15 / 36
さまよう、からす
! 転
しおりを挟む
七になったゆづかは表と裏でごちゃごちゃと感情を持て余している、と忠吾は思っていた。
抱き主の忠吾としても、ゆづかを愛でる忠吾としてもそんなゆづかは愛らしく映る。置屋を出るその時に人が見れば可憐な、実を知る所の忠吾からすれば実に嘘くさい笑顔を貼付け出るその顔だって、充足感を存分に味わえた。
自分で男を受け入れる様に準備をするのは実に不快で嫌悪感と羞恥が込み上げるだろうと忠吾は思う。
しかしあれから二年、気が狂いそうになるだろうゆっくりとした速度で教え込まれているゆづかはそれを顔に出す事はしなかった。
それでも誰にも解らないだろう一瞬、顔が辛く歪むのを忠吾はきちんと知っていた。練習だよとここの男衆のそれを口でしゃぶらせるその顔もずっとずっと変わっていない。
自分が相手になるのも面白い。しかし自分がそれを見ているのも忠吾は好きだ。
男ではなく自分を睨む様に見つめるその様が、狂いそうになる程愛おしい。
自分がおかしいと忠吾は思った事が一度もなかった。誰が何と言おうとも、忠吾に取ってこの感情は確かに“愛おしい”のだから。
その日はたまたまその揚屋へと忠吾は赴いた。勿論、可愛いゆづかを従えてだ。
ゆづかを知る人間はこの花街に多くいる。名を知らなくとも「忠吾が育てている男娼」として知っているのだ。だから男だと思っているし、忠吾の店の女が「女姿」と言っても男が女装している様を思い浮かべるのだろう、今忠吾が連れ歩くゆづかがそうだと正しく知っている人間は実は両手両足の指を持ってしてで足りる程だった。
昨日の夜は随分とゆづかで遊んだ忠吾だ。今の機嫌はそこそこ良い。
いつも自分で処理をさせる準備を、わざわざ男を抱く事が好きな男衆にさせ、「気持ちが良い事だけをしてやるように」と指示をして見たそれが、忠吾はとても楽しかったのだ。
ゆづかは“いや”とは殆ど口に出さない。言った所で忠吾が手を上げる訳でも、ここの人間がゆづかを酷く扱う訳もないがゆづかは“いや”とは言わなかった。
尤も、ゆづかを酷く扱えば主である忠吾の仕置きが待っているのだから、この店の誰もゆづかに酷い事なんて出来やしない。
ゆづかに酷い事が出来るのは結局、忠吾だけなのだけど。
酷い事をされた事がないゆづかは、驚く事に気持ちが良い事をされた事が一度も無い。
ただ相手を喜ばせるそれを教えていただけで、忠吾はこれからは気持ちが良い事を素直に受け取る体にも変えなければならないなと昨日、思った。
嫌だと初めてゆづかが声に出したのだ。
男の太い指を受け入れ、中を愛撫される。最初は気持ちが悪いと思っていただけなのだろうその無表情にも近い顔が、一点を掠めた瞬間驚愕に歪んだ。
あとは七のゆづかが受けるには大きすぎる快感に「いやだ」とか「やめて」とか、泣き言を言っては懇願し、その合間にひたすら嬌声を上げ続け涙を流すそれが忠吾には堪らなかった。
逃げれないのに暴れ、泣きじゃくるように声を上げ、体を大きく震わせ幼いが故か出せもせずに達してしまう。突っぱねようと伸ばした手は大きな手一つで塞がれ、興奮した男の顔を見ない様に目をつぶって耐えては大きな快感に目を見開き首を振る。
今まで散々自分で広げ解す事を教えた身体が快感を拾い上げる切っ掛けを待っていたのか、それともまた別の問題で快感を拾い上げる事が出来る様になったのか、そんな事は忠吾に取ってどうでもいい事だがここまで嫌々と身体の変化についていけず、自分自身に裏切られたような気持ちで泣くゆづかは確かに、忠吾に“愛おしさ”を感じさせた。
そんな可哀想で愛らしい昨夜の出来事なんてなかったかの様に、すました嘘くさい笑顔で隣を歩く小さなゆづかにやはり忠吾は、忠吾自身が思うよりももっと自身の欲を満たすのだ。
(自分の意志とは関係なく身体が快感を強請る様になったら、私が酷く優しく抱いてみよう。さぞ面白いに違いない)
その時はきっとゆづかは、自分の意志と体との差に昨夜と比較出来ない程に混乱し絶望するに違いないと忠吾は思う。それが何よりも甘い菓子に思えた。
二階の座敷からの音が下の廊下を歩く忠吾の耳にも届く。
こんな音を耳にすれば少しは気持ちが浮上してもいいだろうが、忠吾は興味無さげだしゆづかはあの笑顔でいるだけだ。
何とも面白くない二人の様だが、忠吾と忠吾がつれている禿なのだからそれも普通に見える。それがこの花街での忠吾の評価だろう。
けれども今日は少し違った。
目の前からこの揚屋を取り仕切る女将が笑みを称え歩いてき、二人を正面から呼び止めたのだ。
「ああ丁度いい所においでになって!今ね、上へ駿河屋さんの旦那様が来てらっしゃるのだけれど」
それを耳に入れているだけといった態で聞いていた忠吾は女将の視線が自分ではなくゆづかに向いている事に
(駿河屋庄三郎……あれが稚児趣味だと聞いた事はないのだが……)
などど考えており、次いで言われた言葉に瞬間ついて行けなかった。こんな事は、忠吾の人生でそれこそ片手で足りる程度の体験だ。
「そちらの禿をね、末の息子さんが欲しいんですって」
言われた言葉について行けなかったのはどうもゆづかも同じ様で、しかし忠吾が先に意味を理解しゆづかを見るとその顔がゆるゆると女将を捕らえたその瞬間。
「よかったわね。貴方の事、身請けしたい程気に入ったそうよ」
「……私を?」
「『父さん、僕はあの子が欲しい』って言ったそうよ。良かったわね、今からそんな風に言われるなんて」
「わたし、を…」
滅多に外で口をきかなくなったゆづか本人も無意識なのだろうその返事に、女将が笑い去って行く。名残惜しそうにその女将を体も向けて見送るゆづかを忠吾はみやり、じわりじわりと何かが込み上げてきていた。
「へえ……それはそれは……」
面白い事になったと忠吾は思う。
ゆづかが自分の傍から消える日はゆづかがこの人生に耐えきれずに自害する日くらいだと思っていた。不思議なくらい、それ以外を考えた事が忠吾には無い。
ククク、とのどを震わせる様な笑い声に我に返ったゆづかが忠吾を見上げるも、その表情はいつものゆづかだ。
「ゆづか、お前、十四まで頑張れば良い所の男妾になれるかもしれないよ。よかったねえ、ふ、は、ふ、ふははははっ」
忠吾は仮にそうなっても、今と同じ感情であるならそれを引き止めないと思っている。
そもそもその三男坊が忠吾を探し当てても忠吾は「私の気に入りの禿はいませんよ」というつもりが有るのだから、なんとも厄介だ。
その世間がゆづかを知らない様がまた、忠吾の欲を満たし続ける。
己の店では可哀想な男娼になるゆづかは、外では忠吾に気に入られた可哀想な禿で、ゆづか本人の容姿と男色の気がないと思われている忠吾が連れ歩くのも相まって、忠吾が連れ回す禿は女だと思われているのだ。どうやって禿を探せようか。
忠吾は実に面倒な相手だ。言葉を正しく言われない限り、ゆづかがそうだとは相手がどこかの国の殿様でも言わないだろう。
忠吾が狂っているのではない。これが彼の価値観で生き方なのだ。
無言のゆづかの心情だって忠吾は解っている。
男である自分を探せる訳が無いのに。と言った所だろうと忠吾は解っている。
「あぁおかしい。何で此所に来たのか忘れてしまったよ」
言ってゆづかを見下ろす忠吾の顔は、実に実に愉快という感情で覆われていた。
ゆづかはその顔からす、と視線を外し自分の白い足袋を見つめている。
賑やかな音が各部屋から漏れる揚屋にあって、この廊下のこの部分だけは異様な雰囲気だ。それを店の人間も感じるのか、二人の横を通らなくてもすむ様に反対側の廊下を歩いてみたり、遠回りをしたりと通る人間が少ない。
忠吾はゆづかを軽々と抱き上げ揚屋の表へと向かい歩く。
突然の事だがこの手の事をここ最近、ゆづかはよく受ける様になった。これは忠吾の気分が頗る良いからで、けれどもこの後ゆづかに待ち受ける事はゆづかにとって良い事ではない。
忠吾の目の奥の光がとても不穏だとゆづかは思い、その光から逃げる様に、片腕に腰をかける様に抱き上げられたゆづかは二階の座敷を見上げる。
あれのどこかに自分を欲しいと言った人がいるのだ、と思うとゆづかは心が不思議な気持ちに包まれた。
その気持ちを持て余したゆづかは忠吾の背に小さな手を回してぎゅうと抱きつくと、忠吾の肩へ額を当てる。
「おや、珍しい事を」
その声でゆづかが分かる事は、自分のこの気持ちを自分よりも忠吾の方が理解しているという事だ。
忠吾に持つ様にと言われ、背中に回した腕で自分の下駄を握るその手に力が入るのか白くなっている。いつのまにか二人は人が多く女も溢れる花街の中央に走る大通りへと出ていた。
「早く十四になれるといいねえ、ゆづか」
ゆづかを抱き上げゆったりと歩く忠吾をぎょっとした顔で見るのは、忠吾がどういった人間であるかを知っている人間だ。
抱き上げられたゆづかは気持ちの意味は解らないが、その温かさを漸く感じ取れた。
人が自分へ向ける感情は『忠吾に寵愛される可哀想な禿』だとか『何もかもを組み立てられている哀れなおのこ』だとか同情がほとんどで、良くて『肉欲をそそられる』というそんな物だった。
ゆづかの短い七年の人生のうち、生まれた事さえ誰にも喜ばれずに誰が母親で誰が父親で、一体誰が自分をこの店へ売ったのかさえも知らない。
初めてゆづかは自分という生きている自分に純粋な気持ちを向けられた気がしたのだ。
(わたしを……ほしいって、言った人がいる)
欲しい、の意味はここの町で体を売る女と同じでそういう事をしたいのだろうかと思えど、ゆづかは心が温かくなったのは事実だった。
(こんな、わたしを、わたしをわたしと知らずに、欲しいって言ってくれた人が、いるんだ)
きっと欲しいと言った子供と自分は会う事はないだろうし、ましてや探して見つけてくれもしないとゆづかは思う。それはもう自分がどうであるかを知っているからだ。
それでもゆづかはこの温かい気持ちを大切にしたいと思う。
誰も自分を見つけてくれなかった。それを初めて見つけれくれた様なその言葉がゆづかに取っては何よりも輝いて見える。自分を飾る何よりもキラキラ眩しく輝いて見えた。
忠吾の店に戻り部屋に敷いてある褥に下ろされてゆづかは初めて随分と考え込んでいた事に気が付く。それを面白そうに口角を上げ見る忠吾に視線を合わせる事も出来ず、初めてこんな理由で視線の行方を探しているとグイッと顔を忠吾の大きな手がゆづかの顔を上げた。
忠吾の仕草は人柄とは違い優しい。それは商売道具を肉体的に傷つける必要が忠吾には無いから。それだけで紳士的だとかそういう意味では決してない。
今までは考えた事もなかった事だが、ゆづかは初めてそれが気味の悪い程の優しさに感じていた。
「今日は気分が良いから、お前に気持ちのいい事を教えるのは、私がしてやろうね。昨日の様に良い姿を見せてご覧」
言って帯にかかったその手をゆづかはぎゅうと目を瞑り、唇を噛んで耐えるのだ。
その変化に忠吾はゆづかに知られぬ様に目を眇め、口元に笑みを湛える。
抱き主の忠吾としても、ゆづかを愛でる忠吾としてもそんなゆづかは愛らしく映る。置屋を出るその時に人が見れば可憐な、実を知る所の忠吾からすれば実に嘘くさい笑顔を貼付け出るその顔だって、充足感を存分に味わえた。
自分で男を受け入れる様に準備をするのは実に不快で嫌悪感と羞恥が込み上げるだろうと忠吾は思う。
しかしあれから二年、気が狂いそうになるだろうゆっくりとした速度で教え込まれているゆづかはそれを顔に出す事はしなかった。
それでも誰にも解らないだろう一瞬、顔が辛く歪むのを忠吾はきちんと知っていた。練習だよとここの男衆のそれを口でしゃぶらせるその顔もずっとずっと変わっていない。
自分が相手になるのも面白い。しかし自分がそれを見ているのも忠吾は好きだ。
男ではなく自分を睨む様に見つめるその様が、狂いそうになる程愛おしい。
自分がおかしいと忠吾は思った事が一度もなかった。誰が何と言おうとも、忠吾に取ってこの感情は確かに“愛おしい”のだから。
その日はたまたまその揚屋へと忠吾は赴いた。勿論、可愛いゆづかを従えてだ。
ゆづかを知る人間はこの花街に多くいる。名を知らなくとも「忠吾が育てている男娼」として知っているのだ。だから男だと思っているし、忠吾の店の女が「女姿」と言っても男が女装している様を思い浮かべるのだろう、今忠吾が連れ歩くゆづかがそうだと正しく知っている人間は実は両手両足の指を持ってしてで足りる程だった。
昨日の夜は随分とゆづかで遊んだ忠吾だ。今の機嫌はそこそこ良い。
いつも自分で処理をさせる準備を、わざわざ男を抱く事が好きな男衆にさせ、「気持ちが良い事だけをしてやるように」と指示をして見たそれが、忠吾はとても楽しかったのだ。
ゆづかは“いや”とは殆ど口に出さない。言った所で忠吾が手を上げる訳でも、ここの人間がゆづかを酷く扱う訳もないがゆづかは“いや”とは言わなかった。
尤も、ゆづかを酷く扱えば主である忠吾の仕置きが待っているのだから、この店の誰もゆづかに酷い事なんて出来やしない。
ゆづかに酷い事が出来るのは結局、忠吾だけなのだけど。
酷い事をされた事がないゆづかは、驚く事に気持ちが良い事をされた事が一度も無い。
ただ相手を喜ばせるそれを教えていただけで、忠吾はこれからは気持ちが良い事を素直に受け取る体にも変えなければならないなと昨日、思った。
嫌だと初めてゆづかが声に出したのだ。
男の太い指を受け入れ、中を愛撫される。最初は気持ちが悪いと思っていただけなのだろうその無表情にも近い顔が、一点を掠めた瞬間驚愕に歪んだ。
あとは七のゆづかが受けるには大きすぎる快感に「いやだ」とか「やめて」とか、泣き言を言っては懇願し、その合間にひたすら嬌声を上げ続け涙を流すそれが忠吾には堪らなかった。
逃げれないのに暴れ、泣きじゃくるように声を上げ、体を大きく震わせ幼いが故か出せもせずに達してしまう。突っぱねようと伸ばした手は大きな手一つで塞がれ、興奮した男の顔を見ない様に目をつぶって耐えては大きな快感に目を見開き首を振る。
今まで散々自分で広げ解す事を教えた身体が快感を拾い上げる切っ掛けを待っていたのか、それともまた別の問題で快感を拾い上げる事が出来る様になったのか、そんな事は忠吾に取ってどうでもいい事だがここまで嫌々と身体の変化についていけず、自分自身に裏切られたような気持ちで泣くゆづかは確かに、忠吾に“愛おしさ”を感じさせた。
そんな可哀想で愛らしい昨夜の出来事なんてなかったかの様に、すました嘘くさい笑顔で隣を歩く小さなゆづかにやはり忠吾は、忠吾自身が思うよりももっと自身の欲を満たすのだ。
(自分の意志とは関係なく身体が快感を強請る様になったら、私が酷く優しく抱いてみよう。さぞ面白いに違いない)
その時はきっとゆづかは、自分の意志と体との差に昨夜と比較出来ない程に混乱し絶望するに違いないと忠吾は思う。それが何よりも甘い菓子に思えた。
二階の座敷からの音が下の廊下を歩く忠吾の耳にも届く。
こんな音を耳にすれば少しは気持ちが浮上してもいいだろうが、忠吾は興味無さげだしゆづかはあの笑顔でいるだけだ。
何とも面白くない二人の様だが、忠吾と忠吾がつれている禿なのだからそれも普通に見える。それがこの花街での忠吾の評価だろう。
けれども今日は少し違った。
目の前からこの揚屋を取り仕切る女将が笑みを称え歩いてき、二人を正面から呼び止めたのだ。
「ああ丁度いい所においでになって!今ね、上へ駿河屋さんの旦那様が来てらっしゃるのだけれど」
それを耳に入れているだけといった態で聞いていた忠吾は女将の視線が自分ではなくゆづかに向いている事に
(駿河屋庄三郎……あれが稚児趣味だと聞いた事はないのだが……)
などど考えており、次いで言われた言葉に瞬間ついて行けなかった。こんな事は、忠吾の人生でそれこそ片手で足りる程度の体験だ。
「そちらの禿をね、末の息子さんが欲しいんですって」
言われた言葉について行けなかったのはどうもゆづかも同じ様で、しかし忠吾が先に意味を理解しゆづかを見るとその顔がゆるゆると女将を捕らえたその瞬間。
「よかったわね。貴方の事、身請けしたい程気に入ったそうよ」
「……私を?」
「『父さん、僕はあの子が欲しい』って言ったそうよ。良かったわね、今からそんな風に言われるなんて」
「わたし、を…」
滅多に外で口をきかなくなったゆづか本人も無意識なのだろうその返事に、女将が笑い去って行く。名残惜しそうにその女将を体も向けて見送るゆづかを忠吾はみやり、じわりじわりと何かが込み上げてきていた。
「へえ……それはそれは……」
面白い事になったと忠吾は思う。
ゆづかが自分の傍から消える日はゆづかがこの人生に耐えきれずに自害する日くらいだと思っていた。不思議なくらい、それ以外を考えた事が忠吾には無い。
ククク、とのどを震わせる様な笑い声に我に返ったゆづかが忠吾を見上げるも、その表情はいつものゆづかだ。
「ゆづか、お前、十四まで頑張れば良い所の男妾になれるかもしれないよ。よかったねえ、ふ、は、ふ、ふははははっ」
忠吾は仮にそうなっても、今と同じ感情であるならそれを引き止めないと思っている。
そもそもその三男坊が忠吾を探し当てても忠吾は「私の気に入りの禿はいませんよ」というつもりが有るのだから、なんとも厄介だ。
その世間がゆづかを知らない様がまた、忠吾の欲を満たし続ける。
己の店では可哀想な男娼になるゆづかは、外では忠吾に気に入られた可哀想な禿で、ゆづか本人の容姿と男色の気がないと思われている忠吾が連れ歩くのも相まって、忠吾が連れ回す禿は女だと思われているのだ。どうやって禿を探せようか。
忠吾は実に面倒な相手だ。言葉を正しく言われない限り、ゆづかがそうだとは相手がどこかの国の殿様でも言わないだろう。
忠吾が狂っているのではない。これが彼の価値観で生き方なのだ。
無言のゆづかの心情だって忠吾は解っている。
男である自分を探せる訳が無いのに。と言った所だろうと忠吾は解っている。
「あぁおかしい。何で此所に来たのか忘れてしまったよ」
言ってゆづかを見下ろす忠吾の顔は、実に実に愉快という感情で覆われていた。
ゆづかはその顔からす、と視線を外し自分の白い足袋を見つめている。
賑やかな音が各部屋から漏れる揚屋にあって、この廊下のこの部分だけは異様な雰囲気だ。それを店の人間も感じるのか、二人の横を通らなくてもすむ様に反対側の廊下を歩いてみたり、遠回りをしたりと通る人間が少ない。
忠吾はゆづかを軽々と抱き上げ揚屋の表へと向かい歩く。
突然の事だがこの手の事をここ最近、ゆづかはよく受ける様になった。これは忠吾の気分が頗る良いからで、けれどもこの後ゆづかに待ち受ける事はゆづかにとって良い事ではない。
忠吾の目の奥の光がとても不穏だとゆづかは思い、その光から逃げる様に、片腕に腰をかける様に抱き上げられたゆづかは二階の座敷を見上げる。
あれのどこかに自分を欲しいと言った人がいるのだ、と思うとゆづかは心が不思議な気持ちに包まれた。
その気持ちを持て余したゆづかは忠吾の背に小さな手を回してぎゅうと抱きつくと、忠吾の肩へ額を当てる。
「おや、珍しい事を」
その声でゆづかが分かる事は、自分のこの気持ちを自分よりも忠吾の方が理解しているという事だ。
忠吾に持つ様にと言われ、背中に回した腕で自分の下駄を握るその手に力が入るのか白くなっている。いつのまにか二人は人が多く女も溢れる花街の中央に走る大通りへと出ていた。
「早く十四になれるといいねえ、ゆづか」
ゆづかを抱き上げゆったりと歩く忠吾をぎょっとした顔で見るのは、忠吾がどういった人間であるかを知っている人間だ。
抱き上げられたゆづかは気持ちの意味は解らないが、その温かさを漸く感じ取れた。
人が自分へ向ける感情は『忠吾に寵愛される可哀想な禿』だとか『何もかもを組み立てられている哀れなおのこ』だとか同情がほとんどで、良くて『肉欲をそそられる』というそんな物だった。
ゆづかの短い七年の人生のうち、生まれた事さえ誰にも喜ばれずに誰が母親で誰が父親で、一体誰が自分をこの店へ売ったのかさえも知らない。
初めてゆづかは自分という生きている自分に純粋な気持ちを向けられた気がしたのだ。
(わたしを……ほしいって、言った人がいる)
欲しい、の意味はここの町で体を売る女と同じでそういう事をしたいのだろうかと思えど、ゆづかは心が温かくなったのは事実だった。
(こんな、わたしを、わたしをわたしと知らずに、欲しいって言ってくれた人が、いるんだ)
きっと欲しいと言った子供と自分は会う事はないだろうし、ましてや探して見つけてくれもしないとゆづかは思う。それはもう自分がどうであるかを知っているからだ。
それでもゆづかはこの温かい気持ちを大切にしたいと思う。
誰も自分を見つけてくれなかった。それを初めて見つけれくれた様なその言葉がゆづかに取っては何よりも輝いて見える。自分を飾る何よりもキラキラ眩しく輝いて見えた。
忠吾の店に戻り部屋に敷いてある褥に下ろされてゆづかは初めて随分と考え込んでいた事に気が付く。それを面白そうに口角を上げ見る忠吾に視線を合わせる事も出来ず、初めてこんな理由で視線の行方を探しているとグイッと顔を忠吾の大きな手がゆづかの顔を上げた。
忠吾の仕草は人柄とは違い優しい。それは商売道具を肉体的に傷つける必要が忠吾には無いから。それだけで紳士的だとかそういう意味では決してない。
今までは考えた事もなかった事だが、ゆづかは初めてそれが気味の悪い程の優しさに感じていた。
「今日は気分が良いから、お前に気持ちのいい事を教えるのは、私がしてやろうね。昨日の様に良い姿を見せてご覧」
言って帯にかかったその手をゆづかはぎゅうと目を瞑り、唇を噛んで耐えるのだ。
その変化に忠吾はゆづかに知られぬ様に目を眇め、口元に笑みを湛える。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説


寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる