Tally marks

あこ

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本編

01

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ダイニングテーブル、いつもが座る位置に座ってその左隅にそっとナイフを立てた。
「ご」
呟いて無表情の須藤すどうカイトは横に一つ線をつける。
正の字は『数えています』という感じが“まざまざ”と出る気がして、縦に四本線をつけてその上に横線を一本つける方法で彼はいつも五を数えた。
(同じだけど)
結局数を数えている事に変わりはない。だっていつも自分が座る定位置の左端にも同じように五がいくつも数えられている。これは別の事を数えていたものだ。
この時も、最後には諦めた。もうこれ以上数えるのはやめようと。
だからその時、カイトは思ったのだ。
ここまでは数えよういうそれを、つまりはこれ以上は無理だと言う数を、決めておこうと。
「浮気五回。うん、五回」
カイトはすっくと立ち上がった。

カイトは“五”という数字がなんとなく好きだ。数えやすいからかもしれないし、可愛がってくれる姉が五歳年上だからかもしれないし、その姉が数の数え方を指を折り説明してくれたからかもしれない。なにが始まりかなんて覚えていないが彼は“五”でひとつにした。
だから今回も五回と決めたのだ。



須藤カイトは高校三年であり、諸事情により一人暮らしをしている。先の通り姉が一人おり、彼女は今、カイトの暮らすマンションから徒歩十分ほどの家で結婚を前提に付き合っている──既に両家とも彼らを夫婦扱いだけれど──年上の彼氏と同棲中だ。
姉とその彼氏はとても心配性でよくカイトと会うようにするから、一人で寂しいなんてカイトは思う暇もなかった。
そんなカイトには彼氏がいる。それは姉と彼氏も承知しているし、何より彼氏はその二人の友人でもあった。
告白されてもノンケのカイトは無理だと言ったのに、姉もその彼氏も弟には手を出すなと守ってくれたのに、カイトは結局絆されて今に至ってる。

「くそ藤、ああ、藤の花が嫌いになりそうだね!いっそ藤色の花も仕入れやめようかな」
「だめだよ、兄さん、職業的にアウトだよ、その発言。藤色の花はかなり多いよ!!」
「私なんて今すでに嫌いよ」
「ぶ!姉さんもだめでしょ、アウトだよ!植物は関係ないからね!」
二人が持つハサミが震えていて、カイトの顔は若干青ざめた。
「花屋を継ぐんでしょ?一応嘘でも言ったらだめでしょ。植物に罪はないからね」
「──────カイトがいうなら、家で言うわ」
「そうだね」
そういう問題かな、とカイトは言わない。二人から降り注ぐ愛情が好きで仕方がないからだろう。
二人の愛は分かりやすくて、そして大きくて暖かい。

ばちん、とハサミの音がする。ようやく二人は作業を再開させた。
「で、五回に達して、カイトはどうするの?」
カイトの姉リトが言い、それに
「それにこんな早くに珍しいし、俺も気になるな」
とリトの彼氏の乾俊哉いぬいとしやが続く。
三人がいるのは俊哉の実家が経営する花屋の倉庫。二店舗あるがこちらが言うなれば本店で、俊哉とリトが暮らすマンションと俊哉の両親が暮らす家の中間辺りに立っている。倉庫は一定の温度に保たれていて、もう一店舗と共用だ。その店舗の話はさておき、花を整える二人に促され椅子に座っているカイトはポケットから鍵を出した。
「これ、昨日作ったんだ。鍵」
「鍵?」
二人の声がハモる。
「父さんに『鍵落として気持ち悪いから取り替えたい』って嘘ついて鍵取り替えたから、これが新しい合鍵なんだ」
カチン、と木の机にカイトは置く。なんの変哲もない、有体の色の鍵だ。形だってどこかで見たような形だけれど、取り敢えずこれは新しく見る形になるのだろう。
「──────え?」
「うん、だから、兄さん、藤の花に罪はないよ」
「別れたの?」
「うん、まだ言ってないけど、家に勝手に来られたら気分が悪いから鍵を変えたんだよ、姉さん」
「メルアドとかは?俺、何も聞いてないけど」
「新しくみんなに言うのが面倒だから、拒否の方向で設定し終えた。面倒だったな、ああいうの、苦手」
ハサミを止めて、じっと鍵を見つめていたリトは鍵を大切そうに握りしめてジーパンのポケットにしまう。その流れが男臭くてカイトは柔らかく微笑んだ。
リトの方が男前と言われて凛々しい顔つきで、カイトは女々しくはないけれど可憐で女性的な顔つきだから、よく二人の父親は逆でも違和感がないねと笑っている。
リトが女性にナンパされている姿は、時折見る光景だ。
「藤は、どうするの?」
「別れるよ。だって、巽さんに未練とかないから。五回だし」
「カイト、いつ話すの?」
「今」
言ってカイトはスマートフォンを操作し始める。細くて長い指がするすると文字を並べていく。

藤春巽ふじはるたつみ──────それがカイトの彼氏だ。
男らしい体躯でやや強面のバイセクシャル。恋人がいなければ遊びまくり、恋人が出来ればそこそこ遊ぶ。つまりは、そんなだらしのない男だった。

「『関心がなくなりました。別れます。さよなら』これでいい?これしか思いつかないんだ」
「それならそれでいいと思う」
「そうだよ、カイトくんがそれでいいと思うなら、それにしな」
「うん」
言って躊躇いもなくカイトは送信ボタンを押した。
シュン、と可愛い音とともに、あっという間に巽の元に別れのメールが届くのである。
「どうする?カイトくん、家に帰る?」
注文されたブーケを作り終えリボンを切った俊哉は、ハサミを机に置いてブーケを台に乗せた。カイトの返事を待ちながらリボンや包装紙を整える。
リトもカイトの返事を待ちながら切り落とした枝や葉を片付けて行った。
ぼんやりそんな二人を眺めながらカイトは口を開く。
「家には今日、戻りたくないや。学校休みだから、二人のおじゃま、してもいい?」
不安そうな声に二人は安心させる笑顔を作り
「カイトくんは俺の弟になるんだよ?邪魔になるはずない」
「私がカイトの事、大切にしてるのは知っているでしょ?邪魔なはずないでしょ。そもそも、私たちはカイトと一緒に暮らそうって提案していたのよ?」
言ってカイトの頭を撫で、しかしリトは
「学校をサボるのは今日だけよ」
と釘も刺した。
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