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さまよう、からす
陰
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ゆづかが娘となって早くも九日程が過ぎた。
この家にはゆづかに合う様な子供の着物は一つもない。
ゆづかを身請けする際に着せた物以外用意する暇がなかったから、この九日の間に長持にずっしり入る程に用意した。
ゆづかの事を思い、取り急ぎで用意した身請けの際の着物と同じ大きさの物をと馴染みの呉服屋に作らせたのだが、そのお陰もあって──ここの後添えがお香と仲が良く、そこに娘が出来たなんて事を後添えの彼女は女嫌いの義理息子に言わなかったのである──ますますゆづかの将来の夫の耳にゆづかの話が入らなかったと思えば、なんとも運命的である。
この後にゆづかの夫となる男は世間の噂のたぐいもあまり興味が無い方だから、いくら知り合いの営む店の噂だったとしても右から左。もしここで彼の耳に『船宿吉村夫婦が養女をとったそうだよ』なんて入れば、“強制的なお散歩”と言われた吉村へのお使いには決して、それこそ大人気なく駄々をこねても行かなかっただろうし、そうであったら将来のゆづかは独り身のままだったかもしれない。
もっとも、噂話に全く興味がないなんて事では商家の生まれとして将来心配だろうし、実際彼の父親は心底心配していたが、それはこれより数年先には少しはマシになっている。
少し話がそれてしまったが、そうした事でゆづかの着る物も履く物も飾る物さえ、たった九日程度でお嬢さんが持っているだろう最低限程度は用意されたのである。
ゆづかの顔はお嬢様になるべくしてと言った愛らしい容姿であって、母となったお香はとにかく可愛く華やかな物を身に着けてもらえたらと思っていた。
言葉は少ないが勇蔵だってこんなにも可愛い我が子なのだから、三国一のお姫様並に可愛くしてやりたいと考えていたし、この愛らしさを見ればどんな殿様だってうっとりするだろうと──────親バカ発言だろうが、勇蔵は大真面目に、本気で、思っている。
それはあの灯りが照らす街で生きるべく育てられていた哀れな子供だから、ではなくて、突き動かされる程に子供にしたいと思い子供に出来た、将軍にだって自慢出来る可愛い我が子だからである。
しかし、ゆづかはそれをやんわりと拒む。
最初は遠慮だと二人は思った。それはゆづかが最後には身に着けてくれたからだ。
思わず微笑んでしまう可愛らしい着物に飾り。町の少女が振り返りうらやむだろう姿にこの九日で『うちの自慢のお嬢さん』と心の奥から言える様になった奉公人達は、客や身内に自慢したい気持ちで一杯である。
しかし庭に一人立つ姿はどこか寂しそうにも見え、夫婦二人の心は不安にかられていた。
ゆづかが花街で生きていきたいと思っていた訳ではない事を、初日泣きながら『ここにいたい』と言ったゆづかを見れば初対面だって分かる。それなのにゆづかは日に日に浮かない顔になり、元々ぎこちない笑顔なのに余計ぎこちなくなっていく。
勇蔵は自分の性格が心底嫌になった。
庭で三歩先ほどにいる雀を見ているだけのゆづかの背中に『どうしたんだ』と言えないのだ。
言う事は出来るがこの男は口べたで、仕事以外の時はあまり口が動いてくれない。口を開いて問題発言をする訳ではないし、きちんと出来るから吉村は船宿としてここまで大きくする事が出来た。
けれど勇蔵はこの我が子に何をどう言って良いか、どう切り出してみれば良いのか解らず
(しかもこのおれが、ゆづかの不安をぬぐい去ってやれるのだろうか……)
思うのである。
子供にしたい気持ちは何一つだって嘘じゃない。この店を傾ける事になっても子供にしたいと思ったゆづかなのだ。大切だし、それこそ目に入れても痛くない。
なのに自分が口べたで有る事を自覚して、その事があまりに大きくのしかかっている勇蔵は、上手に立ち回れないでいる。
こんな時に頼りになるのが、自分が選んだ女房だ。そんな支え合う関係が吉村を大きくしたと言っても過言ではないだろう。
無口で口べたで、愛想がそんなに良いとは言えない。そうした勇蔵を『可愛くて優しい人でもあるの』と両親に言ったお香だ。
「ゆづか、今度雀にやれるえさを買いましょう?」
「……ぁ」
「あぁ、私の声で逃げてしまった?私の声は大きいって評判だものね」
ふるふる、と首を振って違うと言うゆづかの髪は禿らしいままの状態で、しかし健全な愛らしさが全面に出る飾りがついているだけで随分と印象が違って見えた。
「ゆづかは鳥が好き?小鳥を買うのも楽しいって言う人もいるのよ?私の知る人にもね、飼ってる人がいるの。ゆづかも何か、欲しい小鳥がいるかしら?」
腰を屈めて言うお香にゆづかは小さい声で「いいの」と言う。
この主夫婦と今ではゆづかのでもある家は船宿と廊下一つで繋がっている程近く、これを建てる時勇蔵がお香を思い作った庭が自慢の一つだ。
庭には川から水を引き上げゆづかでも跨げる程度の小川が有り、鯉が三匹ゆったり泳げる池に繋がっている。その池や川と言った物の邪魔にならない様に美しい木々が植わっていた。どの季節も目を退屈させない様に、どの季節でも庭を散策すれば楽しくなる様にと配置された様々な木々は全て定期的に手入れをされている。
木々はゆづかが歩けば顔がちょこんと出るくらいまで大きくしてある物から跨げる程度の物も有るし、数本しかないが見上げる高さの物もある。それらの配置のおかげでこの庭は実際以上に大きく広く見せている。
庭の角に有る座り談笑出来る一画、つまり東家にお香がゆづかを連れて行く。
腰掛ける事を勧めればゆづかは素直に腰をかけ、その正面にお香が座った。
それを廊下から見送った勇蔵はそっとその場を後にする。店の方から自分を呼びながら歩く番頭の声が聞こえたからだ。後ろ髪を引かれている。
「ゆづか、私はゆづかを怒ったりはしないわ。遠慮するなって怒る事もしないわ。本当は甘えて欲しいって思うけれど、まだ親子になったばかり。直ぐにそうなれないのは分かっているのよ。ね?」
猫の子だって拾って直ぐに懐いてくれないもの。と笑うお香にゆづかも思わず顔をほころばせる。
「ねえ、ゆづか。教えて頂戴?ゆづかは何か嫌なものがあるのかしら?嫌いで食べられない物でも、好きではない花でも何でも良いのよ。それを聞いて私たちが困る事は絶対にないから」
不安そうなゆづかの手持ち無沙汰になっている手を、ゆづかの膝から優しく握り自分の膝の上に置いたお香は少しだけゆづかの方へ体を近づけた。
「……可愛いって、みんな言うの」
「え?」
「私の事、可愛いって……」
泣きそうな声で言われた言葉は、お香からすれば全く想像もしていなかった物だ。
目をまん丸にしたお香の顔を漸く見たゆづかは、声そのまま泣きそうな顔で懸命に言葉を出そうと口をぱくぱくと小さく開け、決心したのかキュッと唇を結び息を飲んで開け
「着物が綺麗、髪の飾りが素敵。私、そういうのは分かっています。自分が綺麗だなって思う物も、可愛いなって思う物も、ちゃんとあって……でも」
「じゃあ、もしかして、ゆづかの好みの可愛いとか綺麗とか、そういうのではない着物や飾りを断れなくって辛かったの?」
これにまたふるふると首を振ったゆづかは、お香と合わせていた視線を地面に落とす。綺麗な白い足袋に包まれた足は、可愛い柄の鼻緒がついた下駄を履いていた。
「似合わないって、わたし、こんなはなやかなの、きれいなの、かわいいのは似合わないって……だって、わたし……」
ポタリと落ちたのは雨ではなく、ゆづかの涙だ。それにお香がハッとなるがお香はゆづかの手を一層強く握るに留めた。
「わたし、ふつうがわからない。もしこんなに華やかな物をきて、だれかがおかしいっていったら、あのこはあの街にいたんだよってしれたらって……わたし、こわい」
ゆづかが花街にいた事を知っている男や女がいても、彼らは『少女』としか思っていないだろう。それはゆづかにも自信が有る。それなのにこんな風に泣いて怖いというのは
「こんなにすてきなおみせなら、もっともっとふつうでイイコな養女も養子もみつかるのに……わたしみたいなあの世界から来たなんて、そんなふうになったら」
“遊女が側室になる”事だってある世の中、多少驚かれたとしてもそれで評判が落ちる様な吉村ではない事を、幼いゆづかだってこれでも理解している。
理解しているのに悩むのは、苦しむのは、思ってしまうのは、それだけゆづかがこの数日でここの人たちの温かさにふれてここを、そしてここの人たちを好きになったからで、ここに一つだって一瞬だって悪い評判を立てるのもそうなりかねない事を生むのも嫌なのだ。
こんなに人が温かくて、信じる事が出来て、大人が怖くない事を教えてくれた人たちが好きだと笑って過ごし働く場所を、突然来た自分が一瞬でも壊す事が幼いゆづかには死よりも恐怖だった。
それにゆづかは不安になる。
「はなやかで、かわいっくッて、わたしはここにいるのに、いつかかえるようなきがして、いつか、わたし、もとにかえるきがして、こわくて、わたし、ふつうにだってなれなのに、ここからきえたらって」
支離滅裂な言葉だけれど、お香はゆづかのここ最近の表情の訳を十分に見た気がした。
(素直に受け入れるのも、勇気がいるのよね。そうだったわ)
受け入れるというのは、良い事でも悪い事でも、それが今までの人生と全く違えば違う程に困難にさせるとお香は思っている。まさに目の前のゆづかはその状況だ。
「ゆづか、お部屋に帰りましょう?それでゆづかの着たい着物の色や柄、それに好きな飾りを教えて頂戴?私もあの人も、お前の両親なのに子供の好みも知らないで、自分の価値観だけで選ぶなんて悲しい事、したくはないわ」
「……でも、それじゃ」
「あら、無駄になる物なんて一つもないのよ。だってもしかしたらこの先の、ゆづかも知らないゆづかが今まで用意した柄が好きになるかもしれないでしょう?」
ね?と微笑まれたゆづかがそれでも何も言えずにいると、お香はゆづかの手を握りしめたまま立ち上がり優しく引いてゆづかの部屋へと向かう。途中であった女中に勇蔵を呼んで欲しいと頼みゆづかの部屋に行けば、暫くしてどこか落ち着かない顔の勇蔵が走って現れた。
この家にはゆづかに合う様な子供の着物は一つもない。
ゆづかを身請けする際に着せた物以外用意する暇がなかったから、この九日の間に長持にずっしり入る程に用意した。
ゆづかの事を思い、取り急ぎで用意した身請けの際の着物と同じ大きさの物をと馴染みの呉服屋に作らせたのだが、そのお陰もあって──ここの後添えがお香と仲が良く、そこに娘が出来たなんて事を後添えの彼女は女嫌いの義理息子に言わなかったのである──ますますゆづかの将来の夫の耳にゆづかの話が入らなかったと思えば、なんとも運命的である。
この後にゆづかの夫となる男は世間の噂のたぐいもあまり興味が無い方だから、いくら知り合いの営む店の噂だったとしても右から左。もしここで彼の耳に『船宿吉村夫婦が養女をとったそうだよ』なんて入れば、“強制的なお散歩”と言われた吉村へのお使いには決して、それこそ大人気なく駄々をこねても行かなかっただろうし、そうであったら将来のゆづかは独り身のままだったかもしれない。
もっとも、噂話に全く興味がないなんて事では商家の生まれとして将来心配だろうし、実際彼の父親は心底心配していたが、それはこれより数年先には少しはマシになっている。
少し話がそれてしまったが、そうした事でゆづかの着る物も履く物も飾る物さえ、たった九日程度でお嬢さんが持っているだろう最低限程度は用意されたのである。
ゆづかの顔はお嬢様になるべくしてと言った愛らしい容姿であって、母となったお香はとにかく可愛く華やかな物を身に着けてもらえたらと思っていた。
言葉は少ないが勇蔵だってこんなにも可愛い我が子なのだから、三国一のお姫様並に可愛くしてやりたいと考えていたし、この愛らしさを見ればどんな殿様だってうっとりするだろうと──────親バカ発言だろうが、勇蔵は大真面目に、本気で、思っている。
それはあの灯りが照らす街で生きるべく育てられていた哀れな子供だから、ではなくて、突き動かされる程に子供にしたいと思い子供に出来た、将軍にだって自慢出来る可愛い我が子だからである。
しかし、ゆづかはそれをやんわりと拒む。
最初は遠慮だと二人は思った。それはゆづかが最後には身に着けてくれたからだ。
思わず微笑んでしまう可愛らしい着物に飾り。町の少女が振り返りうらやむだろう姿にこの九日で『うちの自慢のお嬢さん』と心の奥から言える様になった奉公人達は、客や身内に自慢したい気持ちで一杯である。
しかし庭に一人立つ姿はどこか寂しそうにも見え、夫婦二人の心は不安にかられていた。
ゆづかが花街で生きていきたいと思っていた訳ではない事を、初日泣きながら『ここにいたい』と言ったゆづかを見れば初対面だって分かる。それなのにゆづかは日に日に浮かない顔になり、元々ぎこちない笑顔なのに余計ぎこちなくなっていく。
勇蔵は自分の性格が心底嫌になった。
庭で三歩先ほどにいる雀を見ているだけのゆづかの背中に『どうしたんだ』と言えないのだ。
言う事は出来るがこの男は口べたで、仕事以外の時はあまり口が動いてくれない。口を開いて問題発言をする訳ではないし、きちんと出来るから吉村は船宿としてここまで大きくする事が出来た。
けれど勇蔵はこの我が子に何をどう言って良いか、どう切り出してみれば良いのか解らず
(しかもこのおれが、ゆづかの不安をぬぐい去ってやれるのだろうか……)
思うのである。
子供にしたい気持ちは何一つだって嘘じゃない。この店を傾ける事になっても子供にしたいと思ったゆづかなのだ。大切だし、それこそ目に入れても痛くない。
なのに自分が口べたで有る事を自覚して、その事があまりに大きくのしかかっている勇蔵は、上手に立ち回れないでいる。
こんな時に頼りになるのが、自分が選んだ女房だ。そんな支え合う関係が吉村を大きくしたと言っても過言ではないだろう。
無口で口べたで、愛想がそんなに良いとは言えない。そうした勇蔵を『可愛くて優しい人でもあるの』と両親に言ったお香だ。
「ゆづか、今度雀にやれるえさを買いましょう?」
「……ぁ」
「あぁ、私の声で逃げてしまった?私の声は大きいって評判だものね」
ふるふる、と首を振って違うと言うゆづかの髪は禿らしいままの状態で、しかし健全な愛らしさが全面に出る飾りがついているだけで随分と印象が違って見えた。
「ゆづかは鳥が好き?小鳥を買うのも楽しいって言う人もいるのよ?私の知る人にもね、飼ってる人がいるの。ゆづかも何か、欲しい小鳥がいるかしら?」
腰を屈めて言うお香にゆづかは小さい声で「いいの」と言う。
この主夫婦と今ではゆづかのでもある家は船宿と廊下一つで繋がっている程近く、これを建てる時勇蔵がお香を思い作った庭が自慢の一つだ。
庭には川から水を引き上げゆづかでも跨げる程度の小川が有り、鯉が三匹ゆったり泳げる池に繋がっている。その池や川と言った物の邪魔にならない様に美しい木々が植わっていた。どの季節も目を退屈させない様に、どの季節でも庭を散策すれば楽しくなる様にと配置された様々な木々は全て定期的に手入れをされている。
木々はゆづかが歩けば顔がちょこんと出るくらいまで大きくしてある物から跨げる程度の物も有るし、数本しかないが見上げる高さの物もある。それらの配置のおかげでこの庭は実際以上に大きく広く見せている。
庭の角に有る座り談笑出来る一画、つまり東家にお香がゆづかを連れて行く。
腰掛ける事を勧めればゆづかは素直に腰をかけ、その正面にお香が座った。
それを廊下から見送った勇蔵はそっとその場を後にする。店の方から自分を呼びながら歩く番頭の声が聞こえたからだ。後ろ髪を引かれている。
「ゆづか、私はゆづかを怒ったりはしないわ。遠慮するなって怒る事もしないわ。本当は甘えて欲しいって思うけれど、まだ親子になったばかり。直ぐにそうなれないのは分かっているのよ。ね?」
猫の子だって拾って直ぐに懐いてくれないもの。と笑うお香にゆづかも思わず顔をほころばせる。
「ねえ、ゆづか。教えて頂戴?ゆづかは何か嫌なものがあるのかしら?嫌いで食べられない物でも、好きではない花でも何でも良いのよ。それを聞いて私たちが困る事は絶対にないから」
不安そうなゆづかの手持ち無沙汰になっている手を、ゆづかの膝から優しく握り自分の膝の上に置いたお香は少しだけゆづかの方へ体を近づけた。
「……可愛いって、みんな言うの」
「え?」
「私の事、可愛いって……」
泣きそうな声で言われた言葉は、お香からすれば全く想像もしていなかった物だ。
目をまん丸にしたお香の顔を漸く見たゆづかは、声そのまま泣きそうな顔で懸命に言葉を出そうと口をぱくぱくと小さく開け、決心したのかキュッと唇を結び息を飲んで開け
「着物が綺麗、髪の飾りが素敵。私、そういうのは分かっています。自分が綺麗だなって思う物も、可愛いなって思う物も、ちゃんとあって……でも」
「じゃあ、もしかして、ゆづかの好みの可愛いとか綺麗とか、そういうのではない着物や飾りを断れなくって辛かったの?」
これにまたふるふると首を振ったゆづかは、お香と合わせていた視線を地面に落とす。綺麗な白い足袋に包まれた足は、可愛い柄の鼻緒がついた下駄を履いていた。
「似合わないって、わたし、こんなはなやかなの、きれいなの、かわいいのは似合わないって……だって、わたし……」
ポタリと落ちたのは雨ではなく、ゆづかの涙だ。それにお香がハッとなるがお香はゆづかの手を一層強く握るに留めた。
「わたし、ふつうがわからない。もしこんなに華やかな物をきて、だれかがおかしいっていったら、あのこはあの街にいたんだよってしれたらって……わたし、こわい」
ゆづかが花街にいた事を知っている男や女がいても、彼らは『少女』としか思っていないだろう。それはゆづかにも自信が有る。それなのにこんな風に泣いて怖いというのは
「こんなにすてきなおみせなら、もっともっとふつうでイイコな養女も養子もみつかるのに……わたしみたいなあの世界から来たなんて、そんなふうになったら」
“遊女が側室になる”事だってある世の中、多少驚かれたとしてもそれで評判が落ちる様な吉村ではない事を、幼いゆづかだってこれでも理解している。
理解しているのに悩むのは、苦しむのは、思ってしまうのは、それだけゆづかがこの数日でここの人たちの温かさにふれてここを、そしてここの人たちを好きになったからで、ここに一つだって一瞬だって悪い評判を立てるのもそうなりかねない事を生むのも嫌なのだ。
こんなに人が温かくて、信じる事が出来て、大人が怖くない事を教えてくれた人たちが好きだと笑って過ごし働く場所を、突然来た自分が一瞬でも壊す事が幼いゆづかには死よりも恐怖だった。
それにゆづかは不安になる。
「はなやかで、かわいっくッて、わたしはここにいるのに、いつかかえるようなきがして、いつか、わたし、もとにかえるきがして、こわくて、わたし、ふつうにだってなれなのに、ここからきえたらって」
支離滅裂な言葉だけれど、お香はゆづかのここ最近の表情の訳を十分に見た気がした。
(素直に受け入れるのも、勇気がいるのよね。そうだったわ)
受け入れるというのは、良い事でも悪い事でも、それが今までの人生と全く違えば違う程に困難にさせるとお香は思っている。まさに目の前のゆづかはその状況だ。
「ゆづか、お部屋に帰りましょう?それでゆづかの着たい着物の色や柄、それに好きな飾りを教えて頂戴?私もあの人も、お前の両親なのに子供の好みも知らないで、自分の価値観だけで選ぶなんて悲しい事、したくはないわ」
「……でも、それじゃ」
「あら、無駄になる物なんて一つもないのよ。だってもしかしたらこの先の、ゆづかも知らないゆづかが今まで用意した柄が好きになるかもしれないでしょう?」
ね?と微笑まれたゆづかがそれでも何も言えずにいると、お香はゆづかの手を握りしめたまま立ち上がり優しく引いてゆづかの部屋へと向かう。途中であった女中に勇蔵を呼んで欲しいと頼みゆづかの部屋に行けば、暫くしてどこか落ち着かない顔の勇蔵が走って現れた。
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