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あこ

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番外編:本編完結後

𝟞 サプラーイズ!

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これほどまでに朝早く起きようと思った事が、この男にあっただろうか。
今日はどうしても朝早く起きようと、それはもう何日も前からを立てていた。
目に入れても痛くない恋人──この表現を恋人に用いるのも……かもしれないが──のためならば藤春巽はになれるのだ。
多分だけど。



むくりと上半身を起こしたカイトは、ぐしぐしと手で目を擦った。
もう少し寝ていられるのになんだか階下から良いコーヒーの香りがしている気がして、覚醒してしまった。
うつらうつらしながら隣を手で探ると、巽がいない。
巽の寝ていただろう場所の温度が、彼がそれなりに前にいなくなったいたと教えてくれている。
(んーんー……今日、なにかあった……かなあ)
巽は寄りを戻して以降、「そこまで言わなくても良いのに……」とカイトに言われるほど、自分の予定を報告していた。
寄りを戻してすぐの頃、とにかく自分が浮気をしていない事を示す一環として始めたのだが、それは今も続いている。
巽は男女関係なく付き合えるので「やべえ……異性愛者のように異性と会う時だけなんてわけにはいかねえ」と思った結果が、に繋がったのだろう。
おかげで巽に関する事で一番被害を受けたり振り回されたりしている──巽は否定しているけれど──金森という男が「カイトさんのおかげで実に真面目になってくださいました」と喜ばれた。

ともかく、そんな理由でカイトが知りうる“本日の巽の予定”ではこの時間に起きる必要はなく、むしろカイトはいつものように「巽さん、朝ごはん食べよう」と自分が起こすだろうと思っていたのだ。
それがどういうわけか階下からコーヒーらしき良い香り。
これまた普段の巽なら「寝顔を見ていた」とか、「まだ時間じゃないなら一緒に寝てよう」と抱き込むなど、今現状とは逆の行動をとっていたはずのに
(寝れなかった……のかなあ)
カイトはしばらくボンヤリしていたがあくびをひとつし、眠気を吹き飛ばすべく顔を洗ったりなんだりして一階に降りた。
リビングに入ると巽がカイトを見つけて笑顔を見せる。
若干意地悪そうに見えるのは彼の顔面がだからだろう。
「巽さん、はやいね」
「おう」
得意げな顔で返事をしてきたのを見てカイトは、なるほどなにか考えがあったのかなと思った。
これでも長い付き合いだ。
巽がカイトの表情で何かに気がつくように、カイトだって同じように気がつける。
「たまには俺が朝食を準備しようかと思ってな」
「へえ」
素直に驚いたカイトに巽は着席を促す。
甲斐甲斐しく椅子を引いたりする巽は、カイトと離れる際に頭頂部にキスを落とす。
これも光景だ。
カイトにリンゴジュース──とある“問題児”からの贈り物である。彼所有の林檎農園で作られたものだとか──を渡した巽はテキパキと朝食を並べた。
それはヨーグルトの上にこんもり盛られたグラノーラと、小さめのサラダ、カフェオレ。
火も包丁も一切使わず、「俺に料理なんてさせたら食材がもったいねェぞ」と豪語する巽でも完璧に用意出来るメニューだ。
対して巽が自分に用意したのはトースト二枚とヨーグルトにサラダだ。サラダには適当にと思しきハムが混ざっていた。
「それで巽さん、足りる?」
「多分な。それに知ってるだろうけど、別に朝からガツガツ食べたいタイプではないぜ?」
「俺が作ると、それよりほんの少しだけ、量が多いかなって思って。お昼の心配しちゃっただけ」
「ああ今日はその上カイトの愛情も入ってねェから、昼は早く食べるかもしれねェなあ」
「なにそれ」
笑ってカイトはヨーグルトとグラノーラを混ぜた。
中からカットされたフルーツが出てくる。
これはカイト切らさないようにしているもので、数種類のフルーツをカットしてこれまた数種類のドライフルーツと混ぜておいたものだ。
これらをドヤ顔で用意してくれる恋人にカイトは思わず笑う。
その意味を理解した巽は「手間は一切かかってねェが、愛情だけはこもってる」と少し不機嫌そうに言った。

先にカイトが家を出て、それから一時間ほどして巽が家を出た。
駅まで送ると言ったのだが、じゃあ迎えにきてほしいとのである。
送っても迎えに行くと言ったのだが、今日はのんびり歩いて駅まで行きたい気分なのだと巽は“反発”された。
渋々見送った巽はけれども
(そうか、じゃあ準備も出来て良いわな)
と気持ちを切り替える事にしたようだ。
彼が今運転している車には一揃えのスーツも乗っている。
これはカイトを迎えに行ったら一度職場へ引き返し、そこでカイトにこれに着替えるようにと渡すためだ。
今日、巽はカイトに内緒でディナーの予約をしている。
良いレストランを予約したんだし、どうせなら俺の恋人がいかに美人が。そんな思考でスーツを選んだ。
そのくせ、実際人目を引いてカイトに邪な視線──それが巽の勘違いだったとしても、彼は「俺がそう感じたならそうに違いない」ととんでもない事を言うだろうけれど──を向けられると不機嫌になるのだから、なんともはや困る、であろう。
この男は本当に面倒臭い男なのだ。

その面倒臭い男は職場に到着した。
駐車場を見ると金森の車がもうすでにそこにある。
「あいつ……まさかまたここに泊まったんじゃねェだろうな」
寝ると調子が良くなくて、と言い切る金森はよく仕事をしてそのまま職場で仮眠をする。
そんなに仕事をするなと言っても、急ぎの仕事はないと言っても、思い切って働くなと言っても、金森の行動は変わらない。
だから巽は投げた。
何を言っても聞かない男なので、強引に休みを取らせると言う手段を取る事にしたのだ。
「本当にあいつ、うちはホワイトな職場だっつーのに、あいつのせいでブラックみたいじゃねェか」
文句を言って助手席に投げ置いていたコートをむんずと掴み、車の外に出た。
ロックをかけてコートを羽織ろうとすると、違和感を感じ首を捻る。
車に乗る時には、このコートを羽織ってこなかったので感じなかった違和感。
首を捻った巽は徐にコートの内ポケットに手を突っ込んだ。
そこには違和感の正体の何かが入っている。
内ポケットに滅多な事では何かを入れない巽は、それを掴んで取り出し確認した。
小さめのクラフト紙の紙袋。正方形で飾りっ気のないものだ。
こういう何かも分からないものを気にせず開けようとするから、彼の世話係は「坊ちゃん!」といつまで経っても過保護に目くじらを立てるのだろうが、今日も巽は気にせず開けた。
「は……はは。なんだよ、さりげなくやったつもりだったのになァ」
出てきたのはメッセージカードと、焦茶で棒状のものが四本。

──────まさか巽さんにバレンタインを先越されるなんてね!を買ってくるとは。悔しいから俺もサプライズにしてみたよ。

メッセージから察するに、巽の手の中にあるそれはバレンタインのプレゼントであるチョコレートバーだ。
そして、たしかにそう。メッセージに書いてある通り、今日の朝、巽がしたのはさりげないバレンタインのプレゼントである。
気が付かれなくても良い、自己満足的なものだ。
けれどもこう言う事が好きなカイトには、どこかのタイミングでしっかりバレていたのだろう。
バレたらバレたでという気持ちでいたが、こうして改めて指摘されると恥ずかしいものだなと巽は頬をかいて駐車場を後にする。

「まあでも。本当のサプライズはバレンタインディナーだからな。はは、あいつ、どんな顔するかねェ。楽しみだわ」




(2023年バレンタイン小説)
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