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本編

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昼食後カナメは懲りずに『毒薬学のススメ』を持って散策を再開。
アーネはだろうからいいとマチアスは考えているが、勘がいいというだけで初日引っ張り回されたは困惑しているのではないかと思うと、マチアスは思わず笑いそうになってしまう。
さすが国王が選んだ護衛騎士の一人、アプリム・ドラポー。
(とはいえ、護衛騎士アプリムは困惑しているのでは?まあ、アーネがその辺りはやるだろう)
このような事を想像してしまっているマチアスも書庫に戻って、読書の再開だ。
カナメは「見つかると思う!」とよく分からない自信で言っていたが、やはり無理だろうなとマチアスはまた天窓の下で本を開く。
栞はまた、大切に本の最初のページへ。



読み進めていくと、マチアスがこの本についてカナメに聞いていた時に感じたものを、強く強く感じ確信を持ってくる。
(そうなると、もしかしてを読ませようと落としたのか?)
精霊が“これを選んだ”のかと頭によぎったが、しかしマチアスは確信が持てない事は疑う気持ちをかなり持つ方だ。
精霊が「そうだよ」と言えば頭に浮かんだ事を事実なんだなと素直に受け止めるが、精霊とはそうした交流が出来ない。偶然だろう言う気持ちが強いままだ。
しかし読み進めていくうちにこの本をカナメに読ませようと狙って精霊が選んだのかなんて疑問が、些細な事になるくらい、マチアスは本の内容に既視感を感じて背筋が震える。


著者である王弟は悩んでいた。一体自分はどうなるのかと。どうして突然り理解の出来ないが出たこれは一体どう言う事なのか。
今まで全く考えてもいなかった道に進めと、なぜ言われるのか。
何をやれといわれているのか。
苦悩している姿が赤裸々に書かれているのだ。


ある日、兄である王に呼ばれた著者である王弟は、今まで考えてもいなかった場所、辺境地の最も国境に近い村に赴けと言われた。
王弟は「どうしてそのような場所に?」と聞くが兄は苦しそうな顔で言えないと言うばかり。
厄介払いかと思ってみるが、兄と弟の仲の良さは疑うのも馬鹿らしいほど良好だ。
渋々の気持ち半分で向かった先は実に平和な土地。問題なんて一つもない。
どうしてここで、自分は身分も隠し護衛も従者も最低限の状態で、止まっていなければいけないのか。ここで何をなせと言うのか。
日を追うごとに戸惑い、そして不安になっていく姿がありありと、目に浮かぶほどの描写が続く。
しかしある日ここに、隣国と挟んでいる形になっている蛮人が暮らしている小国家──実際国家として成り立っていたのかどうか、王弟にも判断出来ないようだが──が攻め込んでくる。
少ない護衛と従者を使いながら、なんとか彼は村を守るべく奔走した。
足を一本失い、従者は一人、護衛は数人失い、終わった時には村は壊滅状態。
彼は初めて目の当たりにした侵略に怒りを抑えられず、誰の静止も聞かずに王都に帰り兄に訴えた。
自分が先頭に立ち指揮をする。あの蛮国──ここは本当にそう呼ばれるに値する行いしかしていない、今も歴史上最悪と言われる国の一つである──を滅ぼすのだと。
兄は何も言わずに兵を軍を整え、そして彼に軍師として、指揮官としての知識を与えた。短期間で覚えるそれに今まで平和に生きていた王弟は苦労しながら、それでも普及点と言われたのを契機に止める間もなく軍を率いて城を飛び出した。
そうしてその勢いのまま、怒りのままに、彼はどうにか蛮国と言われる国を滅ぼした。
その時には効き手も失っている。
──────五体満足ではない王族なんていても足をひっぱるだけだ、小さな領地でももらえたらそこに引きこもりたい。
そう言う弟を兄はなんとか引き留めた。
──────隣国から王女が来る。同じ蛮国に隣接しながら静観の姿勢を崩さなかった事に対しての謝罪と感謝の書状を携えてくるのだ。
だからせめてそれまではここにいて欲しいと。
そして書状を持ってきた王女は彼に、片足と片腕のなくなった王弟に一目惚れをした。彼女はどうか一緒にいてほしいと、何度も何度も訴えた。
不自由な自分とでは釣り合わないと何度言っても聞き入れない王女はついに「危うい関係の両国のための政略結婚をいたしましょう!」と言い出した。
ここでついに折れた弟は王女と婚約、そして二人は両国の架け橋の象徴として盛大な結婚式を挙げる。
利き手と片足を失いながら国を守り抜いた英雄として、隣国国民からの支持も集めた。
しかし平和な時間に身を置くと人を殺した感覚が蘇り、その記憶と感覚は弟をこれでもかと言うほどに苦しめた。
平和な世界で暮らしていた弟にとって、怒りで突き進んだ戦という刺激が遠くなればなるほど、彼が守った平和が、彼を苦しめる。
その苦しみを妻となった王女が支えてくれている。
──────愛の優しさを改めて知った、その尊さのなんと美しい事か。
と、弟は涙した。
この頃から弟は、あの時の兄の理解出来ない命は意味があったのではないか、と思うようになる。
晩年。
もう先は長くない。今でも兄は弟になぜあのような事を言ったのか、教えてはくれない。
だからこそ思う。あれはきっと神からの試練だったのだと。神からの神託だった違いないと。

もし今あるのがその試練を乗り越えた結果であるのなら、この国が美しく平和であり、そして自分の人生が鮮やかに彩られているのならば、愛する人を愛する国を守れたのであるのならば。あの試練なんて些細な事。
これ以上ない幸せな人生であったと振り返れば思う。


そう締めくくられた本を閉じ、マチアスは深く息を吐き出した。
この王弟の事は、マチアスだって知っている。
なにせ自分の先祖の事だ。
しかし実は『どうして突然、あの蛮国を滅ぼすのだと言って戦いに打って出たのか』についての正しい理由は、どの文献にも残っていない。
今も歴史として学ぶ際「天啓をうけた」と書かれてしまうくらい、そうであったのだと思うくらい何もなく突然と言う書き方で王族にも伝えられていた。
この王弟は蛮国を一晩で滅ぼし、危うい関係であった隣国と同盟を組んだ。この国の今ある平和の礎を築いた出来事のうち二つを成し遂げている。
兄である当時の王の手記や国に関する文献を開けば、彼の成した事に対しての賞賛が溢れている。

(この本がのか……)
マチアスは自分が息をしているかどうか、我が事なのに判断出来なくなりそうだ。
頭の片隅には、もう考えない方がいいと言う自分さえ現れそうになる。
(まさか……いや……)
マチアスは震える手で本をテーブルに置いた。

きっと、自分もなのだ、と。
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