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あこ

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番外編:本編完結後

say goodbye, say hello.:後編

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いくか、と巽が歩きだし、カイトはその隣を歩く。
遠慮の一つもなく、一瞬も躊躇わず、巽はカイトの手をとる。
最初の付き合いから巽の耳は反論を右から左だし、今なんて余計にそうだからカイトはすっかり
そのくせちゃんと手をやんわりとはいえ握り返すから、“諦める”とは少し違うのかもしれない。

お互いの体温を交換して歩く二人の間に会話はなかった。
大きな交差点に差し掛かり、信号待ちの間カイトは自分より高い位置の巽の顔を見上げてみる。
いつもと同じかと問われれば、違うと答えられる雰囲気の巽。
正体不明のそれにカイトは心がザワザワと騒ぎだしそうで、そっと鞄を持つ手に力がこもる。
道路を渡り終え、少し喧騒から抜けたところで巽が突然進路を変えた。
「え!?」
突然の進路変更。カイトの疑問の声も構わず巽は歩く。
無言のままずんずんと進んで巽の足が止まったのは、人気のない神社の境内。
優しい木漏れ日を受ける古びたベンチにカイトを座らせた巽は、その隣に腰を下ろす。
黙って様子を見ているカイトと対照的に、巽は突然髪の毛をガシガシと掻いて項垂れた。
何が何だかさっぱりでも、この姿を前にカイトは文句なんて言えなくて
「巽さん、調子、悪いの?」
眉毛を少し下げて聞く。
巽はぐちゃぐちゃになった髪を手櫛で適当に整え直し、大きな溜息とと共に顔を上げる。
暫く無言でいた巽は心配そうなカイトと目を合わし、実に真剣な目ではっきりと言った。

「過去に戻って、人生やり直したいか?」
「──────は?」

真面目な顔で言ったのだから、 巽は真面目に聞いたのだろう。しかしカイトの口から出たのは素っ頓狂な声ひとつ。
「ちょっと、聞かれてな。カイトはやり直してえって思ってるんじゃねぇかなぁっとか、まあ、考えて、だな」
「……それで、あんな顔して立ってた、の?」
「あんな?顔の事はしらねぇけど、考えて立ってたのは違いねぇよ」
「そう」
「で?お前はやっぱりやり直したいだろ?出来るなら、俺と初めて付き合う前に」
そうであっていると疑ってない巽に知られないよう、心でしっかりムッとしたカイトは、反則だと思いながらも質問で返す。
「巽さんだって、やり直したいって、思ってそうだ」
「そりゃ、なあ」
視線が絡んだままだから、お互いの表情は表に出せばちゃんと見て取れる。
カイトは肯定した巽の顔がとても穏やかで目を丸くした。
「今まで、短い人生ながら生きてりゃいくつも、後悔してる事はある。あるぜ。でも、やり直したいって戻れるなら、一つしか思いつかねぇ」
「なに?」
巽の人生をカイトは、殆ど何も知らないと言ってもいいだろう。
その巽のやり直したい事。聞き返したのは、それが一体なんなのか、その興味があったのは事実。しかしカイトは自覚無く、不安と嫉妬も確かに生まれての「なに?」という返事だ。
「カイトにに戻りたい」
「そこ?」
「ああ。それでちゃんと向き合うんだよ。面倒な年下で、大切な友人の弟なのに、その上自分から好かれよう意識されようって必死になってるのはなぜか。ちゃんと向き合うんだよ」
「俺と付き合わない、って選択するんじゃ、なくて?」
「バッカだね、お前。そんなクソみたいな選択するか?」
「だって」
だって、の続きにカイトは何を言おうとしたのか。カイトも全く見つける事が出来ない。
だが口から出なかったのはカイトが言葉に詰まったからではなくて、“だっての先”を聞くのが怖かった巽が、カイトの唇をやんわり食んだせい。

「最初っからカイトを幸せにしたい。出会う前から俺が浮つくような野郎じゃなくなったら、出会いもなかったかもしれない。そんな“危険”があるのなら、もっと昔まで戻るなんざごめんだね。だから戻ってやり直すなら、カイトに出会って、必死に口説いて、まだお前を、カイトの事を傷つけてないあの頃じゃなきゃ意味がねぇ」

二人の唇が離れてすぐ、巽の方から零れ落ちた言葉はカイトの言葉を今度こそ奪う。
「手離せねぇんだよ。お前を。他の女にも野郎にもやりたくない。俺以外の隣で幸せに笑うなんて──────出来るなら、俺は、想像したくない」
だから戻るなら、あの日でなければならない。
あの日がいい。
他にもやり直せるのならいくつも戻りたい場所はある。巽にだってあるのだ。もう一度会いたい人だっている。
それでも戻れるなら、巽は真っ先に言うだろう。あの時間に戻りたいと、迷わずに。
──────俺はカイトに夢中になってるんだ、と自分と向き合うために、あの時に戻りたい。
巽はをすぐに思い至った。けれどもな巽は、想像して不安になってしまったのだ。
だって、のは
「それは、俺の都合。カイトだったら、俺に出会う前に戻りたいんだろう、って。俺が過去に戻れるなら、出会う前に戻ってくれたらいいって思ってそうだと思って、気になっちまったら止まらなくなったんだよ」
巽の唇が、ちゅっと可愛い音を残してカイトの額から離れる。

「──────俺は、傷、つきたくない」

カイトの返事を予想はしてただろう巽は、それでも「だよな」と情けない声を出す。
「でも、やり直したいとは思ってないかな」
「は?」
「血の繋がった母親にも無関心になれた俺に、元彼氏なんて置き土産をした。パニックになる程怒ったし、気絶するほど泣かされて、でも、巽さんには無関心になれなかった。そんな風に思える人なんだって、そう、知る事が出来たのは、あんな事が、嫌な事もいっぱいあったから。知らなかったらきっと、いつか……そう、幸せだったとしても、さよならしてたかもしれない」
カイトは優しく笑んで、不安そうにベンチに置かれたままの巽の手を握る。
大きくてゴツゴツしてて男らしい手。今は伝える気はないようだが
(この手が好き。って、いつか、ね)
カイトが握った手に少しだけ力を込めると、巽の手が面白いくらい緊張した。
「傷つくのは、嫌だ。でも、今ある、知った気持ちをなくすなら、戻らなくても、いいよ。俺は、戻らない。巽さんにも、言わないよ、俺と出会わないようにして、みたいな、そんなこと」
たまには優しくしてあげよう。少し偉そうで上から目線で、口の中でそう唱え、カイトは人がいないとはいえ外なのに、呆けた巽の唇にそっとキスを送る。

「でも、戻ったとしたら、浮気のたびに姉さんに泣きつくくらいはするよ。それで巽さんには、姉さんの得意な上段蹴りを、たっぷりくらってもらうから。きっと、とても、酷く痛いよ」

少し泣きそうな巽の顔に、カイトの心が陽を浴びた。
後悔して、不安になって、それでも手離せなくて、相手の答えは聞きたくないのに怖いから知りたい。
今までの巽と比較すれば、真っ当で純粋にさえ思う愛を受けて、カイトの心は解れていく。
もう一人自分がいたら「もう少し、勇気を持ちなよ」と言われそうだなんて非現実的な事を考えてしまうほどに、カイトの心の温度がぐっと上がった。
「大丈夫だよ、巽さん。だってこの世界にファンタジーはないし、タイムマシンもないから。戻れないんだから。あるのは先の未来だけだよ」
「ああ、そうだな」
カイトからキスをされた事より、カイトの思いの告白が巽を笑顔に変える。
「巽さん、キス、しよう。神社でなんて、不謹慎かな?」
「はん、カイトの可愛い顔を見せてやるんだ。むしろありがたく思ってもらいたいもんだな」
少しだけ長く深くキスをして、巽はしっかりカイトを腕に閉じ込めた。

「巽さん、進もう?」

どこへ、というべきなのか。
それともこれは自分に言い聞かせたのか。
カイトは自問自答する。
それでもなんとなく、自分の手を握る大きな手があれば、どこにでも行ける気がして
(好き、巽さん。好きだよ)
カイトは勇気を振り絞って、暖かい心の中に置き去りしていたそれに手を伸ばした。
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このお話は『彼者誰時に溺れる』とリンクしています。
主要登場人物が出張してくる事もあるかもしれませんが、『彼者誰時に溺れる』を読んでいなくてもわかる様に書いてあります(そのはず!)
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