屋烏の愛

あこ

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番外編

★ 優しく染める茜色:参

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ゆづかは意を決した顔で家を出、目的の場所へ向かう。
巾着をいつも以上に握りしめ、いつもより足早に。
そして約束をした橋のそばの大きな木の袂に兵馬を見つけ、ますます急いで歩き兵馬が自分を見つける前にと
「兵馬さま、お待たせしましたか?」
声をかけた。
振り返った兵馬はゆづかの姿を見て、誰からも解るほど目を開いて驚くと、次は周りの人が驚く程ゆったりと笑みを作った。
「ゆづか、うん、よく似合ってるよ」
「ほんとうですか?」
「ああ勿論。流石は私の見立て通りだったね」
兵馬の表情からは先程の笑みが普段の顔に吸収されてしまったが、声が格段に違う。
それは喜びに溢れていた。
「あの、あの……」
兵馬はそわそわと何か言いたげなゆづかの手を取って、少し考え歩き出す。
「ゆっくり聞くよ。だから、どこかに入ろうか。そうだ、ゆづかは甘酒は好きかな」
「え、は、はい」
「なら良いところを知ってるんだ」
ゆづかが連れて行かれたのは、あるだった。
兵馬が本堂の方へ声をかけると中から住職が顔を出し、兵馬とゆづかを交互に見ると目尻にシワを寄せ微笑み受け入れてくれた。

不思議がるゆづかが聞いたところによると──────どうやら、兵馬は縁あってここの住職にを習っていたそうだ。
兄二人が訝しがるほど、興味もないだろうに真面目に通う兵馬。
実の兄に訝しげられるほど当時の兵馬が真面目に取り組んでいる理由は、なんと住職の作る甘酒。それを飲みたいから「やる気がないのなら、通わなくて良い」と言われぬように、真面目に通っていたのだという。
そんな子供のを可愛がった住職と、可愛がられた兵馬は以降も時折やり取りをしていたそうで、その中で「好きな子が出来て、わしの甘酒が三男坊の助けになるならいつでもおいで」とを交わしていたのだ。
それでゆっくり話すならと、ゆづかを連れてきたのだと兵馬は言う。
住職はだから快く向かい入れてくれ、離れの一室を二人に貸してくれたのだ。



甘酒も届いて、離れからは二人以外の人がいなくなった。
ゆづかは甘酒をじっと見つめていたが、意を決して兵馬を見る。
意を決したものの眉が下がっているけれど、それは彼の昨晩からの決意が彼にとって自信のないものだからだ。

「兵馬さま、私、私、その──────きのう」

きのう、と二度呟いて合わせを握って黙りこくったゆづかの視線がまた床に落ちたのを見た兵馬は、ほんの少しだけゆづかのそばに寄る。
甘酒を入れた二つの湯飲みは盆の上に置いたまま少しばかり遠ざけて、ゆづかから拳二つ分離れた正面に移動した。
座布団は元いた場所に置き去りである。
「昨日、歩いていて、初めて寂しく思いました」
ゆづかは決意を固めたようで、昨日の事を話し始める。
「私の行ける範囲なんて広くありません。そのそんなに広くない範囲を、私、一人で歩く事もあるんです。でも、昨日、突然寂しいって。心細さに似た気持ちを突然感じてしまいました」
「何か、ゆづかに悲しい事があったのかい?」
ゆづかはふるふると小さく数度首を振って
「兵馬さまがいないんだって、今日は隣にいらっしゃらない。そう思って心細い気持ちを感じたんです」
まさかの告白に兵馬は瞬き、なんともいえない気持ちでゆづかを抱きしめそうになって止まる。
今はこの距離で話を聞いてやりたいと、兵馬は思いとどまったようだった。しかし、ゆづかが何を思い話すのか解らず、兵馬の顔も心配そうである。

「いつも兵馬さまが隣にいてくださってるわけでもないのに、突然でした。突然、一人ぼっちってこんな気持ちになるのかなって……私、兵馬さまがこれほど私の心の中にいてくださっているんだって知って、胸が締め付けられた気持ちでした」

ゆづかはあの時の気持ちを思い出すように、目を閉じる。
目蓋の裏に浮かぶのは、今日も履いてきたあの赤い鼻緒ののめりの下駄だ。
「うつむいた時、兵馬さまから頂いた赤い鼻緒の下駄を見て、気持ちが変わったんです。兵馬さまがこれをなんと言っても私にくださったか、何があったのか、兵馬さまが何を想ってこれをくださったのか。色々思い出したら、ふわりと消えてしまったんです」
不安そうに下がる眉は変わらないが、兵馬と合わせたゆづかの目は先よりもずっと力強さがある。
キラキラ輝き始めたその目は、兵馬の顔を和らげるのにこの上なく効果的だ。
「今まで私、知っていたつもりでした。両親が、兵馬さまが私にくださるものは私を思って選んでくださったって。でも、あの時初めて解ったんです。その時に思った気持ちの大切さを全てではなくても、私、その大切さに気がつく事が出来たのです」
身を乗り出すように話し始めたゆづかの両手を自分の両手で包むようにして取った兵馬は「素敵なことだね」と笑うが、ゆづかは
「私、それなのに──────いつも、いつも色々なことを言って遠ざけてばかり。兵馬さまの気持ちを無下にしてしまっているって悲しくて」
「無下にされたなんて、私は一度たりとも思っていないよ。ゆづか、私がゆづかに何かを贈る時は、そうさね、確かにゆづかを思うから贈っているね。そりゃもちろん、ゆづかに似合うだろうと思い選ぶわけだから、身につけてくれたら嬉しいよ。でもね、受け取ってくれたゆづかがその時見せてくれる笑顔で、私の気持ちは多少なりともゆづかに伝わったなと思えている。無下にされた事なんて、ほら、一度もないんだ」
言い聞かせるように優しく言うと、ゆづかはきゅっと唇を噛んだ。
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