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本編
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マチアスは朝からカナメの「どうしておれは、ここで寝ているんだろう……」という視線を笑って誤魔化し──事実を知ると拗ねそうなので──、再び書庫に籠った。
カナメはマチアスに読みかけの本を渡してしまったので、別の本を手にしてそのまま中庭に持ち出す許可を得てそちらに移動している。
外で読んだ方が楽しそう、と言ったカナメが持っていたのは『毒薬学のススメ』だ。
──────カナメは中庭で、一体何をする気だろうか。
若干不安になったマチアスだが、アーネがいればおかしな事にならないだろうとカナメのマイペースさを少し羨ましく思った。
今日、天窓の下で読書をするのはマチアス。
「……なるほど」
と言った彼は昨日カナメが読み進めていた場所まで無事に読み終えた。
そこに毒草を学び驚いた事があると、この本の著者が書いている。おおかたこれを読んで『毒薬学のススメ』なる本を持ち出したのだろう。
王家が管理する離宮の庭に毒草が生えているはずもないが、カナメの事だ、きっと昼になるまで──もしかしたら夕食の時間になるまで──一生懸命探しているに違いない。平和だ。
言い忘れていたが、この書庫には普通の本もいくつも置いてある。離宮へくる子供や妃のための本など、閲覧禁止のような仰々しいもの以外も置いてあった。
誰のために置いてあるのか知らないが、先の『毒薬学のススメ』もその一冊である。
もっとも、普通の本を読むならば離宮内のただの書庫に行くだろうけれど。
「素直だな」
しみじみそう実感して、あんなカナメを自分の婚約者にして欲しいと今より少しだけ幼い自分が言った事を、我が事ながらマチアスは驚く。
もし今だったら、もしこの年齢であったら、はたして自分は婚約者はカナメがいいと言うだろうか。
そんなもしもを思わず想像したマチアスは首を降って、本に視線を落とす。
書庫にいるアルノルトも何かの本を熱心に読んでいるようで、ほんのページ捲れて紙が擦れる音がした。
この離宮に来ようと思ったのは、マチアスの中で「もしかしたら」という疑問が、初めて浮かんだからだ。
父ロドルフは家族を大切に思う気持ちを持っている、もし平民であれば実にただの家族思いで子煩悩愛妻家となっていただろう。
今だって、王族にあってもそう言うところが強く出る。
しかしけれども、国の不利益になる、利益になるのであれば、国王らしく判断をするのがロドルフでもあった。
そのロドルフが、カナメがどうなるかも分からないにも関わらず決して白紙にはしないと言い切り、何がなんでもカナメと婚姻し、王妃にするのだと言う。
それは変える事が出来ない、“何か”。
それでハッと思ったのだ。
もしかしたら、これは大精霊カムヴィの何かなのではないか、と。
まだ王子でしかないマチアスは、王族だけは大精霊セーリオだけではなくその双子の大精霊カムヴィも神とし崇め祀っている事しか父王から教育されていないのだが、もし大精霊カムヴィの“何か”であるのなら、もし大精霊カムヴィが神託を下すような事があるのならば
──────この件は、そう言う事ではないだろうか。
マチアスはそう思ってあの後、ロドルフに『足掻いて見せる』と言ったその足ですぐに王宮の神殿に向かい神官長に会った。
彼はマチアスに何も語らなかったが、去り際に一言だけ感慨深そうに言った。
「どうか、そのお気持ちのまま、為さってください」
あの言葉はマチアスの背中を押してくれた。
その可能性があるかもしれないと一層、マチアスに思わせてくれた。
もしかしたら勘違いかもしれない。けれどそうかもしれないのなら、時間の許す限り調べるべきだとマチアスは行動したのだ。
「殿下、少し休まれては?もう昼食になります。庭で召し上がりますか?」
マチアスはハッとする。
本を見ればあまり進んでいない。
ここに来るまでの事を思い出してぼんやりしてしまったようだ。
「ああ、そうしよう。カナメがどこにいるか分からないが、そこへ向かおう」
「護衛騎士に聞いておりますから、庭に準備を始めさせます」
アルノルトは書庫の扉を少し開け、向こうに待たせていたのだろう侍女に昼食の事を伝えている。
進んでいない本を眺め、マチアスはため息をついた。
進んだところまで目印を挟もうと思い、本の最初のページに挟んでおいた栞を出す。
それは押し花の栞。花びらが一枚だけ使われている栞。なんの変哲もない、よくあるような花を押し花にし、それを加工したものだ。
(まだこれを当たり前のように持っているのが、カナメらしいな)
婚約者になった時、マチアスから届いた花を押し花にしたのだとカナメが涙を溜めていってきた。
なぜ押し花にしたというそれだけで泣きそうなのだろうか、と思ったマチアスにこっそり、シルヴェストルが教えてくれたのである。
──────デボラがまだ婚約者時分に、私から贈った花を自ら押し花にし栞にしたりしたのだ。とあの子が花束を受け取った時に思い出話の一つとしてしましてね。「なるほど、じゃあおれもやる!」といった格好でカナメも自分でやろうと思ったみたいですが……失敗続きであれしか出来なかったのです。
せっかく受け取った花束を使い切って出来たのは一つ。
本当はマチアスの分も作る気だったのだと、眉を下げてがっかりしたカナメを励まそうと、マチアスはその日、カナメと押し花に挑戦した。
魔法の力もあってあっという間の作業だったが、マチアスが押し花に出来た花を持ち上げようとした時、一枚以外を除いて全てが壊れてしまったのだ。
カナメは「アル様も失敗するんだね」と楽しそうに笑って、上手に出来たからと自分のをマチアスに渡し、マチアスのは自分が使うからそれを欲しいと言って。
それからカナメは常にそれを持ちあるいているのだと“豪語”していた。本当かと疑うとアーネが「手帳に挟んで持ち歩いていらっしゃいますよ」と教えてくれたが、今でも実のところ本当かなと少しだけ思っていたのだ。
「こんな栞……新しいのをいくらだって作って贈るのに。いまだに大切に使ってくれるんだな、お前は」
小さな栞一つをマチアスは壊れ物のように、大切にそっと栞を進んだ場所に移動させた。
日にも当たって色褪せた栞ひとつ。
カナメと過ごした時間を全て知っているような気がするそれを挟んだ本を、マチアスはそっと撫でた。
昼食の場に向かうと、カナメが芝生の上に敷いた薄手の絨毯の上に座っている姿がある。
持っていった『毒薬学のススメ』の表紙をジトッと眺め難しい顔をしているのから察するに、やはり毒草を見つける事が出来なかったようだ。
(当然だ。離宮の誰の目にも触れるような場所に、毒草をおいそれと生やしておくわけにはいかないだろうからなあ)
そのまま近寄ろうとして気がつき、少し距離がある状態で声をかける。「カナメ」と。
カナメは声に反応してマチアスに手を振った。
人に知られぬようホッとしたマチアスは自分の後ろに控えていたアルノルトの
「あのまま近づくと初日の繰り返しになりますから……よかったです」
という素直な言葉に苦笑いをこぼした。
カナメはマチアスに読みかけの本を渡してしまったので、別の本を手にしてそのまま中庭に持ち出す許可を得てそちらに移動している。
外で読んだ方が楽しそう、と言ったカナメが持っていたのは『毒薬学のススメ』だ。
──────カナメは中庭で、一体何をする気だろうか。
若干不安になったマチアスだが、アーネがいればおかしな事にならないだろうとカナメのマイペースさを少し羨ましく思った。
今日、天窓の下で読書をするのはマチアス。
「……なるほど」
と言った彼は昨日カナメが読み進めていた場所まで無事に読み終えた。
そこに毒草を学び驚いた事があると、この本の著者が書いている。おおかたこれを読んで『毒薬学のススメ』なる本を持ち出したのだろう。
王家が管理する離宮の庭に毒草が生えているはずもないが、カナメの事だ、きっと昼になるまで──もしかしたら夕食の時間になるまで──一生懸命探しているに違いない。平和だ。
言い忘れていたが、この書庫には普通の本もいくつも置いてある。離宮へくる子供や妃のための本など、閲覧禁止のような仰々しいもの以外も置いてあった。
誰のために置いてあるのか知らないが、先の『毒薬学のススメ』もその一冊である。
もっとも、普通の本を読むならば離宮内のただの書庫に行くだろうけれど。
「素直だな」
しみじみそう実感して、あんなカナメを自分の婚約者にして欲しいと今より少しだけ幼い自分が言った事を、我が事ながらマチアスは驚く。
もし今だったら、もしこの年齢であったら、はたして自分は婚約者はカナメがいいと言うだろうか。
そんなもしもを思わず想像したマチアスは首を降って、本に視線を落とす。
書庫にいるアルノルトも何かの本を熱心に読んでいるようで、ほんのページ捲れて紙が擦れる音がした。
この離宮に来ようと思ったのは、マチアスの中で「もしかしたら」という疑問が、初めて浮かんだからだ。
父ロドルフは家族を大切に思う気持ちを持っている、もし平民であれば実にただの家族思いで子煩悩愛妻家となっていただろう。
今だって、王族にあってもそう言うところが強く出る。
しかしけれども、国の不利益になる、利益になるのであれば、国王らしく判断をするのがロドルフでもあった。
そのロドルフが、カナメがどうなるかも分からないにも関わらず決して白紙にはしないと言い切り、何がなんでもカナメと婚姻し、王妃にするのだと言う。
それは変える事が出来ない、“何か”。
それでハッと思ったのだ。
もしかしたら、これは大精霊カムヴィの何かなのではないか、と。
まだ王子でしかないマチアスは、王族だけは大精霊セーリオだけではなくその双子の大精霊カムヴィも神とし崇め祀っている事しか父王から教育されていないのだが、もし大精霊カムヴィの“何か”であるのなら、もし大精霊カムヴィが神託を下すような事があるのならば
──────この件は、そう言う事ではないだろうか。
マチアスはそう思ってあの後、ロドルフに『足掻いて見せる』と言ったその足ですぐに王宮の神殿に向かい神官長に会った。
彼はマチアスに何も語らなかったが、去り際に一言だけ感慨深そうに言った。
「どうか、そのお気持ちのまま、為さってください」
あの言葉はマチアスの背中を押してくれた。
その可能性があるかもしれないと一層、マチアスに思わせてくれた。
もしかしたら勘違いかもしれない。けれどそうかもしれないのなら、時間の許す限り調べるべきだとマチアスは行動したのだ。
「殿下、少し休まれては?もう昼食になります。庭で召し上がりますか?」
マチアスはハッとする。
本を見ればあまり進んでいない。
ここに来るまでの事を思い出してぼんやりしてしまったようだ。
「ああ、そうしよう。カナメがどこにいるか分からないが、そこへ向かおう」
「護衛騎士に聞いておりますから、庭に準備を始めさせます」
アルノルトは書庫の扉を少し開け、向こうに待たせていたのだろう侍女に昼食の事を伝えている。
進んでいない本を眺め、マチアスはため息をついた。
進んだところまで目印を挟もうと思い、本の最初のページに挟んでおいた栞を出す。
それは押し花の栞。花びらが一枚だけ使われている栞。なんの変哲もない、よくあるような花を押し花にし、それを加工したものだ。
(まだこれを当たり前のように持っているのが、カナメらしいな)
婚約者になった時、マチアスから届いた花を押し花にしたのだとカナメが涙を溜めていってきた。
なぜ押し花にしたというそれだけで泣きそうなのだろうか、と思ったマチアスにこっそり、シルヴェストルが教えてくれたのである。
──────デボラがまだ婚約者時分に、私から贈った花を自ら押し花にし栞にしたりしたのだ。とあの子が花束を受け取った時に思い出話の一つとしてしましてね。「なるほど、じゃあおれもやる!」といった格好でカナメも自分でやろうと思ったみたいですが……失敗続きであれしか出来なかったのです。
せっかく受け取った花束を使い切って出来たのは一つ。
本当はマチアスの分も作る気だったのだと、眉を下げてがっかりしたカナメを励まそうと、マチアスはその日、カナメと押し花に挑戦した。
魔法の力もあってあっという間の作業だったが、マチアスが押し花に出来た花を持ち上げようとした時、一枚以外を除いて全てが壊れてしまったのだ。
カナメは「アル様も失敗するんだね」と楽しそうに笑って、上手に出来たからと自分のをマチアスに渡し、マチアスのは自分が使うからそれを欲しいと言って。
それからカナメは常にそれを持ちあるいているのだと“豪語”していた。本当かと疑うとアーネが「手帳に挟んで持ち歩いていらっしゃいますよ」と教えてくれたが、今でも実のところ本当かなと少しだけ思っていたのだ。
「こんな栞……新しいのをいくらだって作って贈るのに。いまだに大切に使ってくれるんだな、お前は」
小さな栞一つをマチアスは壊れ物のように、大切にそっと栞を進んだ場所に移動させた。
日にも当たって色褪せた栞ひとつ。
カナメと過ごした時間を全て知っているような気がするそれを挟んだ本を、マチアスはそっと撫でた。
昼食の場に向かうと、カナメが芝生の上に敷いた薄手の絨毯の上に座っている姿がある。
持っていった『毒薬学のススメ』の表紙をジトッと眺め難しい顔をしているのから察するに、やはり毒草を見つける事が出来なかったようだ。
(当然だ。離宮の誰の目にも触れるような場所に、毒草をおいそれと生やしておくわけにはいかないだろうからなあ)
そのまま近寄ろうとして気がつき、少し距離がある状態で声をかける。「カナメ」と。
カナメは声に反応してマチアスに手を振った。
人に知られぬようホッとしたマチアスは自分の後ろに控えていたアルノルトの
「あのまま近づくと初日の繰り返しになりますから……よかったです」
という素直な言葉に苦笑いをこぼした。
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