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本編
05
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「姉さん、忘れ物、届けに来たよ」
中庭に落ちた声に、声を耳に入れた人間が足を止め、声を発した人物を目にして息を飲む。
高校の制服に身を包んだ少年。美少年とはこれかと誰もが思ったからかもしれないし、もしかしたら男装した美少女かと思った者がいるからかもしれない。その上、呼ばれた相手が大学で有名だから、という理由かも知れないが──────、こうまで視線を集めたなら、もはや両方だろう。
「ごめんね!本当に」
「ううん。いいよ、だってアイス、奢ってくれるんでしょ?」
「トリプルね!」
「うん」
優しく微笑むリトと嬉しそうに笑うカイト。二人の顔に足を止め、あれが噂のリトの弟と理解すると巽の恋人とも理解する。
「気にしなくっても、いいのに」
届けてほしいというまでに電話口でも解るほど躊躇したのをカイトは感じ取っていたから、笑って言えば
「だって、一応」
とリトは言葉を濁し少しだけ高いカイトの頭を撫でる。カイトはそれを幸せそうに受け止めた。
「だってここは、姉さんの通う大学でしょ?」
言ったその不思議そうな顔にリトは
(本当に『知り合い以下』にしたのかしら、ね)
とまだ解らない巽の、カイトの中での立ち位置を考えつつさらさらの髪の毛を梳くように撫でる。
カイトはこの撫で方が好きで、もう高三なのにと文句を言うが嬉しそうだからリトは辞めるつもりはない。
そんな二人を偶然にも見たのは喫煙可能な中庭にある一角に足を運んだ巽だ。
(カイト)
声に出さずに口の中でつぶやく。
カイトと最後にあったあの日から、巽はごく真面目な生活をしている。真面目というかただ大学に出て家に帰宅、時々仕事だけなのだけれど、セフレに連絡も取っていないし浮気相手──恋人がいない今、浮気相手と言っていいかは定かではないが──はほったらかしだ。
そうしてふと彼は思った事がある。
本命がいない時はただ性欲処理、本命がいる時は『自分がどれだけ本命が好きなのか』を知るバロメーターだったのだ、と。
彼はこんな男だけれど、恋人を大切にはする。約束を破っても愛しているのは恋人で、一番は恋人。自分のその気持ちを確かめるための浮気相手でありセフレなのだ。抱いて愛を囁きキスをして、頭の中にどれだけ恋人が浮かぶか。それが巽の測り方。
今更ながら自分を理解しても、それ以外の方法で彼は自分が持つ恋人への愛情を確かめるすべがなかったし、これからもないとないのではないかと考えてしまっている。
今だってふわふわと煙を吐き出す巽に、女が媚を売った声で遊びに誘う。いつものことだ。
この瞬間まではこれに嫌悪感は湧かなかったのだが──────
「うるせぇよ!てめぇに用はねぇんだよ!」
しつこくしつこく誘う相手がカイトの顔を隠す場所に移動して、ついに巽は声を荒げた。一瞬で嫌悪が生まれたのだ。
巽自身も驚く声の大きさは中庭に響き、リトが眉を寄せ巽を睨む。リトを見ていたカイトはそれに倣って巽を見た。
視線が合う。
カイトは小さく頭を下げた。
それは目があったリトと同じ大学の人に対してのやり方で、知り合いに対してとは巽だって思えない。
眉を上げるよりも思わず下げてしまって、巽はかぶりを振った。弱気すぎる、と自分を叱咤する。
たった一人、しかも年下に別れを告げられただけじゃないかと。
(いつもならもう恋人がいて遊んでいて然るべきなのに、何してるんだ、俺は)
思い切り煙草を吸い込む。
「未練タラタラの女じゃあるまいし」
煙を吐いて零した言葉に巽は目を見開き、カイトを見つめ、危なく座り込みそうになった足に力を込める。
自分の足元が、自分の生き方や考えが足元から崩れ落ちていきそうで、巽はなんとかそれの崩壊を抑えようとした。
未練タラタラなんていうのは巽の中で相手がする事であって自分がする事では決してない。あくまで相手は自分に夢中であるのだ。
それがこれではどうだろう。
確かにカイトは巽に夢中だった。浮気はやめてと泣くほどに、同じ男に足を開いて体を許し、愛してると全身で伝えるほどに巽に夢中でいた。
巽もカイトを愛していたし夢中になったけれど、恋人に対しては当然だと巽は思うし、今までの恋人に対してもそうだった。ただ今までの恋人と巽はいつだって、相手の方が巽に夢中で、相手から条件なんて言われた事もない。
それは巽の容姿がそうさせていて、巽のような恋人がいる事を相手が自慢に思ったからだろう。巽だって恋人を自慢したけれど、心の底から釣り合う相手かといえば
(よく言われてたな、リトと俺がお似合いだ、とか)
そういう事だ。つまり巽の中で初めて釣り合うと思った相手がカイトであり、同じく初めて相手と自分が同じだけ、相手に夢中になったのである。
それは顔だけじゃない、そうではない部分でも巽はカイトに夢中になっていたのだ。
そう、これは巽が今までにしてこなかった対等の立場の恋だった。
「カイト、せっかく届けてもらったけど、帰ろっかな、私」
「え?」
呆然と立ち尽くす巽を見て、リトは漠然とここにはいたくないと思った。
彼女の勘はなかなか鋭い。だから彼女は本能に従う事にした。あとで誰になんと言われても、弟が何より大切なのだ。ここにいたらいけないと彼女の本能が彼女に告げたのだから、彼女はそれに従うまで。
(あの目は危険)
何がと言われても伝える言葉は見つからない。呆然としている巽の気を引こうとしている女たちは、そんな事に、今の巽が危険である事に気がつきもしないだろう。
(そうして付きまとってるのも、今は危ないのに)
リトは独り言ちて怪訝そうな顔をしたカイトの手をぎゅっと握ると足早に中庭を後にする。
「ちょ、姉さん!」
「いいの。なんだか今すぐアイス食べたくなっちゃったのよ」
「えええ?なにそれ!兄さんにこの間、ダイエット宣言してたのに?」
「女の子の気持ちはコロコロ変わるのよ。私もトリプルにしようかな」
リトがウインクをすれば呆れた顔のカイトが横に並ぶ。
「姉さんは、気ままだね」
「そこが可愛いって言ってくれたの、俊哉が初めてなのよ」
「ごちそーさま」
大学の門を通り抜けてリトは漸く大きく息が吸えた気がした。
中庭に落ちた声に、声を耳に入れた人間が足を止め、声を発した人物を目にして息を飲む。
高校の制服に身を包んだ少年。美少年とはこれかと誰もが思ったからかもしれないし、もしかしたら男装した美少女かと思った者がいるからかもしれない。その上、呼ばれた相手が大学で有名だから、という理由かも知れないが──────、こうまで視線を集めたなら、もはや両方だろう。
「ごめんね!本当に」
「ううん。いいよ、だってアイス、奢ってくれるんでしょ?」
「トリプルね!」
「うん」
優しく微笑むリトと嬉しそうに笑うカイト。二人の顔に足を止め、あれが噂のリトの弟と理解すると巽の恋人とも理解する。
「気にしなくっても、いいのに」
届けてほしいというまでに電話口でも解るほど躊躇したのをカイトは感じ取っていたから、笑って言えば
「だって、一応」
とリトは言葉を濁し少しだけ高いカイトの頭を撫でる。カイトはそれを幸せそうに受け止めた。
「だってここは、姉さんの通う大学でしょ?」
言ったその不思議そうな顔にリトは
(本当に『知り合い以下』にしたのかしら、ね)
とまだ解らない巽の、カイトの中での立ち位置を考えつつさらさらの髪の毛を梳くように撫でる。
カイトはこの撫で方が好きで、もう高三なのにと文句を言うが嬉しそうだからリトは辞めるつもりはない。
そんな二人を偶然にも見たのは喫煙可能な中庭にある一角に足を運んだ巽だ。
(カイト)
声に出さずに口の中でつぶやく。
カイトと最後にあったあの日から、巽はごく真面目な生活をしている。真面目というかただ大学に出て家に帰宅、時々仕事だけなのだけれど、セフレに連絡も取っていないし浮気相手──恋人がいない今、浮気相手と言っていいかは定かではないが──はほったらかしだ。
そうしてふと彼は思った事がある。
本命がいない時はただ性欲処理、本命がいる時は『自分がどれだけ本命が好きなのか』を知るバロメーターだったのだ、と。
彼はこんな男だけれど、恋人を大切にはする。約束を破っても愛しているのは恋人で、一番は恋人。自分のその気持ちを確かめるための浮気相手でありセフレなのだ。抱いて愛を囁きキスをして、頭の中にどれだけ恋人が浮かぶか。それが巽の測り方。
今更ながら自分を理解しても、それ以外の方法で彼は自分が持つ恋人への愛情を確かめるすべがなかったし、これからもないとないのではないかと考えてしまっている。
今だってふわふわと煙を吐き出す巽に、女が媚を売った声で遊びに誘う。いつものことだ。
この瞬間まではこれに嫌悪感は湧かなかったのだが──────
「うるせぇよ!てめぇに用はねぇんだよ!」
しつこくしつこく誘う相手がカイトの顔を隠す場所に移動して、ついに巽は声を荒げた。一瞬で嫌悪が生まれたのだ。
巽自身も驚く声の大きさは中庭に響き、リトが眉を寄せ巽を睨む。リトを見ていたカイトはそれに倣って巽を見た。
視線が合う。
カイトは小さく頭を下げた。
それは目があったリトと同じ大学の人に対してのやり方で、知り合いに対してとは巽だって思えない。
眉を上げるよりも思わず下げてしまって、巽はかぶりを振った。弱気すぎる、と自分を叱咤する。
たった一人、しかも年下に別れを告げられただけじゃないかと。
(いつもならもう恋人がいて遊んでいて然るべきなのに、何してるんだ、俺は)
思い切り煙草を吸い込む。
「未練タラタラの女じゃあるまいし」
煙を吐いて零した言葉に巽は目を見開き、カイトを見つめ、危なく座り込みそうになった足に力を込める。
自分の足元が、自分の生き方や考えが足元から崩れ落ちていきそうで、巽はなんとかそれの崩壊を抑えようとした。
未練タラタラなんていうのは巽の中で相手がする事であって自分がする事では決してない。あくまで相手は自分に夢中であるのだ。
それがこれではどうだろう。
確かにカイトは巽に夢中だった。浮気はやめてと泣くほどに、同じ男に足を開いて体を許し、愛してると全身で伝えるほどに巽に夢中でいた。
巽もカイトを愛していたし夢中になったけれど、恋人に対しては当然だと巽は思うし、今までの恋人に対してもそうだった。ただ今までの恋人と巽はいつだって、相手の方が巽に夢中で、相手から条件なんて言われた事もない。
それは巽の容姿がそうさせていて、巽のような恋人がいる事を相手が自慢に思ったからだろう。巽だって恋人を自慢したけれど、心の底から釣り合う相手かといえば
(よく言われてたな、リトと俺がお似合いだ、とか)
そういう事だ。つまり巽の中で初めて釣り合うと思った相手がカイトであり、同じく初めて相手と自分が同じだけ、相手に夢中になったのである。
それは顔だけじゃない、そうではない部分でも巽はカイトに夢中になっていたのだ。
そう、これは巽が今までにしてこなかった対等の立場の恋だった。
「カイト、せっかく届けてもらったけど、帰ろっかな、私」
「え?」
呆然と立ち尽くす巽を見て、リトは漠然とここにはいたくないと思った。
彼女の勘はなかなか鋭い。だから彼女は本能に従う事にした。あとで誰になんと言われても、弟が何より大切なのだ。ここにいたらいけないと彼女の本能が彼女に告げたのだから、彼女はそれに従うまで。
(あの目は危険)
何がと言われても伝える言葉は見つからない。呆然としている巽の気を引こうとしている女たちは、そんな事に、今の巽が危険である事に気がつきもしないだろう。
(そうして付きまとってるのも、今は危ないのに)
リトは独り言ちて怪訝そうな顔をしたカイトの手をぎゅっと握ると足早に中庭を後にする。
「ちょ、姉さん!」
「いいの。なんだか今すぐアイス食べたくなっちゃったのよ」
「えええ?なにそれ!兄さんにこの間、ダイエット宣言してたのに?」
「女の子の気持ちはコロコロ変わるのよ。私もトリプルにしようかな」
リトがウインクをすれば呆れた顔のカイトが横に並ぶ。
「姉さんは、気ままだね」
「そこが可愛いって言ってくれたの、俊哉が初めてなのよ」
「ごちそーさま」
大学の門を通り抜けてリトは漸く大きく息が吸えた気がした。
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