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番外編:本編完結後
★ paternal love.
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「僕はね、巽くん、父親失格なんだ」
そう切り出したのは、この家の家主、須藤ケイト。
「カイトの事を思えば、早く離婚しなければと思っていたのに、カイトの事を思うから、それに踏み切れなかった。あの子があの時傷ついても、それは父親の自分が取り除いてあげれる。そう自分を信じられなかったんだ。それはね、僕の中で父親失格なんだよ」
カラン、と机の上のグラス中、氷が音を立てた。
「君が、リトに言わせると『カイトをとことん傷つけて、泣かせて。私はアイツを殺したい』と、そんな男であると聞いてはいるよ」
巽は何も言わずにただじっと、目の前のケイトを見ている。
きっとリトが男であれば、歳をとった時にこんな顔になるのだろうと思えるほどに、リトにそっくりな父親だ。
「君がカイトに何をして、どう傷をつけて、泣かせたか、それを父親として聞くべきかもしれない。でもね、その時期はとうに過ぎたと思っているんだ」
「どうして、ですか」
掠れた声は多分、巽が緊張しているからだろう。
巽はこのリビングが妙に蒸し暑く感じている。
「あの子は……、君もきっと知っているだろう。あの通りの子なんだ。母親に母親を期待して、子供だからこそ期待して待ちすぎたんだろうね。あれからずっと、あの子はあっさり、人を、思い出を、切り捨てる子になってしまった。そんな子が、君とまた付き合っている。カイトがそうすると決めたなら、カイトが悩みながらでも受け入れたのなら、僕は君とカイトの過去を聞き出して怒鳴りつけてやろうなんて、思わないんだ」
それに、それはきっとリトがしただろうから。と苦笑いで告げるケイトに巽は肯定と取れるだろう曖昧な笑顔を返す。
「君は、家族や親族の人で、心から信じている人はいるかな?」
突然の質問に巽は逡巡する。
思い浮かべるのは、何だかんだ言って末っ子だからと助け甘やかす姉と兄、そして未だにきっと死ぬまで誰より自分に傾倒する危ない男だった。
「はい」
彼らは巽を裏切らない。裏切る事は決してないと巽は信じている。それぞれがそれぞれらしい、時に不器用で時に優しい愛情をくれた事を、巽は忘れた事はない。
「なら、分かるかもしれない。僕はね、リトとカイトを信じている。あの子達はまだまだ子供だと僕は思っているんだ。歳はあの通り、リトなんて結婚もしたけれど、僕から見ればまだ子供。それでも、あの子達は正しく生きていけると信じているんだ。姉と弟、助け合って手を取り合って支えて生きていける、と。若干、リトが過保護すぎるきらいがあるけどね」
クスクスと笑う顔は、リトよりも少し柔らかい。
「だから、あの子達が愛され、あの子が愛したい人と付き合っているその時は、幸せであると信じているんだ。僕は、父親としての自分をなかなか信じられないけれど、子供達を信じている」
だから、君とカイトの交際を反対する理由はないよ。
真面目な顔で正面から言われ、巽は膝の上の手を握りしめた。
本気でケイトは言っている。
カイトの事を信じている。それだけではなくて、巽の愛を信じている、と言ってもいるのだ。
「ありがとう、ございます」
他にも言い方がありそうだけれど、巽はこれ以外に浮かばなかった。それでもケイトは幸せそうに笑うから、これで良かったのだろうと思う事にする。
「君が、君自身の家の事、カイトに言うか言うまいか、悩んでいるとリトから聞いたよ」
「は……」
「あの子はどうにも君には素直になれないらしい。君を心配していた。『バカなのよ。言えばいいのに。それでカイトが離れるなんて思うなら、さっさと自分から離れればいいのよ。何年私があんな駄目男と友人してると思ってるのよ。私が、あんな男、俊哉のお願いだからって結婚式に呼んでやるのよ。俊哉が私にお願いしたってイヤなモノはイヤって言える私が、どうして呼ぶのか、なんであのバカ理解出来ないのかしらね。バカじゃないのかしらね。バカよりバカ』と僕の財布の事情なんて知ったことかと、まあしこたま飲まれてしまった。君への愚痴と心配を肴に、あんなにお金を使われるなんてね」
あはははは、と笑う。
「僕は、君の家の事は知ってはいるが、家族の事は何も知らない。でも、巽くん、君が今、真摯にカイトと向き合っている事は解ったよ。だから、カイトの気持ちを信じてやってほしい。そして勇気が出たら、話してやってくれないか。あの子は多分、気にはしてるよ」
ケイトの指がグラスを撫でる。
カラカラとなる氷はずいぶん小さくなった。
室温は今も適温で、巽はケイトと話し始めてからよりも随分その温度が心地よくなってきた。
巽のグラスの中身は少しばかり色が薄くなってきている。
「それで、出来る事なら一つだけ、僕と約束をしてほしいんだ」
ケイトはグラスの中身を飲み干して言った。
「カイトと巽くんが、この先別れても別れなくても、それは君たちの意思だ。巽くんにカイトと生涯共にしてほしい、と言うつもりはないよ。これは僕が頼む話ではなくて、君たちの、君たち自身の大切な人生の話だからね」
巽の事を、巽のを思いを信じていないのではなく、これがケイトの価値観なんだろうと巽は思う。
子供が傷ついたら怒るし、子供が誰かを傷つけたら怒る。子供が幸せに笑ってくれたらそれでいい。普通の親のケイトの、これが子供に向ける信頼の一つなのだろうか、と。
「ただ、カイトとどんな形で離れ離れになったとしても、その時までカイトを幸せにしてもらえないだろうか。君だけにそうしてほしいと言う事ではなくて──────僕はね、カイト、君にその時がきたら、君の心が定まった時からでもいいから、カイトも巽くんをうんと幸せにしなさい」
巽への言葉がいつの間にかカイトへの言葉に変わり、巽は首を動かし玄関に続く扉を見た。
そこには驚きでいっぱいの顔のカイトが立ちすくんでいて、口をパクパクを開けているものの言葉にならず困惑している。
「僕は、父さんは、いつも言ってる気持ちと同じだよ。カイト、お前が幸せならいい。そしてお前がお前にとっての大切な人を幸せにしてくれてるなら、父さんはそれだけでいいんだ」
ケイトが立ち上がる。
巽よりは低い身長のケイトだが、リトやカイトが長身である事は遺伝なのだと思わせる高さでそして
(“父親”らしい背中、だ)
巽の思う父親らしい背中というのは、ある種憧れの背中だ。
あの背中に愛され守られていたカイトを、自分は果たして、ケイトに安心してもらえるほどに守れるかと一抹の不安がよぎる。
力や、コネで、様々なものからカイトを守れる自信はある巽だが、精神的に守るのは何よりも難しい。それをあの背中を前に改めて感じていた。
巽の視線の中で、ケイトはカイトから買い物の荷物を受け取ると、空いている方の手でゆっくりとカイトの頭を撫でる。
大人っぽい、と外見と雰囲気から言われるカイトが年相応より幼く見えるのは、多分、父親と対峙しているからだろう。
「何も心配はいらないよ、カイト。カイトはカイトの思うように、人を思い、人を愛し幸せにして生きればいい。困った時は父さんに、そしてリトに、ちゃんと話して頼ってくれたらいい」
「父さん」
頭から離れていく手を見つめてカイトはただ頷いた。
父親が恋愛について反対をしない──リトとカイトが父親に反対されるような恋をしなかったのだが──のは知っていても、巽との復縁ばかりは反対されるとカイトは思っていた。
それが蓋を開ければ優しい、いつもの顔の父親がいる。
「俺、いつも、父さんのその笑顔に、助けてもらってる」
「そうか。なら父さんは、いつでも笑ってお前を見守ってるから、安心してなさい」
「うん」
二人のやり取りを見ていた巽にカイトの視線が映る。
父親の肩越しに向けられた視線に目だけで「なんだ?」と聞けば、カイトはにっこりと笑って、父親にも笑う。
「今日、父さんが帰ってきてよかった」
「偶然とは言え、リトの一番の友人であり悪友の藤春巽くんではなくて、カイトに熱心に愛を囁く藤春巽くんと僕が初対面叶ったから、かな?」
「まさか!」
力強い否定にケイトは当然巽も眉を寄せた。
カイトはケイトから買い物を受け取り、キッチンに向かう。
冷蔵庫を開けてカイトは未だに不思議そうな顔の二人に、珍しいほど意地の悪い顔をした。
「知ってる?巽さん。姉さんが父さんにそっくりなのは、何も顔だけじゃないんだよ。父さんも姉さんも、野菜は本当に食べないんだ」
巽がちらりとケイトを見ると、ケイトはバツの悪そうな顔を背ける。
やはり、その様子がリトに似ていて巽は笑いそうになった。
「今日は野菜でフルコースだよ。野菜を補ういい機会だし、食べて好きになってもらわなきゃ、ね」
フルコース、と頬をひくつかせる二人をおいて、カイトは常備菜を確認しながら献立を考える。
カイトがフルコースと言うのだから
「巽くん、僕が帰る前に一度、リトと三人で肉をたらふく食べに行かないかな?」
「喜んで」
「どうやら僕やリトを反面教師にしたらしくてね、あの子は野菜第一みたいなところがあってね」
「ははは、リトが良く『私に野菜を食べさせたければ、肉を食べなさい』って言ってますよ」
「はは、それ、僕がよく言ってた事だ」
料理に取り掛かったカイトはそのままに、肉派の二人はテーブルのグラスに茶を注ぎ、それを各自持ってソファに移動する。
自然と二人、同じ行動になった。
「巽くん、よく言うだろう。娘は父親に似ている人を好きになるって」
「はあ」
「君が何を心配に思うのか。僕は君の事を知らなすぎるから判らない。でもね、もし、巽くんが自分自身の何かと、僕の何かを比べて心配しているのなら、それはきっと、心配しなくても大丈夫」
「どうしてですか?」
だって、父親に似ている人を、好きになるんだろう?
カイトは娘じゃないけどね、と付け加えて優しい笑顔で言うケイトに、巽は無言で頭を下げた。
下がったその頭を思わず優しく撫でてしまったケイトは、撫でられ驚きで顔を上げた巽に
「取り敢えず、少なくとも僕と君は肉が好きで野菜は好きじゃない。ここは確実にそっくりだ。あとの似ているところは探してみて」
と茶目っ気たっぷりに笑ってみせる。
換気扇のせいで聞こえにくい、僅かにしか聞こえない笑い声。
カイトの口は自然と弧を描く。
目の前に並べた野菜とそれで作る野菜メインのフルコース。
肉派の二人はどんな文句を言うだろう。
想像してカイトは思わずクスクスと笑い声を上げた。
そう切り出したのは、この家の家主、須藤ケイト。
「カイトの事を思えば、早く離婚しなければと思っていたのに、カイトの事を思うから、それに踏み切れなかった。あの子があの時傷ついても、それは父親の自分が取り除いてあげれる。そう自分を信じられなかったんだ。それはね、僕の中で父親失格なんだよ」
カラン、と机の上のグラス中、氷が音を立てた。
「君が、リトに言わせると『カイトをとことん傷つけて、泣かせて。私はアイツを殺したい』と、そんな男であると聞いてはいるよ」
巽は何も言わずにただじっと、目の前のケイトを見ている。
きっとリトが男であれば、歳をとった時にこんな顔になるのだろうと思えるほどに、リトにそっくりな父親だ。
「君がカイトに何をして、どう傷をつけて、泣かせたか、それを父親として聞くべきかもしれない。でもね、その時期はとうに過ぎたと思っているんだ」
「どうして、ですか」
掠れた声は多分、巽が緊張しているからだろう。
巽はこのリビングが妙に蒸し暑く感じている。
「あの子は……、君もきっと知っているだろう。あの通りの子なんだ。母親に母親を期待して、子供だからこそ期待して待ちすぎたんだろうね。あれからずっと、あの子はあっさり、人を、思い出を、切り捨てる子になってしまった。そんな子が、君とまた付き合っている。カイトがそうすると決めたなら、カイトが悩みながらでも受け入れたのなら、僕は君とカイトの過去を聞き出して怒鳴りつけてやろうなんて、思わないんだ」
それに、それはきっとリトがしただろうから。と苦笑いで告げるケイトに巽は肯定と取れるだろう曖昧な笑顔を返す。
「君は、家族や親族の人で、心から信じている人はいるかな?」
突然の質問に巽は逡巡する。
思い浮かべるのは、何だかんだ言って末っ子だからと助け甘やかす姉と兄、そして未だにきっと死ぬまで誰より自分に傾倒する危ない男だった。
「はい」
彼らは巽を裏切らない。裏切る事は決してないと巽は信じている。それぞれがそれぞれらしい、時に不器用で時に優しい愛情をくれた事を、巽は忘れた事はない。
「なら、分かるかもしれない。僕はね、リトとカイトを信じている。あの子達はまだまだ子供だと僕は思っているんだ。歳はあの通り、リトなんて結婚もしたけれど、僕から見ればまだ子供。それでも、あの子達は正しく生きていけると信じているんだ。姉と弟、助け合って手を取り合って支えて生きていける、と。若干、リトが過保護すぎるきらいがあるけどね」
クスクスと笑う顔は、リトよりも少し柔らかい。
「だから、あの子達が愛され、あの子が愛したい人と付き合っているその時は、幸せであると信じているんだ。僕は、父親としての自分をなかなか信じられないけれど、子供達を信じている」
だから、君とカイトの交際を反対する理由はないよ。
真面目な顔で正面から言われ、巽は膝の上の手を握りしめた。
本気でケイトは言っている。
カイトの事を信じている。それだけではなくて、巽の愛を信じている、と言ってもいるのだ。
「ありがとう、ございます」
他にも言い方がありそうだけれど、巽はこれ以外に浮かばなかった。それでもケイトは幸せそうに笑うから、これで良かったのだろうと思う事にする。
「君が、君自身の家の事、カイトに言うか言うまいか、悩んでいるとリトから聞いたよ」
「は……」
「あの子はどうにも君には素直になれないらしい。君を心配していた。『バカなのよ。言えばいいのに。それでカイトが離れるなんて思うなら、さっさと自分から離れればいいのよ。何年私があんな駄目男と友人してると思ってるのよ。私が、あんな男、俊哉のお願いだからって結婚式に呼んでやるのよ。俊哉が私にお願いしたってイヤなモノはイヤって言える私が、どうして呼ぶのか、なんであのバカ理解出来ないのかしらね。バカじゃないのかしらね。バカよりバカ』と僕の財布の事情なんて知ったことかと、まあしこたま飲まれてしまった。君への愚痴と心配を肴に、あんなにお金を使われるなんてね」
あはははは、と笑う。
「僕は、君の家の事は知ってはいるが、家族の事は何も知らない。でも、巽くん、君が今、真摯にカイトと向き合っている事は解ったよ。だから、カイトの気持ちを信じてやってほしい。そして勇気が出たら、話してやってくれないか。あの子は多分、気にはしてるよ」
ケイトの指がグラスを撫でる。
カラカラとなる氷はずいぶん小さくなった。
室温は今も適温で、巽はケイトと話し始めてからよりも随分その温度が心地よくなってきた。
巽のグラスの中身は少しばかり色が薄くなってきている。
「それで、出来る事なら一つだけ、僕と約束をしてほしいんだ」
ケイトはグラスの中身を飲み干して言った。
「カイトと巽くんが、この先別れても別れなくても、それは君たちの意思だ。巽くんにカイトと生涯共にしてほしい、と言うつもりはないよ。これは僕が頼む話ではなくて、君たちの、君たち自身の大切な人生の話だからね」
巽の事を、巽のを思いを信じていないのではなく、これがケイトの価値観なんだろうと巽は思う。
子供が傷ついたら怒るし、子供が誰かを傷つけたら怒る。子供が幸せに笑ってくれたらそれでいい。普通の親のケイトの、これが子供に向ける信頼の一つなのだろうか、と。
「ただ、カイトとどんな形で離れ離れになったとしても、その時までカイトを幸せにしてもらえないだろうか。君だけにそうしてほしいと言う事ではなくて──────僕はね、カイト、君にその時がきたら、君の心が定まった時からでもいいから、カイトも巽くんをうんと幸せにしなさい」
巽への言葉がいつの間にかカイトへの言葉に変わり、巽は首を動かし玄関に続く扉を見た。
そこには驚きでいっぱいの顔のカイトが立ちすくんでいて、口をパクパクを開けているものの言葉にならず困惑している。
「僕は、父さんは、いつも言ってる気持ちと同じだよ。カイト、お前が幸せならいい。そしてお前がお前にとっての大切な人を幸せにしてくれてるなら、父さんはそれだけでいいんだ」
ケイトが立ち上がる。
巽よりは低い身長のケイトだが、リトやカイトが長身である事は遺伝なのだと思わせる高さでそして
(“父親”らしい背中、だ)
巽の思う父親らしい背中というのは、ある種憧れの背中だ。
あの背中に愛され守られていたカイトを、自分は果たして、ケイトに安心してもらえるほどに守れるかと一抹の不安がよぎる。
力や、コネで、様々なものからカイトを守れる自信はある巽だが、精神的に守るのは何よりも難しい。それをあの背中を前に改めて感じていた。
巽の視線の中で、ケイトはカイトから買い物の荷物を受け取ると、空いている方の手でゆっくりとカイトの頭を撫でる。
大人っぽい、と外見と雰囲気から言われるカイトが年相応より幼く見えるのは、多分、父親と対峙しているからだろう。
「何も心配はいらないよ、カイト。カイトはカイトの思うように、人を思い、人を愛し幸せにして生きればいい。困った時は父さんに、そしてリトに、ちゃんと話して頼ってくれたらいい」
「父さん」
頭から離れていく手を見つめてカイトはただ頷いた。
父親が恋愛について反対をしない──リトとカイトが父親に反対されるような恋をしなかったのだが──のは知っていても、巽との復縁ばかりは反対されるとカイトは思っていた。
それが蓋を開ければ優しい、いつもの顔の父親がいる。
「俺、いつも、父さんのその笑顔に、助けてもらってる」
「そうか。なら父さんは、いつでも笑ってお前を見守ってるから、安心してなさい」
「うん」
二人のやり取りを見ていた巽にカイトの視線が映る。
父親の肩越しに向けられた視線に目だけで「なんだ?」と聞けば、カイトはにっこりと笑って、父親にも笑う。
「今日、父さんが帰ってきてよかった」
「偶然とは言え、リトの一番の友人であり悪友の藤春巽くんではなくて、カイトに熱心に愛を囁く藤春巽くんと僕が初対面叶ったから、かな?」
「まさか!」
力強い否定にケイトは当然巽も眉を寄せた。
カイトはケイトから買い物を受け取り、キッチンに向かう。
冷蔵庫を開けてカイトは未だに不思議そうな顔の二人に、珍しいほど意地の悪い顔をした。
「知ってる?巽さん。姉さんが父さんにそっくりなのは、何も顔だけじゃないんだよ。父さんも姉さんも、野菜は本当に食べないんだ」
巽がちらりとケイトを見ると、ケイトはバツの悪そうな顔を背ける。
やはり、その様子がリトに似ていて巽は笑いそうになった。
「今日は野菜でフルコースだよ。野菜を補ういい機会だし、食べて好きになってもらわなきゃ、ね」
フルコース、と頬をひくつかせる二人をおいて、カイトは常備菜を確認しながら献立を考える。
カイトがフルコースと言うのだから
「巽くん、僕が帰る前に一度、リトと三人で肉をたらふく食べに行かないかな?」
「喜んで」
「どうやら僕やリトを反面教師にしたらしくてね、あの子は野菜第一みたいなところがあってね」
「ははは、リトが良く『私に野菜を食べさせたければ、肉を食べなさい』って言ってますよ」
「はは、それ、僕がよく言ってた事だ」
料理に取り掛かったカイトはそのままに、肉派の二人はテーブルのグラスに茶を注ぎ、それを各自持ってソファに移動する。
自然と二人、同じ行動になった。
「巽くん、よく言うだろう。娘は父親に似ている人を好きになるって」
「はあ」
「君が何を心配に思うのか。僕は君の事を知らなすぎるから判らない。でもね、もし、巽くんが自分自身の何かと、僕の何かを比べて心配しているのなら、それはきっと、心配しなくても大丈夫」
「どうしてですか?」
だって、父親に似ている人を、好きになるんだろう?
カイトは娘じゃないけどね、と付け加えて優しい笑顔で言うケイトに、巽は無言で頭を下げた。
下がったその頭を思わず優しく撫でてしまったケイトは、撫でられ驚きで顔を上げた巽に
「取り敢えず、少なくとも僕と君は肉が好きで野菜は好きじゃない。ここは確実にそっくりだ。あとの似ているところは探してみて」
と茶目っ気たっぷりに笑ってみせる。
換気扇のせいで聞こえにくい、僅かにしか聞こえない笑い声。
カイトの口は自然と弧を描く。
目の前に並べた野菜とそれで作る野菜メインのフルコース。
肉派の二人はどんな文句を言うだろう。
想像してカイトは思わずクスクスと笑い声を上げた。
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