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本編
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マチアスとカナメが離宮へ小旅行に行ったその日、宰相グラシアンは王宮神官に会いに行った。
王宮神官というのは、言葉の通り『王宮にある神殿に祀られている神』に仕え、その神を信仰し祀る王族の手助けをする神官たちだ。
彼らは神に仕えると同時に王族にも仕えた。これは“そう言う素質”のあるものを王宮神官の身内などから見つけ、彼らが望めば彼らを教育しこの職に就かせる。
王宮神官はこれに就く際に、王宮にある神殿に祀られる神と王族に忠誠を誓い、それに関する契約を結ぶ。
この契約を『カムヴィとの契約』と言い、この契約時にカムヴィから不適切とされれば王宮神官に就く事は叶わない。
また契約を違反した時の大きな代償を聞きやめる者がごく稀にいるが、ほとんどの人間はそれを受け入れ神と王族に仕えた。
そういう素質のあるものを見つけるのが、彼ら王宮神官たちはとても上手いのである。
いや、もしかしたら、そういう王宮神官の周りにはそう言う人間が集まるのかもしれないが。
この国を始め、この世界に存在する精霊と関わりのある多くの国では、大精霊と呼ばれる精霊を神とし祀り讃える。
大精霊とは“この世界を作った精霊”とされており、大精霊は元より神であるとしている国もあれば、精霊が神格化されたものとしている国と分かれてはいるのだが、結局は神として祀っているという事には変わりはなかった。
この国ではその大精霊のうちで“セーリオ”という、『真実』『質実』『謹厚』を象徴しているとされ、氷と風をこの世界へもたらした一柱──神とされているので“柱”とされている──と言われている大精霊を神としていた。
街々にセーリオの神殿が大なり小なり存在し、もちろん王都には立派な神殿があり、小さな村で神殿が建てられない場合は小さな祠をそれに変えセーリオを信仰するほど、この国はセーリオを敬神している。
そして、セーリオを神とし仕える神官をこの国では『神殿神官』と呼んでいた。
国民はどうしてわざわざ“神殿”と付けるのかを知らないが、そうであるからそう呼んでいる。
例えて言うのであれば、右手を右手と言い表すのはそれが右手だから。これと同じ様なものだろうか。
真実のところは、王宮に王宮だけの神官がいるから、こうしてわざわざ神殿とつけ区別しているのだ。
同じ神に仕える神官であるのなら、『王宮神官』と『神殿神官』なんて分ける必要などないのではないか。
そう思って当然だろうが、王宮神殿で祀るのはセーリオではない。だから区別しているのだ。
国民の誰もが知らない事だが、王族はセーリオではない精霊も神として崇めている。
その神の名前は“カムヴィ”。先の『カムヴィとの契約』で名前が上がった、カムヴィだ。
セーリオとは双子だとされる大精霊で、彼は『試練』『変化』『安泰』を象徴しているとされ、また雷をこの世界へもたらした一柱と言われている精霊である。
どうして王族だけがセーリオ以外の精霊も神とするのか、実は誰も、そう王族の誰もが理解していない。
国民が「どうして神殿神官と呼ぶのだろうか」というこれを疑問に思わないのと同じで、王族も『王族はカムヴィも神として崇める』と決まっていたからそうなんだと思い過ごしているのだ。
そして王宮神官は、この神を祀り仕え、そして神殿神官の“高官”とのパイプ役もになっている。
王族はカムヴィと国教となっているような存在のセーリオ、両方の精霊を神とし信仰しているため、王宮神官との関係だけを重視するわけにはいかない。
それにセーリオは国民にとって唯一の神のような存在だ。
だからこそ王宮神官と神殿神官は正しく繋がりがなければいけない。
王宮神官が存在している真実を知る高官と神殿神官の高官は双方にとって大切な役目を持ち、パイプ役になるのである。
余談ではあるが、王宮神官が存在する真実を知る神殿神官高官は、王宮神官が行う『カムヴィとの契約』の対になるような『セーリオとの契約』で不適切とされなかったもののしかなれない。
城の広大な敷地に慎ましやかな大きさだが、荘厳な神殿がある。
“表向き”はセーリオを祀っている事になっている、カムヴィの神殿だ。
どうしてカムヴィを祀っている事を秘匿にしなければいけないのか、歴代の王族や王宮神官が研究しても理由は見つからない。
その見つからない事実が逆に恐ろしく、今もそういう事にしている。
いつか真実を知る日が来るのかも知れないが、それは今日明日なんてものではなく、ずっとずっと先の未来になるのだろう。
グラシアンが神殿に一歩入れば、神官の一人が足早に近寄ってきた。
「神官長殿はおいでか?」
「今案内いたします」
神官について行くと、神殿の奥にある開けた庭に神官長が立っている。
彼はほとんどの時間をここで過ごす。なぜなら、この庭がカムヴィを祀っている場所だからである。
庭の中央にある大きな木が、いわゆる御神体というものだ。
「グラシアン様がいらっしゃいましたか」
「え?」
「いえ」
にっこりと優しい笑顔を浮かべる、この好々爺にしか見えない老人が神官長だ。
「どうぞこちらへ。今何か……そうですね、冷たいものでも持って来させましょう」
「いえ、遠慮します。なにせ国王には言わずに参りました。すぐに帰ります」
「そうですか。分かりました。ですが、どうぞ、掛けてください」
手で示されたのは庭に入る扉の横に置かれている木のベンチ。
5人が並んで悠々と座れるくらいの長さがあり、これに二人並んで腰掛けた。
座って前を向けば御神体と空のコントラストが心癒す景色に見える。
「さて、ご用件は?」
「なんとか、ならないものなのでしょうか?」
御神木を見ながらグラシアンは聞く。
「わたしの方でなんとかなるものであれば、わたしは、国王陛下にお声を届ける事は致しませんでした」
「分かっております。ただ、聞かずにはいられませんでした」
グラシアンが自分の膝の上に置いてある手に、グッと力を込める。
そうだろうと想像していたけれど、肯定されるとつらい物があった。
「夢物語のようなものだと、そう信じておりました」
「ええ、そうでございましょう?こんな事を神官長としてここに仕えているわたしが言うと神罰がありそうですが、わたしもそう思っていました。まさかわたしがお声を聞く事になろうとは。しかし良いのか悪いのか、どうすればいいのかをきちんと残してあったために、今回のような混乱が生まれてしまって……いっそそのようなものが残っていなければよかったのかもしれませんが……ございましたからね。ですが、いっそ無かった事にすべきではないか、とお役目に背く事も一瞬だけ、考えました」
「それはできますまい。あなたは王宮神官になった時の契約がある。『私利私欲』、それはきっとこれに抵触してしまいます」
そよそよと風が吹く。
心地のいい風だ。
不思議とこの場所は、人が穏やかになれる、そんな優しい風が吹く。
だからこの場所が神聖で、目の前の雄大な姿を堂々を見せつける木が御神木であると信じられるのだろう。
グラシアンの好きな場所の一つが、ここである。
心が乱れた時に庭に入ると、なかなかどうして、その気持ちが凪いでゆったりとした気分になれるのだ。
「しかし、私が来た事を、驚きませんでしたね」
普段の際であれば気にしないだろう、とグラシアンは思う。
なにせ先も話したように、ここはグラシアンにとって癒しの場のようなもの。
そして、城勤めをしているものは誰でも入れる神殿。信心深いものが、登城や下城の際わざわざ寄ってここで祈りを捧げる姿も見られた。
彼らは皆セーリオに祈りを捧げるのだけれど、何にしてもこの神殿は──解放区間だけとはいえ──こうして解放されているのだ。
しかし今の神官長の様子はグラシアンがあの件について話にくると、まるで予見したかのようであった。
神官長はこの庭でグラシアンが来る事を待っていたような、そんな雰囲気を持っていたのである。
「ええ、次はどなたがおいでになるのかと、思っていまして」
「次?」
訝しげに聞いたグラシアンに、
「マチアス王太子殿下が、おいでになりましたよ」
神官長はまるで孫を褒めるかのような、孫を自慢するような誇らしげな顔で言った。
王宮神官というのは、言葉の通り『王宮にある神殿に祀られている神』に仕え、その神を信仰し祀る王族の手助けをする神官たちだ。
彼らは神に仕えると同時に王族にも仕えた。これは“そう言う素質”のあるものを王宮神官の身内などから見つけ、彼らが望めば彼らを教育しこの職に就かせる。
王宮神官はこれに就く際に、王宮にある神殿に祀られる神と王族に忠誠を誓い、それに関する契約を結ぶ。
この契約を『カムヴィとの契約』と言い、この契約時にカムヴィから不適切とされれば王宮神官に就く事は叶わない。
また契約を違反した時の大きな代償を聞きやめる者がごく稀にいるが、ほとんどの人間はそれを受け入れ神と王族に仕えた。
そういう素質のあるものを見つけるのが、彼ら王宮神官たちはとても上手いのである。
いや、もしかしたら、そういう王宮神官の周りにはそう言う人間が集まるのかもしれないが。
この国を始め、この世界に存在する精霊と関わりのある多くの国では、大精霊と呼ばれる精霊を神とし祀り讃える。
大精霊とは“この世界を作った精霊”とされており、大精霊は元より神であるとしている国もあれば、精霊が神格化されたものとしている国と分かれてはいるのだが、結局は神として祀っているという事には変わりはなかった。
この国ではその大精霊のうちで“セーリオ”という、『真実』『質実』『謹厚』を象徴しているとされ、氷と風をこの世界へもたらした一柱──神とされているので“柱”とされている──と言われている大精霊を神としていた。
街々にセーリオの神殿が大なり小なり存在し、もちろん王都には立派な神殿があり、小さな村で神殿が建てられない場合は小さな祠をそれに変えセーリオを信仰するほど、この国はセーリオを敬神している。
そして、セーリオを神とし仕える神官をこの国では『神殿神官』と呼んでいた。
国民はどうしてわざわざ“神殿”と付けるのかを知らないが、そうであるからそう呼んでいる。
例えて言うのであれば、右手を右手と言い表すのはそれが右手だから。これと同じ様なものだろうか。
真実のところは、王宮に王宮だけの神官がいるから、こうしてわざわざ神殿とつけ区別しているのだ。
同じ神に仕える神官であるのなら、『王宮神官』と『神殿神官』なんて分ける必要などないのではないか。
そう思って当然だろうが、王宮神殿で祀るのはセーリオではない。だから区別しているのだ。
国民の誰もが知らない事だが、王族はセーリオではない精霊も神として崇めている。
その神の名前は“カムヴィ”。先の『カムヴィとの契約』で名前が上がった、カムヴィだ。
セーリオとは双子だとされる大精霊で、彼は『試練』『変化』『安泰』を象徴しているとされ、また雷をこの世界へもたらした一柱と言われている精霊である。
どうして王族だけがセーリオ以外の精霊も神とするのか、実は誰も、そう王族の誰もが理解していない。
国民が「どうして神殿神官と呼ぶのだろうか」というこれを疑問に思わないのと同じで、王族も『王族はカムヴィも神として崇める』と決まっていたからそうなんだと思い過ごしているのだ。
そして王宮神官は、この神を祀り仕え、そして神殿神官の“高官”とのパイプ役もになっている。
王族はカムヴィと国教となっているような存在のセーリオ、両方の精霊を神とし信仰しているため、王宮神官との関係だけを重視するわけにはいかない。
それにセーリオは国民にとって唯一の神のような存在だ。
だからこそ王宮神官と神殿神官は正しく繋がりがなければいけない。
王宮神官が存在している真実を知る高官と神殿神官の高官は双方にとって大切な役目を持ち、パイプ役になるのである。
余談ではあるが、王宮神官が存在する真実を知る神殿神官高官は、王宮神官が行う『カムヴィとの契約』の対になるような『セーリオとの契約』で不適切とされなかったもののしかなれない。
城の広大な敷地に慎ましやかな大きさだが、荘厳な神殿がある。
“表向き”はセーリオを祀っている事になっている、カムヴィの神殿だ。
どうしてカムヴィを祀っている事を秘匿にしなければいけないのか、歴代の王族や王宮神官が研究しても理由は見つからない。
その見つからない事実が逆に恐ろしく、今もそういう事にしている。
いつか真実を知る日が来るのかも知れないが、それは今日明日なんてものではなく、ずっとずっと先の未来になるのだろう。
グラシアンが神殿に一歩入れば、神官の一人が足早に近寄ってきた。
「神官長殿はおいでか?」
「今案内いたします」
神官について行くと、神殿の奥にある開けた庭に神官長が立っている。
彼はほとんどの時間をここで過ごす。なぜなら、この庭がカムヴィを祀っている場所だからである。
庭の中央にある大きな木が、いわゆる御神体というものだ。
「グラシアン様がいらっしゃいましたか」
「え?」
「いえ」
にっこりと優しい笑顔を浮かべる、この好々爺にしか見えない老人が神官長だ。
「どうぞこちらへ。今何か……そうですね、冷たいものでも持って来させましょう」
「いえ、遠慮します。なにせ国王には言わずに参りました。すぐに帰ります」
「そうですか。分かりました。ですが、どうぞ、掛けてください」
手で示されたのは庭に入る扉の横に置かれている木のベンチ。
5人が並んで悠々と座れるくらいの長さがあり、これに二人並んで腰掛けた。
座って前を向けば御神体と空のコントラストが心癒す景色に見える。
「さて、ご用件は?」
「なんとか、ならないものなのでしょうか?」
御神木を見ながらグラシアンは聞く。
「わたしの方でなんとかなるものであれば、わたしは、国王陛下にお声を届ける事は致しませんでした」
「分かっております。ただ、聞かずにはいられませんでした」
グラシアンが自分の膝の上に置いてある手に、グッと力を込める。
そうだろうと想像していたけれど、肯定されるとつらい物があった。
「夢物語のようなものだと、そう信じておりました」
「ええ、そうでございましょう?こんな事を神官長としてここに仕えているわたしが言うと神罰がありそうですが、わたしもそう思っていました。まさかわたしがお声を聞く事になろうとは。しかし良いのか悪いのか、どうすればいいのかをきちんと残してあったために、今回のような混乱が生まれてしまって……いっそそのようなものが残っていなければよかったのかもしれませんが……ございましたからね。ですが、いっそ無かった事にすべきではないか、とお役目に背く事も一瞬だけ、考えました」
「それはできますまい。あなたは王宮神官になった時の契約がある。『私利私欲』、それはきっとこれに抵触してしまいます」
そよそよと風が吹く。
心地のいい風だ。
不思議とこの場所は、人が穏やかになれる、そんな優しい風が吹く。
だからこの場所が神聖で、目の前の雄大な姿を堂々を見せつける木が御神木であると信じられるのだろう。
グラシアンの好きな場所の一つが、ここである。
心が乱れた時に庭に入ると、なかなかどうして、その気持ちが凪いでゆったりとした気分になれるのだ。
「しかし、私が来た事を、驚きませんでしたね」
普段の際であれば気にしないだろう、とグラシアンは思う。
なにせ先も話したように、ここはグラシアンにとって癒しの場のようなもの。
そして、城勤めをしているものは誰でも入れる神殿。信心深いものが、登城や下城の際わざわざ寄ってここで祈りを捧げる姿も見られた。
彼らは皆セーリオに祈りを捧げるのだけれど、何にしてもこの神殿は──解放区間だけとはいえ──こうして解放されているのだ。
しかし今の神官長の様子はグラシアンがあの件について話にくると、まるで予見したかのようであった。
神官長はこの庭でグラシアンが来る事を待っていたような、そんな雰囲気を持っていたのである。
「ええ、次はどなたがおいでになるのかと、思っていまして」
「次?」
訝しげに聞いたグラシアンに、
「マチアス王太子殿下が、おいでになりましたよ」
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