長い1日が、始まろうとしていた。
「昨日、決めたことがある」
突然の前振りにカナメの手が強張った。
「側妃は持たない。子供はエティから養子を取る」
必要な事だけを端的に言ったマチアスに、カナメは驚愕で目を見開く。
そして無言で首を大きく横に振った。
そんな事、国王になるマチアスが許されるわけがない。それがこの国だから、それは無理であるとカナメは心底信じていた。
当然のように無理だと思うカナメの思考を、マチアスもよく理解出来る。
それがこの国であるからだ。
この国、トリベール国にはいつの時代からか、もしかしたら建国時代からそうだったのか、不文律があった。
それは絶対に嫡男が後を継ぐという、思想であり行動だ。
貴族の家はそれが普通ではないか、と思うかもしれないが、この国では少し狂気じみた側面を持っていた。
例えば、嫡男の妻に子がなかなか出来ないとなれば──仮に、夫に原因があっても、だ──尋常ではないほど、人の尊厳は愚か性格も何もかもを否定し破壊するが如く激しく責められ、時には一年も待たずに『追い出されて当然』と言う嘘の情報をばら撒き妻を追い出す婚家もあったし、責める義理の両親、助けてくれない実の両親に苦しみ自害を選ぶ者もいる。
時には妻の代わりに、同じ色を持つ女性を愛人にし妻の子として届け出た。実は他に比べればこの愛人を作るのはまだマシで、妻と同じ色の女性を攫い無理やり関係を持ち子を産ませるという家もある。
もちろん、これらはこの国で違法とされていたが、これらの所業を告発するには内部から以外に方法がないようなもの。
つまり、ほとんど摘発される事なく、当然のように繰り返された。
他にも、嫡男に繁殖能力がないと分かると、夫の兄弟、親類、驚く事に時には夫の父親との子を、妻の意思とは関係なく無理やり性交させ出産させるケースもある。この場合、心を病んだ妻が子と共に心中すると言う事件もあった。
また、優秀な嫡男に子を作る能力がないとこの国の診療技術で判断された──この国、いや、世界で、まだそれに関して確実な正しい診察をする方法が確立していない──場合、次男ら嫡男の兄弟の中から選んだものを嫡男と偽り入れ替えるという事が起きた事もあった。
もしかしたら今でも起きているかもしれないと、王家は頭を抱えている。
この場合、この正しく嫡男であったものは生涯に渡り幽閉され、自分に成り代わった弟の代わりにただただ仕事をするだけの機械のように働かせられたりもしていた。
最後に、跡目争いが過激になっているような揉めている家では、嫡男の兄弟らが医師に金を握らせそのように診断させ跡取りから外し自分を跡取りとさせ、のちに領地経営に問題をきたすなどの事も起きた。
とにかく、先の事以外にもきっと、尋常ではない何かを行った家もあるだろう。そう想像してもなんらおかしくはないのが、この国なのだ。
どうしてなのか、嫡男の子供を何がなんでも。という狂気じみた思想がこの国には強く強く根付いている。
それが当然のように染み付いているから、カナメが無理だと心底信じるなどという事になっているのだ。
けれども冷静になれば自分の家を存続させるには、健全な方法で代替わり、そして跡目を決めていくべきである。
それを全く理解していないのか、それとも長きにわたるこの思想で目が曇ってしまっているのか、貴族の嫡男思想を前にすると健全という言葉が書き消えていた。
この異常な思考によって、健全さが掻き消えているのがこの国の危ない側面なのだ。
おかしいと思う国王もいた。そして行動した国王も貴族もいた。しかしどうしてもそれを改めされられなかった。どうしてもこれを消し去る事が出来なかった。
それほどまでに染み付いたものである。
ここで、同性婚が可能なこの国で、貴族が同性婚した場合はどうなのか。と思われるかもしれないので、随分前に書いたがそれも改めて説明しておこう。
貴族で同性婚をする場合、ほぼ次男以下、次女以下である事が多い。政略結婚だとしても嫡男思想があるので、次男以下の子供は生まれなくても何とも思わないところがある。
次女以下というのは、長女はどこかの嫡男と婚姻する可能性が高いという思惑で、同性の婚約者を探す事が少ない。これも付け加えておく。
そして政略でどうしても嫡男が同性との婚姻が必要になった場合、また娘しかいない上に政略上どうしても同性を妻とせざるを得ない場合は、当たり前のように男の場合は第二夫人として女性を入れるか、愛人を作る。女の場合は──こんな言葉があるかどうかは不明だが──第二夫や愛人として男を家に入れた。
一夫一妻の国だが、同性婚の場合は除くとされているのでこれに関しては違法ではない。
同性が婚約者となった時に、彼ら、彼女たちは、それが当然の未来として受け入れる。それが彼らの本心かどうかは別として、受け入れるしかないのだ。
そうしなければ、悲しくそして恐ろしい事に、この国の貴族の世界からはみ出してしまう。
例えばカナメの家の様にそうではない家も当然あるが、とにかくそういう思考が恐ろしいほどに染み付いているのだ。
「無理だ」
短いカナメの言葉に、全てが詰まっている。
先のような意識の貴族が普通だとされる貴族世界に身を置けば、多かれ少なかれこの思考が染み付いてしまうのだ。本人の意思とは関係なく。
「いや。無理ではない。俺がそうなる。俺がすべてを健全にする」
「それが試練だと思っているわけ?」
訝しげなカナメにマチアスは「いや」と短く否定をして
「分かるわけがないだろう。だって教えてくれないのだから。試練を受けたものに『どんな試練なのか。なんと神託を受けたのか』は言えない。つまり、一生涯俺に伝える事が出来ない、秘匿というものだ。しかし神託を受けた神官長、そしてそれを伝え聞いた国王と王妃、彼らに許されている事があると分かった」
「許されている事?」
「乗り越えるための小さな手助けだ。例えば、紙を切ろうと思った時に、紙を切るための道具を直接渡す事は出来ないがどこにあるかは教える事が出来る。そういうイメージで良いと思う」
「なるほど」
「そして父上は、国王だ。子供を愛している気持ちは大きく持っているが、この国のために決断する事は決断する国王だ。分かるだろう?」
カナメはこれに頷く。もし必要とあれば、マチアスやエティエンヌを国のために犠牲にする判断をする、そんな国王である事はカナメにも伝わってきていた。
国王としてそうした判断を下し、父親として苦しみ泣く。そういう父親と国王という側面をきちんと分けて持つ国王である事は想像出来る姿である。
どちらも同じだけ重きを置くからこそ、人間らしく国民のための政策をし国を守っているのだ。そしてそれを父シルヴェストルが尊敬している事も。
「俺が『俺が覚悟を決める事が出来たら、前例を作ってもいいですね?』と聞いた時、父上は頷いた。俺が何を思って言ったのか、理解して頷いていたはずだ。俺はあの時、『どうにかして、カナメだけを妻とし生涯を終える事が出来ないか考えて、それを実行してやる』と思う気持ちでいたのだから、きっとそれに気がついたと思う。父上はそういう人だ」
「……そのせいで試練を乗り越えられなかったら?」
「試練を乗り越えられなかった者の末路はあまり残されていない。死んだとか心を病んだとか、そう言ったものは残されているようだが、国が傾いたとかそこのまでの大きなものは今のところない。でもこの先は分からないだろう?」
「そうだね。今までがそうであっただけで、今回はそうじゃないかもしれないもの。アル様の選択で国が傾いたりするかもしれないよ」
「カナメがそう思うのであるのなら、国王である父上がそれを考えていないはずがないだろう」
カナメはこれにも頷いた。
国の存続をとれるロドルフだ。そのためになら非情な手段だって取れるだろう。子供を失ったとしても。それがロドルフという国王なのだから。
そのロドルフならば、マチアスが試練を乗り越えるに難しい行動を取ろうとすれば、試練から逸脱するような事をしようとすれば
「乗り越えたと判断されない可能性がある事を許すと思うか?俺がしようとしている事で、国が傾いたりなくなったりするかもしれないだろう?もしかしたら程度の可能性だったとしても、父上が許すだろうか」
「ううん、多分、しないと思う」
マチアスはカナメの返事を満足そうに聞いて、握っているカナメの手をグッと強く握りしめた。
少し痛いほどの力にカナメが一瞬顔を顰める。
「つまり、俺が冗談みたいなあんな馬鹿らしい暗黙の了解だか不文律だかを、壊してしまっても何も問題がないという事だ」
暫しの沈黙の後、カナメは「そうかもね」とだけ呟いた。
この部屋に音楽でも流れていたり、他の誰かの話し声があれば、聞き取る事が出来ないだろうほどの声だった。
「でも、俺はそんな瑣末な事に関係なく、そうしようと思っている。父上が許しているのだから、『堂々としてやれてちょうど良い』くらいに思っている。もし自分がしようとしている事が試練を乗り越えるためにはしてはならないものであれば、父上はいかなる方法を持ってしてでも妨害するだろう?あの雰囲気だと、それはなさそうだ。だから思い切ってやれる」
「それが、アル様がエティの子供を養子にするっていうのが試練じゃないかもしれないのに?」
「大精霊カムヴィがなんの試練を俺に与えたか、俺は知らない。知るつもりもない。それは秘匿で知る事が叶わないからではなく、もう俺には真実どんな試練なのか興味がないからだ」
「し……神託を、興味がないって言った」
恐ろしい事を聞いたと体ごと引いたカナメに、マチアスは真剣な表情を向ける。
こんな顔をされると同じ年だという事を本当に忘れそうだ、とカナメは場違いに感じた。
「王太子になるのも、その後国王になるのも、おまけだ。俺は『カナメの心を守る試練』だと考える事にした。今まではカナメが苦しむならカナメを俺の婚約者という立場から逃がせないか、それを頭のどこかで考えていた。方法をたくさん考えて、どれであればお前が幸せになれるのかばかり考えた。けれどそれももうやめる。カナメを苦しみや悲しみから守り、その心を守り抜く試練だと、勝手にそう思う事にして覚悟を決めている」
カナメは視線をあちこちに動かし、唇を噛み、そして俯いた。
「そこまで、する必要ある?おれの心を守る試練なわけ、ないじゃん。どうしておれの心?だっておれの心なんて国には何も関係ないじゃない……。きっとねもっと深い試練があってのこれなんだと思うよ。そうやって自分の我を通す理由に、試練なんて言ったらダメだよ。真面目なマチアス殿下、国を守る判断をしなよ」
卑屈になってなのか、それともカナメは1日で諦め受け入れる事にしたのか、はたまたこれが本心なのか。マチアスは考えない。
だって泣きそうなカナメを見れば、真面目なマチアス殿下はカナメの気持ちが理解出来るのだから。
「真面目だから、婚約者を守るんじゃないか。守りたいから、守るんだ。カナメの笑顔が、何より好きだから。それが試練だと、そうだと判断しているからするのだと、大義名分掲げて、俺が変えていくんだと決めたんだ。自分の我を通すために試練を利用している?結構な事だろう。だって俺にその内容を誰も言わないのだから。愛している人を守りたいから、俺はやると決めたんだ」
カナメは何も答えない。
答えれなかった。
あんまりなカナメの状態にマチアスは顔にこそ出さないが、カナメに知られないように深く呼吸をする。
大丈夫か。大丈夫じゃないに決まってる。
問題はない。問題しかない。
守るから安心してほしい。今現在カナメを守っているとは到底思えない。
何を言っても自分で否定出来てしまう状況で、マチアスが出来たのが、深呼吸一回、であった。
この顔のカナメに自分の思いを伝えれば、また泣かせてしまうなとマチアスは思う。しかし言わなければいけない事だ。分かってもらわないといけない。
理解してほしいなんて言うつもりは、マチアスにはなかった。
理解なんてしなくても良い。
ただ自分がやろうとしている事、カナメに何をしたいと思っているのか、それらを聞いて自分の思いを解ってさえくれれば良いと。
マチアスは理解すると分かるのとでは、若干意味が違うと考えている。
分かると言うのは『この人が何を言っているのかだけは理解する』と言う感じで、自分の意見を知ってもらうというニュアンス。
理解というのは『この人が何を言っているのか納得し受け入れる』というようなイメージがあった。
だからマチアスは分かってくれれば良いと思う。
自分の思いと、そして何を成そうとしているのかという事を、分かってくれればと。
いつかは理解してくれれば良いなと思うけれど、それは自分のこれからを一番近くで見てから判断してくれればそれで良いと、そうなればいいとそう、マチアスは願うだけだった。
マチアスは、離宮で今使用している部屋にカナメを招いた。
フルーツや焼き菓子をたくさん用意して。
朝食後すぐではあるのだけれど、と言いながらそれらに釘付けになるカナメに知られないように笑うと椅子を勧め、カナメの隣にマチアスも座った。
隣でカナメの手を握りしめると、カナメは首を傾げて「どうしたの?」と言いたげな顔でマチアスを見つめる。
マチアスの長い1日が、始まろうとしていた。
「昨日、決めたことがある」
突然の前振りにカナメの手が強張った。
「側妃は持たない。子供はエティから養子を取る」
必要な事だけを端的に言ったマチアスに、カナメは驚愕で目を見開く。
そして無言で首を大きく横に振った。
そんな事、国王になるマチアスが許されるわけがない。それがこの国だから、それは無理であるとカナメは心底信じていた。
当然のように無理だと思うカナメの思考を、マチアスもよく理解出来る。
それがこの国であるからだ。
この国、トリベール国にはいつの時代からか、もしかしたら建国時代からそうだったのか、不文律があった。
それは絶対に嫡男が後を継ぐという、思想であり行動だ。
貴族の家はそれが普通ではないか、と思うかもしれないが、この国では少し狂気じみた側面を持っていた。
例えば、嫡男の妻に子がなかなか出来ないとなれば──仮に、夫に原因があっても、だ──尋常ではないほど、人の尊厳は愚か性格も何もかもを否定し破壊するが如く激しく責められ、時には一年も待たずに『追い出されて当然』と言う嘘の情報をばら撒き妻を追い出す婚家もあったし、責める義理の両親、助けてくれない実の両親に苦しみ自害を選ぶ者もいる。
時には妻の代わりに、同じ色を持つ女性を愛人にし妻の子として届け出た。実は他に比べればこの愛人を作るのはまだマシで、妻と同じ色の女性を攫い無理やり関係を持ち子を産ませるという家もある。
もちろん、これらはこの国で違法とされていたが、これらの所業を告発するには内部から以外に方法がないようなもの。
つまり、ほとんど摘発される事なく、当然のように繰り返された。
他にも、嫡男に繁殖能力がないと分かると、夫の兄弟、親類、驚く事に時には夫の父親との子を、妻の意思とは関係なく無理やり性交させ出産させるケースもある。この場合、心を病んだ妻が子と共に心中すると言う事件もあった。
また、優秀な嫡男に子を作る能力がないとこの国の診療技術で判断された──この国、いや、世界で、まだそれに関して確実な正しい診察をする方法が確立していない──場合、次男ら嫡男の兄弟の中から選んだものを嫡男と偽り入れ替えるという事が起きた事もあった。
もしかしたら今でも起きているかもしれないと、王家は頭を抱えている。
この場合、この正しく嫡男であったものは生涯に渡り幽閉され、自分に成り代わった弟の代わりにただただ仕事をするだけの機械のように働かせられたりもしていた。
最後に、跡目争いが過激になっているような揉めている家では、嫡男の兄弟らが医師に金を握らせそのように診断させ跡取りから外し自分を跡取りとさせ、のちに領地経営に問題をきたすなどの事も起きた。
とにかく、先の事以外にもきっと、尋常ではない何かを行った家もあるだろう。そう想像してもなんらおかしくはないのが、この国なのだ。
どうしてなのか、嫡男の子供を何がなんでも。という狂気じみた思想がこの国には強く強く根付いている。
それが当然のように染み付いているから、カナメが無理だと心底信じるなどという事になっているのだ。
けれども冷静になれば自分の家を存続させるには、健全な方法で代替わり、そして跡目を決めていくべきである。
それを全く理解していないのか、それとも長きにわたるこの思想で目が曇ってしまっているのか、貴族の嫡男思想を前にすると健全という言葉が書き消えていた。
この異常な思考によって、健全さが掻き消えているのがこの国の危ない側面なのだ。
おかしいと思う国王もいた。そして行動した国王も貴族もいた。しかしどうしてもそれを改めされられなかった。どうしてもこれを消し去る事が出来なかった。
それほどまでに染み付いたものである。
ここで、同性婚が可能なこの国で、貴族が同性婚した場合はどうなのか。と思われるかもしれないので、随分前に書いたがそれも改めて説明しておこう。
貴族で同性婚をする場合、ほぼ次男以下、次女以下である事が多い。政略結婚だとしても嫡男思想があるので、次男以下の子供は生まれなくても何とも思わないところがある。
次女以下というのは、長女はどこかの嫡男と婚姻する可能性が高いという思惑で、同性の婚約者を探す事が少ない。これも付け加えておく。
そして政略でどうしても嫡男が同性との婚姻が必要になった場合、また娘しかいない上に政略上どうしても同性を妻とせざるを得ない場合は、当たり前のように男の場合は第二夫人として女性を入れるか、愛人を作る。女の場合は──こんな言葉があるかどうかは不明だが──第二夫や愛人として男を家に入れた。
一夫一妻の国だが、同性婚の場合は除くとされているのでこれに関しては違法ではない。
同性が婚約者となった時に、彼ら、彼女たちは、それが当然の未来として受け入れる。それが彼らの本心かどうかは別として、受け入れるしかないのだ。
そうしなければ、悲しくそして恐ろしい事に、この国の貴族の世界からはみ出してしまう。
例えばカナメの家の様にそうではない家も当然あるが、とにかくそういう思考が恐ろしいほどに染み付いているのだ。
「無理だ」
短いカナメの言葉に、全てが詰まっている。
先のような意識の貴族が普通だとされる貴族世界に身を置けば、多かれ少なかれこの思考が染み付いてしまうのだ。本人の意思とは関係なく。
「いや。無理ではない。俺がそうなる。俺がすべてを健全にする」
「それが試練だと思っているわけ?」
訝しげなカナメにマチアスは「いや」と短く否定をして
「分かるわけがないだろう。だって教えてくれないのだから。試練を受けたものに『どんな試練なのか。なんと神託を受けたのか』は言えない。つまり、一生涯俺に伝える事が出来ない、秘匿というものだ。しかし神託を受けた神官長、そしてそれを伝え聞いた国王と王妃、彼らに許されている事があると分かった」
「許されている事?」
「乗り越えるための小さな手助けだ。例えば、紙を切ろうと思った時に、紙を切るための道具を直接渡す事は出来ないがどこにあるかは教える事が出来る。そういうイメージで良いと思う」
「なるほど」
「そして父上は、国王だ。子供を愛している気持ちは大きく持っているが、この国のために決断する事は決断する国王だ。分かるだろう?」
カナメはこれに頷く。もし必要とあれば、マチアスやエティエンヌを国のために犠牲にする判断をする、そんな国王である事はカナメにも伝わってきていた。
国王としてそうした判断を下し、父親として苦しみ泣く。そういう父親と国王という側面をきちんと分けて持つ国王である事は想像出来る姿である。
どちらも同じだけ重きを置くからこそ、人間らしく国民のための政策をし国を守っているのだ。そしてそれを父シルヴェストルが尊敬している事も。
「俺が『俺が覚悟を決める事が出来たら、前例を作ってもいいですね?』と聞いた時、父上は頷いた。俺が何を思って言ったのか、理解して頷いていたはずだ。俺はあの時、『どうにかして、カナメだけを妻とし生涯を終える事が出来ないか考えて、それを実行してやる』と思う気持ちでいたのだから、きっとそれに気がついたと思う。父上はそういう人だ」
「……そのせいで試練を乗り越えられなかったら?」
「試練を乗り越えられなかった者の末路はあまり残されていない。死んだとか心を病んだとか、そう言ったものは残されているようだが、国が傾いたとかそこのまでの大きなものは今のところない。でもこの先は分からないだろう?」
「そうだね。今までがそうであっただけで、今回はそうじゃないかもしれないもの。アル様の選択で国が傾いたりするかもしれないよ」
「カナメがそう思うのであるのなら、国王である父上がそれを考えていないはずがないだろう」
カナメはこれにも頷いた。
国の存続をとれるロドルフだ。そのためになら非情な手段だって取れるだろう。子供を失ったとしても。それがロドルフという国王なのだから。
そのロドルフならば、マチアスが試練を乗り越えるに難しい行動を取ろうとすれば、試練から逸脱するような事をしようとすれば
「乗り越えたと判断されない可能性がある事を許すと思うか?俺がしようとしている事で、国が傾いたりなくなったりするかもしれないだろう?もしかしたら程度の可能性だったとしても、父上が許すだろうか」
「ううん、多分、しないと思う」
マチアスはカナメの返事を満足そうに聞いて、握っているカナメの手をグッと強く握りしめた。
少し痛いほどの力にカナメが一瞬顔を顰める。
「つまり、俺が冗談みたいなあんな馬鹿らしい暗黙の了解だか不文律だかを、壊してしまっても何も問題がないという事だ」
暫しの沈黙の後、カナメは「そうかもね」とだけ呟いた。
この部屋に音楽でも流れていたり、他の誰かの話し声があれば、聞き取る事が出来ないだろうほどの声だった。
「でも、俺はそんな瑣末な事に関係なく、そうしようと思っている。父上が許しているのだから、『堂々としてやれてちょうど良い』くらいに思っている。もし自分がしようとしている事が試練を乗り越えるためにはしてはならないものであれば、父上はいかなる方法を持ってしてでも妨害するだろう?あの雰囲気だと、それはなさそうだ。だから思い切ってやれる」
「それが、アル様がエティの子供を養子にするっていうのが試練じゃないかもしれないのに?」
「大精霊カムヴィがなんの試練を俺に与えたか、俺は知らない。知るつもりもない。それは秘匿で知る事が叶わないからではなく、もう俺には真実どんな試練なのか興味がないからだ」
「し……神託を、興味がないって言った」
恐ろしい事を聞いたと体ごと引いたカナメに、マチアスは真剣な表情を向ける。
こんな顔をされると同じ年だという事を本当に忘れそうだ、とカナメは場違いに感じた。
「王太子になるのも、その後国王になるのも、おまけだ。俺は『カナメの心を守る試練』だと考える事にした。今まではカナメが苦しむならカナメを俺の婚約者という立場から逃がせないか、それを頭のどこかで考えていた。方法をたくさん考えて、どれであればお前が幸せになれるのかばかり考えた。けれどそれももうやめる。カナメを苦しみや悲しみから守り、その心を守り抜く試練だと、勝手にそう思う事にして覚悟を決めている」
カナメは視線をあちこちに動かし、唇を噛み、そして俯いた。
「そこまで、する必要ある?おれの心を守る試練なわけ、ないじゃん。どうしておれの心?だっておれの心なんて国には何も関係ないじゃない……。きっとねもっと深い試練があってのこれなんだと思うよ。そうやって自分の我を通す理由に、試練なんて言ったらダメだよ。真面目なマチアス殿下、国を守る判断をしなよ」
卑屈になってなのか、それともカナメは1日で諦め受け入れる事にしたのか、はたまたこれが本心なのか。マチアスは考えない。
だって泣きそうなカナメを見れば、真面目なマチアス殿下はカナメの気持ちが理解出来るのだから。
「真面目だから、婚約者を守るんじゃないか。守りたいから、守るんだ。カナメの笑顔が、何より好きだから。それが試練だと、そうだと判断しているからするのだと、大義名分掲げて、俺が変えていくんだと決めたんだ。自分の我を通すために試練を利用している?結構な事だろう。だって俺にその内容を誰も言わないのだから。愛している人を守りたいから、俺はやると決めたんだ」
カナメは何も答えない。
答えれなかった。
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