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あこ

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番外編:本編完結後

★ 欲しいものは一つだけ!

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リトが、実家である須藤家に置いていった観葉植物。
いつのまにか大きくなったその植物に「肥料をあげなきゃ……!!」とカイトが唐突に思い至ったのは、大学構内の観葉植物に元気がないのを見た時だった。
水はあげてるのか、肥料はあげてるのか、と頭によぎった時
(そういえば、俺も、肥料なんてあげてないかも!)
家のリビングに置かれた、カイトを癒すその観葉植物は“肥料についての我儘を言わず”元気な姿を見せてくれているとはいえ、何かしら栄養は必要に違いないとカイトの足は自然と姉夫婦がいるだろう方へと向かった。
電車内でリトにメッセージを送ると『今日は俊哉、お母さんの代わりにお店に出てるわよ。私はお母さんを迎えに行くところ』と帰ってきた。
俊哉の母恵子は、以前カイトがピンチヒッターとしてバイトをする事になった原因である怪我のせいで、リハビリを余儀なくされた。
今はもう生活上の不便はないそうなのだが、恵子は趣味のテニスとトレッキングを以前のように再開させたいからと筋肉と柔軟性を取り戻したいそうだ。
と彼女の話は兎も角、そう聞いてカイトは進路を花屋に変更した。



「そうなの?そっかー。フィカス・ウンベラータだったよね。あれは今肥料は要らないよ。多分だけど、今まではリトさんが帰った時に肥料あげてたんだと思うな。春から秋には二ヶ月に一度くらい肥料をあげるのが良いくらいだから」
ニコニコ笑いながらカイトにそう伝えるのは俊哉。
本日一人で花屋を切り盛り中だ。
「なら、春からのために、肥料、買っていけばいい?おすすめとか……あ、これとかそうなのかな?」
観葉植物用の肥料、と書かれたなんともターゲットが分かり易い肥料を手にしてカイトが言うと、俊哉はゆるゆると首を振ってカイトの手から肥料を取り上げる。
「リトさんに実家に帰る……じゃないな、リトさんからを減らさないであげてよ。肥料なんて大した理由じゃないし、そんなの関係なく行くだろうけど、ふふ、リトさんは当初本気で……本気というより強制的にでもカイトくんに俺たちと暮らしてもらおうって思ってたんだよ?俺もそれは良いかもしれないって思ってたから……ほら、大変だったでしょ?だからさ、顔を見に行く家に行く理由なんて、リトさん、欲しいんだから。あれでもね、すっごく遠慮しているんだよ、リトさん」
可愛いよね、と爽やかに笑う俊哉にそう言われたら、カイトは白旗をあげてしまう。
ストーカーやらなにやらと心配をかけた姉の『私が俊哉と同棲するなら、カイトも一緒よ』を撤回してもらうために、カイトはどれほどの労力を費やし説得した事か。
今だって納得してなそうな姉を思えば
「なら俺は、肥料はぜったい、家に置かないでおく」
「あはは、そうした方が良いよ!お姉ちゃん孝行だと思ってさ」
そしてこの後、一人で切り盛りする俊哉を助けようと手伝ったのだが、この判断をカイトは深く後悔する事となった。

俊哉はから、カイトがどこか落ち込んだ顔で帰っていくのを何も言わずに見送った。今のカイトにはそれが一番いいだろうと、はそう知っているからだ。
しかしという、先の思いとは若干矛盾しているものを抱える兄の側面もあるから、やはり黙ったままなんて出来なくて『藤がまともなごはん食べたいって言ってたなあ』とを落としたから、カイトの行き先が自然と自宅から巽の家に変わった。
暖かく優しいお兄ちゃんは、可愛い弟が抱えた気持ちをどうしたら軽くできるのか。ちゃんとお見通しなのだ。


(汚い……俺、汚い……)
ギュッと鞄を握り直したカイトは眉をしかめる。
どうしても耳に入った言葉が頭から離れない。

巽はカイトほどではないけれど、フラッと俊哉とリトの顔を見に花屋や倉庫に立ち寄る事がある。
時々現れる野性的な男前、として乾夫婦曰く的な扱いをされていたようだ。
今日、カイトはそれを初めて知った。
カイトが裏の作業をしている時、俊哉が聞かれていたのだ。
どちらかと言えば大人しそうな服装の可愛らしい女性に、バレンタインのチョコを渡したいのだけれど次はいつくるだろうか、と。
俊哉がそれに何と言って答えていたか、カイトは聞こえないほどに女性の発言が心に刺さっていた。

今の巽がチョコを受け取ったとしても、巽が相手に何かするとは一切考えていないし、彼の性格を思えば貰わない可能性だってある。
けれどカイトは嫌だった。
カイトは巽が誰かからチョコを、しかも本命のチョコを貰うのだけは嫌だと腹のあたりが酷く酷く重くなる。
今の巽が、どれほどカイトしか目に入っていないかなんて解っている。誰の気持ちも受け入れない事だって解っている。
誰から本命だろうが義理だろうが、チョコレートだろうがプレゼントだろうがもらっても、昔の巽のようにフラフラしないと信じている。

それでも、それでもだ。
カイトは嫌だと強く思う。

昔の巽に対して思わなかったほどに
(酷い、重たい嫉妬だ……酷すぎる)
新しく始めたは、カイトに幸福をもたらしているのだろう。ここまでの嫉妬をカイトは今初めてしたと言っても良い。
あまりに自分の心に嫌気もさすし、悲しくもなる。
信じているし分かっているのなら

「別に、誰からもらっても、気にする事なんてない、のに」

そう言えば、事情を全て聞き出した巽が目を丸くした。
場所は巽の家のリビング。ソファの上。
は巽に連絡をしていたのだ。
──────カイトくんがべこべこに凹んだ気持ちを抱えたまま、辛そうな顔で藤の家にトボトボ向かっているよ。
俊哉が脚色したかもしれないそれを聞いて飛んで帰ってきた巽は、それをおくびにも出さずあの手この手で聞き出したところである。

目を丸くしたままの巽をチラリとみたカイトは、ふいっと顔を逸らして罰の悪そうな顔になった。
「仕方ない、じゃん。巽さん、俺の頭の上からさ、本気の愛を、ばっさばっさと落としていくんだ。そんなのされたら、されたら」
小さく笑ったカイトは、再び巽をチラリとみて
「大好きだよって、心からちゃんと、言えるようになる。それに、今までの事、どこか端っこで忘れられない傷がね、いつまでも疼くのも、前より楽観的に考えてる。だって、巽さんはそれを良しとして、時に疼いて泣いても、優しく手当てしてくれるでしょ?んだ。今の巽さんの気持ちも行動も。俺はね、ちゃんと、ちゃんと信じてる」
喜びか、それとも後悔か、表現しにくい顔つきの巽の頬を、両手で挟むようにしたカイトはぐいっと巽の顔を自分の方に向けた。
「不安も今までの事も。俺、巽さんにぶつけるのも、不安になってたんだ。浮気して、傷つけてって、色んな負の気持ち、巽さんにぶつけてまた関係がぐちゃぐちゃになるの、怖かった」
「そんな事、いくらだってしろよ。俺がやったからいけねぇんだよ。言えよ、言ってくれよ、頼むから」
「俺、出来そう。そうやって、言って言って、巽さんに傷ついた気持ちみんな、抱きしめてもらおうって、今年ね、思った。そうしようって思う気持ちを、心の底から認めたよ」
するりと巽の頬からカイトの手が離れる。
「そうして認めちゃったら、巽さんが誰かからチョコ、貰うのかもって考えたら、俺もビックリするほど嫉妬した。嫌な気持ちになった。おかしいよね、貰ったって巽さんが何か変わる事なんて、もうないのに。今まではね、何貰おうと気にしなかったよ。すごく、きつい言い方をしたら『勝手にすれば』くらいだったかも、でもね、想像するだけで、なんかね、自分が嫌になる程、嫌な気持ちになるんだ」
巽の頬から離れたカイトの手が、自分のその気持ちを嫌悪しているのを表すようにキツく握られていき、それを見つけた巽が今度は動いた。
あっさりとカイトを抱き上げると、自身の足の上を跨がせるように座らせ正面から抱きしめる。
「そんな事言ったら、俺はもっとひでぇぞ。やって良いなら、俺はカイトにへばりついてよォ、お前に好意を寄せそうな奴全員に喧嘩売って歩きてぇよ」
巽の大きく厚い手がカイトの背中を頭を優しく撫でて、髪を梳いて現れた耳を擽る。
「チョコなんていらねぇよォ。俺はなぁ、義理も本命も、コンビニのチョコだって受け取る気はねぇ。それで仕事に支障が生まれたら?そんなの俺の知ったコトじゃねェ。そういうのは俺の出番じゃねぇんだわ。カイトの笑顔が消えるようなら、俺がバレンタインなんて世界中から消してやるぜ?使える物はなんでも使ってよォ、世界から消してやらあ」
豪快に笑って巽は言うが、巽の肩口に顔を埋めるカイトの顔は苦笑いだ。
ここまで豪快に笑って言われると、本当にやりそうな気がしてしまう。
頭を優しく撫でる手に誘われて、カイトは全身の力を抜いた。
「俺はさあ、チョコも何にもいらねぇよ。誰の気持ちだって受け取る場所もねえよ。他人様のそんなもんよりもっと大きくて大切なもん、お前からもらっちまって、何にも入らねぇんだ」
「何か、俺、あげったけ?」
力を抜いて体をすっかり預けるカイトを巽はキツくキツく腕の中にしまう。
そして大きく息を吐いてから、彼は言った。

「カイト、愛してる。もう一度、こうして抱きしめられて心底幸せだ。俺に、人を愛する事の心地よさと愛おしさを、それがこんなにも大切である事を教えてくれて、ありがとう。きっと、これが一番でかい貰い物だ」

これはカイトの心に深く染み渡った。
じんわりじんわり浸透して、何故かカイトの目からポロリと涙が落ちる。
カイトは巽の背中に回した手で、広い背中を掻くように抱きしめた。
「カイト、お前は本当に良い男だよ。俺には勿体ねぇ。でも、誰にもやらねぇけどな」
突然耳に落ちたキスに驚きカイトが首をすくめたら、巽の笑い声がその耳に届く。

「そうだ、言い忘れるところだったぜ。カイトォ、お前もチョコなんざ一つももらうんじゃねえーぞ?ああ、お姉様のは受け取ってもいいけどな。受け取るななんて言ったら、俺がまた、ぶちのめされちまう。頼むから、お姉様のだけはちゃんと受け取ってくれよな」





(2020年バレンタイン小説)
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